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第12話
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オリュクスは素早い。疾風のように素早く、水のように無駄のない動きで流れるように走る。
彼はとにかく元気で、いつもご機嫌で、とにかく自分の体を動かすのが好きな動物だ。自分の体が動くということが、嬉しくて楽しくて仕方がないという雰囲気を醸し出しながら生きている。今もきっとそうだ。
「チーター?」レイヴンはふとそう思った。
何がチーターなのかというと、オリュクスが今一緒にいる──そんな恐ろしい話を避けるならば、わりかし近くにいる生き物、それがチーターなのではないか。レイヴンはそう思ったのだ。
チーターのわりかし近くで、恐らく「ぼくの方が速い」てなことを思ったりしつつ、ふんと鼻息荒く密かに競ったりしているのではなかろうか。
いや、実際どちらが速いのだろう? レイヴンはまたふと考えたが、答えはすぐに目の前に現れた。チーターだ。彼の方が速いに決まっている。何故ならチーターは速いだけでなく、オリュクスの体長の、ざっと三~四倍は長いからだ。
オリュクスは負けるだろう──そしてその後どうする? レイヴンはふう──、と長い溜息を吐いた。オリュクスは、そうきっと彼は、もう一度挑むだろう。そしてまた負ける。だがもう一度。さらにもう一度。ついでにもう一度。いや待てといわんばかりにもう一度。
そう、オリュクスは疲れを知らない。眠る直前まで走っている。
だがチーターは恐らくそうではない。疲れもするだろうし、腹も減るだろう。そして……そう、彼はとっくの昔にこっそり自分と張り合おうとする生意気なチビの存在に気づいており、疲労が蓄積するのに比例して、そいつへの苛立ちも増してゆくのだ。そういえば腹も減った、なら今夜のおかずは──
「やめろ!」レイヴンは我知らず叫び声を挙げ、収容籠の中のコスとキオスに衝撃を与えてしまった。彼はしばらくの間浮揚推進しつつ動物たちに平謝りしなければならなかった。
チーターか……
レイヴンは気が重かった。無論、チーターが怖いわけではない。彼らに会って、何か知らないか情報を聞き出すのは、これまでに会った他の動物、ゾウやシロアリやハダカデバネズミたちと何ら変わらず問題なく遂行できるミッションだ。
しかしそれでも、何故かレイヴンは気が重くなるのだった。
「あいつの腹の中は真っ黒だからな」
しばらく進むと、誰かの声が聞こえてきた。
レイヴンははっと身構えたが、停止はせずその声のする方へ引き続き浮揚推進していく。
「確かに」誰か別の声が答えて言う。
「それもただの黒じゃないぞ。どす黒いんだ」
「ふむふむ」
「確かに」
「つまりあいつの腹の中は、真っどす黒いんだ」
「すごいな」
「確かに」
数頭が集まって何か話し込んでいるようだ。
「そんな奴、いてもらっちゃ困ると思わないか」
「うーん」
「どうかな」
「確かに」
「俺、なんか許せないんだよね。ああいう、なんていうの、勝手気ままな奴」
「自由だよね」
「確かに」
「自由っていうか、わがままだよな」
「ああ」
「確かに」
会話はすこぶる早口で行われ、聞いていると体がちりちりと煙を上げはじめそうだった。レイヴンは空咳と生あくびを数回ずつ繰り返し、深呼吸をして自分を落ち着かせた。
大丈夫。あいつらは、人間じゃあない。
「チンパンジーだ」コスが言う。「レイヴン、大丈夫?」
「何か聞きに行くの?」キオスも心配そうに続ける。「無理しない方がいいよ」
「ははは、大丈夫さ。ありがとう」レイヴンは完全なる空元気のもと笑って見せた。「チーターの居場所を訊くなら、チンパンジーしかいないかなと思ってね」
「まあ、チーターは速いもんね」コスは納得したように頷く。「彼らの動きを目で追いかけていられるのは、チンパンジーぐらいのものだろうからね」
「でも、レイヴンはチンパンジーが嫌いなんでしょ?」キオスはなおも心配そうだ。
「チンパンジーがっていうより」コスが間髪入れずに訂正する。「人間が、だよね」
「ははは」レイヴンはやはり乾いた笑い声を挙げた。「厳密に言えばね。そう、彼らはチンパンジー、ぼくにとってはギリギリセーフのゲノム所有者だ」
「彼らは一歩間違えれば人間になっちゃうんだね」コスが、チンパンジーの方を心配しているような声で言う。
「いやあ、決してそんなことにはならないさ。彼らは彼ら、ヒトはヒト。はっきりと区分けされている」レイヴンは言いながらも、自分の体が冷たくなっているのを知った。
大丈夫だ。深呼吸する。
「それで我々はどうするべきであるか」チンパンジーの一頭が他の者たちを見回して言う。「決を採ろう」
「さばく」
「さばく」
「あいつをさばく」
「うん。さばく」
「そうだな」
「それしかない」
「確かに」
レイヴンはかけようとした声を呑み込んだ。
この者たちは、人間じゃない。
チンパンジーだ。
しかるに今、この者たちが話す内容とは。
「人間とどこが違うんだ?」レイヴンは我知らず問いかけた。
彼はとにかく元気で、いつもご機嫌で、とにかく自分の体を動かすのが好きな動物だ。自分の体が動くということが、嬉しくて楽しくて仕方がないという雰囲気を醸し出しながら生きている。今もきっとそうだ。
「チーター?」レイヴンはふとそう思った。
何がチーターなのかというと、オリュクスが今一緒にいる──そんな恐ろしい話を避けるならば、わりかし近くにいる生き物、それがチーターなのではないか。レイヴンはそう思ったのだ。
チーターのわりかし近くで、恐らく「ぼくの方が速い」てなことを思ったりしつつ、ふんと鼻息荒く密かに競ったりしているのではなかろうか。
いや、実際どちらが速いのだろう? レイヴンはまたふと考えたが、答えはすぐに目の前に現れた。チーターだ。彼の方が速いに決まっている。何故ならチーターは速いだけでなく、オリュクスの体長の、ざっと三~四倍は長いからだ。
オリュクスは負けるだろう──そしてその後どうする? レイヴンはふう──、と長い溜息を吐いた。オリュクスは、そうきっと彼は、もう一度挑むだろう。そしてまた負ける。だがもう一度。さらにもう一度。ついでにもう一度。いや待てといわんばかりにもう一度。
そう、オリュクスは疲れを知らない。眠る直前まで走っている。
だがチーターは恐らくそうではない。疲れもするだろうし、腹も減るだろう。そして……そう、彼はとっくの昔にこっそり自分と張り合おうとする生意気なチビの存在に気づいており、疲労が蓄積するのに比例して、そいつへの苛立ちも増してゆくのだ。そういえば腹も減った、なら今夜のおかずは──
「やめろ!」レイヴンは我知らず叫び声を挙げ、収容籠の中のコスとキオスに衝撃を与えてしまった。彼はしばらくの間浮揚推進しつつ動物たちに平謝りしなければならなかった。
チーターか……
レイヴンは気が重かった。無論、チーターが怖いわけではない。彼らに会って、何か知らないか情報を聞き出すのは、これまでに会った他の動物、ゾウやシロアリやハダカデバネズミたちと何ら変わらず問題なく遂行できるミッションだ。
しかしそれでも、何故かレイヴンは気が重くなるのだった。
「あいつの腹の中は真っ黒だからな」
しばらく進むと、誰かの声が聞こえてきた。
レイヴンははっと身構えたが、停止はせずその声のする方へ引き続き浮揚推進していく。
「確かに」誰か別の声が答えて言う。
「それもただの黒じゃないぞ。どす黒いんだ」
「ふむふむ」
「確かに」
「つまりあいつの腹の中は、真っどす黒いんだ」
「すごいな」
「確かに」
数頭が集まって何か話し込んでいるようだ。
「そんな奴、いてもらっちゃ困ると思わないか」
「うーん」
「どうかな」
「確かに」
「俺、なんか許せないんだよね。ああいう、なんていうの、勝手気ままな奴」
「自由だよね」
「確かに」
「自由っていうか、わがままだよな」
「ああ」
「確かに」
会話はすこぶる早口で行われ、聞いていると体がちりちりと煙を上げはじめそうだった。レイヴンは空咳と生あくびを数回ずつ繰り返し、深呼吸をして自分を落ち着かせた。
大丈夫。あいつらは、人間じゃあない。
「チンパンジーだ」コスが言う。「レイヴン、大丈夫?」
「何か聞きに行くの?」キオスも心配そうに続ける。「無理しない方がいいよ」
「ははは、大丈夫さ。ありがとう」レイヴンは完全なる空元気のもと笑って見せた。「チーターの居場所を訊くなら、チンパンジーしかいないかなと思ってね」
「まあ、チーターは速いもんね」コスは納得したように頷く。「彼らの動きを目で追いかけていられるのは、チンパンジーぐらいのものだろうからね」
「でも、レイヴンはチンパンジーが嫌いなんでしょ?」キオスはなおも心配そうだ。
「チンパンジーがっていうより」コスが間髪入れずに訂正する。「人間が、だよね」
「ははは」レイヴンはやはり乾いた笑い声を挙げた。「厳密に言えばね。そう、彼らはチンパンジー、ぼくにとってはギリギリセーフのゲノム所有者だ」
「彼らは一歩間違えれば人間になっちゃうんだね」コスが、チンパンジーの方を心配しているような声で言う。
「いやあ、決してそんなことにはならないさ。彼らは彼ら、ヒトはヒト。はっきりと区分けされている」レイヴンは言いながらも、自分の体が冷たくなっているのを知った。
大丈夫だ。深呼吸する。
「それで我々はどうするべきであるか」チンパンジーの一頭が他の者たちを見回して言う。「決を採ろう」
「さばく」
「さばく」
「あいつをさばく」
「うん。さばく」
「そうだな」
「それしかない」
「確かに」
レイヴンはかけようとした声を呑み込んだ。
この者たちは、人間じゃない。
チンパンジーだ。
しかるに今、この者たちが話す内容とは。
「人間とどこが違うんだ?」レイヴンは我知らず問いかけた。
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