クローディアの物語

桃井すもも

文字の大きさ
21 / 48

第二十一章

「どうかしら」

 見下ろすように、少しばかり気取った風に目の前の義娘を見て言った。

「凄いわ」

 アンネマリーは賢い娘だが、人を褒める際の語彙力は壊滅的だと思った。

 アンネマリーが夜会服を目にするのは初めてだろう。いつもデイドレスかワンピースを着ているクローディアが晴れやかに装った姿に、彼女は別人を見るような顔をした。

「似合ってるわ、それ」

 それとは多分、真珠の首飾りだろう。首の細いアンネマリーは三連に巻くことができたが、クローディアは二連が精一杯だ。元々二連真珠なのだが、ちょっと悔しい。

 ローレンスはあれから本当にクローディアに首飾りを贈ってくれた。それは今まで人から贈られた品では最も高価なもので、父からも婚約者だったクラウスからもそんなものは贈られたことなどなかった。

 クローディアは宝飾店に連れられて、見事な大粒真珠の首飾りが天鵞絨ビロードの化粧箱に納められて目の前に現れたとき、思わず感涙の涙が出そうになった。
 ここで泣いてしまっては、またあの豆だらけの手で頬を擦られるのだと思って、奥歯を噛んで堪えたのだ。

 だが、今宵はこのローレンスの母が残した首飾りにすると決めていた。今日身に着けた後にはアンネマリーに譲るのだと、そう彼女と約束したのだ。

「あと六年したら、貴女も参加するのよ」
「あと六年?」
「ええ。デヴュタントを迎えたら」
「デヴュタント?」
「大人になるの」

 母親のいないアンネマリーは、こういう知識が皆無である。元いたガヴァネスも使用人も、まだそこまでは教えていないようだった。

「そうしたら、この首飾りを着けてエクリュのドレスを着て、国王陛下にご挨拶するのよ」
「国王へーか?」
「王様よ」
「ああ」

 王様というワードで納得したらしいアンネマリーが、そこだけ大人っぽい表情になったのが彼女らしく見えた。

 アンネマリーとは揃いの生地でドレスを仕立てた。残念ながら、舞踏会には行けない彼女は、今夜は仕上がったばかりのドレスを着られない。
 早いうちに彼女を連れて、どこかに出掛けようかと思う。子供の成長は早いから、あっという間に直しが必要になってしまう。
 どこが良いかと考えて、劇場はまだ早いだろうかと思ったところで、

「クローディア」

 名を呼ばれて振り返った。

「まあ、旦那様。奥様のお支度が整うのをお待ちになれませんでしたの?」

 侍女頭のエレノアに揶揄からかわれたローレンスは、扉のところで立ちすくんでいた。
「待て」を言われた躾のされた飼い犬のようで、クローディアは思わず小さく吹き出した。

「どうぞ、お入りになって」

 自分の邸宅であるのに、夫人の部屋には勝手に入れず、どことなく落ち着かない様子だったローレンスに声を掛ければ、彼は「よし」を言われた飼い犬のように、足早にこちらに向かってきた。

「素敵ですわ。旦那様」

 騎士を退いたローレンスの正装姿は軍服ではない。そんな父親の姿をアンネマリーが見るのは婚姻式の時以来だろう。

「旦那様、先に旦那様がお褒め頂いて如何なさいます。そこは貴方様から奥様にお声を掛けるところです」
「あ、ああ、すまない」

 再び侍女頭に言われたローレンスは、叱られた少年のようである。幼い頃からローレンスを知るエレノアに、彼は頭が上がらないようだった。

「美しいな」
「ありがとうございます」

 婚姻式の時には、まだこんな気安い会話などできなかった。二人は全くの他人であったし、婚姻は思惑含みの政略だった。何より互いに顔を合わせた回数は、片手の指の半分で済むほどだった。

 それもほんの数ヶ月前のことだ。
 その数ヶ月の間、二人は幾夜も素肌を合わせて、不器用ながら言葉を交わして、一日一日を重ねながら、アンネマリーと一緒に血の通わない不思議な家族となっていた。

「お父様も素敵よね、アンネマリー」

 アンネマリーはじっとローレンスを見つめていた。その眼差しにローレンスは何も返せずにいる。
 そういうところよ、とツッコミたくなるところだが、不思議な関係の二人には、それで互いに通じているらしい。

「凄いわ」

 アンネマリーの褒め言葉はやはり「凄い」一択なのだとわかって、明日から言語の教育に注力せねばと考えた。

 濃紺のドレスはクリノリンでスカートが腰から膨らみ、クローディアの細い腰が強調されていた。
 濃紺の夜会ドレスを着るのは初めてで、クラウスの淡い翠色の瞳を思い出した。

 前側の腹部はフラットに後ろの腰に膨らみを持たせたスカートが、クローディアの華奢な身体に女性らしいまろみを見せている。襟ぐりが深く背中が露わになる夜のドレスは、アンネマリーには少しばかり刺激的だろう。

 肌の露出を埋めるように巻かれた真珠の首飾りが、クローディアを若く貞淑な夫人に見せていた。
 こんな時に地味な見目であったのを喜ばしく思うのは、ローレンスが曰くのある初めの婚姻の後に娶った妻として、そのほうが都合が良いと思うからだ。

 それにしても、随分長い脚だと思う。
 ローレンスは長身の上、スタイルが良い。胸板が厚く筋肉質な身体と精悍な顔立ち。そこに少しばかりタレ気味の目元が優しげに見えて、美丈夫は得だと思う。

 黒いフロックコートは正装であるが、黒髪のクローディアに揃いに見えるし、ポケットチーフはブルーグレーだ。

 ブルーグレーの暗色の瞳を今日ほど嬉しく思ったことはない。この瞳を囲む虹彩が僅かに虹色であるのを、ローレンスは気づいているだろうかと思った。

あなたにおすすめの小説

死ぬまでに叶えたい十の願い

木風
恋愛
「あなたを妻として、愛することはない。おそらく、生涯抱くこともないだろう」 三年間の白い結婚——捨て置かれた王太子妃エリアーナに、側妃が『死の呪い』をかけ余命一年を宣告する。 離縁を願うも拒否され、代わりに「死ぬまでに十の願いを叶えて」と契約する—— 二人きりの外出、星空、海…ささやかな願いが王太子の心をほどいていく。

刺繍妻

拓海のり
恋愛
男爵令嬢メアリーは魔力も無くて、十五歳で寄り親の侯爵家に侍女見習いとして奉公に上がった。二十歳まで務めた後、同じ寄り子の子爵家に嫁に行ったが。九千字ぐらいのお話です。

この罰は永遠に

豆狸
恋愛
「オードリー、そなたはいつも私達を見ているが、一体なにが楽しいんだ?」 「クロード様の黄金色の髪が光を浴びて、キラキラ輝いているのを見るのが好きなのです」 「……ふうん」 その灰色の瞳には、いつもクロードが映っていた。 なろう様でも公開中です。

世継ぎは他の妃が産めばいい——子を産めない私ですが、帝の寵愛を独占して皇后になりました

由香
恋愛
後宮に入る女の価値は、ただ一つ。 ——皇子を産めるかどうか。 けれど私は、産めない。 ならば—— 「世継ぎは他の妃に任せます。私は、陛下に愛される女になります」 そう言い放ったその日から、すべてが狂い始めた。 毒を盛られても、捨てられず。 皇子が生まれても、選ばれたのは私だった。 「お前は、ここにいろ」 これは、子を産めない女が ただ一つの武器“寵愛”だけで頂点に立つ物語。 そして—— その寵愛は、やがて狂気に変わる。

【完結】「元カノが忘れられないんでしょう?」と身を引いた瞬間、爽やか彼氏の執着スイッチが入りました

恋せよ恋
恋愛
「元カノが忘れられないなら、私が身を引くわくべきよね」 交際一周年、愛するザックに告げた決別の言葉。 でも、彼は悲しむどころか、見たこともない 暗い瞳で私を追い詰めた。 「僕を捨てる? 逃げられると思っているの、アン」 私の知る爽やかな王子の仮面が剥がれ落ち、 隠されていた狂おしいほどの独占欲が牙を剥く。 🔶登場人物・設定は筆者の創作によるものです。 🔶不快に感じられる表現がありましたらお詫び申し上げます。 🔶誤字脱字・文の調整は、投稿後にも随時行います。 🔶今後もこの世界観で物語を続けてまいります。 🔶 『エール📣』『いいね❤️』励みになります!

そう言うと思ってた

mios
恋愛
公爵令息のアランは馬鹿ではない。ちゃんとわかっていた。自分が夢中になっているアナスタシアが自分をそれほど好きでないことも、自分の婚約者であるカリナが自分を愛していることも。 ※いつものように視点がバラバラします。

【完結】病弱な妹に魔力を分け続け死ぬ寸前の私を、宮廷魔術師になった旧友が攫ってくれました。家族を捨てて幸せになっていいんですか?

未知香
恋愛
「あなたはもう十分楽しんだでしょう? 今度はミアーラの番よ」 膨大な魔力と知識を持ち、聖女候補とまで言われた、天才魔術師エリアーナ。 彼女は、病弱な妹ミアーラの為、家族に言われるまま自らの膨大な魔力を差し出すことにした。 「そうだ。私は健康で、今まで十分に楽しんできた。だから、あげるのは当然だ」 魔力を与え続けた結果、彼女は魔力を失い、容姿も衰え、社交界から姿を消してしまう事となった。 一方、妹ミアーラは姉から与えられた魔力を使い、聖女候補として称賛されるように。 家族の呪縛に縛られ、「今まで多くを貰いすぎていたのだ」と信じ、利用され続けるエリアーナ。 そんな彼女の前に現れたのは、かつての旧友であり宮廷魔術師となった青年だった。 ハッピーエンドです!

選ばれたのは私ではなかった。ただそれだけ

暖夢 由
恋愛
【5月20日 90話完結】 5歳の時、母が亡くなった。 原因も治療法も不明の病と言われ、発症1年という早さで亡くなった。 そしてまだ5歳の私には母が必要ということで通例に習わず、1年の喪に服すことなく新しい母が連れて来られた。彼女の隣には不思議なことに父によく似た女の子が立っていた。私とあまり変わらないくらいの歳の彼女は私の2つ年上だという。 これからは姉と呼ぶようにと言われた。 そして、私が14歳の時、突然謎の病を発症した。 母と同じ原因も治療法も不明の病。母と同じ症状が出始めた時に、この病は遺伝だったのかもしれないと言われた。それは私が社交界デビューするはずの年だった。 私は社交界デビューすることは叶わず、そのまま治療することになった。 たまに調子がいい日もあるが、社交界に出席する予定の日には決まって体調を崩した。医者は緊張して体調を崩してしまうのだろうといった。 でも最近はグレン様が会いに来ると約束してくれた日にも必ず体調を崩すようになってしまった。それでも以前はグレン様が心配して、私の部屋で1時間ほど話をしてくれていたのに、最近はグレン様を姉が玄関で出迎え、2人で私の部屋に来て、挨拶だけして、2人でお茶をするからと消えていくようになった。 でもそれも私の体調のせい。私が体調さえ崩さなければ…… 今では月の半分はベットで過ごさなければいけないほどになってしまった。 でもある日婚約者の裏切りに気づいてしまう。 私は耐えられなかった。 もうすべてに……… 病が治る見込みだってないのに。 なんて滑稽なのだろう。 もういや…… 誰からも愛されないのも 誰からも必要とされないのも 治らない病の為にずっとベッドで寝ていなければいけないのも。 気付けば私は家の外に出ていた。 元々病で外に出る事がない私には専属侍女などついていない。 特に今日は症状が重たく、朝からずっと吐いていた為、父も義母も私が部屋を出るなど夢にも思っていないのだろう。 私は死ぬ場所を探していたのかもしれない。家よりも少しでも幸せを感じて死にたいと。 これから出会う人がこれまでの生活を変えてくれるとも知らずに。 --------------------------------------------- ※架空のお話です。 ※設定が甘い部分があるかと思います。「仕方ないなぁ」とお赦しくださいませ。 ※現実世界とは異なりますのでご理解ください。