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第四十二章
「あー君たち、整列整列。入室する際は一人ずつ、一列に並んで入ってくれないか」
王城の図書室の前で、アンドリューが扉を背にして言った。その両側には、扉を護る近衛騎士たちが微動だにせず立っている。
両脇に近衛騎士を従えるようなポジションで、アンドリューは点呼を取るようにメンバーの顔を眺めた。
学園が休日のこの日、王城には王子集団VS女子生徒のオールメンバーが揃っていた。
アンドリューを筆頭に、ロナルドと近衛騎士団副団長の子息に宰相次男、アンネマリーとリリベットの計六人に加えて御目付役にアンドリューの侍従。
施設長でも指定管理者でもないのに、アンドリューは頻りに仕切った。
端から端までメンバーを見て、アンネマリーのところで視線を戻して視線を留まらせて、暫くじっと見つめてから隣のリリベットを流し見た。
「一人ずつ並んで入室するように」
そう言っておきながら、自分はアンネマリーの隣に並んで先頭になって入る。
薄暗い室内の通路を真っ直ぐ進んで、並ぶ書架の分類がとある分野に変わる頃、アンドリューは後ろに連なる面々に振り返った。
照明の持ち方に癖があるのか、顎から上がぼぉっと照らされ不気味に見えた。それにリリベットが「ぶふっ」と吹いたのを睨みつけてからアンドリューは宣った。
「図書室では静粛に。私語は厳禁だ、わかったね。さあアンネマリー、こっちだよ。案内しよう。ほら、君たちは静かにあっちの方へ行くがよい。ロナルド、お前もあっちだ、あっちへ行け」
私語厳禁と言いながら誰よりも私語の多いアンドリューは、そこでロナルドも侍従もリリベットも、全員向こう側に追い遣ってしまった。
アンネマリーは幼い頃から思慮深い少女だった。行動するのに後先を考えたし、迂闊な発言も慎む。何より相当用心深い。
そうなのに。そうであるのに、今この時は、小狡い王子の罠に気づくことが出来ずにいた。
アンネマリーの頭の中には、果てしない宇宙が展開されていた。心は宇宙の最果てにあった。
『天体運行の周期について(続)』
アンネマリーが探すのはそのタイトルが記された背表紙である。
憧れの外惑星。宇宙は神の領域で、神秘と叡智の宝庫である。
古の占星術師たちは優秀な天文学者だ。天体配置図はその時々の天空の姿である。
暗がりでもわかるほど、アンネマリーは瞳を好奇心いっぱいに満たして輝かせている。下心いっぱいの王子のことは宇宙の果てに忘れていた。
「アンネマリー。足下に気をつけて」
下心いっぱいの王子がアンネマリーの足下を心配する。
彼はアンネマリーが拒絶しないのを良いことに、彼女の背中に手を添えて、さもさも親切なように「さあ、こちらだよ」と誘った。
「凄いわ」
こちらに背表紙を向けて居並ぶ星の書物の数々。
ああ、ここに住みたい。
アンネマリーは一瞬、そんな妄想に囚われた。危ないアンネマリー、危険だアンネマリー、王城は王子の住処だ気をつけろ。
リリベットが側にいたなら、きっとそう言って注意喚起を促しただろう。
「アンネマリー。残念ながらここにある本はどれも持ち出し禁止で貸してあげられないんだ。君には自由に読んでほしいから、いつでも毎日城へおいで。僕が図書室に案内するから」
善意の裏に垣間見える罠。
気分は宇宙遊泳中のアンネマリーは、危険予知機能が疎かになっていた。
「ああ、これだ」
さり気なくアンネマリーの肩に触れて、アンドリューは高い位置にある棚から一冊の書籍を抜き取った。
『天体運行の周期について ――外惑星の神秘――』
青い別珍の装丁に金文字のタイトル。副題に、アンネマリーの心は宇宙の神秘一色に染められた。
「これが……」
アンドリューから書籍を手渡されて、アンネマリーは感動とともに表紙のタイトルをそっと撫でた。
「読んでも宜しい?」
「勿論」
ほくほくと書籍を見下ろすアンネマリーの肩を、灯りで照らす風に見せかけ何気に抱き寄せて、アンドリューは後悔した。
しまった。吾輩としたことが準備不足であった。彼女が閲覧するためのテーブルとソファを用意すべきであった。よし、本日中に手配しよう。目に優しい照明も必要だ。読書に疲れた頃にお茶に誘おう。ならば西の辺境伯に頼んで茶葉を取り寄せよう。
静謐な空間は、見る人が見たなら暗雲のように邪心に覆われて見えただろう。
アンネマリーはアンドリューが掲げ持つ灯りを頼りに本を開いた。そっと表紙を開いて見返しをめくると、扉の中央に短い文が記されていた。
『孤独な夜は空を見上げてごらん。空はあなたの友になる』
「本当だわ、その通りよ」
アンネマリーは幼い頃、夜に見上げた空を思い浮かべた。
そんなアンネマリーに魅入られて、アンドリューは一瞬、心あらずとなった。まるで神話の女神に魅了されてしまったように、暗がりに白く浮き上がるアンネマリーの頬に吸い寄せられて顔を寄せ、
そのまま触れるだけの口づけをした。
途端に視界が切り替わった。天と地が反転したかと思うと同時に、腰に衝撃と痛みを覚えた。
アンドリューは、アンネマリーに胸部をどつかれ後方に尻もちをついて転倒していた。いつの間にか照明は、アンネマリーが掲げ持っていた。
アンネマリーは更に蹴りを入れようと、膝を天井に向けて高々と持ち上げて、アンドリューの腹部を踏みつけにすべく狙いを定めていた。
リリベットがここにいたなら、
「いけない、アンネマリー、貴女の秘密の花園がチラリと見えてしまうわ」
と、絶対止めてくれただろう。
腹を踏み潰されるかもしれない恐怖と、この世の楽園を垣間みたい誘惑に、アンドリューがこの日、人生で一番迷ったことは伏せておく。
「待った待った、待ってくれ、悪かった。無意識だったんだ許してくれ。無意識なんだからそれは意識のある僕ではない。それは僕の意識ではないから僕は無実だ。わかってくれるか?」
アンネマリーは無言のまま、片足を高く上げてアンドリューを見下ろしている。
青い瞳が暗黒宇宙に見えていた。
嗚呼、アンネマリーになら踏まれてみたい。
アンドリューは、違う扉が開きかけていた。
王城の図書室の前で、アンドリューが扉を背にして言った。その両側には、扉を護る近衛騎士たちが微動だにせず立っている。
両脇に近衛騎士を従えるようなポジションで、アンドリューは点呼を取るようにメンバーの顔を眺めた。
学園が休日のこの日、王城には王子集団VS女子生徒のオールメンバーが揃っていた。
アンドリューを筆頭に、ロナルドと近衛騎士団副団長の子息に宰相次男、アンネマリーとリリベットの計六人に加えて御目付役にアンドリューの侍従。
施設長でも指定管理者でもないのに、アンドリューは頻りに仕切った。
端から端までメンバーを見て、アンネマリーのところで視線を戻して視線を留まらせて、暫くじっと見つめてから隣のリリベットを流し見た。
「一人ずつ並んで入室するように」
そう言っておきながら、自分はアンネマリーの隣に並んで先頭になって入る。
薄暗い室内の通路を真っ直ぐ進んで、並ぶ書架の分類がとある分野に変わる頃、アンドリューは後ろに連なる面々に振り返った。
照明の持ち方に癖があるのか、顎から上がぼぉっと照らされ不気味に見えた。それにリリベットが「ぶふっ」と吹いたのを睨みつけてからアンドリューは宣った。
「図書室では静粛に。私語は厳禁だ、わかったね。さあアンネマリー、こっちだよ。案内しよう。ほら、君たちは静かにあっちの方へ行くがよい。ロナルド、お前もあっちだ、あっちへ行け」
私語厳禁と言いながら誰よりも私語の多いアンドリューは、そこでロナルドも侍従もリリベットも、全員向こう側に追い遣ってしまった。
アンネマリーは幼い頃から思慮深い少女だった。行動するのに後先を考えたし、迂闊な発言も慎む。何より相当用心深い。
そうなのに。そうであるのに、今この時は、小狡い王子の罠に気づくことが出来ずにいた。
アンネマリーの頭の中には、果てしない宇宙が展開されていた。心は宇宙の最果てにあった。
『天体運行の周期について(続)』
アンネマリーが探すのはそのタイトルが記された背表紙である。
憧れの外惑星。宇宙は神の領域で、神秘と叡智の宝庫である。
古の占星術師たちは優秀な天文学者だ。天体配置図はその時々の天空の姿である。
暗がりでもわかるほど、アンネマリーは瞳を好奇心いっぱいに満たして輝かせている。下心いっぱいの王子のことは宇宙の果てに忘れていた。
「アンネマリー。足下に気をつけて」
下心いっぱいの王子がアンネマリーの足下を心配する。
彼はアンネマリーが拒絶しないのを良いことに、彼女の背中に手を添えて、さもさも親切なように「さあ、こちらだよ」と誘った。
「凄いわ」
こちらに背表紙を向けて居並ぶ星の書物の数々。
ああ、ここに住みたい。
アンネマリーは一瞬、そんな妄想に囚われた。危ないアンネマリー、危険だアンネマリー、王城は王子の住処だ気をつけろ。
リリベットが側にいたなら、きっとそう言って注意喚起を促しただろう。
「アンネマリー。残念ながらここにある本はどれも持ち出し禁止で貸してあげられないんだ。君には自由に読んでほしいから、いつでも毎日城へおいで。僕が図書室に案内するから」
善意の裏に垣間見える罠。
気分は宇宙遊泳中のアンネマリーは、危険予知機能が疎かになっていた。
「ああ、これだ」
さり気なくアンネマリーの肩に触れて、アンドリューは高い位置にある棚から一冊の書籍を抜き取った。
『天体運行の周期について ――外惑星の神秘――』
青い別珍の装丁に金文字のタイトル。副題に、アンネマリーの心は宇宙の神秘一色に染められた。
「これが……」
アンドリューから書籍を手渡されて、アンネマリーは感動とともに表紙のタイトルをそっと撫でた。
「読んでも宜しい?」
「勿論」
ほくほくと書籍を見下ろすアンネマリーの肩を、灯りで照らす風に見せかけ何気に抱き寄せて、アンドリューは後悔した。
しまった。吾輩としたことが準備不足であった。彼女が閲覧するためのテーブルとソファを用意すべきであった。よし、本日中に手配しよう。目に優しい照明も必要だ。読書に疲れた頃にお茶に誘おう。ならば西の辺境伯に頼んで茶葉を取り寄せよう。
静謐な空間は、見る人が見たなら暗雲のように邪心に覆われて見えただろう。
アンネマリーはアンドリューが掲げ持つ灯りを頼りに本を開いた。そっと表紙を開いて見返しをめくると、扉の中央に短い文が記されていた。
『孤独な夜は空を見上げてごらん。空はあなたの友になる』
「本当だわ、その通りよ」
アンネマリーは幼い頃、夜に見上げた空を思い浮かべた。
そんなアンネマリーに魅入られて、アンドリューは一瞬、心あらずとなった。まるで神話の女神に魅了されてしまったように、暗がりに白く浮き上がるアンネマリーの頬に吸い寄せられて顔を寄せ、
そのまま触れるだけの口づけをした。
途端に視界が切り替わった。天と地が反転したかと思うと同時に、腰に衝撃と痛みを覚えた。
アンドリューは、アンネマリーに胸部をどつかれ後方に尻もちをついて転倒していた。いつの間にか照明は、アンネマリーが掲げ持っていた。
アンネマリーは更に蹴りを入れようと、膝を天井に向けて高々と持ち上げて、アンドリューの腹部を踏みつけにすべく狙いを定めていた。
リリベットがここにいたなら、
「いけない、アンネマリー、貴女の秘密の花園がチラリと見えてしまうわ」
と、絶対止めてくれただろう。
腹を踏み潰されるかもしれない恐怖と、この世の楽園を垣間みたい誘惑に、アンドリューがこの日、人生で一番迷ったことは伏せておく。
「待った待った、待ってくれ、悪かった。無意識だったんだ許してくれ。無意識なんだからそれは意識のある僕ではない。それは僕の意識ではないから僕は無実だ。わかってくれるか?」
アンネマリーは無言のまま、片足を高く上げてアンドリューを見下ろしている。
青い瞳が暗黒宇宙に見えていた。
嗚呼、アンネマリーになら踏まれてみたい。
アンドリューは、違う扉が開きかけていた。
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