ふられちゃったら

桃井すもも

文字の大きさ
10 / 60

【10】

しおりを挟む
「では早速本日の逃避行場所を決めましょう。」

 アメリアはすっかりノリノリ乗り気である。一緒に昼食を摂っているから、彼女の賛同を得られたのは心強い事だった。

「手始めは例の場所にしましょう。」
「え、行き成り?」
「最初の関門は難関でなくては舐められてしまうわ。」

 そうなのか?そう云うものなのか?

 本日の昼食場所は秒で決まった。


 程なくして、デイヴィッド殿下に伴われてシャーロットが教室に入って来た。その後ろには、デイヴィッド殿下の側付きを務めるクリストファーとアダムが付き従っている。
 クリストファーはマグレイブ侯爵家の三男、アダムはキャンディッシュ伯爵家の次男で、それぞれの兄達は王太子殿下の側近である。

 流石に二日目は生徒達も幾分落ち着きを取り戻しているが、シャーロットの姿を目の当たりにすると気もそぞろろになってしまう。大半が挨拶をした後も四人が席に着くまで目で追っている。

 そんな生徒達を目で追っていたステファニアだったが、席に着いたシャーロットに視線を移せば、彼女の姿はやはり美しかった。
 清廉な美しさを湛えて、美しいが故に近寄り難くも見えた。

 ステファニアが抱いた小さな違和感。
 街の通りをエルリックと歩くシャーロットは、一言で言えば「可憐」であった。
 飾り気のないワンピースを纏って黒い艶髪をそのまま背に流し、エルリックと肩を並べ歩く様子は可憐な乙女の姿であった。

 乙女の印象とは些細な事で違って見える。可憐も清楚も美しいも、全てシャーロットを形容するのに当てまるのだから、ほんの一瞬目にしただけの印象にそれほど囚われる必要は無いだろう。
 けれども小さな違和感とは、魚の小骨の様に記憶の奥に刺さっていつまでも残る。

 不思議な事に、親しげに肩を並べていたエルリックとシャーロットが、この教室では一切の関わりを持たない。見る限り、会釈程度の挨拶以外は言葉を交わす事も無かった。

 シャーロットがエルリックへ振り返る姿も、エルリックがシャーロットに視線をやる姿も、ステファニアはそのどちらも見掛けることは無かった。

 見落としているだけかも知れない。だが、ステファニアはエルリックの直ぐ後ろの席であったから、仮にシャーロットが振り向いてこちらを見たなら気が付くだろう。

 辺境伯領で発見されたシャーロットが、王家に保護をされている事が関係しているのか。

 義兄は多分、そこのところを知っているのだろう。それは父も。だから父は、あの日、ステファニアが街で二人の姿を見た事を話した際に、シャーロットと一緒にいたのがエルリックであったことを確認したのだろう。

 義兄がステファニアに警告をするのは余程の事があるからで、それも何某かの事態が急変するか様相を変えるかしたからなのではなかろうか。

 ステファニアが聖女の噂を耳にした頃、聖女とは何ぞやと云うステファニアの素朴な疑問を姉と義兄に話した事がある。三人の考察は「越境者若しくは密入国者」で満場一致であった。あの時の義兄は、聖女について噂以上の事は知らない様に見えた。

 あれは前々回のニコラスとの茶会の辺りであったから、丁度半月前の事である。

 僅か半月の間に、聖女は子爵家の養女となり、王都へ移り学園に編入した。
 王城の一室を住まいと与えられ、学園には第三王子が付き添っている。


「全く訳が解らないわね。」

 ステファニアは頭の中で状況整理をしてみたが、それはするだけ無駄な事であると思った。
 全然さっぱり解らない。義兄はステファニアを案じている。君子危うきに近寄らず。しかしステファニアは君子などではないから、きっと多分絶対危うきに近付いてしまうだろう。義兄に言わせれば「巻き込まれる」らしい。

「一体、どうやって?」

 シャーロットはがっちりと王族と高位貴族の令息達に護られている。王子を護衛する近衛騎士にも護られている。護られすぎて息苦しいほどだろう。

 そんな彼女とステファニアが関わるなんて、教室や廊下で擦れ違うくらいしか思い付かない。

「擦れ違うだけで巻き込まれるだなんて、そんな事ってあるかしら。」

 ステファニアのクラスは生徒の人数が奇数である。向こう側から二人ずつの席が続いて、最後尾のステファニアは奇跡の一人席であった。最高ポジションを獲得しているステファニアは、絶賛おひとり様満喫中で独り言は言い放題であったから、ついつい頭の中の考察をお口に出して話してしまう。

 前の席の男子生徒が、それを聞いているだなんで思いもしないのであった。


「え、」「まあ。」

 昼休み、早速アメリアと共に目指す昼食場所へ行ってみれば、そこにはまさかの先客がいた。

 いつもは廊下の混雑が治まるのを待ってから、ゆっくり移動をするのだが、狼青年ニコラスに捕まらない為に、授業が終るや否や教室を出た。

 多分、クラスの中でも最速で教室を出てきた筈であるのに、それより先に居るだなんて、空でも飛んで来たのだろうか。

 何より此処は穴場も穴場、学園の隠れ家的な場所No.1である。こんなところがあるなんて、知らない生徒の方が多いだろう。だからアメリアは、絶対ニコラスに見つからないと踏んで、本日の逃避行場所にここを選んだのである。


「ご機嫌よう、エルリック様。先程ぶりね。」

 アメリアがにこりと笑って挨拶する。
 部屋の中には、白銀の王子、エルリック・グラハム・ノーマンがサンドウィッチを頬張っていた。




しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

存在感のない聖女が姿を消した後 [完]

風龍佳乃
恋愛
聖女であるディアターナは 永く仕えた国を捨てた。 何故って? それは新たに現れた聖女が ヒロインだったから。 ディアターナは いつの日からか新聖女と比べられ 人々の心が離れていった事を悟った。 もう私の役目は終わったわ… 神託を受けたディアターナは 手紙を残して消えた。 残された国は天災に見舞われ てしまった。 しかし聖女は戻る事はなかった。 ディアターナは西帝国にて 初代聖女のコリーアンナに出会い 運命を切り開いて 自分自身の幸せをみつけるのだった。

〈完結〉【書籍化&コミカライズ・取り下げ予定】毒を飲めと言われたので飲みました。

ごろごろみかん。
恋愛
王妃シャリゼは、稀代の毒婦、と呼ばれている。 国中から批判された嫌われ者の王妃が、やっと処刑された。 悪は倒れ、国には平和が戻る……はずだった。

〈完結〉【書籍化&コミカライズ・取り下げ予定】記憶を失ったらあなたへの恋心も消えました。

ごろごろみかん。
恋愛
婚約者には、何よりも大切にしている義妹がいる、らしい。 ある日、私は階段から転がり落ち、目が覚めた時には全てを忘れていた。 対面した婚約者は、 「お前がどうしても、というからこの婚約を結んだ。そんなことも覚えていないのか」 ……とても偉そう。日記を見るに、以前の私は彼を慕っていたらしいけれど。 「階段から転げ落ちた衝撃であなたへの恋心もなくなったみたいです。ですから婚約は解消していただいて構いません。今まで無理を言って申し訳ありませんでした」 今の私はあなたを愛していません。 気弱令嬢(だった)シャーロットの逆襲が始まる。 ☆タイトルコロコロ変えてすみません、これで決定、のはず。 ☆商業化が決定したため取り下げ予定です(完結まで更新します)

皇太子夫妻の歪んだ結婚 

夕鈴
恋愛
皇太子妃リーンは夫の秘密に気付いてしまった。 その秘密はリーンにとって許せないものだった。結婚1日目にして離縁を決意したリーンの夫婦生活の始まりだった。 本編完結してます。 番外編を更新中です。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

踏み台(王女)にも事情はある

mios
恋愛
戒律の厳しい修道院に王女が送られた。 聖女ビアンカに魔物をけしかけた罪で投獄され、処刑を免れた結果のことだ。 王女が居なくなって平和になった筈、なのだがそれから何故か原因不明の不調が蔓延し始めて……原因究明の為、王女の元婚約者が調査に乗り出した。

わたしは婚約者の不倫の隠れ蓑

岡暁舟
恋愛
第一王子スミスと婚約した公爵令嬢のマリア。ところが、スミスが魅力された女は他にいた。同じく公爵令嬢のエリーゼ。マリアはスミスとエリーゼの密会に気が付いて……。 もう終わりにするしかない。そう確信したマリアだった。 本編終了しました。

白い結婚を捨てた王妃は、もう二度と振り向かない ――愛さぬと言った王子が全てを失うまで』

鍛高譚
恋愛
「私は王妃を愛さない。彼女とは白い結婚を誓う」 華やかな王宮の大聖堂で交わされたのは、愛の誓いではなく、冷たい拒絶の言葉だった。 王子アルフォンスの婚姻相手として選ばれたレイチェル・ウィンザー。しかし彼女は、王妃としての立場を与えられながらも、夫からも宮廷からも冷遇され、孤独な日々を強いられる。王の寵愛はすべて聖女ミレイユに注がれ、王宮の権力は彼女の手に落ちていった。侮蔑と屈辱に耐える中、レイチェルは誇りを失わず、密かに反撃の機会をうかがう。 そんな折、隣国の公爵アレクサンダーが彼女の前に現れる。「君の目はまだ死んでいないな」――その言葉に、彼女の中で何かが目覚める。彼はレイチェルに自由と新たな未来を提示し、密かに王宮からの脱出を計画する。 レイチェルが去ったことで、王宮は急速に崩壊していく。聖女ミレイユの策略が暴かれ、アルフォンスは自らの過ちに気づくも、時すでに遅し。彼が頼るべき王妃は、もはや遠く、隣国で新たな人生を歩んでいた。 「お願いだ……戻ってきてくれ……」 王国を失い、誇りを失い、全てを失った王子の懇願に、レイチェルはただ冷たく微笑む。 「もう遅いわ」 愛のない結婚を捨て、誇り高き未来へと進む王妃のざまぁ劇。 裏切りと策略が渦巻く宮廷で、彼女は己の運命を切り開く。 これは、偽りの婚姻から真の誓いへと至る、誇り高き王妃の物語。

処理中です...