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第15話
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「レイヴン」
キオスの呼ぶ声にはっと我を覚えたレイヴンだった。「あ、ああ」
「あのチンパンジーは……どうするの?」キオスは、どこかおずおずとしながらそう訊ねてきた。
「え」レイヴンは一瞬、どのチンパンジーのことなのかわからなかったのだが、すぐにはっと記憶を取り戻した。「あ、ああ」地上を見下ろす。
黒焦げの無残な姿になったチンパンジーはそのままそこにいた。
「──ぼくたちには、何もできないな……」レイヴンはしかし、そのように答えるしかできなかった。
「──」キオスにも、レイヴンがそう答えるだろうことと、そう答える理由もわかっていたのだろう。「ひどいよね」しかし彼はそう呟いた。
「──ああ」レイヴンも認めるしかなかった。自分も含めて『ひどい』ことは確かだ。
「ギルドってさ」コスも、何かの感情を押し殺しているような低い声で話しかけてきた。「人間みたいだよね」
「え」レイヴンは一瞬、どうしてそんな風に思うのかわからずにいたが、すぐにその意図を汲むことができた。「そう、だね……」小さく頷く。
「自分たちは他の動物たちよりも格上で偉いんだって思ってる」キオスはそう続けた。「ていうか、ギルドは多分、人間でさえも見下しているんだろうね」
レイヴンははっとした。確かにそうだ。ギルドは、他のすべての生物を下に見ている。だから保護してDNAを保存するという名目で、その実かたっぱしから倉庫にぶちこんでほったらかすようなことを、悪びれもせずやってのけるんだ──さっきも言っていたが、宇宙への関与度? を知るためとかなんとかほざきながら──それは彼らにとっては大事で必要な研究なのだろうが、果たして他の生物たちにとってはどうなんだ?
「レイヴン」突然キオスが叫び、レイヴンははっと思考を中断した。「何か来る」
「えっ」慌てて周囲の大気の動きを走査する。
どどどどどど
事実、何かが走って来る。かなりのスピードだ。チーターか?
レイヴンは忘れていたことを思い出した。チーターか!
「ちょお、どけええ」その時、怒鳴り声がとどろいた。「うおおおおお」
怒鳴り声というか、がなり声だ。しかし誰に向けがなっているのか? ひとまずレイヴンたちは空中に浮揚したままの状態なので、危険性はないだろうことは確かだ。
しかし──
どどどどどど
チーターの走り方ではないように、レイヴンには感じられた。恐らくチーターであれば、もっと速く、気づかぬうちに近くまで来ているはずだ。じゃあこれは──
「うひいいいい」その時その動物はレイヴンたちの真下を通り過ぎていった。
「イボイノシシだ」コスが言う。「どこに行くんだろ」
「くそおおお、どけええええ。うおおおおお」イボイノシシのがなり声は、あっという間に遠ざかっていった。
「なんだったんだ……」
「すごく慌てていたね」
「また誰かを怒らせたのかな」
レイヴンとキオスとコスが同時に呟いた時、
「待ちなさああい」
再び叫び声が聞こえて来た。レイヴンたちがはっと声のした方を見ると、ツチブタがイボイノシシを追って走って来たのだ。「今日という今日は許さないからねええ」
「どうしたんですか?」レイヴンは思い切って叫んだ。
「──」ツチブタは走りながら上を見上げたが、走るスピードは落とさなかった。「あいつ、いっつもうちの巣ばっかり乗っ取ろうとするのよ」走りながら叫び返すが、その声はあっという間に遠ざかっていった。
「ははは」コスが笑う。「いつもの喧嘩だな」
「いつも?」レイヴンが驚いて訊き返す。「イボイノシシはいつもツチブタの巣を乗っ取っているのかい?」
「あの二頭の間でだけ、なぜかいつも乗っ取ったり追い回されたりしてるんだよね」キオスも説明する。「他のツチブタの巣もあるのに、どうしてかあの一頭が作る巣だけ狙うんだ、あのイボイノシシ」
「ええっ」レイヴンは再度驚いた。「一体なんで」
「待ちやがれっ待ちやがれってんだっ待ちやがってくれってんだっ」その時また叫び声が聞こえてきた。
レイヴンたちが声も挙げずにその方を見ると、今度はアードウルフが叫びながら走って来た。「待ちやがりくださってくれってんだっお待ちになってくださりやがれってんだっ」走りながら叫びながら、どういう言い方がよりよい効果を発揮するのか考察に余念がない様子だった。
「あの、大丈夫?」レイヴンはついそんな風に声かけをした後で、よけいな心配をする自分に少し後悔した。
「どうぞお待ちに」アードウルフは考察を続けながら上を見上げた。「かのツチブタ氏、われの発見せしシロアリの巣をすべからく壊滅せしめたり。われ怒り追撃せん」小難しく説明する声もすぐに遠ざかっていった。
「シロアリの巣って」レイヴンは、自分をキオスの元に導いてくれた──といっても過言ではない──シロアリの『囮』を思い出した。
「ああ、ツチブタもアードウルフもシロアリが好物なんだよね」コスが納得の声で言う。
「うん。でもツチブタさんはいつもシロアリ塚を壊しちゃうんだよね。アードウルフさんは壊さないで、通いで捕食するみたいだけど」キオスも補足説明をする。
「餌場争いかあ」コスが溜息を吐く。「巣争いに、餌場争い……大変だなあ」
「ぼくたちも元の星に帰ったら、そんな風にいろいろ争わなきゃいけなくなるんだろうね」キオスが小さく笑う。「生存競争だ」
あのシロアリは大丈夫だろうか──レイヴンはつらつらと、そんなことを想っていた。
「あははははは」突然、大きな笑い声が聞こえてきた
レイヴンとコスとキオスは、はっと息を呑んだ。
「楽しい! あはははは、待て待てえ──」本当に心底楽しそうな叫び声はみるみる近づいて来る。「ぼくが一番速いぞお! すぐに追いつくからなー!」
「オリュクス!」レイヴンは叫んだ。
キオスの呼ぶ声にはっと我を覚えたレイヴンだった。「あ、ああ」
「あのチンパンジーは……どうするの?」キオスは、どこかおずおずとしながらそう訊ねてきた。
「え」レイヴンは一瞬、どのチンパンジーのことなのかわからなかったのだが、すぐにはっと記憶を取り戻した。「あ、ああ」地上を見下ろす。
黒焦げの無残な姿になったチンパンジーはそのままそこにいた。
「──ぼくたちには、何もできないな……」レイヴンはしかし、そのように答えるしかできなかった。
「──」キオスにも、レイヴンがそう答えるだろうことと、そう答える理由もわかっていたのだろう。「ひどいよね」しかし彼はそう呟いた。
「──ああ」レイヴンも認めるしかなかった。自分も含めて『ひどい』ことは確かだ。
「ギルドってさ」コスも、何かの感情を押し殺しているような低い声で話しかけてきた。「人間みたいだよね」
「え」レイヴンは一瞬、どうしてそんな風に思うのかわからずにいたが、すぐにその意図を汲むことができた。「そう、だね……」小さく頷く。
「自分たちは他の動物たちよりも格上で偉いんだって思ってる」キオスはそう続けた。「ていうか、ギルドは多分、人間でさえも見下しているんだろうね」
レイヴンははっとした。確かにそうだ。ギルドは、他のすべての生物を下に見ている。だから保護してDNAを保存するという名目で、その実かたっぱしから倉庫にぶちこんでほったらかすようなことを、悪びれもせずやってのけるんだ──さっきも言っていたが、宇宙への関与度? を知るためとかなんとかほざきながら──それは彼らにとっては大事で必要な研究なのだろうが、果たして他の生物たちにとってはどうなんだ?
「レイヴン」突然キオスが叫び、レイヴンははっと思考を中断した。「何か来る」
「えっ」慌てて周囲の大気の動きを走査する。
どどどどどど
事実、何かが走って来る。かなりのスピードだ。チーターか?
レイヴンは忘れていたことを思い出した。チーターか!
「ちょお、どけええ」その時、怒鳴り声がとどろいた。「うおおおおお」
怒鳴り声というか、がなり声だ。しかし誰に向けがなっているのか? ひとまずレイヴンたちは空中に浮揚したままの状態なので、危険性はないだろうことは確かだ。
しかし──
どどどどどど
チーターの走り方ではないように、レイヴンには感じられた。恐らくチーターであれば、もっと速く、気づかぬうちに近くまで来ているはずだ。じゃあこれは──
「うひいいいい」その時その動物はレイヴンたちの真下を通り過ぎていった。
「イボイノシシだ」コスが言う。「どこに行くんだろ」
「くそおおお、どけええええ。うおおおおお」イボイノシシのがなり声は、あっという間に遠ざかっていった。
「なんだったんだ……」
「すごく慌てていたね」
「また誰かを怒らせたのかな」
レイヴンとキオスとコスが同時に呟いた時、
「待ちなさああい」
再び叫び声が聞こえて来た。レイヴンたちがはっと声のした方を見ると、ツチブタがイボイノシシを追って走って来たのだ。「今日という今日は許さないからねええ」
「どうしたんですか?」レイヴンは思い切って叫んだ。
「──」ツチブタは走りながら上を見上げたが、走るスピードは落とさなかった。「あいつ、いっつもうちの巣ばっかり乗っ取ろうとするのよ」走りながら叫び返すが、その声はあっという間に遠ざかっていった。
「ははは」コスが笑う。「いつもの喧嘩だな」
「いつも?」レイヴンが驚いて訊き返す。「イボイノシシはいつもツチブタの巣を乗っ取っているのかい?」
「あの二頭の間でだけ、なぜかいつも乗っ取ったり追い回されたりしてるんだよね」キオスも説明する。「他のツチブタの巣もあるのに、どうしてかあの一頭が作る巣だけ狙うんだ、あのイボイノシシ」
「ええっ」レイヴンは再度驚いた。「一体なんで」
「待ちやがれっ待ちやがれってんだっ待ちやがってくれってんだっ」その時また叫び声が聞こえてきた。
レイヴンたちが声も挙げずにその方を見ると、今度はアードウルフが叫びながら走って来た。「待ちやがりくださってくれってんだっお待ちになってくださりやがれってんだっ」走りながら叫びながら、どういう言い方がよりよい効果を発揮するのか考察に余念がない様子だった。
「あの、大丈夫?」レイヴンはついそんな風に声かけをした後で、よけいな心配をする自分に少し後悔した。
「どうぞお待ちに」アードウルフは考察を続けながら上を見上げた。「かのツチブタ氏、われの発見せしシロアリの巣をすべからく壊滅せしめたり。われ怒り追撃せん」小難しく説明する声もすぐに遠ざかっていった。
「シロアリの巣って」レイヴンは、自分をキオスの元に導いてくれた──といっても過言ではない──シロアリの『囮』を思い出した。
「ああ、ツチブタもアードウルフもシロアリが好物なんだよね」コスが納得の声で言う。
「うん。でもツチブタさんはいつもシロアリ塚を壊しちゃうんだよね。アードウルフさんは壊さないで、通いで捕食するみたいだけど」キオスも補足説明をする。
「餌場争いかあ」コスが溜息を吐く。「巣争いに、餌場争い……大変だなあ」
「ぼくたちも元の星に帰ったら、そんな風にいろいろ争わなきゃいけなくなるんだろうね」キオスが小さく笑う。「生存競争だ」
あのシロアリは大丈夫だろうか──レイヴンはつらつらと、そんなことを想っていた。
「あははははは」突然、大きな笑い声が聞こえてきた
レイヴンとコスとキオスは、はっと息を呑んだ。
「楽しい! あはははは、待て待てえ──」本当に心底楽しそうな叫び声はみるみる近づいて来る。「ぼくが一番速いぞお! すぐに追いつくからなー!」
「オリュクス!」レイヴンは叫んだ。
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