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第十二章
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レイモンドの妻となって、ウィンダム侯爵家の一員として参加した初めての舞踏会だった。
「緊張してる?」
「ええ、少し」
レイモンドは、緊張していると隠さず答えたロウェナに、目を細めながら言った。
「いつも通りの君で大丈夫だよ」
ロウェナを覗き込むようにして囁いたレイモンドの吐息が頬に触れるようで、ちらりと見上げた夫の瞳には照明の灯りが映って燦めいていた。
正装服に身を包み、すっきりと髪を上げて額を露わにしたレイモンドは、夜会ドレスで着飾ったロウェナよりも余程美しく見えた。
これでは今宵も多くのご婦人方を虜にしてしまうだろう。
社交界でレイモンドに人気があることは、以前から知っていた。身分も容姿も申し分なく、そこに学生時代のことも合わさって、今も艶めいた噂として囁かれている。
彼はきっと、天性の人誑しなのだろう。こんな華やかな場こそ彼のための舞台に思えた。
ロウェナをエスコートするレイモンドは、王族への挨拶もそつなく熟した。二人は婚礼を終えたばかりの次期侯爵夫妻として、王家の面々からも言祝ぎを受けた。
それからも人々と挨拶を交わしながら、少しずつレイモンドの妻になったという実感と彼と一緒に人生を積み重ねていく感慨めいた気持ちが湧いた。
一通りの挨拶を終えると緊張も幾分は解れて、そこで喉の渇きを覚えた。そんなロウェナに気がついて、レイモンドが給仕からシャンパンを受け取った。
グラスの中の小さな飛沫は、ひと口含むと口内でぱちぱちと心地よく弾けて喉に流れ落ちた。
「美味しい」
「喉越しに騙されて飲みすぎてはいけないよ。君はアルコールに弱いんだから」
私が一番弱いのは、シャンパンではなくて貴方だわ。
そう告げたなら、レイモンドはなんと言うだろう。きっと「知ってる」と言って、青い瞳を細めて笑うのだろう。
喉の渇きはなかなか癒えず、ロウェナはそれからもう一杯、シャンパンを飲んだ。それでやはり酔いを感じて、頬が紅くなっているのではないかと気になった。
少しだけテラスに出て熱を冷ましたいと思い、レイモンドに声をかけた。
「レイモンド様、少し酔ってしまったみたい。テラスで風に当たってきます」
レイモンドはその言葉にすぐには頷かなかった。
「一人で歩いては駄目だよ。僕も一緒に、」
そう言ったところで、「レイモンド」と名を呼ばれた。学生時代の同窓である公爵家の嫡男が、レイモンドに声をかけてきた。
彼はロウェナにも挨拶をすると、すぐにレイモンドと話し始めた。
テラスはすぐそこだし傍には見張りの騎士も控えていた。
二人の会話に耳を傾けていたロウェナだったが、会話は尽きる様子がない。しばらくすると、なにかの話に差し掛かったところで公爵令息が声を潜めた。
それがこちらに気を遣ったように感じられた。きっと二人だけの話をしたいのだろう。
ロウェナはレイモンドに「あちらで休んでます」と目配せをして彼らから離れた。
テラスには、一人掛けのソファの背が横並びになって見えていた。きっとほかにも休んでいる人や並び座って談笑する人もいるだろう。
そう思って向かったテラスから心地よい風が流れてくる。
テラスに着けば、ソファはまだ幾つも空いていた。会場からは楽団が演奏する曲が聞こえて、ダンスホールの熱気がここまで届くようだった。皆、ダンスに興じているのだろう。
後ろを振り返りレイモンドの姿を探せば、彼はまだ公爵令息と話し込んでいた。それほど距離はなかったから、ロウェナがここにいることもすぐにわかるだろう。
ソファに腰を下ろしてホッとすると、思った以上に疲れも酔いも回っていたと気がついた。
頬を撫でる夜風が気持ちよくて、ロウェナはそこで目を瞑った。
楽団の演奏が変わり、幾分コミカルな曲となった。それに合わせて楽しそうなさざめきが聞こえてくる。
ロウェナもレイモンドと一曲くらい踊りたいと思ったが、彼は貴族との挨拶に忙しそうだし、なによりロウェナは酔ってしまった。
先ずは身体の火照りを醒まそうと、そう思ったときに、背後に人の気配を感じた。
ロウェナはそこで、背もたれから身を起こした。眼下に見える庭園には、照明に照らされた花壇がぼうっと浮き上がって見えていた。
白い花弁が伸びているのは、きっとアイリスだろう。そんなことを考えながら、背中に感じる気配から意識を逸らさずにいた。
「ちょっと」
それはきっとロウェナを呼んだものだろう。
だが日は浅くとも、ロウェナは侯爵家嫡男の夫人である。そんな半端な呼ばれ方をされたことは、令嬢の頃にも親しい友人以外に覚えがない。
なにより呼びかけた声には、友人のような親しみは感じられなかった。
ロウェナは黙したまま振り返ることはしなかった。
「ちょっと、貴女」
焦れたのか、二度目の呼び声に苛つきが乗って聞こえた。その声音には覚えがあった。
今更なにを言いたいのか。ロウェナはそこで溜め息をひとつついた。それからゆっくり腰を浮かせた。
ほんのわずかな間でも座って休めたことは良かったようだ。酔いは随分醒めており、対面することもなんとかなりそうだった。
ぐっと足に力を込めて立ち上がると、そのまま背後へと振り向いた。
「ご機嫌よう、ゴドリック子爵夫人。私に何かご用でしょうか」
二人はいつまでも学生ではない。互いに嫁いだ貴族夫人である。そして夫の爵位だけなら、ロウェナは彼女、エイブリンより身分が高いことは歴とした事実だった。
エイブリンもそこは理解しているのだろう。
相変わらず華やかな顔立ちは可憐に見えた。だが眼差しは相変わらずロウェナを鋭く見つめて、どうにもこの女性のことは好きにはなれないと思った。
「緊張してる?」
「ええ、少し」
レイモンドは、緊張していると隠さず答えたロウェナに、目を細めながら言った。
「いつも通りの君で大丈夫だよ」
ロウェナを覗き込むようにして囁いたレイモンドの吐息が頬に触れるようで、ちらりと見上げた夫の瞳には照明の灯りが映って燦めいていた。
正装服に身を包み、すっきりと髪を上げて額を露わにしたレイモンドは、夜会ドレスで着飾ったロウェナよりも余程美しく見えた。
これでは今宵も多くのご婦人方を虜にしてしまうだろう。
社交界でレイモンドに人気があることは、以前から知っていた。身分も容姿も申し分なく、そこに学生時代のことも合わさって、今も艶めいた噂として囁かれている。
彼はきっと、天性の人誑しなのだろう。こんな華やかな場こそ彼のための舞台に思えた。
ロウェナをエスコートするレイモンドは、王族への挨拶もそつなく熟した。二人は婚礼を終えたばかりの次期侯爵夫妻として、王家の面々からも言祝ぎを受けた。
それからも人々と挨拶を交わしながら、少しずつレイモンドの妻になったという実感と彼と一緒に人生を積み重ねていく感慨めいた気持ちが湧いた。
一通りの挨拶を終えると緊張も幾分は解れて、そこで喉の渇きを覚えた。そんなロウェナに気がついて、レイモンドが給仕からシャンパンを受け取った。
グラスの中の小さな飛沫は、ひと口含むと口内でぱちぱちと心地よく弾けて喉に流れ落ちた。
「美味しい」
「喉越しに騙されて飲みすぎてはいけないよ。君はアルコールに弱いんだから」
私が一番弱いのは、シャンパンではなくて貴方だわ。
そう告げたなら、レイモンドはなんと言うだろう。きっと「知ってる」と言って、青い瞳を細めて笑うのだろう。
喉の渇きはなかなか癒えず、ロウェナはそれからもう一杯、シャンパンを飲んだ。それでやはり酔いを感じて、頬が紅くなっているのではないかと気になった。
少しだけテラスに出て熱を冷ましたいと思い、レイモンドに声をかけた。
「レイモンド様、少し酔ってしまったみたい。テラスで風に当たってきます」
レイモンドはその言葉にすぐには頷かなかった。
「一人で歩いては駄目だよ。僕も一緒に、」
そう言ったところで、「レイモンド」と名を呼ばれた。学生時代の同窓である公爵家の嫡男が、レイモンドに声をかけてきた。
彼はロウェナにも挨拶をすると、すぐにレイモンドと話し始めた。
テラスはすぐそこだし傍には見張りの騎士も控えていた。
二人の会話に耳を傾けていたロウェナだったが、会話は尽きる様子がない。しばらくすると、なにかの話に差し掛かったところで公爵令息が声を潜めた。
それがこちらに気を遣ったように感じられた。きっと二人だけの話をしたいのだろう。
ロウェナはレイモンドに「あちらで休んでます」と目配せをして彼らから離れた。
テラスには、一人掛けのソファの背が横並びになって見えていた。きっとほかにも休んでいる人や並び座って談笑する人もいるだろう。
そう思って向かったテラスから心地よい風が流れてくる。
テラスに着けば、ソファはまだ幾つも空いていた。会場からは楽団が演奏する曲が聞こえて、ダンスホールの熱気がここまで届くようだった。皆、ダンスに興じているのだろう。
後ろを振り返りレイモンドの姿を探せば、彼はまだ公爵令息と話し込んでいた。それほど距離はなかったから、ロウェナがここにいることもすぐにわかるだろう。
ソファに腰を下ろしてホッとすると、思った以上に疲れも酔いも回っていたと気がついた。
頬を撫でる夜風が気持ちよくて、ロウェナはそこで目を瞑った。
楽団の演奏が変わり、幾分コミカルな曲となった。それに合わせて楽しそうなさざめきが聞こえてくる。
ロウェナもレイモンドと一曲くらい踊りたいと思ったが、彼は貴族との挨拶に忙しそうだし、なによりロウェナは酔ってしまった。
先ずは身体の火照りを醒まそうと、そう思ったときに、背後に人の気配を感じた。
ロウェナはそこで、背もたれから身を起こした。眼下に見える庭園には、照明に照らされた花壇がぼうっと浮き上がって見えていた。
白い花弁が伸びているのは、きっとアイリスだろう。そんなことを考えながら、背中に感じる気配から意識を逸らさずにいた。
「ちょっと」
それはきっとロウェナを呼んだものだろう。
だが日は浅くとも、ロウェナは侯爵家嫡男の夫人である。そんな半端な呼ばれ方をされたことは、令嬢の頃にも親しい友人以外に覚えがない。
なにより呼びかけた声には、友人のような親しみは感じられなかった。
ロウェナは黙したまま振り返ることはしなかった。
「ちょっと、貴女」
焦れたのか、二度目の呼び声に苛つきが乗って聞こえた。その声音には覚えがあった。
今更なにを言いたいのか。ロウェナはそこで溜め息をひとつついた。それからゆっくり腰を浮かせた。
ほんのわずかな間でも座って休めたことは良かったようだ。酔いは随分醒めており、対面することもなんとかなりそうだった。
ぐっと足に力を込めて立ち上がると、そのまま背後へと振り向いた。
「ご機嫌よう、ゴドリック子爵夫人。私に何かご用でしょうか」
二人はいつまでも学生ではない。互いに嫁いだ貴族夫人である。そして夫の爵位だけなら、ロウェナは彼女、エイブリンより身分が高いことは歴とした事実だった。
エイブリンもそこは理解しているのだろう。
相変わらず華やかな顔立ちは可憐に見えた。だが眼差しは相変わらずロウェナを鋭く見つめて、どうにもこの女性のことは好きにはなれないと思った。
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