鬼畜の城-昭和残酷惨劇録-

柘榴

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第13話 人形

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 それから数日後、荷物を持った少女が事務所を訪ねて来ました。予想以上に幼い外見をした少女で、随分と驚いた事を覚えています。 
 十五歳ほどでしょうか、戦争孤児の彼女はその手段でないと生きてはいけなかったのだとしても、あまりにも娼婦としては華奢で、可憐でした。
 その少女の名は『咲』と言って、鷲尾の言う通り感情の無い人形のような少女でした。最初の頃はこちらの呼びかけにも答えず、ただそこにいるだけと言う印象でした。
 それに、彼女は何処か悪かったのか食事を嘔吐したり、夜中に苦しそうにうなされる様子を何度か見たことがありました。
池田も鷲尾から預かった手前、咲には手出しをしようとはしてなかったのが幸いで、咲の世話役はほとんど私の役割でした。

「……えーっと、咲ちゃん? 初めまして、湯川 恵子です。あなたよりはちょっと年上、かな。よろしくね」
「……」

 初めて挨拶を交わした時も、彼女は何の反応も示しませんでした。
 けれど、私は嫌ではありませんでした。なんだか新しく妹ができたようで、咲の世話を面倒だとか煩わしく感じることはありませんでした。そんな私の情を咲も感じ取ったのか、一月ほどで咲の表情に変化が表れ始めました。それからまた一月経つころには、少しずつ会話をしてくれるようになり、それから私と咲が本当の姉妹のようになるにはそれほど時間はかかりませんでした。

そして、私は咲の事を深く知ろうとしました。戦争孤児だった咲を運悪く鷲尾が拾った事、そして幼いながら娼婦として働く事を強いられ、彼女の心は壊れてしまった事。その結果、彼女は声を発することも、表情を浮かべる事も叶わなくなったのです。
 けれど、ここに来てから咲は心を確かに取り戻し始めたのです。

 なぜなら、生まれて初めて他人に優しくされることを知ったからです。犯されるわけでもなく、殴られるわけでもなく……ただ、姉妹の様に暮らす事が、彼女の心に温度を与えたのでした。

 そしてある日の夜、咲から私に口を開いてきました。
「……なんで、お姉ちゃんはこんなところにいるの? 悪い人じゃないのに」
 ある日、咲は同じ布団の中で私に問いました。彼女は私が人を殺し、解体し、その脳味噌を食らうような悪党だということをまだ知りません。
 彼女にとっては、私は頼りがいのある姉だったのです。
「うん、まぁ……成り行きっていうか」
「どうして逃げないの? お姉ちゃんは私と違って、外にも居場所はあるでしょ? 家族を見捨ててでも、逃げるべき。私と同じ思い、してほしくない」
 咲は私の身を案じていました。幼いころから地獄を見てきた彼女だからこそ、自分と同じ末路を辿ってほしくなかったのでしょう。
 私もこのまま池田と暮らしていれば、娼館に売られ客に弄ばれて死ぬか、逮捕されて死刑か、恨みを買って誰かに拷問され殺されるか……ロクな死に方はしないだろうとは思っていました。
「うん、逃げた方が良いだろうね。けれど、私がここにいるのは何か意味があるんじゃないのかと思うの。今まで、半端者で、逃げてばかりの人生だったから……ここが、その終着点なんだって」
 逃げてばかり、半端者の私に与えられた最後の機会……それが『完璧な悪』に至る事ではないか、そう考え始めていました。
 ここで逃げれば、またあの大嫌いだった空虚な自分に戻ってしまう。それは悪に染まる事より、罪を裁かれることよりも恐ろしい事だったのです。
「それに、ここで一つ学んだことがある。何事も、極めなければ武器にならない。善も悪も……あの男を見て、確かめたい。悪を極めた男の人生っていうのを」
「お姉ちゃん……それで、お姉ちゃんが不幸になったら、意味ないよ」
「それでもいいよ。私には悪を極める器も無かった……ってことだから」
 ここでも悪を極められなければ、私の器の程度が知れる。そうすれば、全ての諦めがつく。それも良いと思いました。
 ただ、自分が何者かもわからず空虚に生きるよりは、ずっと良いと思いました。
「……極める。何事も……極めれば武器になる」
 咲は私の言葉に目を輝かせていました。幼い彼女には、私の意気込みが随分と立派で偉いものに聞こえたんだと思います。
「うん、咲。咲はこれからも辛くて、苦しい事がいっぱいあると思う。だからこそ、咲には一つ……何か一つ、極めて……誇りになるようなものを持ってほしいの。池田や私みたいな悪党を見習う必要はないけれど、咲にはきっと極められるものがある」
「何もないよ……頭も悪いし、運動もできない」
「それは私も同じ。だから、私は悪事でしか人を凌げない。誰にもできない事じゃなく、誰もやらない事をすることを選んだ。けれど、咲には今からでも自分の誇りを見つけてほしい」
 悪党になってほしかったわけではありません。ただ、咲には咲にできることを見極めてほしい。そして、それが娼婦として身を売り続ける事だったとしても……それを武器にいつか幸福を掴み取ってほしい。それが、私の本心でした。 
「……ありがとう、お姉ちゃん。私、頑張る。頑張るから……だから、いつか……頑張れば、きっと幸せになれるよね」
「うん。お姉ちゃんも頑張る。だから、咲も」
 そう言いながら震える咲を、私は布団の中でぎゅっと抱きしめたのです。
「お姉ちゃん、じゃあこれあげる。辛くて、悲しくて、挫けそうなときに……これを見て、咲を思い出して」
 布団の中で咲がこっそりと私に、髪に付けていた二つの綺麗な簪(かんざし)の一つを渡してくれたことを覚えています。
「戦争の時にお母さんがくれたの。これから、一人で生きていく事になって、辛くて、悲しくて、挫けそうなときには、これを見てお母さんを思い出しなさいって。だから、お姉ちゃんにも分けてあげる」
「……ありがとう」
 その簪は、悪人の私が付けるにはもったいないくらいに綺麗な代物でした。

 そして、その翌日には咲は鷲尾の元へ帰って行きました。ここへ来て心を取り戻し、覚悟も決まった。咲は人形から人間に生まれ変わったのだと……この時はそう思い込んでいました。
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