今度の貴方はどうなのかしら。—ジャクリーンの選択—

桃井すもも

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第二十二章

「クエンティン様、そんな大切なことを私にお話しになって大丈夫なんですか」

 王家が秘していること、クエンティンはジャクリーンに打ち明けた。

「私が言わなければ、兄上が話していただろうな」
「王太子殿下がですか?」
「聞きたくなかった?」

 もう聞いてしまった後である。それにフランシスが接触してきたことも、クエンティンの言葉通りだろう。
 いずれにしても、ジャクリーンには不思議と後悔はなかった。

「いいえ。クエンティン様からお話しいただけてよかったと思っております」

 夫の秘密に苦しんだ前世があるから、知らずにいるより知って苦しむほうが百倍マシだと思った。

「私は、君にだけは秘密を持たないと決めたんだ」

 クエンティンの言葉は、ジャクリーンこそ望んでいることだった。

「君を妻にすると決めた、この気持ちは何があっても変わらない。秘密の共有は、二人の命が尽きるまで続くと思ってほしい」

 二人の命が尽きるまで。それはどれくらいの年月なのか。

「だから、私のことを信じてくれないだろうか。君のことは必ず守るから」

 もしも前世で同じ言葉を聞けたなら、どれほど嬉しかっただろう。そうだとすれば、ジャクリーンはあの女性のことも躊躇うことなく確かめられたのではないか。
 たとえ病を移されても、宿した我が子だけでも救おうと思えたのではなかったか。

 遠く過ぎ去った人生を、ここで悔やんでもどうにもならない。せめてこれからの人生では、後悔は一つでも少ないほうがよいと思った。

「私も、貴方にお約束します。貴方のことを生涯通して信じます。秘密も最期の日まで誰にも言わないわ」

 クエンティンが誠実でいてくれるなら、自分もフェアでありたかった。

「私たちは、今から運命共同体だよ」

 運命共同体。その言葉にジャクリーンは胸が躍った。なんだろう、この弾む気持ちは。

「それは、良いことも悪いことも、分かち合えるということなのですね?」
「ああ、そうだよ」

 クエンティンは嬉しそうだった。ジャクリーンを見つめて破顔した。彼にはそんな底抜けの笑顔がよく似合う。本当なら、もっと屈託なく生きる道もあったのではないか。

「表向きは妻を得て、平穏なフリをして生きていく。そういう人生なのだと思っていた」

 クエンティンはそこで、何か考えるように目を伏せた。そんな彼に、ジャクリーンは尋ねずにはいられなかった。

「どうして私との婚約をお望みになったのです?」

 クエンティンには、婚約者候補が幾人もいた。彼の「癖」が原因で、なし崩し的にジャクリーンが残ったことは、王家にとっては誤算だったに違いない。

 義兄は、クエンティンがジャクリーンに惹かれたのだと言っていた。けれどそれだけで、出会ってすぐに婚約なんて望めるものだろうか。

 ジャクリーンの心の声が聞こえたように、クエンティンは教えてくれた。

「スティーブンソンに義妹ができたと聞いて、会ってみたいと思ったんだ。ほんの軽い気持ちだった。あまりに嬉しそうに言うものだから、初めはそれで興味が湧いただけだった」

「義兄が嬉しそうだったと?」

「うん。あんなに喜ぶスティーブンソンを見るのは、滅多にないことだったからね」

 ジャクリーンの知る義兄は、武人らしい無骨なところはあるけれど、心根優しく思いやりがある。
 そんなところまで前世の兄とそっくりで、ジャクリーンにとって義兄は大切な人である。

「伯爵邸で君に会ったとき、初めてとは思えなかった」

 クエンティンには、前世の記憶はないと思われた。それでも何か感じるものがあったのだろうか。

「自分の人生で、何かを得ることなんて考えないようにしていた。これからは、失うばかりなんだろうと思っていたんだ。それなら大切なものは少ないほうがいいと諦めていた」

 その言葉はジャクリーンの胸を締めつけた。なんて哀しい覚悟だろう。クエンティンは何のために生きるのか。

「それなのに、君に会ったときにすべてが変わった」
「変わった?」
「いや、そうじゃない、変わったのではなくて、思い出したのかもしれない」

 クエンティンも過去を思い出したのか。彼には、今の今までそんな素振りは見えなかった。

「失うだけの人生が、堪らなく嫌だと思ったんだよ」
「クエンティン様……」

「自分の務めはわかっている。けれどそれで、すべてを諦める必要があるだろうか?君と一緒にいたいと思う衝動を、どうしようもできなかった」

 クエンティンが吐露するひと言ひと言が、切なく苦しくジャクリーンに届いた。
 彼には前の人生の記憶などなかった。なのにジャクリーンを求めずにはいられないという。

 前世のクエンティンもそうだったのか。あんな終わり方だったのに、彼もジャクリーンを求めてくれたのだろうか。

 目の前のクエンティンを見つめれば、彼はまるで縋るような目をしていた。本心を打ち明けた後に、ジャクリーンが何を思っているのか窺っている。

 そんな心細い顔をしないで。

「クエンティン様。貴方のすべてを受け入れます。だから、どんな私であっても」

 ——もう離さないでちょうだい。

「二度と離さないでくださいね」

 クエンティンは、そこで可怪しな顔をした。
 泣きたいのに無理に笑おうとするから、哀しいピエロのような表情となった。
 そんなファニーフェイスも、とても愛おしく思えた。

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