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第二十七章
それからジャクリーンは、渋るクエンティンと別れて図書室へ向かった。借りていた本を返却して、最奥にある席に座った。
そこは通路を挟んだすぐ脇に書架がある。
日が遮られて薄暗くはあるが、お陰で人目を避けるのに丁度よい。
そこでジャクリーンは、途中にあった新刊棚から持ってきた雑誌を開いた。
この雑誌に似たものを覚えている。
『週刊貴婦人』
前世でも読んでいた婦人向け雑誌である。
となると、ジャクリーンの前世とはそれほど遠いものではないのではないか。ジャクリーンはそこに気がついた。
印刷技術が発達して、大衆が娯楽として気楽に書籍を購入することができる。そんな時代は近世としか思えない。
仮にそうだとして、貴族令嬢である自分は兎も角、クエンティンという名の第五王子がそうそう続けて生まれるだろうか。
王家のことなら歴史の授業でも習っている。数代前の王族に、第五王子もクエンティンという名もなかったと記憶している。
婦人雑誌から夜の淫靡なワードを幾つも教えてもらった前世のジャクリーン。
過去の自分はいつの時代に生きていたのか。
「もしかしたら、ここではない国だったのかしら」
大陸には、王国と同じ言語と習慣を持つ国はほかにもある。隣国もそうだし、隣接する公国は現王家から枝分かれした傍系にあたる。当然、同じ民族である。
「ジャクリーンとクエンティン」
過去のどこかで生きていた二人。
そんなことを考えながら、適当に開いたページに目を落とせば、そこには前世と同じように連載小説が載っていた。
人気小説であるから、そのページだけ開き癖がついて自然と開けてしまう。
内容は、前世と同じくなかなかハードな恋愛小説だった。
「今回も一行目から攻めてるわ」
出だしのワードがすでに、乙女にはハードルの高いものだった。
伏せ字されてもおかしくない。だが、伏せられては内容がわからない。わかればわかったでその破廉恥さに動揺してしまう。
なんというジレンマか。
こんなハードモードな小説が貴婦人たちに人気なのか。前世の自分も、のめり込んでいたと思い出した。
流石に小説の内容は前世とは違っている。そこだけは二度美味しいようで、得した気分になれた。
そして今回の小説はややミステリー寄りで、フランシスの密偵となった今のジャクリーンにはタイムリーな内容だった。
実は、クエンティンとの密偵活動の参考にさせてもらっちゃったりしている。作中には「縄の結び方」が出てくるのだが、それは先日、フランシスのターゲットになった青年貴族を捕縛した際に役立った。
ちなみに彼は、前回失脚させた青年貴族とは別の人物である。フランシスは青年貴族に厳しいような気がする。
貴婦人を耳年増に誘うハードモード小説を夢中になって読んでいると、手元に影ができた。
「ジャクリーン。待たせたね」
小説に没頭している間に生徒会活動が終わっていたらしい。クエンティンがすぐそばに立っていた。
「何をそんなに夢中になって読んでいたの?」
クエンティンはそう言って、開かれているページに視線を落とした。ジャクリーンはそこで、すかさずページを閉じた。
今回も縄関係のエピソードだった。クエンティンは「癖」を持っている。鞭だけで十分なのに、そこに縄まで加わってはジャクリーンの身が持たない。
これ以上、クエンティンの性癖を増やしてはならないと本能が告げていた。
「スイーツ特殊、特集ですわ」
「……へえ」
特殊な「癖」持ちのクエンティンの前で、うっかり特殊と口走ってしまった。
「ボンディ」
彼は任務について話す時、呼び方を変える。
ここから先は、ジャクリーンはボンディとなる。
「新たなミッション? ジェームズ」
任務中は互いに呼び捨てで、敬称も敬語もなしとなる。そのほうが時間を無駄にしない。
「ああ」
クエンティンはそう言うと、ジャクリーンの隣に腰掛けた。
「どうしたの? 乗り気ではないようね」
「うん」
クエンティンの声に、いつもと違うものを感じた。
「今回は、私一人で潜入する」
これまで二人で活動してきたのに、クエンティンがそんなことを言うのは初めてだった。
「どうして? 今まで二人でやってきたじゃない」
「君は遠慮してくれないか」
クエンティンはジャクリーンを突き放すようなことを言った。
「どういうこと」
「すまない」
謝ってほしいわけではない。ただパートナーから外したい理由が知りたかった。
「貴方は私に約束したわ。隠し事はしないと。あれは偽りだったのかしら」
「そうじゃない、そうじゃないんだジャクリーン」
クエンティンはコードネームを忘れたように、ジャクリーンと呼んだ。ジャクリーンの信頼を失うことは、彼の本意ではないようだった。
「今回は場所が悪い」
「場所?」
ああ、と言ってクエンティンはそこで目を伏せた。彼はジャクリーンに言うべきか迷っているのだろう。
「私は貴方のパートナーよ。秘密はなし。危険も悩みも半分こよね?」
ジャクリーンがそう言うと、クエンティンは顔を上げた。ようやく打ち明ける気持ちになったようだ。
「とある青年貴族の情報を収集する、それが今回のミッションだ」
フランシスはどれだけ失脚させたい青年がいるのだろう。多分その青年も、フランシスの婚約者にちょっかいでも掛けたのだろう。
「それと場所と、何の関係があるの?」
クエンティンはそこで、ジャクリーンの瞳を見つめて言った。
「潜入するのは娼館だ。貴族相手の高級娼館なんだ」
クエンティンは苦しげに眉を寄せた。
「君は来ては駄目だ。決して君以外の女人と交わるつもりはない。そこは信じてくれないか」
ジャクリーンはその言葉に、抗い難い力で背中から過去へ引き戻されるような気がした。
そこは通路を挟んだすぐ脇に書架がある。
日が遮られて薄暗くはあるが、お陰で人目を避けるのに丁度よい。
そこでジャクリーンは、途中にあった新刊棚から持ってきた雑誌を開いた。
この雑誌に似たものを覚えている。
『週刊貴婦人』
前世でも読んでいた婦人向け雑誌である。
となると、ジャクリーンの前世とはそれほど遠いものではないのではないか。ジャクリーンはそこに気がついた。
印刷技術が発達して、大衆が娯楽として気楽に書籍を購入することができる。そんな時代は近世としか思えない。
仮にそうだとして、貴族令嬢である自分は兎も角、クエンティンという名の第五王子がそうそう続けて生まれるだろうか。
王家のことなら歴史の授業でも習っている。数代前の王族に、第五王子もクエンティンという名もなかったと記憶している。
婦人雑誌から夜の淫靡なワードを幾つも教えてもらった前世のジャクリーン。
過去の自分はいつの時代に生きていたのか。
「もしかしたら、ここではない国だったのかしら」
大陸には、王国と同じ言語と習慣を持つ国はほかにもある。隣国もそうだし、隣接する公国は現王家から枝分かれした傍系にあたる。当然、同じ民族である。
「ジャクリーンとクエンティン」
過去のどこかで生きていた二人。
そんなことを考えながら、適当に開いたページに目を落とせば、そこには前世と同じように連載小説が載っていた。
人気小説であるから、そのページだけ開き癖がついて自然と開けてしまう。
内容は、前世と同じくなかなかハードな恋愛小説だった。
「今回も一行目から攻めてるわ」
出だしのワードがすでに、乙女にはハードルの高いものだった。
伏せ字されてもおかしくない。だが、伏せられては内容がわからない。わかればわかったでその破廉恥さに動揺してしまう。
なんというジレンマか。
こんなハードモードな小説が貴婦人たちに人気なのか。前世の自分も、のめり込んでいたと思い出した。
流石に小説の内容は前世とは違っている。そこだけは二度美味しいようで、得した気分になれた。
そして今回の小説はややミステリー寄りで、フランシスの密偵となった今のジャクリーンにはタイムリーな内容だった。
実は、クエンティンとの密偵活動の参考にさせてもらっちゃったりしている。作中には「縄の結び方」が出てくるのだが、それは先日、フランシスのターゲットになった青年貴族を捕縛した際に役立った。
ちなみに彼は、前回失脚させた青年貴族とは別の人物である。フランシスは青年貴族に厳しいような気がする。
貴婦人を耳年増に誘うハードモード小説を夢中になって読んでいると、手元に影ができた。
「ジャクリーン。待たせたね」
小説に没頭している間に生徒会活動が終わっていたらしい。クエンティンがすぐそばに立っていた。
「何をそんなに夢中になって読んでいたの?」
クエンティンはそう言って、開かれているページに視線を落とした。ジャクリーンはそこで、すかさずページを閉じた。
今回も縄関係のエピソードだった。クエンティンは「癖」を持っている。鞭だけで十分なのに、そこに縄まで加わってはジャクリーンの身が持たない。
これ以上、クエンティンの性癖を増やしてはならないと本能が告げていた。
「スイーツ特殊、特集ですわ」
「……へえ」
特殊な「癖」持ちのクエンティンの前で、うっかり特殊と口走ってしまった。
「ボンディ」
彼は任務について話す時、呼び方を変える。
ここから先は、ジャクリーンはボンディとなる。
「新たなミッション? ジェームズ」
任務中は互いに呼び捨てで、敬称も敬語もなしとなる。そのほうが時間を無駄にしない。
「ああ」
クエンティンはそう言うと、ジャクリーンの隣に腰掛けた。
「どうしたの? 乗り気ではないようね」
「うん」
クエンティンの声に、いつもと違うものを感じた。
「今回は、私一人で潜入する」
これまで二人で活動してきたのに、クエンティンがそんなことを言うのは初めてだった。
「どうして? 今まで二人でやってきたじゃない」
「君は遠慮してくれないか」
クエンティンはジャクリーンを突き放すようなことを言った。
「どういうこと」
「すまない」
謝ってほしいわけではない。ただパートナーから外したい理由が知りたかった。
「貴方は私に約束したわ。隠し事はしないと。あれは偽りだったのかしら」
「そうじゃない、そうじゃないんだジャクリーン」
クエンティンはコードネームを忘れたように、ジャクリーンと呼んだ。ジャクリーンの信頼を失うことは、彼の本意ではないようだった。
「今回は場所が悪い」
「場所?」
ああ、と言ってクエンティンはそこで目を伏せた。彼はジャクリーンに言うべきか迷っているのだろう。
「私は貴方のパートナーよ。秘密はなし。危険も悩みも半分こよね?」
ジャクリーンがそう言うと、クエンティンは顔を上げた。ようやく打ち明ける気持ちになったようだ。
「とある青年貴族の情報を収集する、それが今回のミッションだ」
フランシスはどれだけ失脚させたい青年がいるのだろう。多分その青年も、フランシスの婚約者にちょっかいでも掛けたのだろう。
「それと場所と、何の関係があるの?」
クエンティンはそこで、ジャクリーンの瞳を見つめて言った。
「潜入するのは娼館だ。貴族相手の高級娼館なんだ」
クエンティンは苦しげに眉を寄せた。
「君は来ては駄目だ。決して君以外の女人と交わるつもりはない。そこは信じてくれないか」
ジャクリーンはその言葉に、抗い難い力で背中から過去へ引き戻されるような気がした。
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