ソフィアの選択

桃井すもも

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ローレンは、選考の結果ソフィアが次期王妃に選定された旨を簡潔に述べた。

閣議に於いては既に決定しており、議会の承認を得て正式な決定となる。そのうえで近隣諸国並びに国民へ公表する。

婚姻は二年後。ソフィアが学園を卒業するのと同時に執り行われる。
それまでは、婚約者として王宮に通い王妃教育を受ける事となる。

第二王子であるルイの妃教育とは内容が異なる。王妃教育は王家の極秘事項にも触れる。教育を終えた後は、重篤な不義不正の発覚した際、離縁の際には生涯幽閉か毒杯を賜る事となる。

それらをまるで注意事項の説明をする如くローレンは淡々と述べるのを、父は黙して聴いている。貴族の公の顔で何事にも動じない胆力は流石である。
兄には僅かばかり動揺が見られた。特に毒杯云々の辺りで息を呑んだのがソフィアにも分かった。

一通りの口頭による説明が為されると、侍従が書類を広げた。
婚姻に関わる誓約書である。

王妃の公務に権利と義務。婚姻に当っての持参金額。婚姻時の支度料と帯同する従者の数。生家の負担する王妃の年間化粧料。婚姻から五年以内に後継を得なかった場合の第二妃選定他、婚姻に関わる詳細な条項が記載されている。

それらを丹念に漏らすことなく読み込んだ父は、侍従が差し出すペンを受け取り署名をした。
続けてペンをソフィアに渡して署名を促すのを、それをローレンが制する。

「侯爵、ソフィア嬢のサインはこれから私がもう少し説明をしてからで宜しいか。」

「陛下の御心のままに。」
そう答えてから父は、

「例の男爵家より賠償金として鉱山を得ております。それを持参金に加えましょう。」
銀山ごと娘を渡すと付け加えた。

「英断痛み入るよ。」
鷹揚に答えたローレンは、これで話しは仕舞いと云う風で、後で正式な使者を邸に遣わすと言えば、父と兄が立ち上がる。ソフィアも遅れて立ち上がると、

「君はもう少し残ってくれ。」
ローレンに引き止められた。
父と兄が礼をして退室すると、ローレンは側に控えた侍従に耳打ちをする。

侍従はそれからお茶の用意を始め、茶器を双方に配ると直ぐに部屋を出た。


完全なる人払いがされた二人きりの空間となった。

「冷めない内に。」
穏やかな声音でお茶を勧めるローレン。

これは私の好きな茶葉だわ。
ダンスのレッスンの後で、このお茶を頂くのをいつも楽しみにしていた。

「ソフィア嬢。」
名を呼ばれて面を上げる。
ああ、こんなに窶れてしまって。

「君を巻き込む私を赦してくれないか。」
赦すも何も。

「君には、私の持ちうる全ての力をもって幸せにする事を約束する。それと同じ位不幸な経験をさせることを白状しよう。」
だが、とローレンは続ける。

「君以外考えられない。私と共にいて君が不幸な目に遭う事を百も承知で、恥も無く言わせてもらえるならば、私と共に国の礎となって身も心も捧げて欲しい。いま君が一つ頷けば、もう後には戻れない。王妃教育を終えてしまえば、嫌だと言って生家に戻るには、毒杯を煽って屍となった後のこととなる。覚悟を決めてくれないか。」
此処までを一気に語り、ローレンは小さく息を吐いた。

「ローレン陛下。昨晩お休みになられたのは何時?」
え?今それを聞く?
側に人がいたなら十人いれば十人が同じ事を言っただろう。

「お顔の色がとてもお悪いですわ。頬も削げて。お食事はきちんと摂られていらっしゃるのでしょうか。」
もう、幼子を案ずる母のそれと同じ顔でソフィアが続けるのを、

「はは、君には敵わないな。」
なんとも弱々しくも情けない笑みを浮かべてローレンは言った。

「私はまだまだ甘いらしい。読み切れなかったよ、これ程の激務になるとはね。予想以上であった。どうしても今日の議会に提出したくてね。文官達にもすっかり無理をさせた。この三日程は一睡もしていない。ん?四日かな?はは、日付の感覚が無くなってしまった。食事は大丈夫だ。きちんと食べている。」
問われたことに全て答えてローレンが再びソフィアを見つめ、

「ソフィア嬢、私の妃は君であって欲しいんだ。」
そう乞うた。

そう言われたとて、先程従者が持ち出したのは議会に提出するソフィアの妃選定に関する書類であろう。今頃は、父も兄も議会に加わり承認を待っていることだろう。

父は全ての条件を確認して署名を済ませ、持参金についても言及した。
令嬢のソフィアに何が言えよう。ソフィアが自身で動かせるこの身一つで嫁ぐ事しか許されない。

それでもこの男は、律儀にも娘の心を確認したいらしい。

「この命で宜しければ貴方様に差し上げますわ。残念ながらたった一つしかございませんが。」

ソフィアは父に良く似ている。四人の子女の中で最も父に近いのは、実のところ兄ではなくてソフィアである。それを分かって父は放任を決めていた。なんだかぼんやりした娘だが、己に似ているのだから大丈夫だろうと考えていた。

ソフィアの胆力は並を大きく外れている。豪胆である。本来なら辺境伯に嫁ぐのが相応しい。現にそんな話もあったのを、妹可愛い兄がむさ苦しい野郎共に囲まれるのは駄目であると反対した。

生まれる性を違えてしまった令嬢ソフィアは、誰よりも強く折れない心を携えて王家に嫁ぐ覚悟を決めた。
この烟る金の髪に湖の様に澄んだ青い瞳を持つ男に、身も心も人生も差し出す事を心に決めてここに来たのである。

シトリンの瞳が細められる。

その笑みに、ローレンはただ眩しものを見るように暫し見入っていた。






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