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第8話 真実Ⅱ
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「けれど、何という事なのでしょう……信じたくはありませんが、この村の者の中に秋乃様に乱暴を働くような卑劣な悪党がいたとは……」
真理亜は両手で覆いながら声を震わせる。
「……」
「辛く、恐ろしかったことでしょう。この村の人間として、私が必ずや犯人を突き止め……罪を償わせます」
真理亜は深々と私に頭を下げた。
だが、私は真理亜の心の内を既に読んでいた。この少女が何を考え、思っているのかも。
「……驚きました。真理亜様は、人の心を読む力まで備わっておられるのですね」
「……は?」
私の太々しい反応に、真理亜が眉を顰める。
「私は、真理亜様には一度も強姦されて流産しただなんて言っていません。ただ、体調を崩して流産したとしかお伝えしていないはずですが……」
真理亜の表情が固まる。事実、私の口からは強姦の事実を真理亜には伝えていない。
夫やお母様にも、私が階段を踏み外したことで流産したとしか話していない。
「それは……先ほど、旦那様から」
「夫には階段で足を滑らせたと伝えたはずですが……妙な話ですね。昨日、私が強姦された挙句、流産したというのを知るのは、私自身か、実行犯か……もしくは、それを命じた者か」
つまり、その事実を知る者は実行犯とそれを指示した者のみ。本来ならば、真理亜が知り得ることのできない情報のはずなのだ。
「秋乃様、気が動転してらっしゃるのですか……無理もありません。慣れない土地で、こんな悲劇が起これば……一度、東京に戻られて休まれた方が」
「……どうしても、私をこの村から追い出したいようですね」
真理亜の表情は再び曇った。しかし、すぐに笑顔を上塗りにして真理亜は口を開く。
「私が、秋乃様を襲わせた犯人だというのですか? たったそれだけの理由で」
「それだけではありません。昨日、私が途中で公民館から抜け、診療所へ泊ることを話したのは……真理亜様、あなただけです」
しかし、その上塗りした笑顔もすぐに剥がれた。私の言葉に、真理亜は驚きの表情を隠せていなかった。
「つまり、昨晩私の居場所を知っていたのはあなたと、あなたから居場所を教えられたあの男たち……違いますか」
不可解な点はいくつもあった。そして、そこには常に真理亜の影があった。つまり、真相はこうだ。この悲劇は突発的に起こったものではない。
真理亜によって、人為的に引き起こされた悲劇であると。
「……やはり、気付かれてしまいましたか。流石、鋭いですね秋乃様は。まぁ、別に構わないのです、だって隠す気なんて元々あまりなかったのですから」
そして、私の言葉に真理亜は正体を現した。その態度、表情から変化は見られないが、その目の奥に宿る狂気が滲み出ていた。
私に対する目が、既に別人のものだったのだ。
「何のために……こんな、私を村から追い出したくてこんな事を……?」
「だって、秋乃様が悪いのではありませんか。この村に土足で入り込んできて……誰でも庭を踏み荒らされれば、その原因を排除しようとは考えません?」
真理亜は当たり前の事のように、淡々と言葉を重ねる。
「私が……一体あなたに何をしたの?! 気に入らないのは私だけのはずでしょ、それなのに……お腹の子まで」
私は真理亜の方を揺さぶるが、真理亜は糸の切れた人形のように反応を示さない。
ただ、私を軽蔑するような笑みを浮かべたままだった。
「それが、それが……秋乃様の罪なのです。私以外に、子を宿せる身体を持っている事が罪なのです。この村で、子を宿すのは私の役目。だからこそ皆は私を崇め続けてきた。けれど……あなたがいたら、その役目はどうなりますか?」
神社の本殿で、男たちが真理亜に群がる光景が蘇る。地獄絵図のような光景。
「私は、あの一晩で数多くの男を愛し、愛されました。全ての男たちの愛は全て私に注がれなければなりません。ですから、それを横取りする恐れのあったあなたを野放しにはできないでしょう?」
真理亜は不特定多数の男からの愛を一身に受けることを幸福としていた。それが例え肉欲に塗れたものであっても、彼女の心を満たす愛である事には変わりない。
「あんなものが愛……? 私は、不特定多数の男からの愛なんていらない! 夫とお腹の子、特別な人から愛だけで、十分だった! なのに、なのに……」
そんなもの、私はいらなかった。ただ、自分にとっての特別で、大切なからの愛があれば他に何もいらなかった。なのに……奪われた。夫も、お腹の子も。
「そんなこと、村の男たちが許しませんよ。東京から来たあなたは知らないでしょうが、この村の過疎化は死活問題です。あなた個人の気持ちなど、考慮されるわけがありません。あなたは子を産む道具になる義務と責任が生じます。だから、その前に警告してあげたのですよ?」
真理亜は狂気の籠った笑顔で微笑んだ。
自らの幸福を守るため、彼女は私の幸福を踏み潰し、殺した。
そして今、私の前でそれを自白しながら笑っている。
「……あなたは聖母なんかじゃない、悪魔……悪魔よ!」
「いいえ、あなたが何と言おうと私はこの村では聖母です。あなたの話をこの村の人間が信じると思いますか?」
村の全てを支配する真理亜だからこそできた犯行。私一人、この村で騒ぎ立てたところで夫も含め相手にされることはないだろう。
「……村の人間は騙せても、外部の警察まで騙せると思っているの。私が東京に帰れば……」
「あら、のこのこ東京に帰れるとお思いですか? 私が命じればあなたを死ぬまで神社に監禁する事だって簡単なのですよ?」
真理亜の口ぶりから察する、この少女は本気だ。そして、それを実行できるだけの条件も既に揃っている。
村人総出なら私を捉え、監禁することなど容易い。真理亜が命じれば、思うがまま。
それが、この輪廻村の常識なのだ。
「けれど、私も鬼ではありません。もはや子と夫を失ったあなたは罪を浄化したものと考えます。ですから、女としての『生殖機能』も『誇り』も全てを捨て、私の妨げにならないというなら……秋乃様の最低限の暮らしは保障致しましょう」
絶望し、涙を流し続ける私に、真理亜の細い指がそっと触れる。
「さぁ、答えをお聞かせください」
私は、涙を流しながら首を縦に振るしかなかった。
真理亜は両手で覆いながら声を震わせる。
「……」
「辛く、恐ろしかったことでしょう。この村の人間として、私が必ずや犯人を突き止め……罪を償わせます」
真理亜は深々と私に頭を下げた。
だが、私は真理亜の心の内を既に読んでいた。この少女が何を考え、思っているのかも。
「……驚きました。真理亜様は、人の心を読む力まで備わっておられるのですね」
「……は?」
私の太々しい反応に、真理亜が眉を顰める。
「私は、真理亜様には一度も強姦されて流産しただなんて言っていません。ただ、体調を崩して流産したとしかお伝えしていないはずですが……」
真理亜の表情が固まる。事実、私の口からは強姦の事実を真理亜には伝えていない。
夫やお母様にも、私が階段を踏み外したことで流産したとしか話していない。
「それは……先ほど、旦那様から」
「夫には階段で足を滑らせたと伝えたはずですが……妙な話ですね。昨日、私が強姦された挙句、流産したというのを知るのは、私自身か、実行犯か……もしくは、それを命じた者か」
つまり、その事実を知る者は実行犯とそれを指示した者のみ。本来ならば、真理亜が知り得ることのできない情報のはずなのだ。
「秋乃様、気が動転してらっしゃるのですか……無理もありません。慣れない土地で、こんな悲劇が起これば……一度、東京に戻られて休まれた方が」
「……どうしても、私をこの村から追い出したいようですね」
真理亜の表情は再び曇った。しかし、すぐに笑顔を上塗りにして真理亜は口を開く。
「私が、秋乃様を襲わせた犯人だというのですか? たったそれだけの理由で」
「それだけではありません。昨日、私が途中で公民館から抜け、診療所へ泊ることを話したのは……真理亜様、あなただけです」
しかし、その上塗りした笑顔もすぐに剥がれた。私の言葉に、真理亜は驚きの表情を隠せていなかった。
「つまり、昨晩私の居場所を知っていたのはあなたと、あなたから居場所を教えられたあの男たち……違いますか」
不可解な点はいくつもあった。そして、そこには常に真理亜の影があった。つまり、真相はこうだ。この悲劇は突発的に起こったものではない。
真理亜によって、人為的に引き起こされた悲劇であると。
「……やはり、気付かれてしまいましたか。流石、鋭いですね秋乃様は。まぁ、別に構わないのです、だって隠す気なんて元々あまりなかったのですから」
そして、私の言葉に真理亜は正体を現した。その態度、表情から変化は見られないが、その目の奥に宿る狂気が滲み出ていた。
私に対する目が、既に別人のものだったのだ。
「何のために……こんな、私を村から追い出したくてこんな事を……?」
「だって、秋乃様が悪いのではありませんか。この村に土足で入り込んできて……誰でも庭を踏み荒らされれば、その原因を排除しようとは考えません?」
真理亜は当たり前の事のように、淡々と言葉を重ねる。
「私が……一体あなたに何をしたの?! 気に入らないのは私だけのはずでしょ、それなのに……お腹の子まで」
私は真理亜の方を揺さぶるが、真理亜は糸の切れた人形のように反応を示さない。
ただ、私を軽蔑するような笑みを浮かべたままだった。
「それが、それが……秋乃様の罪なのです。私以外に、子を宿せる身体を持っている事が罪なのです。この村で、子を宿すのは私の役目。だからこそ皆は私を崇め続けてきた。けれど……あなたがいたら、その役目はどうなりますか?」
神社の本殿で、男たちが真理亜に群がる光景が蘇る。地獄絵図のような光景。
「私は、あの一晩で数多くの男を愛し、愛されました。全ての男たちの愛は全て私に注がれなければなりません。ですから、それを横取りする恐れのあったあなたを野放しにはできないでしょう?」
真理亜は不特定多数の男からの愛を一身に受けることを幸福としていた。それが例え肉欲に塗れたものであっても、彼女の心を満たす愛である事には変わりない。
「あんなものが愛……? 私は、不特定多数の男からの愛なんていらない! 夫とお腹の子、特別な人から愛だけで、十分だった! なのに、なのに……」
そんなもの、私はいらなかった。ただ、自分にとっての特別で、大切なからの愛があれば他に何もいらなかった。なのに……奪われた。夫も、お腹の子も。
「そんなこと、村の男たちが許しませんよ。東京から来たあなたは知らないでしょうが、この村の過疎化は死活問題です。あなた個人の気持ちなど、考慮されるわけがありません。あなたは子を産む道具になる義務と責任が生じます。だから、その前に警告してあげたのですよ?」
真理亜は狂気の籠った笑顔で微笑んだ。
自らの幸福を守るため、彼女は私の幸福を踏み潰し、殺した。
そして今、私の前でそれを自白しながら笑っている。
「……あなたは聖母なんかじゃない、悪魔……悪魔よ!」
「いいえ、あなたが何と言おうと私はこの村では聖母です。あなたの話をこの村の人間が信じると思いますか?」
村の全てを支配する真理亜だからこそできた犯行。私一人、この村で騒ぎ立てたところで夫も含め相手にされることはないだろう。
「……村の人間は騙せても、外部の警察まで騙せると思っているの。私が東京に帰れば……」
「あら、のこのこ東京に帰れるとお思いですか? 私が命じればあなたを死ぬまで神社に監禁する事だって簡単なのですよ?」
真理亜の口ぶりから察する、この少女は本気だ。そして、それを実行できるだけの条件も既に揃っている。
村人総出なら私を捉え、監禁することなど容易い。真理亜が命じれば、思うがまま。
それが、この輪廻村の常識なのだ。
「けれど、私も鬼ではありません。もはや子と夫を失ったあなたは罪を浄化したものと考えます。ですから、女としての『生殖機能』も『誇り』も全てを捨て、私の妨げにならないというなら……秋乃様の最低限の暮らしは保障致しましょう」
絶望し、涙を流し続ける私に、真理亜の細い指がそっと触れる。
「さぁ、答えをお聞かせください」
私は、涙を流しながら首を縦に振るしかなかった。
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