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第三章
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「その……」
義兄は、義父によく似た整った顔立ちをしている。髪型まで父に寄せたのか、長い髪を背中に伸ばし青いリボンで結えている。
頭頂部の髪が若干、乱れており、どうやらそこが義父から拳骨をお見舞いされたところらしい。
まだ、何か話し足りないことがあるのか、義兄は「あの、その」とはっきりしない。
頭髪は乱れて跳ね上がっているし、大きな身体でもじもじするし、そんな彼の姿に、つい可笑しみを感じてしまった。
「ふふ」
思わず笑いが漏れると、義兄は時間が止まったように固まって、じっとジャクリーンを見つめた。
「んっん」
小さな咳払いが聞こえて、それは壁際に控えていた侍女のジェーンのものだった。
「スティーブンソン様。そのようにお見つめになられては、ジャクリーン様がお困りになってしまいます」
ジェーンは二十代半ばとおぼしき女性で、多分、義兄が少年の頃から勤めているのだろう。
彼女は、不躾なほどジャクリーンを見つめる義兄を諌めてくれた。
「君は、困るのか?ジャクリーン」
義兄はそう言うと、じっとジャクリーンを見つめた。
そういうところだぞ、と思ったときに、どうしてかそんなところまで懐かしく感じた。
思い出したばかりの前世でも、義兄はこんな人だった。
「困ることなんてございませんわ、お義兄様」
そう答えれば、なぜか義兄は一歩前に踏み出した。ジャクリーンからパーソナルスペースへの侵入を許されたと思ったのか、寝台のすぐそばまで、ずいっと歩み寄ってきた。
義兄の無作法に、壁際のジェーンが顔色を変えているのが見えた。ジャクリーンが大丈夫だと目配せすると、彼女は申し訳なさそうに目礼した。
ジャクリーンは寝台で半身だけを起こしていた。ベッドサイドには母もいて、そうであるのに義兄は、会ったばかりの母娘の傍まで来ると、尚も何か言いたげな顔をした。
「ジャクリーン」
「はい」
名を呼ばれて応えれば、義兄は満足げに頷いた。ジャクリーンは前世の記憶も手伝って、この義兄のことが手に取るようにわかってきた。
「ジャクリーンには、お友達はいるのか?」
思うに、義兄は突然現れた義妹に対して、これまで感じたことのなかった母性が芽生えてしまったのだろう。ジャクリーンの友人関係まで心配しだした。
「私も友は多くはないが」
多くないのか。
「一人や二人は紹介できる」
「……」
「ジャクリーン」
「はい」
ジャクリーンは用心深く返事をした。
これは駄目な方向ではないか。このまま先の言葉を聞いてしまってはいけないと、本能が告げている。
「ああれええ~」
そこでジャクリーンは、ぱたりと枕に倒れてみた。このまま義兄と会話をしていては、彼はきっと「友人」を紹介するだろう危機感を抱いた。
一人か二人しかいない義兄の友人が誰であるかは知らないが、危険を察知した本能を信じることにした。
「ジャクリーン、大丈夫?」
「ちょっと目眩が……」
母が心配そうにこちらを覗き込んだ。ジェーンも傍に寄ってきた。義兄に至っては、すっかり青くなっている。
「目眩?頭を打った後遺症か、待っていてくれジャクリーン。王城の医師を呼ぼう。伝手ならあるんだ」
先ほどまで医師の診察を受けていたのだが、義兄は伝手があるからと、王城の医師を呼ぶと言い出した。
いけない、その先を言わせては駄目だ。
そう思ったジャクリーンに反して、義兄は続けた。
「クエンティン殿下とは、友人なんだ」
ジャクリーンはそこで、くらりと目眩を感じた。そのまま気を失ってしまうところだった。
クエンティン、そうだクエンティン。
その名の通り、王国の五番目の王子。
前世の夫もまた、クエンティンという名であった。そうして彼もまた五番目の王子だった。
金色の髪が綺麗だった。瞳は互いに青い色で、彼は初めて会ったときにジャクリーンに言ったのだ。
『君とは初めて会うような気がしないね。過去世でも一緒だったのかな』
そう言って、春の庭園でジャクリーンを見つめて笑ってくれた。二人はこのとき、婚約を交わしたばかりだった。
ジャクリーンは、婚約者となった高貴な王子に見惚れながら胸が温かくなった。
その温かな記憶がありありと蘇って、ジャクリーンは今度こそ本当に目眩がした。
人は死んだら終わりではないのか。一度終わった人生は、次には新しくなるのではないか。
それなのに、一つ思い出したことを引き金にして、どんどん古い記憶が蘇る。
それは辛いことだった。あの悲壮な死の続きを、またここから始めなければならない。そう運命から突きつけられたように思えた。
今生では、クエンティンと会ってはいけない。今度こそ別々の人生を選んで、ジャクリーンはあの子を産んであげなければならない。
たとえ前世と父親が違っても、ジャクリーンが産む子はジャクリーンの子に変わりない。
芽生えたばかりの命だったのに、目映い日射しを見ることなく冥府に旅立つしかなかった。
ジャクリーンは、一緒に死した我が子を想った。
「ジャクリーン、医師を呼んでくるっ」
瞼を閉じた暗闇の中で、義兄の声が聞こえた。
駄目よ、王城の医師なんて。王家とは関わりたくないの。
前と同じ名と身分で生まれた、かつての夫。
クエンティンとの縁は今なお切れず、運命はジャクリーンを前世から解放してくれない。
真っ赤な糸で雁字搦めに縛りあげられ、息苦しさと絶望に胸が押し潰されるようだった。
義兄は、義父によく似た整った顔立ちをしている。髪型まで父に寄せたのか、長い髪を背中に伸ばし青いリボンで結えている。
頭頂部の髪が若干、乱れており、どうやらそこが義父から拳骨をお見舞いされたところらしい。
まだ、何か話し足りないことがあるのか、義兄は「あの、その」とはっきりしない。
頭髪は乱れて跳ね上がっているし、大きな身体でもじもじするし、そんな彼の姿に、つい可笑しみを感じてしまった。
「ふふ」
思わず笑いが漏れると、義兄は時間が止まったように固まって、じっとジャクリーンを見つめた。
「んっん」
小さな咳払いが聞こえて、それは壁際に控えていた侍女のジェーンのものだった。
「スティーブンソン様。そのようにお見つめになられては、ジャクリーン様がお困りになってしまいます」
ジェーンは二十代半ばとおぼしき女性で、多分、義兄が少年の頃から勤めているのだろう。
彼女は、不躾なほどジャクリーンを見つめる義兄を諌めてくれた。
「君は、困るのか?ジャクリーン」
義兄はそう言うと、じっとジャクリーンを見つめた。
そういうところだぞ、と思ったときに、どうしてかそんなところまで懐かしく感じた。
思い出したばかりの前世でも、義兄はこんな人だった。
「困ることなんてございませんわ、お義兄様」
そう答えれば、なぜか義兄は一歩前に踏み出した。ジャクリーンからパーソナルスペースへの侵入を許されたと思ったのか、寝台のすぐそばまで、ずいっと歩み寄ってきた。
義兄の無作法に、壁際のジェーンが顔色を変えているのが見えた。ジャクリーンが大丈夫だと目配せすると、彼女は申し訳なさそうに目礼した。
ジャクリーンは寝台で半身だけを起こしていた。ベッドサイドには母もいて、そうであるのに義兄は、会ったばかりの母娘の傍まで来ると、尚も何か言いたげな顔をした。
「ジャクリーン」
「はい」
名を呼ばれて応えれば、義兄は満足げに頷いた。ジャクリーンは前世の記憶も手伝って、この義兄のことが手に取るようにわかってきた。
「ジャクリーンには、お友達はいるのか?」
思うに、義兄は突然現れた義妹に対して、これまで感じたことのなかった母性が芽生えてしまったのだろう。ジャクリーンの友人関係まで心配しだした。
「私も友は多くはないが」
多くないのか。
「一人や二人は紹介できる」
「……」
「ジャクリーン」
「はい」
ジャクリーンは用心深く返事をした。
これは駄目な方向ではないか。このまま先の言葉を聞いてしまってはいけないと、本能が告げている。
「ああれええ~」
そこでジャクリーンは、ぱたりと枕に倒れてみた。このまま義兄と会話をしていては、彼はきっと「友人」を紹介するだろう危機感を抱いた。
一人か二人しかいない義兄の友人が誰であるかは知らないが、危険を察知した本能を信じることにした。
「ジャクリーン、大丈夫?」
「ちょっと目眩が……」
母が心配そうにこちらを覗き込んだ。ジェーンも傍に寄ってきた。義兄に至っては、すっかり青くなっている。
「目眩?頭を打った後遺症か、待っていてくれジャクリーン。王城の医師を呼ぼう。伝手ならあるんだ」
先ほどまで医師の診察を受けていたのだが、義兄は伝手があるからと、王城の医師を呼ぶと言い出した。
いけない、その先を言わせては駄目だ。
そう思ったジャクリーンに反して、義兄は続けた。
「クエンティン殿下とは、友人なんだ」
ジャクリーンはそこで、くらりと目眩を感じた。そのまま気を失ってしまうところだった。
クエンティン、そうだクエンティン。
その名の通り、王国の五番目の王子。
前世の夫もまた、クエンティンという名であった。そうして彼もまた五番目の王子だった。
金色の髪が綺麗だった。瞳は互いに青い色で、彼は初めて会ったときにジャクリーンに言ったのだ。
『君とは初めて会うような気がしないね。過去世でも一緒だったのかな』
そう言って、春の庭園でジャクリーンを見つめて笑ってくれた。二人はこのとき、婚約を交わしたばかりだった。
ジャクリーンは、婚約者となった高貴な王子に見惚れながら胸が温かくなった。
その温かな記憶がありありと蘇って、ジャクリーンは今度こそ本当に目眩がした。
人は死んだら終わりではないのか。一度終わった人生は、次には新しくなるのではないか。
それなのに、一つ思い出したことを引き金にして、どんどん古い記憶が蘇る。
それは辛いことだった。あの悲壮な死の続きを、またここから始めなければならない。そう運命から突きつけられたように思えた。
今生では、クエンティンと会ってはいけない。今度こそ別々の人生を選んで、ジャクリーンはあの子を産んであげなければならない。
たとえ前世と父親が違っても、ジャクリーンが産む子はジャクリーンの子に変わりない。
芽生えたばかりの命だったのに、目映い日射しを見ることなく冥府に旅立つしかなかった。
ジャクリーンは、一緒に死した我が子を想った。
「ジャクリーン、医師を呼んでくるっ」
瞼を閉じた暗闇の中で、義兄の声が聞こえた。
駄目よ、王城の医師なんて。王家とは関わりたくないの。
前と同じ名と身分で生まれた、かつての夫。
クエンティンとの縁は今なお切れず、運命はジャクリーンを前世から解放してくれない。
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