22 / 38
第二十二章
「クエンティン様、そんな大切なことを私にお話しになって大丈夫なんですか」
王家が秘していること、クエンティンはジャクリーンに打ち明けた。
「私が言わなければ、兄上が話していただろうな」
「王太子殿下がですか?」
「聞きたくなかった?」
もう聞いてしまった後である。それにフランシスが接触してきたことも、クエンティンの言葉通りだろう。
いずれにしても、ジャクリーンには不思議と後悔はなかった。
「いいえ。クエンティン様からお話しいただけてよかったと思っております」
夫の秘密に苦しんだ前世があるから、知らずにいるより知って苦しむほうが百倍マシだと思った。
「私は、君にだけは秘密を持たないと決めたんだ」
クエンティンの言葉は、ジャクリーンこそ望んでいることだった。
「君を妻にすると決めた、この気持ちは何があっても変わらない。秘密の共有は、二人の命が尽きるまで続くと思ってほしい」
二人の命が尽きるまで。それはどれくらいの年月なのか。
「だから、私のことを信じてくれないだろうか。君のことは必ず守るから」
もしも前世で同じ言葉を聞けたなら、どれほど嬉しかっただろう。そうだとすれば、ジャクリーンはあの女性のことも躊躇うことなく確かめられたのではないか。
たとえ病を移されても、宿した我が子だけでも救おうと思えたのではなかったか。
遠く過ぎ去った人生を、ここで悔やんでもどうにもならない。せめてこれからの人生では、後悔は一つでも少ないほうがよいと思った。
「私も、貴方にお約束します。貴方のことを生涯通して信じます。秘密も最期の日まで誰にも言わないわ」
クエンティンが誠実でいてくれるなら、自分もフェアでありたかった。
「私たちは、今から運命共同体だよ」
運命共同体。その言葉にジャクリーンは胸が躍った。なんだろう、この弾む気持ちは。
「それは、良いことも悪いことも、分かち合えるということなのですね?」
「ああ、そうだよ」
クエンティンは嬉しそうだった。ジャクリーンを見つめて破顔した。彼にはそんな底抜けの笑顔がよく似合う。本当なら、もっと屈託なく生きる道もあったのではないか。
「表向きは妻を得て、平穏なフリをして生きていく。そういう人生なのだと思っていた」
クエンティンはそこで、何か考えるように目を伏せた。そんな彼に、ジャクリーンは尋ねずにはいられなかった。
「どうして私との婚約をお望みになったのです?」
クエンティンには、婚約者候補が幾人もいた。彼の「癖」が原因で、なし崩し的にジャクリーンが残ったことは、王家にとっては誤算だったに違いない。
義兄は、クエンティンがジャクリーンに惹かれたのだと言っていた。けれどそれだけで、出会ってすぐに婚約なんて望めるものだろうか。
ジャクリーンの心の声が聞こえたように、クエンティンは教えてくれた。
「スティーブンソンに義妹ができたと聞いて、会ってみたいと思ったんだ。ほんの軽い気持ちだった。あまりに嬉しそうに言うものだから、初めはそれで興味が湧いただけだった」
「義兄が嬉しそうだったと?」
「うん。あんなに喜ぶスティーブンソンを見るのは、滅多にないことだったからね」
ジャクリーンの知る義兄は、武人らしい無骨なところはあるけれど、心根優しく思いやりがある。
そんなところまで前世の兄とそっくりで、ジャクリーンにとって義兄は大切な人である。
「伯爵邸で君に会ったとき、初めてとは思えなかった」
クエンティンには、前世の記憶はないと思われた。それでも何か感じるものがあったのだろうか。
「自分の人生で、何かを得ることなんて考えないようにしていた。これからは、失うばかりなんだろうと思っていたんだ。それなら大切なものは少ないほうがいいと諦めていた」
その言葉はジャクリーンの胸を締めつけた。なんて哀しい覚悟だろう。クエンティンは何のために生きるのか。
「それなのに、君に会ったときにすべてが変わった」
「変わった?」
「いや、そうじゃない、変わったのではなくて、思い出したのかもしれない」
クエンティンも過去を思い出したのか。彼には、今の今までそんな素振りは見えなかった。
「失うだけの人生が、堪らなく嫌だと思ったんだよ」
「クエンティン様……」
「自分の務めはわかっている。けれどそれで、すべてを諦める必要があるだろうか?君と一緒にいたいと思う衝動を、どうしようもできなかった」
クエンティンが吐露するひと言ひと言が、切なく苦しくジャクリーンに届いた。
彼には前の人生の記憶などなかった。なのにジャクリーンを求めずにはいられないという。
前世のクエンティンもそうだったのか。あんな終わり方だったのに、彼もジャクリーンを求めてくれたのだろうか。
目の前のクエンティンを見つめれば、彼はまるで縋るような目をしていた。本心を打ち明けた後に、ジャクリーンが何を思っているのか窺っている。
そんな心細い顔をしないで。
「クエンティン様。貴方のすべてを受け入れます。だから、どんな私であっても」
——もう離さないでちょうだい。
「二度と離さないでくださいね」
クエンティンは、そこで可怪しな顔をした。
泣きたいのに無理に笑おうとするから、哀しいピエロのような表情となった。
そんなファニーフェイスも、とても愛おしく思えた。
王家が秘していること、クエンティンはジャクリーンに打ち明けた。
「私が言わなければ、兄上が話していただろうな」
「王太子殿下がですか?」
「聞きたくなかった?」
もう聞いてしまった後である。それにフランシスが接触してきたことも、クエンティンの言葉通りだろう。
いずれにしても、ジャクリーンには不思議と後悔はなかった。
「いいえ。クエンティン様からお話しいただけてよかったと思っております」
夫の秘密に苦しんだ前世があるから、知らずにいるより知って苦しむほうが百倍マシだと思った。
「私は、君にだけは秘密を持たないと決めたんだ」
クエンティンの言葉は、ジャクリーンこそ望んでいることだった。
「君を妻にすると決めた、この気持ちは何があっても変わらない。秘密の共有は、二人の命が尽きるまで続くと思ってほしい」
二人の命が尽きるまで。それはどれくらいの年月なのか。
「だから、私のことを信じてくれないだろうか。君のことは必ず守るから」
もしも前世で同じ言葉を聞けたなら、どれほど嬉しかっただろう。そうだとすれば、ジャクリーンはあの女性のことも躊躇うことなく確かめられたのではないか。
たとえ病を移されても、宿した我が子だけでも救おうと思えたのではなかったか。
遠く過ぎ去った人生を、ここで悔やんでもどうにもならない。せめてこれからの人生では、後悔は一つでも少ないほうがよいと思った。
「私も、貴方にお約束します。貴方のことを生涯通して信じます。秘密も最期の日まで誰にも言わないわ」
クエンティンが誠実でいてくれるなら、自分もフェアでありたかった。
「私たちは、今から運命共同体だよ」
運命共同体。その言葉にジャクリーンは胸が躍った。なんだろう、この弾む気持ちは。
「それは、良いことも悪いことも、分かち合えるということなのですね?」
「ああ、そうだよ」
クエンティンは嬉しそうだった。ジャクリーンを見つめて破顔した。彼にはそんな底抜けの笑顔がよく似合う。本当なら、もっと屈託なく生きる道もあったのではないか。
「表向きは妻を得て、平穏なフリをして生きていく。そういう人生なのだと思っていた」
クエンティンはそこで、何か考えるように目を伏せた。そんな彼に、ジャクリーンは尋ねずにはいられなかった。
「どうして私との婚約をお望みになったのです?」
クエンティンには、婚約者候補が幾人もいた。彼の「癖」が原因で、なし崩し的にジャクリーンが残ったことは、王家にとっては誤算だったに違いない。
義兄は、クエンティンがジャクリーンに惹かれたのだと言っていた。けれどそれだけで、出会ってすぐに婚約なんて望めるものだろうか。
ジャクリーンの心の声が聞こえたように、クエンティンは教えてくれた。
「スティーブンソンに義妹ができたと聞いて、会ってみたいと思ったんだ。ほんの軽い気持ちだった。あまりに嬉しそうに言うものだから、初めはそれで興味が湧いただけだった」
「義兄が嬉しそうだったと?」
「うん。あんなに喜ぶスティーブンソンを見るのは、滅多にないことだったからね」
ジャクリーンの知る義兄は、武人らしい無骨なところはあるけれど、心根優しく思いやりがある。
そんなところまで前世の兄とそっくりで、ジャクリーンにとって義兄は大切な人である。
「伯爵邸で君に会ったとき、初めてとは思えなかった」
クエンティンには、前世の記憶はないと思われた。それでも何か感じるものがあったのだろうか。
「自分の人生で、何かを得ることなんて考えないようにしていた。これからは、失うばかりなんだろうと思っていたんだ。それなら大切なものは少ないほうがいいと諦めていた」
その言葉はジャクリーンの胸を締めつけた。なんて哀しい覚悟だろう。クエンティンは何のために生きるのか。
「それなのに、君に会ったときにすべてが変わった」
「変わった?」
「いや、そうじゃない、変わったのではなくて、思い出したのかもしれない」
クエンティンも過去を思い出したのか。彼には、今の今までそんな素振りは見えなかった。
「失うだけの人生が、堪らなく嫌だと思ったんだよ」
「クエンティン様……」
「自分の務めはわかっている。けれどそれで、すべてを諦める必要があるだろうか?君と一緒にいたいと思う衝動を、どうしようもできなかった」
クエンティンが吐露するひと言ひと言が、切なく苦しくジャクリーンに届いた。
彼には前の人生の記憶などなかった。なのにジャクリーンを求めずにはいられないという。
前世のクエンティンもそうだったのか。あんな終わり方だったのに、彼もジャクリーンを求めてくれたのだろうか。
目の前のクエンティンを見つめれば、彼はまるで縋るような目をしていた。本心を打ち明けた後に、ジャクリーンが何を思っているのか窺っている。
そんな心細い顔をしないで。
「クエンティン様。貴方のすべてを受け入れます。だから、どんな私であっても」
——もう離さないでちょうだい。
「二度と離さないでくださいね」
クエンティンは、そこで可怪しな顔をした。
泣きたいのに無理に笑おうとするから、哀しいピエロのような表情となった。
そんなファニーフェイスも、とても愛おしく思えた。
あなたにおすすめの小説
家出したとある辺境夫人の話
あゆみノワ@書籍『完全別居の契約婚〜』
恋愛
『突然ではございますが、私はあなたと離縁し、このお屋敷を去ることにいたしました』
これは、一通の置き手紙からはじまった一組の心通わぬ夫婦のお語。
※ちゃんとハッピーエンドです。ただし、主人公にとっては。
※他サイトでも掲載します。
【完結】ご安心を、2度とその手を求める事はありません
ポチ
恋愛
大好きな婚約者様。 ‘’愛してる‘’ その言葉私の宝物だった。例え貴方の気持ちが私から離れたとしても。お飾りの妻になるかもしれないとしても・・・
それでも、私は貴方を想っていたい。 独り過ごす刻もそれだけで幸せを感じられた。たった一つの希望
【書籍化決定】アシュリーの願いごと
ましろ
恋愛
「まあ、本当に?」
もしかして。そう思うことはありました。
でも、まさか本当だっただなんて。
「…それならもう我慢する必要は無いわね?」
嫁いでから6年。まるで修道女が神に使えるが如くこの家に尽くしてきました。
すべては家の為であり、夫の為であり、義母の為でありました。
愛する息子すら後継者として育てるからと産まれてすぐにとりあげられてしまいました。
「でも、もう変わらなくてはね」
この事を知ったからにはもう何も我慢するつもりはありません。
だって。私には願いがあるのだから。
✻基本ゆるふわ設定です。
気を付けていますが、誤字脱字などがある為、あとからこっそり修正することがあります。
✻1/19、タグを2つ追加しました
✻1/27、短編から長編に変更しました
✻2/2、タグを変更しました
私の手からこぼれ落ちるもの
アズやっこ
恋愛
5歳の時、お父様が亡くなった。
優しくて私やお母様を愛してくれたお父様。私達は仲の良い家族だった。
でもそれは偽りだった。
お父様の書斎にあった手記を見た時、お父様の優しさも愛も、それはただの罪滅ぼしだった。
お父様が亡くなり侯爵家は叔父様に奪われた。侯爵家を追い出されたお母様は心を病んだ。
心を病んだお母様を助けたのは私ではなかった。
私の手からこぼれていくもの、そして最後は私もこぼれていく。
こぼれた私を救ってくれる人はいるのかしら…
❈ 作者独自の世界観です。
❈ 作者独自の設定です。
❈ ざまぁはありません。
筆頭婚約者候補は「一抜け」を叫んでさっさと逃げ出した
基本二度寝
恋愛
王太子には婚約者候補が二十名ほどいた。
その中でも筆頭にいたのは、顔よし頭良し、すべての条件を持っていた公爵家の令嬢。
王太子を立てることも忘れない彼女に、ひとつだけ不満があった。
結婚式の翌朝、夫に「皇太子の愛人だろう」と捨てられました――ですが私は、亡き国王の娘です
柴田はつみ
恋愛
母の遺した薬草店を守りながら、慎ましく暮らしていたアンリ。
そんな彼女に求婚してきたのは、国内でも名高い騎士にして公爵家当主、アルファだった。
真っすぐな想いを向けられ、彼を信じて結婚したアンリ。
けれど幸せなはずの結婚式の翌朝、夫は冷たく言い放つ。
「君を愛していると本気で思っていたのかい? 」
彼はアンリが第一皇太子と深い仲にあり、自分との結婚は身を隠すための偽装だと誤解していたのだ。
アンリは実は、亡き国王の婚外子。
皇太子にとっては、隠して守らなければならない妹だったのである。
皇太子夫妻の歪んだ結婚
夕鈴
恋愛
皇太子妃リーンは夫の秘密に気付いてしまった。
その秘密はリーンにとって許せないものだった。結婚1日目にして離縁を決意したリーンの夫婦生活の始まりだった。
本編完結してます。
番外編を更新中です。
【本編完結】初恋のその先で、私は母になる
妄夢【ピッコマノベルズ連載中】
恋愛
第19回恋愛小説大賞にて、奨励賞を受賞いたしました。読者の皆様のおかげです!本当ありがとうございます。
王宮で12年働き、気づけば28歳。
恋も結婚も遠いものだと思っていたオリビアの人生は、憧れの年下公爵と一夜を共にしたことで大きく動き出す。
優しく守ろうとする彼。
けれどオリビアは、誰かに選ばれるだけの人生を終わらせたいと思っていた。
揺れる想いの中で、彼女が選んだのは――
自分の足で立ち、自分の未来を選ぶこと。
これは、一人の女性が恋を通して自分を取り戻し、母として、そして一人の人間として強くなっていく物語。
※表紙画像はAI生成イラストをつかっています。