負社員

葵むらさき

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第42話 ザ・ブラックタカマガハラ

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「あー……っぶなかったぁ」低く囁くように声を洩らしたのは住吉だった。
「まこと」石上も安堵に肩を落とす。「罪なき人の命の無益に奪われゆくところであった」
「ってかあいつ」伊勢は苛立ちを顔に表していた。「どこに隠れていやがんだ」
「地球に」大山がぼそりと提案する。「……は、わかるのかな」
「地球に?」皆が訊く。
「うん」大山は頷く。「スサノオのいる、場所が」

「鯰」天津が洞窟の中で声を張り上げる。「地球と話せるか」
「えーここで?」鯰の甲高い声はすぐに返事をよこした。「まだ準備できてないでしょ」
「無理か」天津は多少困ったような声で問いかけた。「準備しようにも、あいつが邪魔立てするからな」
「岩っちに何か訊きたいことがあんの?」鯰は訊く。
「スサノオが今、どこに潜んでいるか」天津が答える。
「ちょっと待って」鯰は取り次いでくれるようだった。
「親切っすね、クーたん」結城が明るい声を挙げる。
「クーたんではありません」本原が否定する。
「皆さん、お腹空いてるとは思いますが、すみません」天津は頭を下げる。「今すぐに動いていいかどうか見るので、少しだけお待ちいただけますか」
「わっかりましたあ」結城は手に持つローターを頭上高く振り上げて元気よく答えた。
「何故そんなに機嫌がいいんだ」時中が問いただす。
「いやあ、なんかさ」結城は明るく笑う。「スサノオが出てきてくれたから、もう俺がスサノオだっていう可能性なくなったわけじゃん。ちょっとスッキリしたよ」
「残念ではないのですか」本原が問う。「ご自分がスサノオではなかった事が」
「いやあ、ぜんっぜん」結城は首を振る。「俺はれっきとした普通のまともな人間だっていうのが証明されたわけだからさ、もうすこぶる嬉しいの一言だよ」
「普通の?」時中は疑い、
「まともな」本原は疑った。
「スサノオ、リソスフェアにはいないってさ」鯰がだしぬけに地球の回答を伝えてきた。
「そうか」天津は腕組みをした。
「リソスフェアって何だっけ」結城が他の新人二人を見る。「なんか聞いたことあるような」
「岩石圏です」天津が親切に教示する。「地球の一番外側、マントル上部と地殻を含む所です」
「あっそうか、そうでしたね。すいません覚えてなくて」結城は明るく笑いながら謝った。
「じゃあ……上がりましょう、か」天津はなおも用心深く辺りの様子をうかがいながら、出口方向へ一歩進んだ。

 エレベータから降りると、磯田建機の社員たちが数名、ドアから三メートルほど離れた前方に集まって来ており、さらに工場の方から走ってくる者も数名いた。そして彼らに囲まれて二名ほどが地に膝を突いてしゃがんでおり、その二名に支えられるように城岡部長がぺたりと地の上に座り込んでいた。
「あれ」結城が言い、
「どうしたんだ」時中が言い、
「事故でしょうか」本原が言った。
 天津は素早く人だかりに近づき「どうしましたか」と真剣な声で訊いた。
「いやあ、部長がなんか倒れてて」しゃがんだ内の一人が振り向き、天津を見上げて答える。
「あ、大丈、夫です」城岡も天津を見上げ、どこか安心したような笑顔になり答えた。「皆さんこそ、大丈夫ですか」
「あ、ええ」天津は背後の新人たちを振り向き、頷いた。「すみません、上がるの遅くなってしまって」
「ははは」城岡部長は座り込んだまま笑ったが、あまり元気のある声ではなかった。「社長が連絡取れって言ってたんですが、連絡していいものかどうか迷っちゃって」
「それで迷い過ぎて気を失ったんですか?」しゃがんだ内の一人が目を丸くして訊く。
「あいや」城岡部長はさっと真顔になり、自分の座り込んでいる周囲の大地を前後左右と見回した。「――」ぽかんと口を開けたまま、言葉をなくす。
 周囲の大地には何ら異常はなかったのだ。
 天津も城岡に倣って周囲を見た、そして微かに頷き、それから城岡部長に手を貸した。「これから病院にいらっしゃるわけですか」
「あ、いえ」なんとか立ち上がった城岡部長は慌てたように手を振った。「もう大丈夫ですから……社長にも怒られますし」ハハハ、と慌てたように笑う。
「けど」社員たちは心配気味に、立ち去ることもしない。
「ああごめん、ホント大丈夫だから。もう仕事、戻っていいよ。社長に見つかるとまた面倒だしさ」城岡部長は周りにやたら愛想を振りまき、両手で見えない誰かの背を押すような仕草をした。「ホントごめんだったな、ありがとう皆。うん、お疲れさん」
「大丈夫っすか」
「まじで」
「何かあったら言って下さいよ」社員たちはそれでも心配そうな顔をしながら、少しずつ持ち場へと戻って行った。
「いい会社だなあ」結城が比較的ぽつりと呟く。
「皆さん、お優しいですね」本原も同調するが無表情ではある。
「――」時中は特にコメントしなかった。
 社員たちが全員立ち去ったところで、城岡は肩をすくめるようにして振り向き天津に言った。「あ……じゃあ皆さんも、今からご休憩ですね」
「ああ、はい」天津は頷く。「遅くなりましてすみません。休憩後また続きをしに下りますので」
「――はい、……天津さん」城岡部長は目をきょろつかせながら、またぱちぱちとしばたたかせながら、どこか言いにくそうに言った。
「はい」天津はそんな城岡の顔を覗き込むようにして訊き返す。
「あの、下で……何か、トラブルとかありましたか」ぼそぼそと城岡部長は訊く。
「……いえ」天津は考えながら首を振った。「城岡部長の方には」訊く。
「――」城岡部長は顎を少し震わせ、恐怖を目の当りにした人のように怯えた表情になった。
「皆さん、食事を――今日はすみません、あのワゴン車の中で摂って来ていただけますか」天津は振り向く。
「あっ、はい」結城が敬礼せんばかりに背筋を伸ばして答え、
「車の中でですか」本原が訊き、
「――」時中は特にコメントしなかった。
「すみません、ちゃんとした休憩室をご用意できればいいんですが」城岡部長が恐縮する。「小さい会社でして、どうも」頭に手をやる。
「いえ」天津が言いかけたが、
「いえいえいえいえ」結城が倍のボリュームで両手を振りつつ追い被せる。「そんな休憩室なんてもったいない、お気持ちだけで充分ですよ。あざーっす! よしじゃあ皆、メシ行こう」他の二人に手招きをし、持参した弁当を積んだままのワゴン車に向かって小走りし始める。
 三人の後姿を見送った後、茫然とした体で城岡部長は天津を見た。
「何か、ありましたね」天津は穏やかに、だが真剣な顔で訊いた。とはいえ、彼にはすでに何があったのかわかっていた。他の場所にそれぞれ居る社員たち――つまり神たちが、すんでのところで城岡部長を天井への激突から救い出した、その場面まで知っていたのだ。
「……あのです、ね」城岡部長は俯いていたが、自分の記憶をたどっているらしく目を左右に揺らした。「まあ、信じてもらえないとは思うんですが」
「信じますよ」天津は即答した。「何か妙な事が起こったんですね」
「――」城岡部長は驚いたように目を見開き天津に顔を上げた。「……はい」恐る恐る頷く。
「何か、岩みたいなものが出てきたりとか?」天津は誘導の問いを投げる。
「ここのコンクリが」城岡部長は足下を靴の爪先でコツコツと突いた。「突然ひび割れて、下の土が盛り上がって来て」眉をしかめ頭を振る。「天井まで持って行かれて、俺てっきり」声が震え、言葉も業務用のものではなくただの恐怖に震える一青年のものに変っていた。
「そうなんですか」天津は聞きながら社の神たちと対応の方向性について確認を取っていた。

「どう説明しますか?」天津が問い、
「うーん、ここまで鮮明に3D映像見せられてたらなあ」大山が腕を組み唸る。
「難しいすねえ」伊勢も口を尖らせて考え込む。
「ていうかあのスサノオ、実際に人間に危害を加える能力まであるのか」
「我々に対してだけでなく」
「てことは」
「活断層をずらす位しやがるのかな」
「でもそれ地球のシステムに手を加えるってことだよな」
「地球側としてはどうなんだ」
 一瞬の内にではあったが、神々の論議は紛糾の様相を呈した。
「差し向き、城岡部長には?」天津が改めて問う。
「そうだな」鹿島が結論を下す。「我々の行う地質イベントの影響で、本来あるはずのない幻影が見えたと思われる……と回答するしかないだろうな」
「それで、通じますかね」天津はどこか懐疑的だった。
「まあ実際現時点では何の現象も起きていないわけだから、それでいくしかないだろう」大山も社長判断を下す。「それだけ地質調査イベントてなあ特殊なもんなんだってのを匂わせとけば」
「わかりました」天津は大人しく従った。
「てかもう、やっちまいましょうよ」伊勢が暗い目つきでそう提言した。
 神たちは総員、じわりと汗を滲ませた。
「やる、って」住吉が問う。
「あいつを」伊勢が顎をしゃくり上げる。
「如何にして」石上が問う。
「新人たちで」伊勢が答える。
「それはまだ」天津が慌てて異議を唱える。「彼らには荷が重過ぎるのでは」
「そうすかねえ」伊勢は不服そうだった。「できるんじゃないすか? なんやかんや」
「結城君と一騎打ち、か」大山がにやりとほくそ笑む。
「いや、それは」天津がさらに慌てて異議を唱える。「危険過ぎますよ」
「三騎打ちならいけるんじゃないか」鹿島もにやりと笑う。
「本原さんもですか」木之花がぴしりと口を挟む。
「だってイベントって三人がかりでやるもんすからね」伊勢もにやりと笑う。
「まだ、無理です」天津は珍しく強い拒否を示した。「あの三人には荷が重過ぎます。今日でやっと実地研修三日目なんですよ。彼らは一応、普通の人間たちなんですから」
「そうですよ」木之花が加勢する。「私たちの軽い思いつきでやらせていい事と悪い事があります。ブラック企業になっちゃいますよ、うちが」ばん、と何かを叩きつけるような音が続いた。木之花の機嫌がどういった状態にあるのかを示す音だった。
 神たちは、しゅんとしおらしくなった。
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