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第十八章
元が子爵家だと父は侮っているようだったが、クローディアはそうは思わない。
古くから軍馬育成に携わるフォーウッド伯爵家は、関わる貴族家との繋がりも古く関係も深い。北の辺境伯とは協力関係にあるし、勿論、王国の軍部とも太い繋がりがある。
そんな伯爵家では、領地ばかりでなく伯爵邸を守る使用人たちも皆優秀だ。そうでなければローレンスは、両親を亡くした後もアンネマリーを預けて、戦場に赴くことなどできなかった。
そういう彼らであるから、翌日には早速衣装を手配する為に、ドレス工房の外商が呼ばれていた。
その席に、クローディアはアンネマリーを伴った。
外商が生地見本を広げると、アンネマリーは目の色を変えた。彼女が身に着けているものはどれも上質のものだったが、当然ながら彼女自身が選んでいたものではない。目の肥えた執事と侍女頭が確認して、彼女の衣装は整えられていたようである。
十歳となったアンネマリーは、そろそろはっきりとした嗜好が出始めるころであったが、女主人がいないこの邸で自分の好みというものを考えることなどなかっただろう。
「君らに任せる」
殿方の逃げの常套句を言いおいて、ローレンスはすたこらと逃げていった。
彼は折角の美丈夫であるのに、衣装選びは苦手らしく、全て執事任せにしていた。馬の手入れ道具にはあんなに煩く拘るのに、自分を飾ることに興味を持たないのは、自分自身が飾らずとも見目良いからだろう。
そんなローレンスから、いつだか、バリオスの鬣に結ぶリボンの数々を見せられたことがある。その際に彼は得意気で、これは何々だ、あれは何だかだと嬉しそうに説明していた。
生地の色は青と決めていた。ローレンスもアンネマリーも青い瞳である。王家のロイヤルブルーと被らないように、暗色の濃紺を選んだ。生地はサテンより粗い織り目で、糸に光沢がある為に織り上がりは品がある。
クローディアは、ひと目で気に入った生地を手に取り、
「どうかしら」
アンネマリーの胸元に当がった。
黒髪に白い肌。張りのあるやや硬めな生地は、アンネマリーにとても良く似合っていた。
「似合うわね」
アンネマリーは、そう言ったクローディアを見つめている。ニコリともしないのに、その瞳は好奇心に揺れていた。
「奥様、宝飾品はどうぞヨハンナ様のお遺しになられたものをお使い下さい」
執事が言ったヨハンナとは先代夫人、ローレンスの母である。宝物庫には彼女の残した宝飾品の他にも、先祖から伝わる品が大切に保管されている。
それらの品々に錆とかくすみが無いのは、使用人が手入れを怠っていない証であり、それはいつかローレンスが迎える妻の為でもあったのだろう。
ローレンスからも、宝飾品は自由に使うようにと言われていた。
「ありがとう。見せてもらっても良いかしら」
「勿論でございます」
執事の後について宝物室に行くのに、クローディアはアンネマリーも連れて行った。
彼女はローレンスが不在の際にも邸では自由に過ごしていたそうだが、宝物室には初めて入るという。
暗い室内に灯りが灯されると、アンネマリーは目を見開いた。その表情に、クローディアに古い記憶が蘇る。
生家の伯爵家に、まだリリベットが生まれる前。クローディアが一人きりの娘であった頃だ。伯爵家の宝物室に入ったことがある。
クローディアの小さな手を握る指には、大きな青い石が嵌められた指輪があった。あの手は侍女ではなくて、母の手だったのだろう。
生家の宝物室で、多分母は夜会か舞踏会に身に着ける宝飾品を見繕っていたのではないか。あの時も、室内はこんな風に薄暗くてひやりとして、いつの頃かわからない空気に満ちているようだった。
「真珠が良いかしら」
真珠はいつの時代も母から娘、女主人から次代の女主人に譲られる。手入が行き届いた真珠の首飾りは、定期的に糸替えが為されている。金具の腐食はアンティークらしく気品を失ってはいなかった。
「二連サイズでも、アンネマリーだったら三連にできそうね」
そう言えば、執事は手袋を嵌めた手で真珠のロングネックレスをそっと手にして、それをクローディアへ手渡した。
「いらっしゃい、アンネマリー。ちょっと上を向いて」
アンネマリーが大人しく上を向く。留め具を外さずとも、アンネマリーの細い首に首飾りを巻き付けるのは容易いことだった。
だが頭からくぐらせた首飾りは二連には出来ても、三重に巻くには金具を外さねば無理なようだった。
クローディアはアンネマリーに背を向けさせて、項の辺りで金具を外し、もう一周ぐるりと巻き付け再び金具を嵌めた。金具は開閉もスムーズで、細部まで手入れがされているのがわかった。
「こちらを向いて」
その言葉に、アンネマリーが向き直る。
十歳の少女の首に、歴代の夫人が身に着けた真珠が乳白色の上品な輝きを見せていた。
十歳でも、女は女なのだと思う。
「貴女はきっと、将来苦労するわ。あと何年かしたなら、貴女宛の釣書きがわんさかと届いて、旦那様はそれを捌くのに苦労なさるのでしょうね」
「確かにそうでございましょう」
「バートンもそう思う?」
「勿論でございます」
目の前で、義母と執事が代わる代わる言うことを、アンネマリーは意味がわかってかどうか、神妙な表情で聞いていた。
だがクローディアにはわかった。アンネマリーは照れている。大人の女性の装いに、自分が相応しいと褒められたのを嬉しく思っている。
「ねえ、アンネマリー。舞踏会にその首飾り、先に貸してもらうわね。それが終わったら、この首飾りは貴女のものよ」
母から娘へ譲られるのが真珠であるなら、母のいないアンネマリーには、自分が譲ってやりたいと思った。
古くから軍馬育成に携わるフォーウッド伯爵家は、関わる貴族家との繋がりも古く関係も深い。北の辺境伯とは協力関係にあるし、勿論、王国の軍部とも太い繋がりがある。
そんな伯爵家では、領地ばかりでなく伯爵邸を守る使用人たちも皆優秀だ。そうでなければローレンスは、両親を亡くした後もアンネマリーを預けて、戦場に赴くことなどできなかった。
そういう彼らであるから、翌日には早速衣装を手配する為に、ドレス工房の外商が呼ばれていた。
その席に、クローディアはアンネマリーを伴った。
外商が生地見本を広げると、アンネマリーは目の色を変えた。彼女が身に着けているものはどれも上質のものだったが、当然ながら彼女自身が選んでいたものではない。目の肥えた執事と侍女頭が確認して、彼女の衣装は整えられていたようである。
十歳となったアンネマリーは、そろそろはっきりとした嗜好が出始めるころであったが、女主人がいないこの邸で自分の好みというものを考えることなどなかっただろう。
「君らに任せる」
殿方の逃げの常套句を言いおいて、ローレンスはすたこらと逃げていった。
彼は折角の美丈夫であるのに、衣装選びは苦手らしく、全て執事任せにしていた。馬の手入れ道具にはあんなに煩く拘るのに、自分を飾ることに興味を持たないのは、自分自身が飾らずとも見目良いからだろう。
そんなローレンスから、いつだか、バリオスの鬣に結ぶリボンの数々を見せられたことがある。その際に彼は得意気で、これは何々だ、あれは何だかだと嬉しそうに説明していた。
生地の色は青と決めていた。ローレンスもアンネマリーも青い瞳である。王家のロイヤルブルーと被らないように、暗色の濃紺を選んだ。生地はサテンより粗い織り目で、糸に光沢がある為に織り上がりは品がある。
クローディアは、ひと目で気に入った生地を手に取り、
「どうかしら」
アンネマリーの胸元に当がった。
黒髪に白い肌。張りのあるやや硬めな生地は、アンネマリーにとても良く似合っていた。
「似合うわね」
アンネマリーは、そう言ったクローディアを見つめている。ニコリともしないのに、その瞳は好奇心に揺れていた。
「奥様、宝飾品はどうぞヨハンナ様のお遺しになられたものをお使い下さい」
執事が言ったヨハンナとは先代夫人、ローレンスの母である。宝物庫には彼女の残した宝飾品の他にも、先祖から伝わる品が大切に保管されている。
それらの品々に錆とかくすみが無いのは、使用人が手入れを怠っていない証であり、それはいつかローレンスが迎える妻の為でもあったのだろう。
ローレンスからも、宝飾品は自由に使うようにと言われていた。
「ありがとう。見せてもらっても良いかしら」
「勿論でございます」
執事の後について宝物室に行くのに、クローディアはアンネマリーも連れて行った。
彼女はローレンスが不在の際にも邸では自由に過ごしていたそうだが、宝物室には初めて入るという。
暗い室内に灯りが灯されると、アンネマリーは目を見開いた。その表情に、クローディアに古い記憶が蘇る。
生家の伯爵家に、まだリリベットが生まれる前。クローディアが一人きりの娘であった頃だ。伯爵家の宝物室に入ったことがある。
クローディアの小さな手を握る指には、大きな青い石が嵌められた指輪があった。あの手は侍女ではなくて、母の手だったのだろう。
生家の宝物室で、多分母は夜会か舞踏会に身に着ける宝飾品を見繕っていたのではないか。あの時も、室内はこんな風に薄暗くてひやりとして、いつの頃かわからない空気に満ちているようだった。
「真珠が良いかしら」
真珠はいつの時代も母から娘、女主人から次代の女主人に譲られる。手入が行き届いた真珠の首飾りは、定期的に糸替えが為されている。金具の腐食はアンティークらしく気品を失ってはいなかった。
「二連サイズでも、アンネマリーだったら三連にできそうね」
そう言えば、執事は手袋を嵌めた手で真珠のロングネックレスをそっと手にして、それをクローディアへ手渡した。
「いらっしゃい、アンネマリー。ちょっと上を向いて」
アンネマリーが大人しく上を向く。留め具を外さずとも、アンネマリーの細い首に首飾りを巻き付けるのは容易いことだった。
だが頭からくぐらせた首飾りは二連には出来ても、三重に巻くには金具を外さねば無理なようだった。
クローディアはアンネマリーに背を向けさせて、項の辺りで金具を外し、もう一周ぐるりと巻き付け再び金具を嵌めた。金具は開閉もスムーズで、細部まで手入れがされているのがわかった。
「こちらを向いて」
その言葉に、アンネマリーが向き直る。
十歳の少女の首に、歴代の夫人が身に着けた真珠が乳白色の上品な輝きを見せていた。
十歳でも、女は女なのだと思う。
「貴女はきっと、将来苦労するわ。あと何年かしたなら、貴女宛の釣書きがわんさかと届いて、旦那様はそれを捌くのに苦労なさるのでしょうね」
「確かにそうでございましょう」
「バートンもそう思う?」
「勿論でございます」
目の前で、義母と執事が代わる代わる言うことを、アンネマリーは意味がわかってかどうか、神妙な表情で聞いていた。
だがクローディアにはわかった。アンネマリーは照れている。大人の女性の装いに、自分が相応しいと褒められたのを嬉しく思っている。
「ねえ、アンネマリー。舞踏会にその首飾り、先に貸してもらうわね。それが終わったら、この首飾りは貴女のものよ」
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