鬼畜の城-昭和残酷惨劇録-

柘榴

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第1話 邂逅

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 昭和三十一年、私は怪物と出会いました。

 けれどその怪物は童話のような異形の姿をしているわけでも、異能を宿しているわけでもありません。
 その怪物は、人の形をしていました。人の皮を被って、普通の建物に住んで、昭和の日本社会に溶け込み……そして、自らの欲のために多くの人間を殺していたのです。

 怪物を、怪物と認識できない事が、最も恐ろしいのです。
 
 これは人の骸を積み上げ、城を築いた昭和最大の鬼畜・池田 雄一と私、湯川 恵子の記録です。


 私……湯川 恵子は戦後の新天地を目指し、田舎の青森から大阪へと出向き、就職をしました。
 しかし、たったの二月で辞めてしまったのです。なぜか? それは自身の無能と空虚に嫌気が指したからです。
 頭も悪く、愛想もなく、どんくさい。それに加え世間知らずの田舎もの。我ながら空っぽな人間だったと思います。そんな自分が、大嫌いでした。
 ただ、生きる理由もなく漠然と生き続ける空虚な自分。一層の事、戦争で死んでおけばよかったと思うくらい、私は自分の空虚な人間性も、人生も好きになれませんでした。
 そして私は優秀な同期にも上司にも馴染めず、恥ずかしながら会社からも逃げ出してきたのです。
 しかし、田舎に帰るわけにはいきませんでした。無理を言って大阪に移ることを許してくれた両親にとても顔向けできませんし、何よりこれ以上に半端者の自分を嫌いになりたくなかったのです。
 けれど、早く何とかしなければと思いながらも次の仕事はなかなか見つかりませんでした。


「……ねぇ! ビールもう一本!」
 あの日、私は昼間から飲み屋で潰れていました。両親の仕送りもこうして酒代として消えていく日々。明日から頑張ろう、そう思い始めてもう一週間近くこのザマでした。本当に救いようのない人間だと改めて思います。
「あんた、毎日毎日昼間から飲み過ぎじゃないか。まだ若いってのに……仕事はどうした? まさか働いてないってわけじゃないだろう」
 飲み屋の亭主が苦言を呈しますが、聞く耳も持ちません。そして残りのビールを一気に飲み干しました。
「……呆れた。こんな若いうちから情けねぇ。全く最近の若いのと来たら……いいか、俺たちが若い頃は戦争でなぁ」
「あのねぇ……私だって、青森から単身で頑張ろうって思って……私だって……」
 飲み屋の亭主に悪態をつくほど、あの日の私は苛立ち、悪酔いしていました。
 世間にも、他人にも、空虚な自分にも全てに嫌気がさしていたのです。
 するとその時、向かいの席に座っていた中年男が話しかけてきたのです。
「おいおいお嬢ちゃん、八つ当たりは感心せぇへんな。なんなら、おじさんが話聞いたろか」
少しガラの悪い、やくざ風の男。けれど、その表情には愛嬌があり、物腰も柔らかく感じられ、あまり嫌な気にはなりませんでした。
「……誰、おじさんに何が分かるっての」
 男は私の意見など聞かずに勝手に隣の席に座り込み、酒を注文し始めました。
「ここの常連や。なぁに、酒は一人で飲むより二人で飲んだ方が美味いかと思ってな。お嬢ちゃんのためになるかは分からんが、話してみ。話聞いたるわ」
「……」

 不思議とこの時、私はこの男になら話をしても良いと思いました。男の持つ特有の剽軽さと酒の酔いがそうさせたのかもしれませんが、何よりこの男からは同族の匂いと言うか、同類のような親しみを感じたからです。

 だが、それが全ての地獄の始まり……人の皮を被った昭和の怪物・池田 雄一との出会いでした。



 
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