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第二十八章
ジャクリーンは、そこで目眩を感じて思わず目を瞑った。
「大丈夫か?ジャクリーンっ、ごめん、娼館なんてことを君に聞かせて」
クエンティンがジャクリーンの肩を抱き寄せ覗き込んできた。彼が心配していることが、抱き寄せる力から伝わるようだった。
「だ、大丈夫です。ちょっと目が眩んだだけです」
ジャクリーンは、俯いた顔を上げるとクエンティンを見た。近い。思ったよりも顔が近いぞ。
すぐ目の前にクエンティンがいて、近すぎるが故にぼやけて見えた。
「んっん、ジェームズ」
そこでジャクリーンはミッションモードに入った。クエンティンもそれに気づいて「ボンディ」と応えた。
その前に、近すぎる顔をよけてほしい。
仕方なく、ジャクリーンはクエンティンの制服の胸に手の平を押し当てた。
「はう」
変な声が聞こえたが、そこは流した。
それからやんわり力を入れて、近寄りすぎる最接近王子を押し退けた。押し退けたのに、その手の上にクエンティンが手の平を重ねてきた。
だがジャクリーンは決してブレない。誰よりも変態王子に慣れている。公私混同などジャクリーンの辞書には少ししか書かれていないのである。
「ジェームズ。私を信じると貴方は言った。私は貴方を信じると言った」
「ボンディ……」
多分、クエンティンは言われた言葉の半分しか理解していないだろう。だが至極真面目な顔をして、ジャクリーンの手の平をきゅっと握り締めた。
「貴方のパートナーはこの世に一人、私だけよ。そして私は貴方を一人で戦地には行かせない」
独特の言い回しがどこまでクエンティンに通じているのか、彼は再びジャクリーンの手をきゅっきゅっと握り締めた。
「私も行くわ」
「駄目だ、あんな男の欲を吐き出す場など」
クエンティンは譲らない。だがジャクリーンこそ譲れなかった。
もう二度と、自分の知らぬ場所で知らないことをしてほしくなかった。心配だから、危ないからと、蚊帳の外に置かれるのは御免だと思った。
「一心同体、心も体も我らは一つ」
スローガン的なことを言えば、クエンティンは瞠目した。
「心も……体……も、ひとつ?」
「そうよ、ジェームズ。貴方と私は二人で一人」
「じゃあ、今から一つになろうか」
「駄目よ。鞭ち打ちするわよ」
それはご褒美だよ、と思ったクエンティンの内心にジャクリーンは気づかない。
ジャクリーンはそこで、殊更明るい声音となった。
「ほら、私を見てみて」
「いつだって君しか見ていないよ」
とぼけたことを言うクエンティンを無視して、ジャクリーンは続けた。
「私、痩せてるでしょう?衣服を変えたらちょっと小柄な男性に見えなくもないと思うの」
「何を言ってるんだ、君はどこからどう見ても最高のレディだよ。ジャクリーンを冒涜しないでくれたまえ」
そこでジャクリーンは、おもむろに声を低くした。すると不思議なことに、声変わりをしたばかりの少年のように聞こえた。
「馬鹿なことを言うな、ジェームズ。これは任務だぞ、しっかりしろ」
ここでジャクリーンが男性の衣服を着ていたなら、男装の麗人と呼ばれただろう。
意外な才能の開花だった。ジャクリーンは可憐(クエンティン調べ)な令嬢と中性的な魅力を振り撒く青年と、二つの顔を持っていた。
「ジャク……ああ、いや、すまないボンディ。その、なんと言うべきか、君って最高だな。神だよ神。両性具有の天使だよ」
いくらなんでも褒めすぎである。ジャクリーンも流石にそれほどとは思っていない。
そこで、「神、神」と呟くクエンティンに、青年の声音のまま尋ねた。その際も、辺りに聞かれないように声を潜めている。
「ミッションの概要は何なんだ?」
男装はしていないから、姿はジャクリーンのままである。そこに低めのウィスパーボイスときたからクエンティンは困惑した。
どうしてここが図書室なのか。ここが別の場所、例えば密室であったなら……自主規制
クエンティンの爛れた思考に気づかぬまま、ジャクリーンは青年ボンディを続ける。
「その娼館にターゲットが通っているというのだな?」
「あゝそうだよ」
相変わらず可怪しな反応のクエンティンであるが、気にせず確かめることにした。
「ソイツ、お気に入りの娼婦がいるのか?」
「しょ、娼婦……」
クエンティンは、ジャクリーンの口から娼婦という単語が出たことにショックを受けるような顔をした。だが自分たちは、汚れてなんぼの商売である。彼もまた、任務を見失うことはなかった。
「いや。ターゲットにはお気に入りはいない。その日の気分で女を選ぶ」
「クソだな」
ええ!そんな汚い言葉がジャクリーンのお口から出るなんて。クエンティンのダメージは深い。
「それじゃあ、僕が潜入するよ。一番人気の娼婦なら間違いなくターゲットは接触しているだろう」
ジャクリーンが「僕」? まさかの僕っ娘だった!
クエンティンは歓喜したが、今はそれどころではない。
「駄目だ、接触なんて危険だ」
「そんなわけはなかろう。僕の身体は女だよ。間違いなんて起こらない」
これがクエンティンであったら、任務のために彼は娼婦と交わりを持ってしまう可能性がある。ジャクリーンはそれだけは避けたかった。
女性同士であれば、例えそれがバレたとしても大丈夫だろう。
問題は、そうなる前に如何に情報を引き出すかだ。
ううむ、と悩むジャクリーンを前にして、クエンティンもまた苦悩していた。
ジャクリーン、君はなんにも知らないんだ。世の中にはいろんな「癖」がある。
同じくらいいろんな愛し方があるんだよ。
レディ×レディは有りだ!
となると?
人気No.1娼婦お姉様×君!
そこで行き成り、クエンティンが鼻血を出した。
「大丈夫!?クエンティン様!」
ジャクリーンの僕っ娘モードも敢えなく解除となった。
「大丈夫か?ジャクリーンっ、ごめん、娼館なんてことを君に聞かせて」
クエンティンがジャクリーンの肩を抱き寄せ覗き込んできた。彼が心配していることが、抱き寄せる力から伝わるようだった。
「だ、大丈夫です。ちょっと目が眩んだだけです」
ジャクリーンは、俯いた顔を上げるとクエンティンを見た。近い。思ったよりも顔が近いぞ。
すぐ目の前にクエンティンがいて、近すぎるが故にぼやけて見えた。
「んっん、ジェームズ」
そこでジャクリーンはミッションモードに入った。クエンティンもそれに気づいて「ボンディ」と応えた。
その前に、近すぎる顔をよけてほしい。
仕方なく、ジャクリーンはクエンティンの制服の胸に手の平を押し当てた。
「はう」
変な声が聞こえたが、そこは流した。
それからやんわり力を入れて、近寄りすぎる最接近王子を押し退けた。押し退けたのに、その手の上にクエンティンが手の平を重ねてきた。
だがジャクリーンは決してブレない。誰よりも変態王子に慣れている。公私混同などジャクリーンの辞書には少ししか書かれていないのである。
「ジェームズ。私を信じると貴方は言った。私は貴方を信じると言った」
「ボンディ……」
多分、クエンティンは言われた言葉の半分しか理解していないだろう。だが至極真面目な顔をして、ジャクリーンの手の平をきゅっと握り締めた。
「貴方のパートナーはこの世に一人、私だけよ。そして私は貴方を一人で戦地には行かせない」
独特の言い回しがどこまでクエンティンに通じているのか、彼は再びジャクリーンの手をきゅっきゅっと握り締めた。
「私も行くわ」
「駄目だ、あんな男の欲を吐き出す場など」
クエンティンは譲らない。だがジャクリーンこそ譲れなかった。
もう二度と、自分の知らぬ場所で知らないことをしてほしくなかった。心配だから、危ないからと、蚊帳の外に置かれるのは御免だと思った。
「一心同体、心も体も我らは一つ」
スローガン的なことを言えば、クエンティンは瞠目した。
「心も……体……も、ひとつ?」
「そうよ、ジェームズ。貴方と私は二人で一人」
「じゃあ、今から一つになろうか」
「駄目よ。鞭ち打ちするわよ」
それはご褒美だよ、と思ったクエンティンの内心にジャクリーンは気づかない。
ジャクリーンはそこで、殊更明るい声音となった。
「ほら、私を見てみて」
「いつだって君しか見ていないよ」
とぼけたことを言うクエンティンを無視して、ジャクリーンは続けた。
「私、痩せてるでしょう?衣服を変えたらちょっと小柄な男性に見えなくもないと思うの」
「何を言ってるんだ、君はどこからどう見ても最高のレディだよ。ジャクリーンを冒涜しないでくれたまえ」
そこでジャクリーンは、おもむろに声を低くした。すると不思議なことに、声変わりをしたばかりの少年のように聞こえた。
「馬鹿なことを言うな、ジェームズ。これは任務だぞ、しっかりしろ」
ここでジャクリーンが男性の衣服を着ていたなら、男装の麗人と呼ばれただろう。
意外な才能の開花だった。ジャクリーンは可憐(クエンティン調べ)な令嬢と中性的な魅力を振り撒く青年と、二つの顔を持っていた。
「ジャク……ああ、いや、すまないボンディ。その、なんと言うべきか、君って最高だな。神だよ神。両性具有の天使だよ」
いくらなんでも褒めすぎである。ジャクリーンも流石にそれほどとは思っていない。
そこで、「神、神」と呟くクエンティンに、青年の声音のまま尋ねた。その際も、辺りに聞かれないように声を潜めている。
「ミッションの概要は何なんだ?」
男装はしていないから、姿はジャクリーンのままである。そこに低めのウィスパーボイスときたからクエンティンは困惑した。
どうしてここが図書室なのか。ここが別の場所、例えば密室であったなら……自主規制
クエンティンの爛れた思考に気づかぬまま、ジャクリーンは青年ボンディを続ける。
「その娼館にターゲットが通っているというのだな?」
「あゝそうだよ」
相変わらず可怪しな反応のクエンティンであるが、気にせず確かめることにした。
「ソイツ、お気に入りの娼婦がいるのか?」
「しょ、娼婦……」
クエンティンは、ジャクリーンの口から娼婦という単語が出たことにショックを受けるような顔をした。だが自分たちは、汚れてなんぼの商売である。彼もまた、任務を見失うことはなかった。
「いや。ターゲットにはお気に入りはいない。その日の気分で女を選ぶ」
「クソだな」
ええ!そんな汚い言葉がジャクリーンのお口から出るなんて。クエンティンのダメージは深い。
「それじゃあ、僕が潜入するよ。一番人気の娼婦なら間違いなくターゲットは接触しているだろう」
ジャクリーンが「僕」? まさかの僕っ娘だった!
クエンティンは歓喜したが、今はそれどころではない。
「駄目だ、接触なんて危険だ」
「そんなわけはなかろう。僕の身体は女だよ。間違いなんて起こらない」
これがクエンティンであったら、任務のために彼は娼婦と交わりを持ってしまう可能性がある。ジャクリーンはそれだけは避けたかった。
女性同士であれば、例えそれがバレたとしても大丈夫だろう。
問題は、そうなる前に如何に情報を引き出すかだ。
ううむ、と悩むジャクリーンを前にして、クエンティンもまた苦悩していた。
ジャクリーン、君はなんにも知らないんだ。世の中にはいろんな「癖」がある。
同じくらいいろんな愛し方があるんだよ。
レディ×レディは有りだ!
となると?
人気No.1娼婦お姉様×君!
そこで行き成り、クエンティンが鼻血を出した。
「大丈夫!?クエンティン様!」
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