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「ソフィア様。お早うございます。」
「お早うございます、アナスタシア様。」
「すっかり時の人ですわね。」
「ええ、私は何も変わっていないのに。」
「ふふ、ソフィア様らしい。」
アナスタシアと並び歩き教室まで歩く。
「夫君は?」
「本日は王城へ。」
ソフィアの次期王妃決定は議会の承認を得て国内外に正式に公表された。
元々、ルイの婚約者候補であったことより、入学以来王室に関わる者として学園では知られていたソフィアである。
アマンダとの一件もあり、ソフィアを知らぬ者は学園には皆無であった。
そのソフィアが国王陛下の正式な婚約者として発表された。
他の婚約者候補であった公爵家の二家からは、既に祝いの文を頂戴している。
お姉様と慕った公爵令嬢方からも。
王家に近い公爵家は、王妃選考に於いても最有力候補と見なされていたが、二家の勢力バランスを考慮してか、侯爵家の令嬢であるソフィアが選ばれた。
家格こそ一つ下るもソフィアの生家は、現王家より古くから領土を治めている、歴史の古い名家である。
ソフィア自身も、骨のある一筋縄では行かない人物で知られる侯爵に、子女の中で最も似ている令嬢として知られていた。
先の議会でも、大多数の貴族がソフィアに決定で賛同したのを辺境伯家が難色を示したのも、辺境伯こそソフィアを得たいと望んでいる、その意思表示であったと見做されている。
それすら今や、ソフィアの武勇伝の一つとされている。
漸く席に付き、ほっとするソフィア。
婚約発表の直後は、真っ直ぐ教室に辿り着くのもままならなかった。
それ程人付き合いの得意ではないソフィアにとって、言祝ぎから始まる一連の挨拶は疲弊以外の何ものでも無い。
国中が吉事に沸いて浮き立つ中、あー早く二年経たないものかと不遜な事を考えている。
ルイの隣国王女との婚約に始まり、前国王陛下の不慮の事故、そこからの王位交代と青年王ローレンの誕生。
激変に次ぐ激変の一年であった。
学生らしい静かな生活は、どうやら諦めねばならない予感に、ソフィアは辟易としているのであった。
そんなソフィアを勇気付けているのが、ローレンの存在であった。
頬の肉ばかりでなく優美な王子の面影もすっかり削ぎ落とし、厳格さを纏い始めたローレンに畏敬の念を感じながらも、変わらぬ穏やかな声音は心の底まで沁み入り、何があっても変わらない存在としてソフィアを安堵させるのであった。
王妃教育も始まった。
それまで邸にて行われた教育は、今はソフィアが王城に通い教えを受けている。
「ソフィア、疲れてはいないかな?」
お疲れなのは貴方様の方でしょう。
多忙を極めるローレンは、なけなしの時間を切り貼りしては、ソフィアとの会合の時間を作ってくれる。
授業を終えた後、ほんの僅かなひと時をローレンと向き合い他愛もないことを話せる幸運。血を見る荒事を予期していたソフィアは、ローレンが無血の内に王位を得られた事を、今尚感謝せずにはいられない。
「ふふ、」
「?」
ローレンがふと笑みを漏らしたのに、ソフィアは何が可笑しいのか分からない。
「大きくなったね。」
「へ?」
「いや失礼。レディにこんな事を言っては駄目であった。」
「...」
「怒らないでくれ、ソフィア。その、君が少し背が伸びたと思ってね。」
小柄なソフィアの背が伸びたとローレンは言う。
「ローレン様は私の母でいらっしゃるの?」
「そんな事はないさ。君は私の愛する婚約者殿だよ。」
それが本心だとソフィアは思っていない。
ローレンの本心が一体どうであるのか、実のところ分からない。
それでも、ローレンがソフィアを必要であると望んだ事がソフィアの真実で、この男に添うて国に立つ覚悟の源となっている。
「信じてないね?」
「信じておりますとも。」
「では、君は?」
「お慕い申しております、婚約者様。」
「ははっ」
「ローレン様こそ信じておられませんね?」
「そんな事はないよ。」
盛りを迎えた薔薇の香りが匂い立つ庭園を、二人並んで散策しながら、他愛もないお喋りに興じていた。
「ソフィア、」
そこで立ち止まったローレンに、ソフィアも習い立ち止まる。
「ソフィア、何があってもこれだけは疑わないで欲しい。私はね、この世の中で君ほど信用しているものは無いんだよ。」
返答を返さないソフィアを見つめ、ローレンは続ける。
「出来る事なら、君に愛されたいと望んでいる。」
一国の王が愛を乞う。
「お疑いなのは貴方様です。私はあの日、貴方にこの身も心も全て、命を差し上げると申したのに。何を今更問うのでしょう。」
陽の光を受けてシトリンの瞳が煌めくのを、ローレンが覗き込む。
「疑ってなどいないよ。念を押しているのだよ。」
そうしてソフィアの頬を両の手で包み込む。大きな掌に小さなソフィアの顔がすっぽり挟まると、ふっと笑みを零してゆっくりと触れるだけの口付けを落とした。
「何処にも逃さない。君は私の物だよ。」
呆れるほどに用心深い男は、二度、三度と口付けを重ねて、それから壊れ物を囲い込む様に、ゆっくりとソフィアを抱き締めた。
「お早うございます、アナスタシア様。」
「すっかり時の人ですわね。」
「ええ、私は何も変わっていないのに。」
「ふふ、ソフィア様らしい。」
アナスタシアと並び歩き教室まで歩く。
「夫君は?」
「本日は王城へ。」
ソフィアの次期王妃決定は議会の承認を得て国内外に正式に公表された。
元々、ルイの婚約者候補であったことより、入学以来王室に関わる者として学園では知られていたソフィアである。
アマンダとの一件もあり、ソフィアを知らぬ者は学園には皆無であった。
そのソフィアが国王陛下の正式な婚約者として発表された。
他の婚約者候補であった公爵家の二家からは、既に祝いの文を頂戴している。
お姉様と慕った公爵令嬢方からも。
王家に近い公爵家は、王妃選考に於いても最有力候補と見なされていたが、二家の勢力バランスを考慮してか、侯爵家の令嬢であるソフィアが選ばれた。
家格こそ一つ下るもソフィアの生家は、現王家より古くから領土を治めている、歴史の古い名家である。
ソフィア自身も、骨のある一筋縄では行かない人物で知られる侯爵に、子女の中で最も似ている令嬢として知られていた。
先の議会でも、大多数の貴族がソフィアに決定で賛同したのを辺境伯家が難色を示したのも、辺境伯こそソフィアを得たいと望んでいる、その意思表示であったと見做されている。
それすら今や、ソフィアの武勇伝の一つとされている。
漸く席に付き、ほっとするソフィア。
婚約発表の直後は、真っ直ぐ教室に辿り着くのもままならなかった。
それ程人付き合いの得意ではないソフィアにとって、言祝ぎから始まる一連の挨拶は疲弊以外の何ものでも無い。
国中が吉事に沸いて浮き立つ中、あー早く二年経たないものかと不遜な事を考えている。
ルイの隣国王女との婚約に始まり、前国王陛下の不慮の事故、そこからの王位交代と青年王ローレンの誕生。
激変に次ぐ激変の一年であった。
学生らしい静かな生活は、どうやら諦めねばならない予感に、ソフィアは辟易としているのであった。
そんなソフィアを勇気付けているのが、ローレンの存在であった。
頬の肉ばかりでなく優美な王子の面影もすっかり削ぎ落とし、厳格さを纏い始めたローレンに畏敬の念を感じながらも、変わらぬ穏やかな声音は心の底まで沁み入り、何があっても変わらない存在としてソフィアを安堵させるのであった。
王妃教育も始まった。
それまで邸にて行われた教育は、今はソフィアが王城に通い教えを受けている。
「ソフィア、疲れてはいないかな?」
お疲れなのは貴方様の方でしょう。
多忙を極めるローレンは、なけなしの時間を切り貼りしては、ソフィアとの会合の時間を作ってくれる。
授業を終えた後、ほんの僅かなひと時をローレンと向き合い他愛もないことを話せる幸運。血を見る荒事を予期していたソフィアは、ローレンが無血の内に王位を得られた事を、今尚感謝せずにはいられない。
「ふふ、」
「?」
ローレンがふと笑みを漏らしたのに、ソフィアは何が可笑しいのか分からない。
「大きくなったね。」
「へ?」
「いや失礼。レディにこんな事を言っては駄目であった。」
「...」
「怒らないでくれ、ソフィア。その、君が少し背が伸びたと思ってね。」
小柄なソフィアの背が伸びたとローレンは言う。
「ローレン様は私の母でいらっしゃるの?」
「そんな事はないさ。君は私の愛する婚約者殿だよ。」
それが本心だとソフィアは思っていない。
ローレンの本心が一体どうであるのか、実のところ分からない。
それでも、ローレンがソフィアを必要であると望んだ事がソフィアの真実で、この男に添うて国に立つ覚悟の源となっている。
「信じてないね?」
「信じておりますとも。」
「では、君は?」
「お慕い申しております、婚約者様。」
「ははっ」
「ローレン様こそ信じておられませんね?」
「そんな事はないよ。」
盛りを迎えた薔薇の香りが匂い立つ庭園を、二人並んで散策しながら、他愛もないお喋りに興じていた。
「ソフィア、」
そこで立ち止まったローレンに、ソフィアも習い立ち止まる。
「ソフィア、何があってもこれだけは疑わないで欲しい。私はね、この世の中で君ほど信用しているものは無いんだよ。」
返答を返さないソフィアを見つめ、ローレンは続ける。
「出来る事なら、君に愛されたいと望んでいる。」
一国の王が愛を乞う。
「お疑いなのは貴方様です。私はあの日、貴方にこの身も心も全て、命を差し上げると申したのに。何を今更問うのでしょう。」
陽の光を受けてシトリンの瞳が煌めくのを、ローレンが覗き込む。
「疑ってなどいないよ。念を押しているのだよ。」
そうしてソフィアの頬を両の手で包み込む。大きな掌に小さなソフィアの顔がすっぽり挟まると、ふっと笑みを零してゆっくりと触れるだけの口付けを落とした。
「何処にも逃さない。君は私の物だよ。」
呆れるほどに用心深い男は、二度、三度と口付けを重ねて、それから壊れ物を囲い込む様に、ゆっくりとソフィアを抱き締めた。
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