血肉の花弁

柘榴

文字の大きさ
1 / 10

第1話 一輪の花Ⅰ

しおりを挟む
 戦後最大とも言われる残虐な事件が都内で起こった。M、S、Rの3人の女性を殺害し、それをバラバラにした。被害者Mの頭部、被害者Sの胴体、被害者Rの手足を接合した異様な死体を造った異常な男が犯人として逮捕された。
 その男は、逮捕後にこう語った。

「被害者3人は血肉の花弁だ。彼女たちが揃うことで美しい花を咲かせることができた」


 俺は新橋卓郎、34歳。職業はアイドル事務所のプロデューサーをしている。
 事務所は大規模ではないにしろ、近年では勢いをつけ始めた中堅事務所と言っていいだろう。
 今も目の前に広がるステージ上では俺のプロデュースするアイドルが客を魅了している。

「お疲れさま。今日のステージはどうだった?」
 俺はステージから引き揚げてきたアイドル・真衣の頭にタオルをかぶせる。
「うん、すごく楽しかった。お客さんは……まぁいつも通りって感じだけど」
「そうか……」
 真衣はタオルで顔を乱暴に拭きながら言う。
「いつも通り」とは、今日も空席が目立ち、客の盛り上がりもイマイチということだ。
 真衣は前座のようなものだ、仕方がないと言えば仕方がない。
「若い頃は当たり前のように過ぎて行ったステージも……終わりが見えてくると、なんだか変に意識しちゃうね」
 真衣は遠い目でステージを見つめる。
 彼女は今年で28歳。アイドルとしてはもう厳しい年齢だ。
 だからと言って若いときに人気があったというわけでもない。ただ歳だけを重ね続け、前座を繰り返して今に至る。
「……もう、決めたんだな」
「うん、だってもう十分過ぎるくらい楽しんだもの。結局、芽は出ないまま終わっちゃったけど」
 そして、彼女はとうとう来月で引退を決意した。
 プロデューサーの俺も、それが正しい判断だとは思った。
「けど、最後まで付き合ってもらうからね! プロデューサー!」
 真衣は笑顔でそう言い残し、足早に控室へ戻った。
 彼女が引退することに対し淋しさを覚えながらも、俺の中では最後に彼女をなんとしても輝かせなければならないという責任感が異常なまでに肥大化していた。

 翌日、事務所の飲み会があった。
 しかし、真衣はバイトだと言って来なかった。芸能活動のみではとても生計を立てられない彼女は、毎日バイトに明け暮れていた。
「新橋さんさ、真衣さんの事どー思ってんの?」
「どうって……」
 俺が狼狽えていると、目の前に座る若手アイドル・里香が絡んでくる。
 モデル出身で、気の強い20歳。そのしなやかで長い手足で披露するダンスがファンの支持を集め、今や事務所の有望株。
 一応は俺のプロデュースしているアイドルだが、どうも俺は彼女が好きになれない。酒が入っていると尚更だ。
「だってもう相当長いでしょ? てか真衣さんって今何年目?」
「もう10年目。18からうちの事務所だから」
「えっじゃあ今28歳?! アイドルって歳じゃないでしょ!」
 里香は膝を叩きながら笑う。
 その下品な姿は、とてもアイドルとは言い難い。
「ちょっと里香ちゃん飲み過ぎ……明日も撮影あるのに」
「栞は真面目すぎ。こんな毎日忙しくて飲まずにいられないって」
「もう……」
 里香の隣に座る栞が酒を取り上げる。
 栞も若手アイドルの一員であり、俺のプロデュースするアイドルだが、彼女は里香に比べて落ち着いており、手もかからない。
 元グラビアアイドルの20歳であり、その豊満な肉体が男性ファンの人気を集め、里香と同じく事務所の有望株だった。
「2人は……随分と調子が良さそうだな。社長もお前ら2人にはかなり期待してるみたいだし……」
「新橋さんも、そう思います?」
 里香が自信満々に聞く。
「ああ、もちろん」
「だったらぁ……真衣さんと同じステージに私たち出さないでくださいよ」
 その時、一瞬だけ部屋の空気が凍った。
「ちょっと里香ちゃん……」
「だって、事務所同じだからってあんな年の離れた人と同じステージで歌って踊れって……毎回じゃないにしろ、なんていうかステージの雰囲気が損なわれるっていうか」
 確かに真衣と若手を組ませてステージに立たせる場合もある。
 だが、毎回の事でもないし真衣もアイドルとしての基礎や技術は一通り揃っている。
 ただ、10代の若手と比べれば確かに年齢差が気になる場合があるのは俺にだって分かっていた。
「……真衣も懸命にやってる。それにキャリアならお前より上の先輩だぞ」
「キャリアなんて、余計に歳食ってるってだけでしょ? 新橋さん、真衣さんの事特別扱いしてますよね。思い入れがあるのはいいですけど、私たち巻き込まないでくださいよ」
「ちょっと、言い過ぎだよ里香ちゃん」
 栞が間に割って入る。
 だが、里香は止まらない。
「栞だって思うでしょ? ダンスや歌だって、勢いだって私たち2人の方がある。私たち2人でやった方が客も湧く。あんただってそう感じるでしょ?」
「それは……」
 栞は一瞬口籠ったが、少しして言いづらそうに声を上げた。
「確かに、私たちとは方向性と言うか……雰囲気が噛み合わないかもなぁーとは……ちょっと」
 やはり、栞もそう感じていた。
「そうか……いや、そうだな。上と相談するよ……真衣とも」
 そんなこと、俺だって分かっていた。真衣の引退までにいくつかステージは残っているが、そこで若手と組ませるようなことはすべきではない。
 けれど、どうしても真衣を特別視してしまう自分がいた。
 最初にプロデュースした相手だから? それもあるが、それ以上に……
 きっと、俺は彼女自身に惹かれているんだと思う。
「真衣さん、いつまでやるんですかね」
「……来月だよ。来月末のステージであいつは引退する」
「えっ」
 里香と栞が声を合わせて驚く。
「あいつ自身が決めたんだ、もう十分だって。これからの事は、実家に帰ってからゆっくり考えるんだと。だからその日まで、お前らもあいつに対しては優しくしてやってくれ」
「真衣さん、やめちゃうんですね……」
 栞は悲しそうに言った。
 けれど、この若手2人はきっと真衣がいなくなることに安心していたと思う。
「だが、俺は……プロデューサーとして最後にあいつを、最大限に輝かせてやりたい。歴史に残るくらいの、誰もが一生忘れられないようなアイドルとして最後を飾ってやりたい」
 俺はつい熱くなって声を大にして語ってしまう。
 普段冷静な俺のこんな様子に、周りも少し驚いていたがそんなことは気にならなかった。
「なんか考えでもあるんです?」
 きっと酔っぱらいの世迷言程度にしか思われていないだろう。
 だが、俺は本気だった。
「ああ……もう考えはある。だが準備が必要だ」
 真衣が引退を決意してから、俺はずっと彼女へ送る最後のプロデュースについて考えていた。
 あらゆる手段、方法を考えた。そして、その中から1つの答えに俺は至ることができた。
「そのためには、お前たちにも少し手伝ってもらうことになるかもな」
 それは他人を犠牲にし、真衣自身も犠牲になる事を意味していた。
 そしてその犠牲には俺も含まれている。
 だが、それだけ多くの犠牲を払ってでも、俺は彼女をプロデュースしたい、しなければならないという感情に支配されていた。

しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

意味が分かると怖い話(解説付き)

彦彦炎
ホラー
一見普通のよくある話ですが、矛盾に気づけばゾッとするはずです 読みながら話に潜む違和感を探してみてください 最後に解説も載せていますので、是非読んでみてください 実話も混ざっております

意味が分かると怖い話【短編集】

本田 壱好
ホラー
意味が分かると怖い話。 つまり、意味がわからなければ怖くない。 解釈は読者に委ねられる。 あなたはこの短編集をどのように読みますか?

敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される

clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。 状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

【⁉】意味がわかると怖い話【解説あり】

絢郷水沙
ホラー
普通に読めばそうでもないけど、よく考えてみたらゾクッとする、そんな怖い話です。基本1ページ完結。 下にスクロールするとヒントと解説があります。何が怖いのか、ぜひ推理しながら読み進めてみてください。 ※全話オリジナル作品です。

処理中です...