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第3話 奇病Ⅰ
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お母様に教えてもらった通りの道を進むと神社は直ぐに見えてきた。
着慣れない着物で少し歩きづらかったが、それでも十分程度の道のりだ。
それより、これがお母様の言っていたこの村特有の風習か何かなのだろうか。どういう意図があるのかは分からないが、余所者の私が口を出すべきではないだろう。今は黙って従っておこうと思い、私は足を早めた。
「ここで……いいのかしら、でも……神社よね、ここ」
神社の鳥居の前で、私は立ち尽くす。神社に行けと言われ、来たのはいいのだが……。
その『真理亜様』とやらはどこにいるのだろう。周りも暗いし、この動きづらい格好で動き回るのも得策ではないと思い、素直に社務所へ向かうことにした。
「あの……すいません」
「何でしょう」
社務所にいた中年の男に話しかける。愛想のない強面の男だったが、私の着物姿を見て何かを察したようで、すぐに社務所の中に私を迎え入れる。
「火村 秋乃様ですね。裕子さんからお話は伺っております。どうぞこちらへ。真理亜様がお待ちです」
そして、社務所の奥の廊下を通され、明かりのない神社の奥の方へひたすら歩かされた末、私は一つの扉に突き当たった。
他に部屋なども見当たらなかったし、今までの廊下はこの部屋へたどり着くためだけに造られたのだと理解した。
そして、この重厚な扉の先に……『真理亜様』が座しているのだと思うと、私は少しばかりの緊張を感じずにはいられなかった。
「失礼致します。本日、東京から起こしになられた火村 秋乃様がお見えになられました」
そんな私を尻目に、社務所の男は縦横な扉に手を掛け、徐々に開いていく。
扉の隙間から、怪しげな光が漏れ始める。その光に私は思わず目をくらませる。
『……おや、お客様ですか』
「はい、本日、東京から引っ越されてきた。亡くられた御池先生に代わって、ご夫婦で診療所を続けてくださる予定の……火村 秋乃様です」
光と共に凛とした少女の声が響き渡る。真理亜と言う名から女性であることは想像していたが、まさかこんな幼い声の少女だとは思ってもいなかった。
そして、扉が全て開いた時……部屋の中の少女・真理亜様が姿を現した。
「あら、あなたが秋乃様? 文也さんは随分と素敵な方をお嫁に貰ったのですね」
現れたのは、人形のように可憐な少女。艶やかな黒髪に艶やかな着物に身を包んだ美しい少女が殺風景な和室に正座していた。
年齢は十五歳程度だろうか、態度は毅然としているが、やはり雰囲気は幼い。
そして、その腕には赤ん坊が抱かれていた。
「は、初めまして……火村 秋乃と申します」
年下の少女相手に私は緊張を隠せなかった。職業柄、様々な人間と接してきたはずだがこうも人間離れした美しさと妖艶さを兼ね備えた人間を目の当たりにするのは初めてだった。
「初めまして。御池 真理亜と申します。秋乃様は東京でも有名なお医者様だったとお聞きしております。そんな方が、我が村の……祖父の診療所を引き継いでくださるなんて、心強いですわ」
真理亜は深々と頭を下げる。それに釣られて私も頭を下げる。
「御池……というと御池先生のお孫様、だったのですか」
「あら、てっきり文也様からお聞きになっているかと」
初耳だった。夫が知らないはずはないのだが、彼は肝心なことをいつも教えてくれない。
それは別に隠しているわけではなく、つい言い忘れてしまうのだという。何度言っても改善する気配がないので、もう私も諦めていたが。
「うちの主人、肝心な事はいつも話さないものでして……」
「ふふ、文也さんらしいですね」
やはり閉鎖的な集落、ほぼ全員の村人同士が顔見知りようだった。それは夫も例外ではなく、聞けば真理亜本人も幼いころ夫には遊んでもらったり、付き合いがあったようだった。
夫の知らない部分をこの少女は知っていると思うと、少し嫉妬に近いような感情を私は大人気なく味わっていた。
「その……お子様がいらっしゃるのですか?」
「ええ、これは儀式で『子宝の儀』で授かった子で、今回で五人目かしら?」
「五人?! その若さで……」
「ええ、この村の文化ですから」
それからしばらく、真理亜と当たり障りのない世間話をした。話の途中、社務所の男がお茶を淹れてくると席を立とうとしたが、長居するのも迷惑だと思い断った。
「これから旦那様と秋乃様、揃って診療所の方はよろしくお願いしますね」
神社を後にしようとする私に、真理亜は笑顔で言った。
その道中、私は真理亜に世間話ばかりで肝心な事を聞くことを忘れたことに気付いた。
真理亜が一体、何故その名の通りキリストの聖母のように神格化されているのか。
真理亜が一体、何者なのか。
とりあえず私は実家へ戻り、火村家の親戚たちと歓迎会ということで夕食を取る事となった。
最初は少し不安もあったが、親戚たちは私を余所者のような白い目で見るような様子もなく、終始和やかな雰囲気で歓迎会は終わった。
食事の後片付けを終え、風呂に入る頃には疲れも溜まっていたのか私は直ぐに眠気に襲われた。新しい環境、生活……無意識のうちに緊張する場面もあったからか、普段よりは随分と早めに就寝することとなった。
夫も私と同じように疲れが溜まっていたようで、私と同じように就寝の準備を始めていた。
着慣れない着物で少し歩きづらかったが、それでも十分程度の道のりだ。
それより、これがお母様の言っていたこの村特有の風習か何かなのだろうか。どういう意図があるのかは分からないが、余所者の私が口を出すべきではないだろう。今は黙って従っておこうと思い、私は足を早めた。
「ここで……いいのかしら、でも……神社よね、ここ」
神社の鳥居の前で、私は立ち尽くす。神社に行けと言われ、来たのはいいのだが……。
その『真理亜様』とやらはどこにいるのだろう。周りも暗いし、この動きづらい格好で動き回るのも得策ではないと思い、素直に社務所へ向かうことにした。
「あの……すいません」
「何でしょう」
社務所にいた中年の男に話しかける。愛想のない強面の男だったが、私の着物姿を見て何かを察したようで、すぐに社務所の中に私を迎え入れる。
「火村 秋乃様ですね。裕子さんからお話は伺っております。どうぞこちらへ。真理亜様がお待ちです」
そして、社務所の奥の廊下を通され、明かりのない神社の奥の方へひたすら歩かされた末、私は一つの扉に突き当たった。
他に部屋なども見当たらなかったし、今までの廊下はこの部屋へたどり着くためだけに造られたのだと理解した。
そして、この重厚な扉の先に……『真理亜様』が座しているのだと思うと、私は少しばかりの緊張を感じずにはいられなかった。
「失礼致します。本日、東京から起こしになられた火村 秋乃様がお見えになられました」
そんな私を尻目に、社務所の男は縦横な扉に手を掛け、徐々に開いていく。
扉の隙間から、怪しげな光が漏れ始める。その光に私は思わず目をくらませる。
『……おや、お客様ですか』
「はい、本日、東京から引っ越されてきた。亡くられた御池先生に代わって、ご夫婦で診療所を続けてくださる予定の……火村 秋乃様です」
光と共に凛とした少女の声が響き渡る。真理亜と言う名から女性であることは想像していたが、まさかこんな幼い声の少女だとは思ってもいなかった。
そして、扉が全て開いた時……部屋の中の少女・真理亜様が姿を現した。
「あら、あなたが秋乃様? 文也さんは随分と素敵な方をお嫁に貰ったのですね」
現れたのは、人形のように可憐な少女。艶やかな黒髪に艶やかな着物に身を包んだ美しい少女が殺風景な和室に正座していた。
年齢は十五歳程度だろうか、態度は毅然としているが、やはり雰囲気は幼い。
そして、その腕には赤ん坊が抱かれていた。
「は、初めまして……火村 秋乃と申します」
年下の少女相手に私は緊張を隠せなかった。職業柄、様々な人間と接してきたはずだがこうも人間離れした美しさと妖艶さを兼ね備えた人間を目の当たりにするのは初めてだった。
「初めまして。御池 真理亜と申します。秋乃様は東京でも有名なお医者様だったとお聞きしております。そんな方が、我が村の……祖父の診療所を引き継いでくださるなんて、心強いですわ」
真理亜は深々と頭を下げる。それに釣られて私も頭を下げる。
「御池……というと御池先生のお孫様、だったのですか」
「あら、てっきり文也様からお聞きになっているかと」
初耳だった。夫が知らないはずはないのだが、彼は肝心なことをいつも教えてくれない。
それは別に隠しているわけではなく、つい言い忘れてしまうのだという。何度言っても改善する気配がないので、もう私も諦めていたが。
「うちの主人、肝心な事はいつも話さないものでして……」
「ふふ、文也さんらしいですね」
やはり閉鎖的な集落、ほぼ全員の村人同士が顔見知りようだった。それは夫も例外ではなく、聞けば真理亜本人も幼いころ夫には遊んでもらったり、付き合いがあったようだった。
夫の知らない部分をこの少女は知っていると思うと、少し嫉妬に近いような感情を私は大人気なく味わっていた。
「その……お子様がいらっしゃるのですか?」
「ええ、これは儀式で『子宝の儀』で授かった子で、今回で五人目かしら?」
「五人?! その若さで……」
「ええ、この村の文化ですから」
それからしばらく、真理亜と当たり障りのない世間話をした。話の途中、社務所の男がお茶を淹れてくると席を立とうとしたが、長居するのも迷惑だと思い断った。
「これから旦那様と秋乃様、揃って診療所の方はよろしくお願いしますね」
神社を後にしようとする私に、真理亜は笑顔で言った。
その道中、私は真理亜に世間話ばかりで肝心な事を聞くことを忘れたことに気付いた。
真理亜が一体、何故その名の通りキリストの聖母のように神格化されているのか。
真理亜が一体、何者なのか。
とりあえず私は実家へ戻り、火村家の親戚たちと歓迎会ということで夕食を取る事となった。
最初は少し不安もあったが、親戚たちは私を余所者のような白い目で見るような様子もなく、終始和やかな雰囲気で歓迎会は終わった。
食事の後片付けを終え、風呂に入る頃には疲れも溜まっていたのか私は直ぐに眠気に襲われた。新しい環境、生活……無意識のうちに緊張する場面もあったからか、普段よりは随分と早めに就寝することとなった。
夫も私と同じように疲れが溜まっていたようで、私と同じように就寝の準備を始めていた。
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