裏切り者、そう呼ばれた令嬢は

影茸

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第1話

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 「この、裏切り者が」

 私が、そう婚約者である伯爵令息、マーリス・アーステルトに告げられたのは、呼び出されたアーステルト家のことだった。

 「………え」

 アーステルト家に、1ヶ月後の婚姻のためとして呼び出された私は、一瞬マーリスの言葉の意味を理解することが出来なかった。
 少なからず、婚姻に対して心を躍らせていたからこそ尚更、思い描いた状況と現状の差異を受け入れることが出来なかったのだ。

 「サラリア・マーセルラフト、貴様がこんな尻軽な女だとは思わなかった」

 そんな私を無視して、マーリスはさらに言葉を重ねる。

 「──こんな何処ぞともしれない男と浮気をするとはな!」

 そして、その言葉とともにマーリスが私へと何かを握った拳を突き出す。
 そのマーリスの拳の中に握られた魔力投射機により、半透明の使用人の服を着た男性の姿が現れたのは、次の瞬間のことだった。

 「っ!」

 突然映し出された、見覚えのある男性の姿。
 それに私は動揺を隠しきれず言葉を失うが、直ぐに動揺している場合でないことに気づく。
 今になって、ようやく私は今の状況を理解し始めていたのだ。
 マーリスは私が浮気をしたと考え、その浮気相手こそがあの男性だと思い込んでいることを。
 そのことを理解した瞬間、私は誤解を解くべく口を開いていた。

 「マーリス、全て誤解です!私は別に浮気なんてしてません!」

 確かに、マーリスが魔力投射機で現した男性と私は面識があることは、本当だ。
 けれど、その男性と私は時々王宮近く少し会話しただけで、未だ名前も知らない関係でしかない。
 マーリスの言うような、後ろ冷たいことなど私は何一つしていないのだ。

 「私は貴方を裏切ってなんか、いません」

 だから私はマーリスに必死に自身の身の潔白を訴える。
 言葉の途中で、涙が溢れそうになるのを堪えながら。

 今まで、私は直近に迫った婚約に向け、胸を躍らせていたはずだった。
 なのに今、私はこうしてまるで覚えのない罪でマーリスに疑いの目を向けられている。
 その状況の転落に、私は少なくない衝撃を覚えていた。

 「私は、何時も貴方と一緒にいたでしょう」

 それでも私は、必死に胸の痛みを抑え込みマーリスに言葉を重ねる。
 マーリスになら、伝わる。
 そうしたら、また元の関係に戻れると信じて。

 「……はあ。ここまで来てもまだシラを切ろうとするか」

 ……だが、そんな私の希望は苛立ちを隠そうともしないマーリスが吐き捨てた言葉に、消え去ることとなった。

 「貴様がどれだけ言い逃れしようと無駄だ。貴様の裏切りは、人に見られていたんだよ」

 マーリスは、愕然とする私に対し、そう笑う。
 隠しきれない優越感をその目に浮かべながら。

 「ええ。サラリア様、貴方とそこの男性の逢い引きを私、目にしてしまいましたの」

 「………嘘」

 そして次の瞬間、そのマーリスの言葉に反応するように部屋の中に入ってきた一人の令嬢の姿に、私は全ての状況を理解した。

 彼女は辺境伯の令嬢、マルシェ・サースマリア。

 ……マーリスに一目惚れして、私に一方的な敵意を向けていた令嬢だった。
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