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猫手水晶

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第2.5章 赤いランプの目

私とアランの日記 (2)

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Day.X+31日目
目を覚ましたとたん、私は戦慄した。
寝落ちしてしまったのだ。それもテントの中でなく、外で座ったまま寝てしまっていたのだ。
この世界で寝落ちなんてしてしまえば、寝ているうちに何をされるかわからない。無法者に連れ去られたり、ロボットに命を刈り取られる事だってある。
私は自分が生きているのか確かめるべく、まずは自分の頬をつねった。
うん、ちゃんと痛い。
ここがあの世ではないことを確認できた私は、横に座り寝ている息子に叫んだ。
「アラン!大丈夫!?」
「ううん...?どうしたの?おはよ...」
アランは寝起きで、目を開きながらそう言った。息をしているか確認する前に無心に叫んでしまった自分を恥ずかしく思ったけど、今はそんな事どうだっていい。
私は次に周りを見渡した。
自身の背後にはキャンプ地にしている廃墟があって、そして自分たちの目の前には昨日焼いていた肉がそのままにしてあった。ランプは火が消えており、なかの燃料も空になっていた。
そこまでは大丈夫だった。だけどその後私は異変に気付いた。
ここに3人目の人物がいたのだ。
彼は私達が目覚めるのを待っていたのごとく、少し私達とは距離をおいて。肉を挟んで向き合うように正面に立っていた。
「誰!?アランに何かするならただじゃおかない...!」
私はとたんに恐怖に襲われた。私はとっさに右手にナイフをもって彼に突きつけ、左手はアランを守れるように男から遮るようにして。眼前に手を添えた。
「待て...!大丈夫じゃ!ワシは別に略奪や暴力をするために来たんじゃない...!」
彼は老人で、頭には左右にだけ白い髪の毛を生やしており、同じく口元にも長く白い髭を左右に長く伸ばしていた。痩せこけた体の細い右手を広げ、否定を表すように横にしたそれを左右に振って、首も左右に振って慌てながらそう言った。
「じゃあ何のためにここにいるの...?」
私はナイフを老人に突きつけたまま、そう聞いた。
「お前さんらを助けにきたんじゃよ...この近くに自治区がある。小さいがみんな慎ましく生きておるよ。ワシらならなんとかお前さんらをかくまえる。どうじゃ...?ワシと一緒に来んか?」
老人はそう言って、私を自治区へと勧誘した。
「なんでそういう話になったの...?あなたが私達に何もしないって証拠は...?」
ナイフを下さずに私は彼に冷静に聞いた。みんな生きるのに必死なのに、小さな自治区で私達をかくまえる余裕があるというのは信じきれない。そういう名目で誘拐しようとしているという線があるからだ。
「ワシは見てしまったんじゃ。」
「え...?」
私は老人が告げた残酷な事実に戸惑い、ナイフを落とした。そして絶望した。
老人に聞かなくても続く言葉をさとる事ができてしまった。
私は人間の肉を食い、それを知らない我が子にそれを食わせていた。そしてその罪は見られていたのだ。
「あ...ああ!ごめんなさいごめんなさい!許してください...私たちは生きるのに必死なんです!私を殺しても、どうか息子だけは...」
この世界では、正義を名目として、罪を犯した流れ者に好き勝手する人間もいると聞いた事がある。そして、彼はそういう人物かもしれないと思ってしまい、私は絶望と戦慄、罪悪感を抱えながら、せめて息子の命は助けて欲しいと乞いた。
「それに関しては大丈夫じゃよ、ワシはそんな飢えるお前さんらを憐れんで勧誘してるんじゃ。確かにこっちでも食べれる食料の量には限りはあるが、少なくとも命に支障はないようにしているからな。」
私は老人の言葉を聞きながら考えた。私はたくさんの人肉をとったが、その肉の量も限りがあるし、それにそれを食べるととてつもない罪悪感が襲ってくる。
昨日は飢えていたせいか狂ったように肉をむさぼっていた私だった。
だけど、周りに変化がなく、目の前の男も少なくとも今脅威になりうるものではないとわかり冷静になった時、昨日食べていた肉の事を思い出した。
そして私は後悔した。私は人間を捌き、自分はもちろん息子にもそれを食わせてしまったのだ。
人間の味を知ってしまったのだ。
私は頭を抱えた。私だけでなく、アランまでも人食いの罪人にしてしまった。
「アラン...ごめんね...」
「なに...?ぼくはだいじょうぶだよ?」
彼は許しを乞うた私に対し、きょとんとした顔で答えた。
「いや、何でもない。気にしないで。」
それを伝えるべきでないと感じた私は、そう言ってアランに微笑んだ。
そして決心をつけた私は、目の前の老人に言った。
「お願いします。どうか私達を、あなた方の自治区でかくまってもらえないでしょうか。」
「ああ、もちろんじゃよ。」
男は私に優しく笑いながらそう言った。
私はひとまず一息つき、安心する事ができた。これでお腹が空く事があっても飢えて生命の危機に瀕する心配はなくなる。少なくともアランは大丈夫だろう。

私は男に案内されるまま、ついていった。
1キロくらい歩いた先に、1から2階建てほどで広さも一部屋か二部屋くらいの小さな廃墟が立ち並ぶ、それらしき建物群が見えた。
「ここじゃよ。小さい自治区じゃが皆慎ましく生きておる。」
そこには入植者と思われる人々が歩いていた。気分転換に散歩しているのか、もしくは共用の物を倉庫から取りに行こうとしているのか、外部の世界へ資源集めに行くのか、はたまた途方に暮れ彷徨っているのかはわからないが、その人々の数は多く、少なくともその自治区には20人は住んでるだろうと想定できた。
そして、私は廃墟群の中にある一つの廃屋に案内された。
「ここがお前さんらの家じゃ。ボロいが我慢しとくれ。」
男はそこを粗末だと言うが、私にはそれが豪邸にすら見えた。確かに屋根や壁は一部が欠け、穴も開いているので風が抜けるが、そもそも2部屋ぶんの広さもある平屋を、それにまともに寝起きできる安全な空間があるだけで一級品だ。
さっきまでキャンプとして使っていたテントはぼろぼろで、ところどころに穴が開いている上に、いつ無法者やロボットに壊されてしまってもおかしくない。だからといって泊まれる廃墟を探しても、そもそも建物としての形を捉えてすらいないものが多かった。その辺では住めるだけの空間があるだけで貴重なのだ。
「ありがとうございます!私はなんてお礼をすればいいのでしょうか...」
「大丈夫じゃよ、ここでは助け合いが大事じゃからな。」
至れり尽くせりで申し訳なくなってきた私はなにかお礼をしようと男に言うも、男はそれを微笑みながら遠慮した。
私は男に礼を言い、しばらくはこの自治区に滞在する事に決めた。
アランも嬉しそうにしており、新居を飛び跳ねながら走り回っていた。

ここから後は、次の日のDay.32日の朝に書いた事だが、ここに書く事にする。
Day.31の日記を書き終わった晩の事、私はこの自治区の闇を垣間見ることになった。
昼を表す空の人工照明が消え、すっかり日が暮れた頃の事だった。
アランを寝かしつけて自分も目を閉じようとするも、その日はなぜか嫌な感じがして眠れなかった。
私は少し散歩しようと思い、廃墟を出た。この自治区では自警団のような者もいて、もしもの事があればアランを守ってくれるだろう。
そして、廃墟を出た私は、自治区の長が住んでいるであろう、高さ二階建て広さ二部屋分くらいの廃墟に向かって住民たちが駆け寄っている光景を目の当たりにした。
それを異様に思った私は、こっそり裏から話を聞く事にした。
幸いすぐ隣に登れそうな梯子のついた廃墟があったので、昇って屋根からその廃墟の二階の窓を覗いた。
そして私は見てしまった。

「私、こんなにおいしいもの初めて食べましたよ!」
「お腹いっぱいです!しばらくは食べ物に困りませんね!」
窓からは幸せそうな笑い声や話し声が聞こえている。
「いやあ、こんな『自然の食材』、なかなか手には入りませんよねえ!」
そして住民の一人が発した言葉が私の視覚で捉えた情報をそのまま捉えていた。

人間を食べていたんだ。

そして、私は目を見開き、頭を抱えたまますすり泣く事しかできなかった。
私のせいだ。
私が肉を捌いたとき、そして息子とそれを口にしたとき、その長と思われる老人はその光景を見ていた。
そしてそれを自治区の人間にもふるまう事にしたのだ。
私が屍を見つけた所には他にも多くの人々が命を落として倒れていた。それを住民が捌いたという可能性は高い。その場所も長の老人に補足されているからだ。
私達を保護する前からやっていた可能性もあるが、私達が自治区に来た時、配給された食料はやはり固形食だけだった。それに子連れの私にばれないように、わざと私に通知せずにこっそり真夜中に食料を食べている。
要するにそういう事だ、罪悪感を抱えている私を傷つけないよう、一回人食いになってしまった私に知られない形でほかの住民や長の老人はおいしく肉を食べていた、という事になる。

それを見た私は罪悪感と共に、怒りや恐れではなく、なぜか安心感を覚えてしまった。
彼らも私達と同じだったんだ。私だけが罪人ではなかったのだ。
彼らも生命の危機まで飢えに苦しめられて追いつめられるとなんだって口にするんだ。
なぜか冷静になり、落ち着いた私は梯子を下り、アランの眠る廃墟へと戻った。
その後は不思議とすぐに寝付く事ができた。
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