クローディアの物語

桃井すもも

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第四十五章

 フォーウッド伯爵家に非常呼集が掛けられた。
 馬の世話を使用人に任せて、急ぎ戻り執務室に呼ばれたのは、嫡男フランシス六歳だった。

「お前、本気か」
「本気です。姉上しか考えられません」

 嘘おっしゃい。さっきはクローディアの左の腰に引っ付いていたじゃない。
 アンネマリーは胡乱な眼差しで、目の前の弟を見た。

「姉上を、愛してます」
「熱い告白だな」

 ローレンスは、凄いなコイツ、自分にはそんな熱い告白など、本人の前でなんてとてもではないが出来そうにないと思いながら、クローディアへの伝えきれない粘着質な愛を眼差しに込めて妻を見た。

 クローディアはそんなねばっこい視線をするりとけて、フランシスに尋ねた。

「本気で本気なの?」
「本気で本気です」

 さっきまで母の腰に引っ付いていたくせに、豪語したわね。
 クローディアもまた、息子の激情に気圧されていた。

 フランシスは骨がある。赤児の時には嵐も雷も、火災も風雨もものともせずに、一晩眠りこけていた猛者である。

「貴方なら、間違いなくアンネマリーを幸せにするのでしょうね」

 姉弟ではあるが、二人に血の繋がりはない。モラル云々確かにあるが、不可能なことではない。
 アンネマリーはフランシスより十一歳年上だが、それすらフランシスは乗り越えそうな予感をさせる。

「姉上が欲しい」
「情熱的ね。親としては聞き辛いわ。ちょっとあちこちむず痒くなっちゃいそう」

 クローディアは、この粘着気質、誰に似たんだと思いながら夫を見た。夫はクローディアに視線を向けられて、わかりやすく嬉しそうな顔をした。

 だが、流石は百戦錬磨の武人である。
 デレからキリッと切り替えて、隣に座る六歳の嫡男を見下ろした。

「十年待てるか」

 十年とは、フランシスが成人するまでの年月である。

「残念なお知らせがあるのだけれど」

 そこでクローディアは、アンネマリーをチラリと見てから、フランシスへ向き直った。

「その十年の間に、アンネマリーはさらわれるでしょう」
「は?」「え?」

 夫と息子が同じ顔で驚愕した。

「フランシス。よく聞きなさい。お前の気持ちはわかりました。相当な粘着体質であるのも含めて。ですが世界は広いのです。現にこの王都にもう一人、お前とそっくりなのがいるのよ」

 アンネマリーは横でクローディアを見つめている。クローディアはそんな彼女に振り向いて、良い?と確かめた。

 アンネマリーはコクンと頷いた。

「アンネマリーを欲しいという殿方がいるのよ」
「誰だ!」「誰です!」

 夫と息子が同じ顔で問うてきた。

「第三王子殿下です」

 あゝ。そう言ったのはローレンスだった。
 無言になってなにも言えなくなったのはフランシスだ。

 第三王子>六歳児。権力の構図が瞬時に思い浮かんだのだろう。
 若しくは、
 十六歳>六歳児。年齢の壁に負けを予感したのか。

 フランシスは俯いた。それから、膝の上で握った手の甲に、ぽとっ、ぽとっ、と涙を溢した。
 六歳児が声を堪えて涙を落とす。
 執事がハンカチを取り出して鼻をかんだものだから、それが引き金となってローレンスまで貰い泣きしそうになった。因みにクローディアは既に泣いている。

「でも私、殿下に求婚された訳ではないわ」

 アンネマリーは冷静だった。
 アンドリューの熱い視線を浴びながら、頬に口づけを受けて尚、物事の根本を見失わなかった。

 彼の好意は感じている。
 だが、ただそれだけなのだ。
 彼は王族であり、恋とか愛で婚姻できる身分ではない。
 もし仮に、アンネマリーもアンドリューに思慕を寄せたとして、だからと二人の仲が認められるとは思えない。

 アンネマリーは、フォーウッド伯爵家の令嬢であるが、ローレンスの血は一滴も継いではおらず、醜聞の末に生まれた娘なのだ。
 アンドリューとは間違えても結ばれる身の上ではない。

 アンネマリーはクローディアに聞かれるまでもなく、自分の心を確かめていた。
 彼のこちらに真っ直ぐ向ける粘着系の愛情に気づかないフリを通しながら、自身の胸に咲いた恋心に蓋をしたのである。

「フランシス。お前の気持ちは認めよう」
「旦那様」
「アンネマリー。お前は私たちの娘だ。もし仮に、フランシスの妻となったとしても変わらない」

 今度はアンネマリーが泣きたくなった。
 ローレンスは、アンネマリーが嫁ぎ先に苦慮するのを理解している。
 いつだかは、戦場に明け暮れた血生臭い自分の元から離れて他家に嫁ぐことを望んでいたが、それよりもフランシスを見込んで待つほうがアンネマリーの幸福なのだと思ったのだろう。

「フランシス、しっかり学べ。お前にはあと十年ある。胸を張って今日と同じことが言えたなら、或いは望む未来もあるかもしれない」
「父上⋯⋯」

 フランシスは、袖口でゴシゴシと涙を拭った。彼はこの夜を限りに引っ付き虫を卒業した。


 人生には、登り坂があって下り坂がある。まさかがあるのもお約束だ。
 だが、まさかこんなことが起こるだなんて。誰が予想できただろう。

 週明けの学園で、アンネマリーは数学教師(王弟)に声を掛けられた。

「放課後、私のところに来てくれないか」
「先生、学園で女子生徒を一人きりで呼び出すのは誤解を生みましてよ」
「やあ、リリベット君。そうならないように護衛付きだよ。だから君にはご遠慮頂かねばならない。アンネマリー君には本来なら王城に呼んで話すことだからね」

 賢いリリベットはそれだけで悟った。
 ああ、いよいよ動くのね。可哀想なロナルド、相手が悪いわ。なにせヤツは稀に見る粘着体質なのだから。

 この学園でもう一人、ロイヤルブルーの瞳を持つ存在を思い浮かべた。


 

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