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第六章
ローレンスと初めて顔を合わせたのは、生家のバークリー伯爵家の応接室だった。
クラウスの引き起こした騒動と彼の死。その喪が明けて、季節は冬を迎えていた。
あと三月もすれば、クローディアは学園を卒業する。そんな際どい時期での婚約だった。
婚姻について、クローディアの気持ちを確かめられることは無かった。父からローレンスとのことを聞かされた時には、全てが決まった後だった。
その日も、朝から燥いでいるのはリリベットだった。
「お姉様の旦那様になる御方なのよね?」
義母によく似た綺麗な顔立ちに、青い瞳が眩しく煌いている。
「どんな方なのかしら。早くお会いしたいわ」
まるで自分の婚約者と会うような燥ぎっぷりだった。
妹は既にクラウスの次兄とは婚約済みで、彼とも挨拶を終えていた。その頃から、急にませた物言いをするようになって、妹は幼いなりに、確実に大人の女性へと一段階段を登ったようだった。
それで姉の婚姻相手にも、俄然興味が湧いたのだろう。
「リリベット、いけません。そのように騒いでは伯爵様に失礼ですよ」
義母に窘めれても、リリベットの好奇心は薄まらなかった。ローレンスを出迎えるクローディアの隣に並び立って、一緒に玄関ホールで控えていた。
「お姉様、どんなお方かしら」
「さあ、私もわからないわ」
なにせ急な縁談で、互いに釣書も送り合ってはいなかった。
「騎士様なのでしょう?素敵だわ」
最近読んだ物語に影響されたのか、リリベットにとっての「騎士」とは、勇者や王子と同じくらい魅力を感じさせる存在のようだった。
ローレンスは、無骨な武人だった。だが美丈夫でもあった。
金色の髪に澄んだ青い瞳はとても貴族らしいと思えた。広い肩幅、父よりずっと厚い身体。上背もあり、剣を持っていなくても、まるでその腰に剣を携えているようだった。
「わぁ」
リリベットが驚いたのは、本物の騎士の持つ気迫か、それとも大人の貴族男性への憧憬からか。
結局、そこでリリベットは侍女に連れ去られて応接室には入ることは許されなかった。大人の話し合いに同席するには、少しばかり早かった。
進む道は既に敷かれており、形式的な挨拶と恐ろしく略されたプロフィールを互いに述べて、よくある「二人だけの散策」だとか「二人で語らうお茶の時間」などというものはなく、婚約誓約書に互いに署名をすれば、顔見せはそこでお開きとなった。
見送りの場にリリベットはいなかった。
きっと今頃は自室でゴネて侍女を困らせているだろう。その姿が容易く思い浮かんで、思わず笑みが漏れてしまった。
クローディアの笑みをなんと思っただろう。ローレンスはクローディアを見つめていた。はしたなかったかと、クローディアは直ぐ様笑みを引っ込めたのだが、今ならわかる。
ローレンスはクローディアの黒髪を見ていたのだ。そうであるのは既に知っていても、自然と目が行ったのだろう。彼の血の繋がらない娘アンネマリー。彼女もまた黒髪で、後妻に迎えるクローディアと同じ髪色をしていた。
ローレンスとアンネマリーとクローディア。三人は面白いほど他人同士が集まった家族となるのである。
ローレンス・バイロン・フォーウッド。
初めて出会ったこの時、彼は二十七歳。前月に十八歳の誕生日を迎えたばかりのクローディアとは九歳年が離れていた。
それは、十九歳で十も年上の父の後妻となった義母と、何もかもが似すぎていることだった。ローレンスには来春で十歳になる娘がおり、そんなところまでなぞるように同じだった。
「素敵な御方ね」
門扉の向こうにローレンスを乗せた馬車が小さくなってから、義母はそんなことを言った。
「良い御方だわ。安心ね」
彼は戦で武功をあげた英雄だ。陞爵された際には新聞にも記載されていた。義母の目には、この婚姻が良縁に映ったのだろうか。それとも、生さぬ仲の義娘が無事に縁付いたことが、彼女の心を軽くしたのだろうか。
気がつけば、実母と暮らした年数より義母との年月のほうが長くなっていた。その義母はまだ三十にも満たず、あの精悍なローレンスには、クローディアより義母のほうがよほど似合っていると思えた。
その日の晩餐は賑やかだった。
リリベットは少しばかり興奮していた。
騎士に憧れを抱くリリベットにとって、ローレンスは本物の「騎士」だった。残念ながらその剣は既に折られたのだとは、クローディアは教えなかった。
知っても知らずともよいことなら、リリベットの憧れを壊す必要は感じなかった。
義母はそんなリリベットを軽く窘めながらもにこやかだった。父はいつものように、何を考えているのかわからなかった。
ローレンスの邸にもリリベットと同い年の娘がいる。
寝台の中で目を瞑り、ほんの半刻ほど対面した婚約者を思い出した。金色の髪と青い瞳の父親の隣に並び立つ黒髪の少女。当然なのだが、彼女はローレンスとは似ても似つかない姿だという。
その隣に、自分の姿を置いてみた。黒髪の少女アンネマリーは、クローディアをどう思うだろう。
『今日からお前の母だ』
義母を邸に連れてきた日に、父は彼女をそう言って紹介した。義母の名を知らされぬまま、クローディアには彼女を「お義母様」と呼ぶしか呼び方を与えられなかった。
ローレンスは、クローディアを娘にどう紹介するのだろう。
そう考えて、クローディアは自分が知りうるアンネマリーの出自の噂についてを思い出した。
クラウスの引き起こした騒動と彼の死。その喪が明けて、季節は冬を迎えていた。
あと三月もすれば、クローディアは学園を卒業する。そんな際どい時期での婚約だった。
婚姻について、クローディアの気持ちを確かめられることは無かった。父からローレンスとのことを聞かされた時には、全てが決まった後だった。
その日も、朝から燥いでいるのはリリベットだった。
「お姉様の旦那様になる御方なのよね?」
義母によく似た綺麗な顔立ちに、青い瞳が眩しく煌いている。
「どんな方なのかしら。早くお会いしたいわ」
まるで自分の婚約者と会うような燥ぎっぷりだった。
妹は既にクラウスの次兄とは婚約済みで、彼とも挨拶を終えていた。その頃から、急にませた物言いをするようになって、妹は幼いなりに、確実に大人の女性へと一段階段を登ったようだった。
それで姉の婚姻相手にも、俄然興味が湧いたのだろう。
「リリベット、いけません。そのように騒いでは伯爵様に失礼ですよ」
義母に窘めれても、リリベットの好奇心は薄まらなかった。ローレンスを出迎えるクローディアの隣に並び立って、一緒に玄関ホールで控えていた。
「お姉様、どんなお方かしら」
「さあ、私もわからないわ」
なにせ急な縁談で、互いに釣書も送り合ってはいなかった。
「騎士様なのでしょう?素敵だわ」
最近読んだ物語に影響されたのか、リリベットにとっての「騎士」とは、勇者や王子と同じくらい魅力を感じさせる存在のようだった。
ローレンスは、無骨な武人だった。だが美丈夫でもあった。
金色の髪に澄んだ青い瞳はとても貴族らしいと思えた。広い肩幅、父よりずっと厚い身体。上背もあり、剣を持っていなくても、まるでその腰に剣を携えているようだった。
「わぁ」
リリベットが驚いたのは、本物の騎士の持つ気迫か、それとも大人の貴族男性への憧憬からか。
結局、そこでリリベットは侍女に連れ去られて応接室には入ることは許されなかった。大人の話し合いに同席するには、少しばかり早かった。
進む道は既に敷かれており、形式的な挨拶と恐ろしく略されたプロフィールを互いに述べて、よくある「二人だけの散策」だとか「二人で語らうお茶の時間」などというものはなく、婚約誓約書に互いに署名をすれば、顔見せはそこでお開きとなった。
見送りの場にリリベットはいなかった。
きっと今頃は自室でゴネて侍女を困らせているだろう。その姿が容易く思い浮かんで、思わず笑みが漏れてしまった。
クローディアの笑みをなんと思っただろう。ローレンスはクローディアを見つめていた。はしたなかったかと、クローディアは直ぐ様笑みを引っ込めたのだが、今ならわかる。
ローレンスはクローディアの黒髪を見ていたのだ。そうであるのは既に知っていても、自然と目が行ったのだろう。彼の血の繋がらない娘アンネマリー。彼女もまた黒髪で、後妻に迎えるクローディアと同じ髪色をしていた。
ローレンスとアンネマリーとクローディア。三人は面白いほど他人同士が集まった家族となるのである。
ローレンス・バイロン・フォーウッド。
初めて出会ったこの時、彼は二十七歳。前月に十八歳の誕生日を迎えたばかりのクローディアとは九歳年が離れていた。
それは、十九歳で十も年上の父の後妻となった義母と、何もかもが似すぎていることだった。ローレンスには来春で十歳になる娘がおり、そんなところまでなぞるように同じだった。
「素敵な御方ね」
門扉の向こうにローレンスを乗せた馬車が小さくなってから、義母はそんなことを言った。
「良い御方だわ。安心ね」
彼は戦で武功をあげた英雄だ。陞爵された際には新聞にも記載されていた。義母の目には、この婚姻が良縁に映ったのだろうか。それとも、生さぬ仲の義娘が無事に縁付いたことが、彼女の心を軽くしたのだろうか。
気がつけば、実母と暮らした年数より義母との年月のほうが長くなっていた。その義母はまだ三十にも満たず、あの精悍なローレンスには、クローディアより義母のほうがよほど似合っていると思えた。
その日の晩餐は賑やかだった。
リリベットは少しばかり興奮していた。
騎士に憧れを抱くリリベットにとって、ローレンスは本物の「騎士」だった。残念ながらその剣は既に折られたのだとは、クローディアは教えなかった。
知っても知らずともよいことなら、リリベットの憧れを壊す必要は感じなかった。
義母はそんなリリベットを軽く窘めながらもにこやかだった。父はいつものように、何を考えているのかわからなかった。
ローレンスの邸にもリリベットと同い年の娘がいる。
寝台の中で目を瞑り、ほんの半刻ほど対面した婚約者を思い出した。金色の髪と青い瞳の父親の隣に並び立つ黒髪の少女。当然なのだが、彼女はローレンスとは似ても似つかない姿だという。
その隣に、自分の姿を置いてみた。黒髪の少女アンネマリーは、クローディアをどう思うだろう。
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