41 / 47
第四十一章
しおりを挟む
その知らせは突然だった。
アメリアが学園を退学した。
「えええ、それは本当?なぜ?何があったの?」
ビアトリスは、ルーファスに詰め寄った。
「一身上の都合だそうだ」
「一身上って⋯⋯。アメリア様は侯爵家の令嬢なのよ、それを今になって退学だなんて」
アメリアはちょっとお騒がせなところはあったが、学業は優秀だった筈だ。あと数ヶ月で卒業する今になって、なぜ退学なんてことになったのだろう。
「ルーファス」
「なに?」
「なにを隠しているの」
ルーファスはビアトリスに向き直ると、眼差しに冷ややかさを滲ませた。こんな顔はイーディアには決して見せない。
「ビアトリスが知ってどうするの?彼女の人生に関わって責任を負えるの?」
「ルーファス⋯⋯」
ルーファスとは結局、それ以上の話はできなかった。双子であっても、分け入ることのできない領域だと思った。
アメリアの退学は、学園でも相当の騒ぎとなっていた。
彼女の周りでは、一番近いところではティムズとウォレスの婚約が破談となっている。どちらも高位貴族の令息で、婚約者も同格の家柄だったから、社交界でも噂になった。
幸い、相手方である令嬢のエレンもビアトリスも、ともにその後は良縁に恵まれたから、終わりよければなんとやらである。
だが、探せばもっと破談となった婚約はあったのだろう。なにせアメリアは「十年ぶりに現れた婚約クラッシャー」として名を馳せていたのだから。
誰かが言ったのは、彼女が責任を負わされたのではないかということだった。
卒業を目前にして、アメリア自身も行き場をなくして、どこかの修道院に送られてしまったのではないか。
学園の噂は、最後はそこに帰結した。
「そんなことって、あるのかしら」
アメリアは、確かに不可解な行動が多かった。だが、それを言うならアメリアばかりではない。彼女といつも一緒にいたのはロゼリアでありエリックだ。
他には宰相の令息も、弟のルーファスもいた。
「みんな纏めて、どこか可怪しかったのよ。あの集団」
ルーファスに聞いても言い負かされただけだった。それに、あんな顔をビアトリスに向けるだなんて。
「そんなに気になる?」
謎解きに頭を悩ませるビアトリスほどは、ハロルドは興味がないようだった。
「君は迷惑を被った側だろう?悩みの種がなくなったと安堵しても誰もなにも言わないよ」
「そうではないわ、ハロルド様。確かに困ったお方ではあったけれど、アメリア様は、ご自分では誰も傷付けていないのよ」
アメリアは突拍子なくビアトリスに絡むことはあっても、それは決して不愉快なものでも高圧的なものでもなかった。寧ろ⋯⋯
「なんだか憎めないお方だったの。だから、気になるというより⋯⋯」
「心配なんだ」
そうなのだ。ビアトリスはアメリアがどうなってしまったのか心配だった。どこかで元気にしているのならそれでよい。
ただ、どこで元気にしているのか、本当に元気なのか、そこを心配しているのだった。
エリックの編隊は、アメリアが抜けたことで編成を変えていた。
エリックの隣には変わらず婚約者のロゼリアがおり、後ろにはルーファスと宰相令息のブライアンがいる。
変わったとは、ブライアンの隣に彼の婚約者であるシャルロッテが並んでいることだろう。
シャルロッテとは、ビアトリスもアメリア絡みで話したことがある。彼女もまた、ブライアンがアメリアに心を移してしまったと悩んでいたのである。
だが、実際はそうではなかったらしい。
ルーファスがエリックに仕えるように、ブライアンもまた、飽くまでもエリックの側近候補として側にいたようで、そこにアメリアへの恋愛感情はなかったらしい。
だったら紛らわしい行動などしないで、初めからシャルロッテを安心させてやればよいものを。
シャルロッテが悩んでいたことを知っているビアトリスは、アメリアではなくエリック集団こそが騒ぎの大もとなのだと思うようになっていた。
残念ながら、そこにはルーファスも含まれる。
アメリアのそれからの行方は、不思議なほどにどこからも誰からも漏れ聞こえることはなかった。
まるで彼女は誰かに守られていると、ビアトリスにはそんなふうに思えて、それならいっそそのほうが安心だと思った。
「ビアトリス。あんまり見つめていると、不敬に問われるよ」
「まさか、そんな横暴。ここは学園よ?ちょっと見たくらいでそんなケチを言うなんて王族の風上にも置けないわね」
エリック集団をガン見していたビアトリスをハロルドは止めたのだが、ビアトリスはそこで、正真正銘不敬発言をまくし立てた。
ビアトリスはエリックにもロゼリアにも、弟のルーファスにも、仄かな怒りを抱き始めていた。
あれだけ一緒にいながら、どうしてなにもない顔をしていられるのか。
彼らに侍っていたウォレスも、ティムズでさえ憐れに思えるほどだった。
ビアトリスは、あんまりガン見をし過ぎたのだろう。
「ビアトリス、いい加減にしろよ」
その日、邸に帰ってからルーファスに注意された。
「別に減らないでしょう」
「あれだけ見たら、ちょっとは減るんじゃないかな。それより殿下が困っている」
「は?なにを?」
「お前の顔が可笑しいんじゃないか?」
「はあ?なんですって」
ルーファスと軽口を言ううちに、なんとなく気軽に尋ねられそうに思えた。
「お元気なのよね」
ルーファスは、それがアメリアのことだとわかっただろう。「うん」とだけ答えた。
そうか。アメリアは元気なのか。きっと今頃、この広い世界のどこかで元気にしているのだ。
そう思いながら、ブルネットの髪を揺らして大きな瞳でこちらを見る、アメリアの姿を思い浮かべた。
アメリアが学園を退学した。
「えええ、それは本当?なぜ?何があったの?」
ビアトリスは、ルーファスに詰め寄った。
「一身上の都合だそうだ」
「一身上って⋯⋯。アメリア様は侯爵家の令嬢なのよ、それを今になって退学だなんて」
アメリアはちょっとお騒がせなところはあったが、学業は優秀だった筈だ。あと数ヶ月で卒業する今になって、なぜ退学なんてことになったのだろう。
「ルーファス」
「なに?」
「なにを隠しているの」
ルーファスはビアトリスに向き直ると、眼差しに冷ややかさを滲ませた。こんな顔はイーディアには決して見せない。
「ビアトリスが知ってどうするの?彼女の人生に関わって責任を負えるの?」
「ルーファス⋯⋯」
ルーファスとは結局、それ以上の話はできなかった。双子であっても、分け入ることのできない領域だと思った。
アメリアの退学は、学園でも相当の騒ぎとなっていた。
彼女の周りでは、一番近いところではティムズとウォレスの婚約が破談となっている。どちらも高位貴族の令息で、婚約者も同格の家柄だったから、社交界でも噂になった。
幸い、相手方である令嬢のエレンもビアトリスも、ともにその後は良縁に恵まれたから、終わりよければなんとやらである。
だが、探せばもっと破談となった婚約はあったのだろう。なにせアメリアは「十年ぶりに現れた婚約クラッシャー」として名を馳せていたのだから。
誰かが言ったのは、彼女が責任を負わされたのではないかということだった。
卒業を目前にして、アメリア自身も行き場をなくして、どこかの修道院に送られてしまったのではないか。
学園の噂は、最後はそこに帰結した。
「そんなことって、あるのかしら」
アメリアは、確かに不可解な行動が多かった。だが、それを言うならアメリアばかりではない。彼女といつも一緒にいたのはロゼリアでありエリックだ。
他には宰相の令息も、弟のルーファスもいた。
「みんな纏めて、どこか可怪しかったのよ。あの集団」
ルーファスに聞いても言い負かされただけだった。それに、あんな顔をビアトリスに向けるだなんて。
「そんなに気になる?」
謎解きに頭を悩ませるビアトリスほどは、ハロルドは興味がないようだった。
「君は迷惑を被った側だろう?悩みの種がなくなったと安堵しても誰もなにも言わないよ」
「そうではないわ、ハロルド様。確かに困ったお方ではあったけれど、アメリア様は、ご自分では誰も傷付けていないのよ」
アメリアは突拍子なくビアトリスに絡むことはあっても、それは決して不愉快なものでも高圧的なものでもなかった。寧ろ⋯⋯
「なんだか憎めないお方だったの。だから、気になるというより⋯⋯」
「心配なんだ」
そうなのだ。ビアトリスはアメリアがどうなってしまったのか心配だった。どこかで元気にしているのならそれでよい。
ただ、どこで元気にしているのか、本当に元気なのか、そこを心配しているのだった。
エリックの編隊は、アメリアが抜けたことで編成を変えていた。
エリックの隣には変わらず婚約者のロゼリアがおり、後ろにはルーファスと宰相令息のブライアンがいる。
変わったとは、ブライアンの隣に彼の婚約者であるシャルロッテが並んでいることだろう。
シャルロッテとは、ビアトリスもアメリア絡みで話したことがある。彼女もまた、ブライアンがアメリアに心を移してしまったと悩んでいたのである。
だが、実際はそうではなかったらしい。
ルーファスがエリックに仕えるように、ブライアンもまた、飽くまでもエリックの側近候補として側にいたようで、そこにアメリアへの恋愛感情はなかったらしい。
だったら紛らわしい行動などしないで、初めからシャルロッテを安心させてやればよいものを。
シャルロッテが悩んでいたことを知っているビアトリスは、アメリアではなくエリック集団こそが騒ぎの大もとなのだと思うようになっていた。
残念ながら、そこにはルーファスも含まれる。
アメリアのそれからの行方は、不思議なほどにどこからも誰からも漏れ聞こえることはなかった。
まるで彼女は誰かに守られていると、ビアトリスにはそんなふうに思えて、それならいっそそのほうが安心だと思った。
「ビアトリス。あんまり見つめていると、不敬に問われるよ」
「まさか、そんな横暴。ここは学園よ?ちょっと見たくらいでそんなケチを言うなんて王族の風上にも置けないわね」
エリック集団をガン見していたビアトリスをハロルドは止めたのだが、ビアトリスはそこで、正真正銘不敬発言をまくし立てた。
ビアトリスはエリックにもロゼリアにも、弟のルーファスにも、仄かな怒りを抱き始めていた。
あれだけ一緒にいながら、どうしてなにもない顔をしていられるのか。
彼らに侍っていたウォレスも、ティムズでさえ憐れに思えるほどだった。
ビアトリスは、あんまりガン見をし過ぎたのだろう。
「ビアトリス、いい加減にしろよ」
その日、邸に帰ってからルーファスに注意された。
「別に減らないでしょう」
「あれだけ見たら、ちょっとは減るんじゃないかな。それより殿下が困っている」
「は?なにを?」
「お前の顔が可笑しいんじゃないか?」
「はあ?なんですって」
ルーファスと軽口を言ううちに、なんとなく気軽に尋ねられそうに思えた。
「お元気なのよね」
ルーファスは、それがアメリアのことだとわかっただろう。「うん」とだけ答えた。
そうか。アメリアは元気なのか。きっと今頃、この広い世界のどこかで元気にしているのだ。
そう思いながら、ブルネットの髪を揺らして大きな瞳でこちらを見る、アメリアの姿を思い浮かべた。
3,976
あなたにおすすめの小説
結婚後、訳もわからないまま閉じ込められていました。
しゃーりん
恋愛
結婚して二年、別邸に閉じ込められていたハリエット。
友人の助けにより外に出ることができ、久しぶりに見た夫アルバートは騎士に連行されるところだった。
『お前のせいだ!』と言われても訳がわからなかった。
取り調べにより判明したのは、ハリエットには恋人がいるのだとアルバートが信じていたこと。
彼にその嘘を吹き込んだのは、二人いたというお話です。
冷酷伯爵ディートリヒは、去った妻を取り戻せない
くろねこ
恋愛
名門伯爵家に政略結婚で嫁いだ、正妻エレノア・リーヴェルト。夫である伯爵ディートリヒ・フォン・アイゼンヴァルトは、
軍務と義務を最優先し、彼女に関心を向けることはなかった。
言葉も、視線も、愛情も与えられない日々。それでも伯爵夫人として尽くし続けたエレノアは、ある一言をきっかけに、静かに伯爵家を去る決意をする。
――そして初めて、夫は気づく。
自分がどれほど多くのものを、彼女から与えられていたのかを。
一方、エレノアは新たな地でその才覚と人柄を評価され、
「必要とされる存在」として歩き始めていた。
去った妻を想い、今さら後悔する冷酷伯爵。前を向いて生きる正妻令嬢。
これは、失ってから愛に気づいた男と、
二度と戻らないかもしれない夫婦の物語。
――今さら、遅いのです。
夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い
青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。
神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。
もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。
生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。
過去世と同じ轍を踏みたくない……
婚約破棄されたのでファンシーショップ始めました。 ― 元婚約者が、お人形さんを側室にしようとして大恥をかきました ―
鷹 綾
恋愛
隣国の王子から「政略的にも個人的にも魅力を感じない」と婚約破棄された、ファンタジア王国第三女王タナー。
泣きも怒りもせず、彼女が考えたのは――「いつか王宮の庇護がなくなっても困らない生き方」だった。
まだ八歳。
それでも先を見据え、タナーは王都の片隅で小さなファンシーショップを開くことを決意する。
並ぶのは、かわいい雑貨。
そして、かわいい魔法の雑貨。
お茶を淹れてくれるクマのぬいぐるみ店員《テイデイ・バトラー》、
冷めないティーカップ、
時間になると小鳥が飛び出すアンティーク時計――。
静かに広がる評判の裏で、
かつての元婚約者は「お人形さんを側室にしようとして」赤っ恥をかくことに。
ざまぁは控えめ、日常はやさしく。
かわいいものに囲まれながら、女王は今日も穏やかにお店を開けています。
---
この文面は
✔ アルファポリス向け文字数
✔ 女子読者に刺さるワード配置
✔ ネタバレしすぎない
✔ ほのぼの感キープ
を全部満たしています。
次は
👉 タグ案
👉 ランキング用超短縮あらすじ(100字)
どちらにしますか?
殿下、もう何もかも手遅れです
魚谷
恋愛
偉大なる国王が崩御した。
葬儀の場で、王太子アドルフォスは、父王が病床にいるのを良いことに国を思うがままにしようとする、婚約者である公爵令嬢ロザリンデと、その父である宰相を断罪しようと決意する。
全ては自分が次の王に相応しいことを、その場にいる全ての貴族たちに示すため。
アドルフォスは自分の勝利を信じて疑わなかった。
自分には、麗しい子爵令嬢で、数百年に一度生まれる聖女の力に覚醒したエレインという心強い味方がいるのだから。
勝利は揺るぎないはずだった……そう、アドルフォスの頭の中では。
これはひとつの国の終わりの物語。
★他のサイトにも掲載しております
★13000字程度でサクッとお読み頂けます
【完結160万pt】王太子妃に決定している公爵令嬢の婚約者はまだ決まっておりません。王位継承権放棄を狙う王子はついでに側近を叩き直したい
宇水涼麻
恋愛
ピンク髪ピンク瞳の少女が王城の食堂で叫んだ。
「エーティル様っ! ラオルド様の自由にしてあげてくださいっ!」
呼び止められたエーティルは未来の王太子妃に決定している公爵令嬢である。
王太子と王太子妃となる令嬢の婚約は簡単に解消できるとは思えないが、エーティルはラオルドと婚姻しないことを軽く了承する。
その意味することとは?
慌てて現れたラオルド第一王子との関係は?
なぜこのような状況になったのだろうか?
ご指摘いただき一部変更いたしました。
みなさまのご指摘、誤字脱字修正で読みやすい小説になっていっております。
今後ともよろしくお願いします。
たくさんのお気に入り嬉しいです!
大変励みになります。
ありがとうございます。
おかげさまで160万pt達成!
↓これよりネタバレあらすじ
第一王子の婚約解消を高らかに願い出たピンクさんはムーガの部下であった。
親類から王太子になることを強要され辟易しているが非情になれないラオルドにエーティルとムーガが手を差し伸べて王太子権放棄をするために仕組んだのだ。
ただの作戦だと思っていたムーガであったがいつの間にかラオルドとピンクさんは心を通わせていた。
私を捨てた皆様、どうぞその選択を後悔なさってください 〜婚約破棄された令嬢の、遅すぎる謝罪はお断りです〜
くろねこ
恋愛
王太子の婚約者として尽くしてきた公爵令嬢エリシアは、ある日突然、身に覚えのない罪で断罪され婚約破棄を言い渡される。
味方だと思っていた家族も友人も、誰一人として彼女を庇わなかった。
――けれど、彼らは知らなかった。
彼女こそが国を支えていた“本当の功労者”だったことを。
すべてを失ったはずの令嬢が選んだのは、
復讐ではなく「関わらない」という選択。
だがその選択こそが、彼らにとって最も残酷な“ざまぁ”の始まりだった。
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる