クローディアの物語

桃井すもも

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第三十五章

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「もう少し早く伺いたかったのだけれど、貴女の体調が戻ってからと思ううちに、すっかり遅くなってしまったわ」

 十歳しか歳の違わない義母は、四人の子を産んだとは思えないほど若々しく美しい。その四人の出産はどれもクローディアの記憶にあって、彼女は妊娠中も出産後も、いつでも美しかったと思う。間違っても体重過多になって医師に苦言を呈されたり、難産を危ぶまれ夫と「致す」ことを勧められたりしなかった筈である。

 義母はフランシスを一目見て、「貴女に似ているわ」と言った。
 え?何処が?黒髪以外は何処も自分には似ていないと思っていたクローディアの頭の中を覗いたように、

「面立ちが似ているわ」

 義母はそんなことを言った。

「貴女にこれを」

 子供たちを別室に移しクローディアと二人になって、義母がそう言って差し出したのは螺鈿細工の施された宝石箱だった。それにクローディアは見覚えがあった。

「これは、お母様の……」

 母の生前、まだクローディアが幼い頃に見た記憶がある。黒檀材に螺鈿で蓮の花が装飾されている。

「中を」

 手渡された宝石箱は、見た目よりも重さがあった。中に宝飾品が入っているのだとわかった。
 義母に促されるまま、懐かしい宝石箱の蓋を開ければ、途端に忘れていた母の香りがふわりと薫る、そんな気がした。

「これって……」

 やや黄色味を帯びたシャンパンカラーの真珠に、幼い頃の思い出が蘇る。四連パールの中央に楕円にカットされた大粒のエメラルドが飾られたチョーカーは、生前、母が愛用していたものである。 
 このチョーカーを着けて夜会に出掛ける母の姿を憶えている。

 母は、海から生まれた真珠や螺鈿が好きだった。

 母の生家がある王国の東側は山間部で、母は海を知らずに育った。そんな母が愛した宝飾品が真珠だったのをクローディアは薄っすらと憶えている。海を知らない母が好んだ、海から生まれた真珠の粒。

「でもこれは、お義母様のものよ」
「いいえ。私は一度も手にしたことはないわ」

 母が遺した装飾品は、父が買い与えたものである。この真珠のチョーカーに飾られたエメラルドは、父の翠の瞳を表している。
 メレダイヤに囲まれたエメラルドに触れれば、母が父を想って身に着けたのだろうと思えた。

「貴女にいつか渡そうと。多分、旦那様は貴女がこちらへ嫁ぐときに贈るつもりだったのよ」

 その先は、聞かないほうが良いように思った。母の遺品としてクローディアが譲られるのなら、もっと早く、母の葬儀の後にでも形見として譲られた筈である。
 父のことだ、本心ではクローディアに渡す気持ちなどなく、大方、義母かリリベットに譲るつもりだったのだろう。リリベットは父譲りの綺麗な翠の瞳をしている。

「お父様はきっと、お義母様かリリベットに身に着けてほしかったのではないかしら」
「そうではないわ、クローディア。これは旦那様がヘレン様に贈ったものよ。お二人が婚約なさったときに」

 記憶の母と父は、とても貴族らしい夫婦だったと思う。愛情よりも、定められた婚姻として粛々と「夫婦」としての務めを果たしているように見えた。

「貴女がこちらに嫁ぐときに、旦那様は躊躇っていらしたの」
「お父様が躊躇う?」

 一体何を?クラウスがセリーヌ王女に傾倒した時も、ジョセフがクローディアを厭うてリリベットを望んだ時も、父はクローディアの心中を思い遣る素振りも見せなかった。

「きっと、これを貴女に譲ってしまえば、貴女とヘレン様の面影が無くなってしまうと思われたのではないかしら。勝手に私が想像することだけれど」

 なんて勝手な話だろう。父は明らかに、母よりも義母を愛していたし、母に似たクローディアと異母妹弟たちとは掛ける愛情も眼差しも違っていた。

 クローディアは、父に優しい言葉を掛けられた記憶がない。家令や執事のほうがよほどクローディアに優しかった。

 それでも。
 母には母の気持ちがあって、クローディアが知らないだけで父へ抱く愛情があったのだとしたら、このチョーカーを大切にしていた母の気持ちは理解できる。
 クローディアにとっても、ローレンスから贈られる品々は、どれも大切なものである。

「お父様がこれを?」
「ええ。持っていけと仰ったわ」

 父の口振りが思い浮かんで、クローディアは思わず眉をしかめた。

「ふふ」

 そんなクローディアに義母は笑って、「良く似た父娘だわ」と言った。

「どこが?」
「そういう仕草が似ているのよ」

 母から娘へ贈られる真珠はこの日、義母の手でクローディアに贈られた。
 それで父との距離が縮まるものではないけれど、父とクローディアの頑なで不器用なところは、案外似ているのだと認めざるを得なかった。


その頃、別室では。

「フランシスのチャームポイントは、この綺麗な青い瞳なのよ」

 アンネマリーは、リリベットとロナルドを前に、得意げに弟の自慢をしていた。

 そんなアンネマリーの紺碧混じりの青い瞳を、ロナルドがじっと見つめていたのは、側に控えていたルーシーしか気づかないことだった。

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