血肉の花弁

柘榴

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第1話 一輪の花Ⅰ

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 戦後最大とも言われる残虐な事件が都内で起こった。M、S、Rの3人の女性を殺害し、それをバラバラにした。被害者Mの頭部、被害者Sの胴体、被害者Rの手足を接合した異様な死体を造った異常な男が犯人として逮捕された。
 その男は、逮捕後にこう語った。

「被害者3人は血肉の花弁だ。彼女たちが揃うことで美しい花を咲かせることができた」


 俺は新橋卓郎、34歳。職業はアイドル事務所のプロデューサーをしている。
 事務所は大規模ではないにしろ、近年では勢いをつけ始めた中堅事務所と言っていいだろう。
 今も目の前に広がるステージ上では俺のプロデュースするアイドルが客を魅了している。

「お疲れさま。今日のステージはどうだった?」
 俺はステージから引き揚げてきたアイドル・真衣の頭にタオルをかぶせる。
「うん、すごく楽しかった。お客さんは……まぁいつも通りって感じだけど」
「そうか……」
 真衣はタオルで顔を乱暴に拭きながら言う。
「いつも通り」とは、今日も空席が目立ち、客の盛り上がりもイマイチということだ。
 真衣は前座のようなものだ、仕方がないと言えば仕方がない。
「若い頃は当たり前のように過ぎて行ったステージも……終わりが見えてくると、なんだか変に意識しちゃうね」
 真衣は遠い目でステージを見つめる。
 彼女は今年で28歳。アイドルとしてはもう厳しい年齢だ。
 だからと言って若いときに人気があったというわけでもない。ただ歳だけを重ね続け、前座を繰り返して今に至る。
「……もう、決めたんだな」
「うん、だってもう十分過ぎるくらい楽しんだもの。結局、芽は出ないまま終わっちゃったけど」
 そして、彼女はとうとう来月で引退を決意した。
 プロデューサーの俺も、それが正しい判断だとは思った。
「けど、最後まで付き合ってもらうからね! プロデューサー!」
 真衣は笑顔でそう言い残し、足早に控室へ戻った。
 彼女が引退することに対し淋しさを覚えながらも、俺の中では最後に彼女をなんとしても輝かせなければならないという責任感が異常なまでに肥大化していた。

 翌日、事務所の飲み会があった。
 しかし、真衣はバイトだと言って来なかった。芸能活動のみではとても生計を立てられない彼女は、毎日バイトに明け暮れていた。
「新橋さんさ、真衣さんの事どー思ってんの?」
「どうって……」
 俺が狼狽えていると、目の前に座る若手アイドル・里香が絡んでくる。
 モデル出身で、気の強い20歳。そのしなやかで長い手足で披露するダンスがファンの支持を集め、今や事務所の有望株。
 一応は俺のプロデュースしているアイドルだが、どうも俺は彼女が好きになれない。酒が入っていると尚更だ。
「だってもう相当長いでしょ? てか真衣さんって今何年目?」
「もう10年目。18からうちの事務所だから」
「えっじゃあ今28歳?! アイドルって歳じゃないでしょ!」
 里香は膝を叩きながら笑う。
 その下品な姿は、とてもアイドルとは言い難い。
「ちょっと里香ちゃん飲み過ぎ……明日も撮影あるのに」
「栞は真面目すぎ。こんな毎日忙しくて飲まずにいられないって」
「もう……」
 里香の隣に座る栞が酒を取り上げる。
 栞も若手アイドルの一員であり、俺のプロデュースするアイドルだが、彼女は里香に比べて落ち着いており、手もかからない。
 元グラビアアイドルの20歳であり、その豊満な肉体が男性ファンの人気を集め、里香と同じく事務所の有望株だった。
「2人は……随分と調子が良さそうだな。社長もお前ら2人にはかなり期待してるみたいだし……」
「新橋さんも、そう思います?」
 里香が自信満々に聞く。
「ああ、もちろん」
「だったらぁ……真衣さんと同じステージに私たち出さないでくださいよ」
 その時、一瞬だけ部屋の空気が凍った。
「ちょっと里香ちゃん……」
「だって、事務所同じだからってあんな年の離れた人と同じステージで歌って踊れって……毎回じゃないにしろ、なんていうかステージの雰囲気が損なわれるっていうか」
 確かに真衣と若手を組ませてステージに立たせる場合もある。
 だが、毎回の事でもないし真衣もアイドルとしての基礎や技術は一通り揃っている。
 ただ、10代の若手と比べれば確かに年齢差が気になる場合があるのは俺にだって分かっていた。
「……真衣も懸命にやってる。それにキャリアならお前より上の先輩だぞ」
「キャリアなんて、余計に歳食ってるってだけでしょ? 新橋さん、真衣さんの事特別扱いしてますよね。思い入れがあるのはいいですけど、私たち巻き込まないでくださいよ」
「ちょっと、言い過ぎだよ里香ちゃん」
 栞が間に割って入る。
 だが、里香は止まらない。
「栞だって思うでしょ? ダンスや歌だって、勢いだって私たち2人の方がある。私たち2人でやった方が客も湧く。あんただってそう感じるでしょ?」
「それは……」
 栞は一瞬口籠ったが、少しして言いづらそうに声を上げた。
「確かに、私たちとは方向性と言うか……雰囲気が噛み合わないかもなぁーとは……ちょっと」
 やはり、栞もそう感じていた。
「そうか……いや、そうだな。上と相談するよ……真衣とも」
 そんなこと、俺だって分かっていた。真衣の引退までにいくつかステージは残っているが、そこで若手と組ませるようなことはすべきではない。
 けれど、どうしても真衣を特別視してしまう自分がいた。
 最初にプロデュースした相手だから? それもあるが、それ以上に……
 きっと、俺は彼女自身に惹かれているんだと思う。
「真衣さん、いつまでやるんですかね」
「……来月だよ。来月末のステージであいつは引退する」
「えっ」
 里香と栞が声を合わせて驚く。
「あいつ自身が決めたんだ、もう十分だって。これからの事は、実家に帰ってからゆっくり考えるんだと。だからその日まで、お前らもあいつに対しては優しくしてやってくれ」
「真衣さん、やめちゃうんですね……」
 栞は悲しそうに言った。
 けれど、この若手2人はきっと真衣がいなくなることに安心していたと思う。
「だが、俺は……プロデューサーとして最後にあいつを、最大限に輝かせてやりたい。歴史に残るくらいの、誰もが一生忘れられないようなアイドルとして最後を飾ってやりたい」
 俺はつい熱くなって声を大にして語ってしまう。
 普段冷静な俺のこんな様子に、周りも少し驚いていたがそんなことは気にならなかった。
「なんか考えでもあるんです?」
 きっと酔っぱらいの世迷言程度にしか思われていないだろう。
 だが、俺は本気だった。
「ああ……もう考えはある。だが準備が必要だ」
 真衣が引退を決意してから、俺はずっと彼女へ送る最後のプロデュースについて考えていた。
 あらゆる手段、方法を考えた。そして、その中から1つの答えに俺は至ることができた。
「そのためには、お前たちにも少し手伝ってもらうことになるかもな」
 それは他人を犠牲にし、真衣自身も犠牲になる事を意味していた。
 そしてその犠牲には俺も含まれている。
 だが、それだけ多くの犠牲を払ってでも、俺は彼女をプロデュースしたい、しなければならないという感情に支配されていた。

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