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第2話
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「アイリス、突然来て悪いな」
私が、急いで客室に行くとそこには申し訳なさそうな顔をした婚約者、第二王子ライルハート様の姿があった。
「大した用がある訳ではないのだが、少し顔が見たくなってな。予定があれば直ぐに帰る」
突然のライルハート様の来訪に驚きはしたが、別に私は迷惑などとは思っていなかった。
それどころか、嬉しくさえ感じていた私は、微笑んでみせる。
「いえ、特に予定などありませんわ」
「それなら良かった」
ライルハート様は頷くと、手に持っていた紙袋を机に置き、中の物を取り出した。
「お詫びと言っては何だが、茶菓子を持ってきた」
「………え?」
私の顔が苦々しいものとなったのは、その瞬間だった。
紙袋から出てきた、非常に美味しそうなケーキ。
それを何とも言えない表情で見つめながら、私は自分の腹部をつねる。
やはり、明らかに以前よりもふくよかになっている。
「……私は以前、贈り物に茶菓子は控えてくれとお願いした気がするのですが」
ライルハート様は、よく私に茶菓子、それもとても美味しいものを贈り物として渡してくれる。
最初、そのお菓子を私は心待ちにしていたのだが、食べ過ぎにより私の体重は大きく増加してしまった。
そのため、前ライルハート様とお茶した時に、もう茶菓子は持ってこないようにお願いしたのだ。
……それにも関わらず、平然とまた茶菓子を持ってきたライルハート様に、私は恨めしげな目を向ける。
そんな私の視線に対し、ライルハート様は飄々と口を開いた。
「ああ、そうだったか。だったら俺が一人で食べるから気にするな。……まあ、無理だろうがな」
「それが分かっているなら、持ってこないでください!」
私は半泣きになりながら、侍女が取り分けてくれたケーキを口に運ぶ。
もうこうなってしまえば、私にこの美味しいお菓子を我慢することなんて出来もしないのだ。
明日から食事を制限してどうにかするしかない。
ライルハートは、そんな私を見て肩を竦めた後、自身もケーキを食べ始めた。
それから少しの間、私とライルハート様の間に会話はなかった。
二人ともまったりとケーキと紅茶を楽しみ、時々思い出したように会話を交わす。
それは他の婚約者から見れば、少し異様かもしれない。
けれど、不思議と落ち着きを覚えるその時間が、私は嫌いではなかった。
ケーキを食べる手を止め、私はそっと視線をあげてライルハート様の顔を伺う。
まるで整えられていない黒髪に、気怠げな黒目。
その顔立ちは決して悪くないどころか、整えば令嬢たちに騒がれてもおかしくないだろう。
にもかかわらず、ライルハート様は容姿に無頓着で、貴族達の受けは良くない。
優秀な王太子様と比べられ、悪口を言われることも多い。
しかし、私は王太子様ではなく、ライルハート様に婚約者になれた幸運に感謝を抱いていた。
ライルハート様と一緒にいるこの時間だけ、私は心の底から安心を覚えることができた。
問題ばかり起こす義妹に対する心配、お父様にたいする不信感。
その全てを忘れ、私は寛ぐ。
時々悪戯してくるけれども、行き詰まった時には何時も側にいて安心させてくれるこの人が自分は大好きだと、改めて思いながら。
「もうこんな時間か」
ぽつりぽつりと会話をしたり、まったりとケーキを食べているうちに、いつのまにか窓から覗く日は赤く染まっていた。
ライルハート様が帰る時間になったことを理解した私は、名残惜しさを胸の奥に押し込んで微笑んだ。
「お見送りしますわ」
そして、ライルハート様に続いて客室の扉を潜ろうとして──私が彼女、アリミナの存在に気づいたのはその時だった。
「お姉様、お父様がお呼びです。ですので、私が代わりにお見送りいたしますわ」
「っ!」
私達を待ち構えるように廊下に立っていたアリミナは、一礼した後魅惑的に微笑んだ。
……その笑みに、何故か私の背に冷たい何かが走った。
私が、急いで客室に行くとそこには申し訳なさそうな顔をした婚約者、第二王子ライルハート様の姿があった。
「大した用がある訳ではないのだが、少し顔が見たくなってな。予定があれば直ぐに帰る」
突然のライルハート様の来訪に驚きはしたが、別に私は迷惑などとは思っていなかった。
それどころか、嬉しくさえ感じていた私は、微笑んでみせる。
「いえ、特に予定などありませんわ」
「それなら良かった」
ライルハート様は頷くと、手に持っていた紙袋を机に置き、中の物を取り出した。
「お詫びと言っては何だが、茶菓子を持ってきた」
「………え?」
私の顔が苦々しいものとなったのは、その瞬間だった。
紙袋から出てきた、非常に美味しそうなケーキ。
それを何とも言えない表情で見つめながら、私は自分の腹部をつねる。
やはり、明らかに以前よりもふくよかになっている。
「……私は以前、贈り物に茶菓子は控えてくれとお願いした気がするのですが」
ライルハート様は、よく私に茶菓子、それもとても美味しいものを贈り物として渡してくれる。
最初、そのお菓子を私は心待ちにしていたのだが、食べ過ぎにより私の体重は大きく増加してしまった。
そのため、前ライルハート様とお茶した時に、もう茶菓子は持ってこないようにお願いしたのだ。
……それにも関わらず、平然とまた茶菓子を持ってきたライルハート様に、私は恨めしげな目を向ける。
そんな私の視線に対し、ライルハート様は飄々と口を開いた。
「ああ、そうだったか。だったら俺が一人で食べるから気にするな。……まあ、無理だろうがな」
「それが分かっているなら、持ってこないでください!」
私は半泣きになりながら、侍女が取り分けてくれたケーキを口に運ぶ。
もうこうなってしまえば、私にこの美味しいお菓子を我慢することなんて出来もしないのだ。
明日から食事を制限してどうにかするしかない。
ライルハートは、そんな私を見て肩を竦めた後、自身もケーキを食べ始めた。
それから少しの間、私とライルハート様の間に会話はなかった。
二人ともまったりとケーキと紅茶を楽しみ、時々思い出したように会話を交わす。
それは他の婚約者から見れば、少し異様かもしれない。
けれど、不思議と落ち着きを覚えるその時間が、私は嫌いではなかった。
ケーキを食べる手を止め、私はそっと視線をあげてライルハート様の顔を伺う。
まるで整えられていない黒髪に、気怠げな黒目。
その顔立ちは決して悪くないどころか、整えば令嬢たちに騒がれてもおかしくないだろう。
にもかかわらず、ライルハート様は容姿に無頓着で、貴族達の受けは良くない。
優秀な王太子様と比べられ、悪口を言われることも多い。
しかし、私は王太子様ではなく、ライルハート様に婚約者になれた幸運に感謝を抱いていた。
ライルハート様と一緒にいるこの時間だけ、私は心の底から安心を覚えることができた。
問題ばかり起こす義妹に対する心配、お父様にたいする不信感。
その全てを忘れ、私は寛ぐ。
時々悪戯してくるけれども、行き詰まった時には何時も側にいて安心させてくれるこの人が自分は大好きだと、改めて思いながら。
「もうこんな時間か」
ぽつりぽつりと会話をしたり、まったりとケーキを食べているうちに、いつのまにか窓から覗く日は赤く染まっていた。
ライルハート様が帰る時間になったことを理解した私は、名残惜しさを胸の奥に押し込んで微笑んだ。
「お見送りしますわ」
そして、ライルハート様に続いて客室の扉を潜ろうとして──私が彼女、アリミナの存在に気づいたのはその時だった。
「お姉様、お父様がお呼びです。ですので、私が代わりにお見送りいたしますわ」
「っ!」
私達を待ち構えるように廊下に立っていたアリミナは、一礼した後魅惑的に微笑んだ。
……その笑みに、何故か私の背に冷たい何かが走った。
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