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第十七章
バリオスの前で呆けるクローディアとアンネマリーを、ローレンスは笑った。だが、その日の夕刻には渋顔になっていた。
「私はこういった場は不得手なんだ」
百錬錬磨の猛者であった彼らしくもない後ろ向きな言葉には、クローディアも納得した。日中にローレンス宛に届いた書簡には、クローディアでもわかる王家の蝋封が見えていた。
「出ないわけにはいかない」
それは舞踏会への招待状で、これまでローレンスは騎士として不在を理由に招待を断っていたという。去年の今頃なら彼は戦場にいて、その直後には剣を折ることになる大怪我を負っている。
それ以前から、前妻を亡くしていたローレンスは、舞踏会とか夜会とか茶会といった「会」と名のつくものは悉く参加を拒んでいたという。
「君は参加したことは?いや、答えなくとも構わない。すまない」
聞いた側から訂正して、その上謝罪したのは、クローディアもまた昨年の今頃は戦場に赴くクラウスを見送って、次に彼に会えたのは彼自身の弔いの場であったことに思い至ったからだろう。
すまないという言葉には、後妻に娶った妻の婚約者へ向ける哀悼が込められていた。それはとてもローレンスらしいと思えた。
「終わったことですわ」
「……」
「もう一年が経つのですね」
「そうだな」
お互い、この一年で大きく人生が変わってしまった。ローレンスはもう騎士ではない。何より彼はあの戦で武功を挙げた英雄となっている。そうして、王家の思惑に絡め取られるようにクローディアを預けられてしまった。
目の前で、長文など記されていない招待状をいつまでも見つめているローレンスに、クローディアは思った。
彼に引き受けてもらえなかったら、自分は今頃どうなっていたのだろう。
クラウスの生家から拒まれて自身の生家からは疎まれて、そんなクローディアにあの父はまともな縁談など探すことをしただろうか。その前にクローディアは多分、家を出て市井に紛れて平民子女相手のガヴァネスで細々と糊口を凌いでいただろう。
救われたのだ。望んでいないのに何故か黒髪に縁のあるこの夫に、救ってもらったのだと思った。
今朝だってクローディアは笑えた。血の繋がらない娘と、出会って一年にも満たない夫と共に、黒い馬の前で笑うことができた。
それはクラウスの死が齎したクローディアの幸福で、無責任な彼の贖罪のようにも思えた。
クラウス様、貴方は今頃笑っているかしら。痛みも、この世に残した未練も哀しみも癒えているのかしら。貴方を亡くして平和に暮らす私のことを薄情だと言うかしら。
そこまで考えクローディアは、いやあのクラウスなら、とっくの昔にクローディアなど忘れてしまって、今頃は黄泉の国でセリーヌ王女を想っているのだろうと思った。
「衣装を作らねばなりません」
執事のバートンの言葉に、ローレンスは無言のまま頷いた。
「奥様と揃いになさいませ」
その言葉には、ローレンスは「ああ」と答えた。
「誰かと揃いの衣装を作るのは初めてなんだ」
「え?」
思わず声が出てしまったのは、ローレンスは間もなく二十八歳で、欺かれたとはいえ短い間でも前妻がいた。それで衣装を揃える経験がなかったことに、クローディアは驚いたのだ。
「私は婚約者を得たのは君が初めてだ」
あんなのは婚約とも言えないものだろう。
褒賞という名目の縁談で、王家が有無をも言わせず押し付けたクローディアと結んだ婚約期間は三ヶ月にも満たない。
「大変。急がなくちゃ」
ローレンスは騎士だっただけあってガタイが良い。間に合わないからと言っても既製服など充てがおうものなら、袖口も踝も露わになってつんつるてんだ。
「ぶふ」
その様が思い浮かんで、クローディアは反射的に吹き出した。「?」といった顔をしたローレンスが更に可笑しみを誘って、
「ふふ、あははは」
とうとう声を立てて笑い出してしまった。一度笑い出してしまうと今度はなかなか止められずに、理由のわからないという顔をしたローレンスがますます笑いを誘って、クローディアは、多分こんなに笑ったのは母が亡くなって以来だと思った。
そんな笑い転げるクローディアに、ローレンスは釣られてしまったのか苦笑いをした。その様をずっと側で大人しく見ていたアンネマリーは、
「どうしたの?クローディア」
と、戸惑いながら彼女だけは冷静であった。
「そうだわ、旦那様」
一頻り思う存分笑い終えて、涙が滲む眦にハンカチを押し当てながら、たった今思ついたことを言ってみる。
「アンネマリーにも揃いのドレスを作りましょう」
初めローレンスは意味がわからないようだった。だが直ぐに「ああ」と答えた。
「なに?揃いのドレスって」
アンネマリーが透かさず問うてきて、それにクローディアは答えた。
「同じ色やデザインの衣装を着るのよ。婚約者とか夫婦とか、それから家族とか」
クローディアは、生家の家族とは揃いの衣装など着たことなんて一度もない。そもそも家族で色を揃えるなんて一般的にもそうはないことだろう。
それでもこの娘の前にいると思うのだ。この子を孤独にさせるまい。急いで大人にならずとも良いのだと。
アンネマリーとローレンスとクローディア。意地悪な運命が取り纏めた血の通わない家族たち。だがクローディアは、生家にいた時よりも、ずっと楽に息をしている。
「私はこういった場は不得手なんだ」
百錬錬磨の猛者であった彼らしくもない後ろ向きな言葉には、クローディアも納得した。日中にローレンス宛に届いた書簡には、クローディアでもわかる王家の蝋封が見えていた。
「出ないわけにはいかない」
それは舞踏会への招待状で、これまでローレンスは騎士として不在を理由に招待を断っていたという。去年の今頃なら彼は戦場にいて、その直後には剣を折ることになる大怪我を負っている。
それ以前から、前妻を亡くしていたローレンスは、舞踏会とか夜会とか茶会といった「会」と名のつくものは悉く参加を拒んでいたという。
「君は参加したことは?いや、答えなくとも構わない。すまない」
聞いた側から訂正して、その上謝罪したのは、クローディアもまた昨年の今頃は戦場に赴くクラウスを見送って、次に彼に会えたのは彼自身の弔いの場であったことに思い至ったからだろう。
すまないという言葉には、後妻に娶った妻の婚約者へ向ける哀悼が込められていた。それはとてもローレンスらしいと思えた。
「終わったことですわ」
「……」
「もう一年が経つのですね」
「そうだな」
お互い、この一年で大きく人生が変わってしまった。ローレンスはもう騎士ではない。何より彼はあの戦で武功を挙げた英雄となっている。そうして、王家の思惑に絡め取られるようにクローディアを預けられてしまった。
目の前で、長文など記されていない招待状をいつまでも見つめているローレンスに、クローディアは思った。
彼に引き受けてもらえなかったら、自分は今頃どうなっていたのだろう。
クラウスの生家から拒まれて自身の生家からは疎まれて、そんなクローディアにあの父はまともな縁談など探すことをしただろうか。その前にクローディアは多分、家を出て市井に紛れて平民子女相手のガヴァネスで細々と糊口を凌いでいただろう。
救われたのだ。望んでいないのに何故か黒髪に縁のあるこの夫に、救ってもらったのだと思った。
今朝だってクローディアは笑えた。血の繋がらない娘と、出会って一年にも満たない夫と共に、黒い馬の前で笑うことができた。
それはクラウスの死が齎したクローディアの幸福で、無責任な彼の贖罪のようにも思えた。
クラウス様、貴方は今頃笑っているかしら。痛みも、この世に残した未練も哀しみも癒えているのかしら。貴方を亡くして平和に暮らす私のことを薄情だと言うかしら。
そこまで考えクローディアは、いやあのクラウスなら、とっくの昔にクローディアなど忘れてしまって、今頃は黄泉の国でセリーヌ王女を想っているのだろうと思った。
「衣装を作らねばなりません」
執事のバートンの言葉に、ローレンスは無言のまま頷いた。
「奥様と揃いになさいませ」
その言葉には、ローレンスは「ああ」と答えた。
「誰かと揃いの衣装を作るのは初めてなんだ」
「え?」
思わず声が出てしまったのは、ローレンスは間もなく二十八歳で、欺かれたとはいえ短い間でも前妻がいた。それで衣装を揃える経験がなかったことに、クローディアは驚いたのだ。
「私は婚約者を得たのは君が初めてだ」
あんなのは婚約とも言えないものだろう。
褒賞という名目の縁談で、王家が有無をも言わせず押し付けたクローディアと結んだ婚約期間は三ヶ月にも満たない。
「大変。急がなくちゃ」
ローレンスは騎士だっただけあってガタイが良い。間に合わないからと言っても既製服など充てがおうものなら、袖口も踝も露わになってつんつるてんだ。
「ぶふ」
その様が思い浮かんで、クローディアは反射的に吹き出した。「?」といった顔をしたローレンスが更に可笑しみを誘って、
「ふふ、あははは」
とうとう声を立てて笑い出してしまった。一度笑い出してしまうと今度はなかなか止められずに、理由のわからないという顔をしたローレンスがますます笑いを誘って、クローディアは、多分こんなに笑ったのは母が亡くなって以来だと思った。
そんな笑い転げるクローディアに、ローレンスは釣られてしまったのか苦笑いをした。その様をずっと側で大人しく見ていたアンネマリーは、
「どうしたの?クローディア」
と、戸惑いながら彼女だけは冷静であった。
「そうだわ、旦那様」
一頻り思う存分笑い終えて、涙が滲む眦にハンカチを押し当てながら、たった今思ついたことを言ってみる。
「アンネマリーにも揃いのドレスを作りましょう」
初めローレンスは意味がわからないようだった。だが直ぐに「ああ」と答えた。
「なに?揃いのドレスって」
アンネマリーが透かさず問うてきて、それにクローディアは答えた。
「同じ色やデザインの衣装を着るのよ。婚約者とか夫婦とか、それから家族とか」
クローディアは、生家の家族とは揃いの衣装など着たことなんて一度もない。そもそも家族で色を揃えるなんて一般的にもそうはないことだろう。
それでもこの娘の前にいると思うのだ。この子を孤独にさせるまい。急いで大人にならずとも良いのだと。
アンネマリーとローレンスとクローディア。意地悪な運命が取り纏めた血の通わない家族たち。だがクローディアは、生家にいた時よりも、ずっと楽に息をしている。
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