今度の貴方はどうなのかしら。—ジャクリーンの選択—

桃井すもも

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第二十三章

「それで……、これは無理強いではないのだけれど」

 クエンティンは、自身の秘した役割について打ち明けた後に、自信なさげな様子で言った。

「もしも君さえよければ……」
「クエンティン様。どうぞご遠慮なさらず仰ってください」

 ここにきてまだ迷うクエンティンに、ジャクリーンは話してほしいと促した。

「……ありがとう」

 クエンティンは王族であるし婚約者である。もっと強く命じることもできるのに、彼はそういうことをしなかった。
 ジャクリーンの意思を尊重してくれる。

「陛下にはすでに、私のような役割を果たす人間がいる」

 クエンティンは実の父親を陛下と呼ぶ。彼にとって国王とは、血の繋がり以上に畏敬を抱く存在なのだろう。

「私が本来、仕えるのは兄上なんだ」

 フランシスに抱いた印象は、どうやら間違いではなかったようだ。ジャクリーンはそのままを聞いてみた。

「貴方は王太子殿下の影武者のようなお立場なのですか?」

 クエンティンはその問いに、少し考えるような素振りをした。

「そういう場面もあるだろうな。兄上と私は容姿や背丈がよく似ているから」
「では、ほかにどのようなことをなさるの?」
「わかりやすく言うなら、探偵みたいなことかな」

 その言葉に、インバネスコートに鹿追帽姿のクエンティンが思い浮かんだ。

「似合いすぎる!」
「え? 何が?」

 俄然興味が湧いたジャクリーンは、溢れそうになるわくわくを抑えるために、声を潜めた。

「それでクエンティン様。どんなことをなさるの?」

 乗り気を見せたジャクリーンに、クエンティンは驚くような顔をしたが、彼もまたノリがよかった。
 お得意のモスキート音で声を潜めると、上目遣いになってジャクリーンを見た。

「ひと言で言うなら、内偵だね」

 内偵!
 ジャクリーンはグッときた。どうしよう。胸のわくわくが止まらない。

「通常なら単独捜査となるんだけれど」

 クエンティンが言い終える前に「単独捜査ですって!」と気持ちが逸る。興奮するまま両手でドレスの胸元を握り締めた。
 クエンティンの視線が胸元に移って、頬を染めたように見えたのは夕日のせい。

「んっん。えーと、なるんだけれど」

 前の語尾をリピートして、クエンティンは続きを話しはじめた。

「夜会や茶会といった場に潜入するときには、パートナーが必要となる」

 そうだろう、そうだろうと、ジャクリーンは深く頷き同意した。

「兄上からはそのために、女性の近衛騎士を要員として手配してもらうことになっていた。私もそれで構わないと思っていたんとけれど……」

 ふむふむと聞いていたジャクリーンに、クエンティンは視線を合わせたまま言った。

「ジャクリーン、君に頼みたいんだ。だって君は、私の永遠のパートナーだから」

 なかなかキザでクサい台詞である。だが見目麗しいクエンティンが言うと、ちっとも嫌味にならなかった。
 何よりジャクリーンの脳内は、それどころではなかった。

 ——内偵。密偵。捜査。最高じゃないっ!

「危険なことだし無理にとは」「やりますやります、私がやります」

 思わず立ち上がったジャクリーンは、そこで朗々と名乗りを上げた。丁度、先日読んだ時代小説の台詞を思い浮かべた。

「やあやあ、我こそはクエンティン殿下が婚約者ジャクリーンなり! 内偵、密偵、浮気捜査、なんでもやります!」

 前世で浮気をされたから、浮気捜査というところで力が入った。

 あれ? 

 そこでジャクリーンは引っかかりを覚えた。だがそれも、やはり興奮気味に立ち上がったクエンティンに持っていかれた。

 クエンティンはテーブルを挟んだ向こうから、ジャクリーンの手を両手で握った。

「ありがとう、ありがとう、ジャクリーン。君が一緒にいてくれるなら、密偵人生最高だよ!」

 そう言って、だばだばと嬉し涙を流した。クエンティンは案外、感激屋さんのようだった。

 ジャクリーンは、握られた手をやんわり引き抜くとハンカチを取り出した。
 間にテーブルがあるから、身を乗り出してクエンティンの頬を抜ってあげた。

 お日様に顔を向けるように、クエンティンは瞼を閉じた。ジャクリーンにされるがままになっている。

 なんて可愛いお方なのかしら。
 ジャクリーンの母性本能が疼いた。

 沈む夕日が赤々と窓から差し込み、二人を照らしている。カァと烏が一つ鳴いた。
 やり遂げた二人は、そこで若干の寂寥感を味わっていた。

 少しの間、そうしていたのだが、じきに落ち着きを取り戻すと、そこでようやく二人ともソファに腰を降ろした。

「では、次の議題に移ろうか」

 いつの間にか会話は作戦会議となっていた。

「私のパートナーは君以外あり得ない。君にもそうあってほしい」
「もちろんですわ、クエンティン様」

 そこで互いを見つめて頷き合った。

「私たちの任務は秘密裏に行うものだ。当然だが名を知られるわけにはいかない」
「仰るとおりですわね」

 そこでまた、二人は互いを見つめて頷き合った。

「密偵にあたって、コードネームがあるんだ」
「コードネーム?」
「ああ。任務における仮の名だよ」

 コードネーム。なんて素敵なネームなのか。
 先日、推理小説を読んだばかりで、些か興奮気味なジャクリーンだった。

「私のコードネームは、ジェームズという」

 ジェームズ、ジェームズと、ジャクリーンはその名を馴染ませるように小さく呟いた。

「それで、君のコードネームなんだけれど」

 クエンティンはそこで、ジャクリーンにコードネームを考えてくれた。

「ボンディなんてどうだろう。私がジェームズで、君はボンディ」

 なんかいい感じだね、とクエンティンは言った。
 だがジャクリーンは、そこで心臓を掴まれたような衝撃を受けた。

 ボンディ……。それは聞き覚えのある名前だった。前世の夫クエンティンが寝言で漏らした名前が「ボンディ」だった。

 それはあの、夫の部下だという女性の名だった。

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