令嬢は見極める

桃井すもも

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今日エレノアは、友人の令嬢の邸へお茶会に呼ばれている。事前に不在にすることが分かっていたからこの日を選んだ。

邸を訪れたウィリアムをエリザベスが出迎えるのは久しぶりであった。
ウィリアムも何処か落ち着かない風である。あちこち視線を動かしているのは、エレノアを探しているからか。お姉様は不在よ、と教えてやれば良いのかと、そんな事まで気にする自分もどうかしている。

侍従を一人側におき、侍女も下がらせ扉を閉める。姉が戻っても入室させないように言付けてある。そこは執事が上手くやってくれるだろう。エリザベスは父に先んじて、執事と侍従に今日の事を話していた。家のこの後に関わることであるから、父を納得させられる防壁が欲しかった。


「リズ、何を考えている。僕らはあと一年で婚姻するんだ。今更何を言っているんだ?」

「まだ一年ありますわ。一年あればどうにでも出来ます。父と侯爵様のお力があれば。」今更なのはどちらなのか。姉への思慕を抱えて今更どうしようとしていたのか。

「父に話して許されるとでも?」
「お分かり頂けると思います。」

会話が虚しい。先程からウィリアムが腐心しているのは、二人の婚姻についてであり、そこにはエリザベスを失いなくないという言葉は一言も発せられていない。
伯爵家の婿となる自身の身の置きどころを案じる事に終始している様に、エリザベスには見えてしまう。

「貴方が姉を慕っているのは存じております。私と婚姻しても姉の側にはいられないのですよ?」何故なら姉も嫁いで行くのだから。貴方の兄へ。

ジョージとエレノアは、ウィリアムとエリザベス達の三つ年上である。学園も既に卒業しているのに婚姻が成されていないのは、この二年をジョージが帝国へ留学していたからである。
婚約者が二年を不在にする間寂しさを紛らわせていたのか、エレノアはウィリアムと過ごす事が増えていた。幼馴染の二人が今更一緒に過ごしていたとして、誰も不審を感じない。ちょっとばかし距離が近いのを別にすれば。

侯爵家でも伯爵家でも、幼い頃から二人を見ていた使用人達は皆、仲が宜しいと見過ごして来た。
ブルック伯爵家の執事と侍従に侍女頭以外は。伯爵家の使用人達を束ねる三人は、執務に携わるエリザベスを未来の主と見做している。主人へ不都合を及ぼす事柄には、殊更に目を光らせていた。だから、エリザベスが今日この時を選んだ事も、必要なことであると従っている。

エリザベスは思う。父は既に気付いていると。その上で、エリザベスがどう事を収めるのかを見極めているのではなかろうかと。


「ウィリアム様。貴方が姉とどうするかはこの際問題ではありません。私とのご縁を解消しようと申し上げております。」
「勝手な事を言わないでくれないか。君だけの問題では無い。」
そうであろう。だが、それをここまで反故にしたのは姉とウィリアムである。


「私との婚姻が無くとも、貴方が貴族籍を抜けることにはなりません。子爵位を継承されるのですから。」
ウィリアムはエリザベスとの婚姻後、侯爵家の従属爵位である子爵位を継承する事が決まっていた。
そして、それは本来であれはエリザベスとの婚姻後、二人の第二子に受け継がれる筈のものでもあった。


「ウィリアム様。」
エリザベスはウィリアムを見つめる。

こうして見つめるのは久しぶりであった。
この二年、ウィリアムの見つめる視線の先はエレノアであった。エリザベスは、その二人を傍から見ていることしか出来なかった。
久しぶりに間近で見つめた男は、幼い頃の面影を僅かに残しながら、確実に大人へと変貌を遂げる途上にあって、優し気な中に精悍さを表し始めていた。

もうこの蒼い瞳を真正面から望むことは出来ないのかもしれない。

「この婚約を解消致しましょう。」
もう一度、最後となる言葉をエリザベスは告げた。



晩餐を家族と共に過ごした後に、父の執務室を訪ねた。エリザベスには別に執務室が与えられていたので、父へ内々の要件が無ければこの部屋を訪うことは無い。

晩餐の席でもエレノアに変わったところは無かった。ウィリアムから何か知らせがあるかもと思っていたが、どうやらそれは無かったらしい。日中訪った令嬢との茶会の話題を両親に話して聞かせるエレノアは、いつも通りのおっとりと美しい姉であった。

自分と同じ色の髪と瞳を持っているのに、その瞳が大きくやや垂れているのが、年齢を感じさせない愛らしい面影を造っている。
母似である柔らかな風貌と身のこなしが、令嬢らしく可憐である。この姉であれば引く手数多(あまた)であろう。学園に入る直前にジョージと婚約した際も、悔しがる令息が大勢いたと聞いている。

姉に罪はない。いや無いか?喩えジョージと離れ離れで寂しくとも、喩え幼馴染であったとしても、ウィリアムとの付き合い方をもう少し何とか出来なかったのか。
それより何より、何故姉はそれ程自由に過ごせているのか。夫人の教育はどうなっている?まだ受けずとも良いのだろうか?

思考の殆どを姉に持っていかれて歩みを進めれば、父の執務室へ着いてしまった。

執事は父と共に室内にいる。
後ろに控える侍従を振り返る。彼がひとつ頷いたのを認めて、エリザベスは執務室の扉をノックした。



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