クローディアの物語

桃井すもも

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第四十七章

「こら、いい加減にしないか、アンドリュー。みっともないぞ」

 アンドリューの泣き落としは、数学教師(王弟)によって遮られた。だが、彼の想いはちゃんとアンネマリーの胸に響いた。

 こんな人、初めてだわ。
 無愛想一家フォーウッド伯爵家で育ったアンネマリーが知り得ない、直情的な感情表現。胸がすくような人物だ。

 そこでアンネマリーは、ああ、もう一人いたとリリベットを思い出した。二人はなんだかとても似ている。そう思った時、

「ふふ」

 アンネマリーは微笑んだ。

「ほら、可愛い。ほんのり笑窪が凄く可愛い」
「どれどれ」
「叔父上はあっちへ行って下さい。あああ、マリーの笑窪が消えてしまったではありませんか、叔父上が覗き込むからですよ!!」

 四つの青い瞳に見つめられて、貴重なアンネマリーの微笑みは消失した。

「殿下」「なに?」
 返事が早くてアンネマリーは戸惑う。

 だが、ひるんでいる場合ではない。これだけは言っておかねばならないのだ。

「私、殿下より先に求婚され「誰だ!そいつ!ひっ捕らえてくれる!!」

 アンネマリーは、直情型って面倒くさいな、と思った。

「フランシスです」
「なに!?手強いな」

 意外なことに、アンドリューは六歳児の求婚を侮ることなく真正面から受け入れた。流石は直情型である。

「だが彼は君の義弟、仮にも弟だぞ。それに歳だって十一も離れてる」

 一応、反撃を試みたらしい。
 だが、そこは既にフォーウッド伯爵家では解決済である。

「愛に年の差はないのだそうです」
「……あいつ。何歳だ?」
「殿下、たった今仰ったではないですか。私より十一離れていると。17-11は?簡単な引き算ですわ」
「……恐ろしい六歳児だな」

 アンドリューは、YES!!と叫んだ時のまま握り締めていた拳を更に握り締めて、ぷるぷる震えた。

「それに、父も良いと言っておりますし」
「何だって、あの妻バカ、軍馬バカが?ああいや失礼、君のお父上が?」
「ええ。ずっと邸にいて良いのだと」

「マリー」

 アンドリューはそこで、ロイヤルブルーの瞳を垂れ目にして、アンネマリーに縋るような眼差しとなった。

「君がいてくれたなら、僕はこの世になにも望まない」
「嘘ですわ。黒曜真珠もブラックダイヤも、そう言って手に入れたのを知ってます」
「僕は強欲なんだ。なんでかな?誰かを想うあまり黒いものが堪らなく好きなんだ。強欲な男は嫌い?」

 最後にアンドリューは、「年下の男の子」作戦で上目遣いにきゅるっと甘えてきた。随分、器用なプロポーズだなと、数学教師(王弟)以下その場にいた近衛騎士らは呆れ半分感心した。

 アンネマリーただ一人が、この真っ直ぐで真っ正直な求婚を、ストレートに受け止めた。

 だってアンドリューは王命を頼むことだってできただろうに、そうはしなかった。
 一歩一歩アンネマリーとの距離を縮めて、じんわりやんわりゆっくりと彼女の心をほどいてくれた。

 それは初めて会ったあの茶会の日から、少しずつ根気強く、かなり粘着質に彼が積み重ねてきたことで、アンドリューとは相当のしつこい、ではなく、努力家だと思った。


 翌朝。
 フォーウッド伯爵家に、玉璽の押された書簡が届いた。正式な王家からの文書とは、第三王子アンドリューとアンネマリーの婚約を申し込むものだった。

 面倒な血筋を持つアンネマリーを王家が受け取れたのには、今は隣国に輿入れして公爵夫人となっていたセリーヌ王女の助言があった。

 セリーヌはクローディアを憶えていた。クローディアのことは、彼女の元婚約者クラウス繋がりで知ったのだが、セリーヌはクローディアを忘れてはいなかった。
 彼女が当時どんな境遇で、そこからどんな幸福を紡いでいったのか、セリーヌは見落としてはいなかったのである。

『クローディア夫人、なかなか骨のあるお方よね。あの夫人が育てた令嬢なら間違いないのではなくて。それにしてもアンドリュー、貴方、その令嬢をあんなふうに見栄も外聞もなく泥のように愛せるかしら。フォーウッド伯爵は相当の粘着気質よ』

 折も折、セリーヌが両親へ顔見せに、前年生まれた第一子の長女を連れて里帰り中だったのも幸運なことだった。
 アンドリューとは、「持っている男」なのであった。

 こうしてアンネマリーはアンドリューの婚約者となった。フランシスは二人の婚約が結ばれた夜、一晩中泣き明かした。翌朝、瞼を真っ赤に腫らして糸目になりながら、彼は言った。
「姉上には幸せになってほしい」

 その話は巡り巡って、セリーヌの下にも届いた。彼女が小さな娘の頭を撫でながら、心の中のメモ帳に「フランシス」と書き記したのは、誰も知らないことだった。


「お目出度うと言っても良いのかしら」
「失敬だぞ、リリベット。目出度いことなんだっ」

 廊下では王子集団VS女子生徒の構図が繰り広げられていた。実際はアンドリューVSリリベットであったが。
 周囲の生徒たちは、面倒事は勘弁してくれと遠巻きに見ている。

「アンネマリー、嫌なら嫌って言うのよ。何でもかんでも受け入れるのは考えものよ」
「僕は『何でも』でも『かんでも』でもない」
「煩い男は嫌われましてよ」

 そんな二人を見つめるアンネマリーと、そのアンネマリーを切ない眼差しで見つめるロナルド。
 そんな彼を廊下の向こう側から見ていた数学教師(王弟)は、彼の心中を思いやって、密かにエールを送るのだった。


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