上 下
23 / 29
再婚約

鈍感

しおりを挟む
「……っ!?」

 ハンスの顔が朱に染まったのはその瞬間だった。
 その姿にかつてのことを思い出しているんだろうと、私は小さく笑う。
 笑いながら私の脳裏に蘇っていたのは、かつての記憶だった。
 マーリクの言葉を忘れることができず、呆然とすることしかできなかった時のこと。

 そんな私に必死に言葉を投げかけてくれた人間こそ、ハンスだった。
 落ち込む私を立ち直らせる為に、ハンスは様々なことを試していて、突然の告白はその中の出来事だった。
 そこまで思い出して、私は笑う。

「まさか、あんなタイミングで告白なんかされるなんて思っていなくて、私も驚いちゃったけど」

「っ! お、お嬢様!?」

 そのときにはもうハンスは耳まで真っ赤で、私はさらに笑ってしまう。
 けれど、その時どん底にいた私を救ったのは、間違いなくそのとき側にいてくれたハンスだった。

「その人は本当に私にいろいろなことをしてくれたの。なんと私のお父様を私の目の前に引っ張りだしてきてくれたの」

「……それ、はとんでもない人間ですね」

 そう話している内に、今度はハンスの表情は青くなっていく。
 その様子に笑いを堪えながら、私は告げる。

「ええ。その人の立場を考えれば、あり得ないことだったわ。でも、その時お父様からあの言葉を引き出してくれたから、今の私があるの」

 ──お前は自慢の娘だ。

 それは私がお父様からほしくてほしくてたまらなかった言葉。
 その言葉をハンスは、私の目の前までお父様を連れてきて、引き出してくれた。
 なのに目の前の執事は、自分のしたことの意味をまだ理解していなくて。
 いつの間にか私の方を見ていたハンスへと、ほほえみ私は口を開いた。

「だから私はその人に恋をしたの」

「お、じょうさま?」

 私の言葉に、徐々にハンスの顔が赤くなっていく。
 自分の顔にも熱が集まってくるのを感じながら、私は顔をそらす。
 いつか、こうしてハンスにこのことを告げる日を私は待ち望んでいた。
 だからといって恥ずかしさを感じない訳がなかった。

 ……けれど、私がそんなことを考えていられたのは、ぶつぶつと呟くハンスの声を聞くまでだった。

「勘違いするな、これは俺の話じゃない……!」

「え?」

 整った横顔を私に向け、ぶつぶつとそう呟くハンス。
 その姿に、一拍の後に私は理解する。

 この鈍感執事は、この期に及んで私の気持ちに気づいていないことを。

 その姿に私の胸に、今更ながら苛立ちがわき上がってくる。
 私だって分かっている。
 ハンスが頑なに私の思いがないと思っているのは、身分という大きな壁が存在するからだと。
 私が今までハンスに思いを告げなかった理由も、その問題がまだ完全に片づいていなかったからだ。

 けれど、この期に及んでまるで気づかないハンスの姿に、さすがの私も我慢の限界を迎えた。

 もういっそのことひっぱたいてやろうか、なんて考えが頭に浮かぶ。
 もちろん、今回助けてくれたハンスに暴力をふるうつもりはないが、其れほどに私は苛立ちを感じていて。

「悪いのは、ハンスだからね」

 ふと、最高の方法を私が気づいたのはその時だった。
 にんまりと私は笑みを浮かべ、未だ横顔を私に向けているハンスへと体を寄せる。

「いいか、勘違い……お嬢様?」

 その途中、さすがのハンスも私の行動に気づく。
 しかし、もうその時すでに手遅れだった。

「あむ」

 ──次の瞬間、私はハンスの耳たぶを口に含んだ。
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

すきだよ私の人魚姫

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:120pt お気に入り:0

ノー・ウォリーズ

BL / 完結 24h.ポイント:106pt お気に入り:4

やり直せるなら、貴方達とは関わらない。

BL / 連載中 24h.ポイント:23,743pt お気に入り:2,733

優しい姉に婚約者を奪われ、裏切られました。他

恋愛 / 完結 24h.ポイント:113pt お気に入り:43

さようなら。悪いのは浮気をしたあなたですから

恋愛 / 完結 24h.ポイント:99pt お気に入り:1,942

聖女の妹によって家を追い出された私が真の聖女でした

恋愛 / 完結 24h.ポイント:170pt お気に入り:697

純愛パズル

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:156pt お気に入り:0

処理中です...