29 / 38
第二十九章
「ジャクリーン……、すまない、ちょっと時間をくれないか」
そう言うと、クエンティンはくるりとこちらに背を向けてしまった。
「どうしたんだい?ジェームズ」
変声期少年モードで尋ねれば、クエンティンはこちらに背中を向けたまま、「はふん」と言った。
「もう。どうなさったの?クエンティン様。そのぅ、ちゃんと男性に見えるかチェックしてくださいな」
ジャクリーンはそこでくるりと回ってみた。そうやって、姿見に映る自分をチェックする。
「やっぱり背が低いのが問題かしら。今ひとつ男の子っぽくないわ」
鏡に映っているのは、髪を一つに纏めて結い、上質のシャツと細身のパンツを履く高貴な少年である。痩せて小柄なために、どこからどう見ても少年である。
娼館に入るには、これはこれで問題ではないかしら。年齢制限で引っ掛かりそうだわ。
ここはちゃんとクエンティンにチェックしてほしいのに、彼は着替えたジャクリーンの姿を見ては「はぐっ」「ふぐっ」と妙な声を発するばかりだった。
ちなみにシャツとパンツはフランシスが少年時代に着ていたものである。
ジャクリーンが潜入すると知るやいなや、「私のを貸すよ」と無理矢理押し付けてきた。
クエンティンが、
「いりません!ジャクリーンには私の服を着せますから!」
と猛烈抗議をしたのだが、末っ子が長兄に敵うはずもない。
「君は立派な男の娘だ。ほら、『僕』って言ってごらんよ。ふごっ」
そこでようやくこちらを向いたクエンティンが、ハンカチで鼻を押さえながら言った。
彼は最近、鼻血を出しやすくなっており、ジャクリーンは大変心配している。
「大丈夫かい?ジェームズ」
少年の声音で尋ねると、鼻に押し当てられていた白いハンカチが真っ赤に染まった。
やはり自分が潜入することにしてよかった。クエンティンは最近、体調が思わしくない。このままでは出血多量で倒れてしまう。
ジャクリーンは、自分の判断が正しかったと思った。
高級娼館についてのリサーチは済んでいる。
接触するのは、二年連続お客様人気投票第一位になった娼婦である。
その名もメロディ。歌うようにこの世の楽園を見せてくれるというのがセールスポイントなのだという。
メロディ嬢と接触したなら、先ずはトークを楽しむ。行き成りベッドインしてしまったら、たちまちジャクリーンが女性であるとバレてしまう。
「そんなことにならないように、初期段階で情報を得るべく頑張るよ」
本家本元、王子代表とも言えるフランシスの服を着たジャクリーンは、もうそのまんま王子様だった。
そんな姿で娼館に足を踏み入れたら、一瞬で食われてしまうではないか。
クエンティンの不安はそこだった。
「ジャクリーン。『薔薇色の世界』と文学的な言葉があるが、この世には、『百合色の世界』もあるんだよ」
もうここまでくると、ジャクリーンが男であるとか女だとか、性別なんて関係ないと思った。
どちらにしてもこのままでは、ジャクリーンはお姉様に食われてしまう。歌うように食われるなんて、そんなこと、考えただけで鼻血が出てしまうではないか。
クエンティンの苦悩も知らず、ジャクリーンは出発の準備を整えている。見れば見るほど長兄のお下がりが似合いすぎて悔しい。
クエンティンは鼻血染めのハンカチをぎゅっと握り締めた。
「ボンディ……くれぐれも、くれぐれも無理はしないでくれ」
これから潜入するという時になっても、クエンティンはまだ渋っていた。
もう彼の頭の中に「ミッション」というワードは消えていた。
お姉様にお手付きされずに戻ってきてほしい。そればかりを考えている。
「心配いらないよ、ジェームズ。僕に任せて。きっと有益な情報を掴むから」
罪作りなジャクリーンは、そこでウィンクをした。もうクエンティンはそれでアウトだった。
娼館から少し離れたところに潜伏用の馬車を停めていた。いよいよミッション開始である。
色とりどりの照明は、劇場とは違う魅惑的な毒を含んで見えていた。
こんなことでもなければ、令嬢のジャクリーンが娼館に足を踏み入れるなんて経験はできなかった。
ジャクリーンは、好奇心がむくむくと湧いてきて、やる気は満々だった。
「行ってくるよ、ジェームズ」
馬車から出る前に、クエンティンへそう言い残した。彼はこのまま馬車に残り、ミッションを終えたらジャクリーンを回収する。
万が一、トラブルの際には乗り込むつもりで武器の用意もしていた。武器はもちろん、鞭である。
「ボンディ……」
見送るクエンティンの瞳が揺れる。その表情に、ジャクリーンは過去の自分を思い出した。
あの頃、きっと自分もこんな顔をしていたのだろう。
いつ帰るともわからないクエンティンを送り出す時には心配になった。
件の女性を引き連れて出て行くクエンティンの後ろ姿に、胸が張り裂ける思いだった。
だから、いま目の前でクエンティンがどれほど心配しているのか、手に取るようにわかってしまった。
「必ず帰ってくるから。何も心配いらないよ」
前世でクエンティンが言ったことを、そのまま現世のクエンティンに伝えた。
その時になって初めて、あの頃のクエンティンがジャクリーンに心配をかけまいとしていたのだろうと思えた。
愛する人を置いていくその気持ちが、今になってわかったのである。
✤大変申し訳ございません。
こちらの作品は、本日より一日一話の更新となります。詳細につきましては近況ボードをご覧頂けますと幸いです。
何卒ご理解のほど宜しくお願い致します。(._.)
そう言うと、クエンティンはくるりとこちらに背を向けてしまった。
「どうしたんだい?ジェームズ」
変声期少年モードで尋ねれば、クエンティンはこちらに背中を向けたまま、「はふん」と言った。
「もう。どうなさったの?クエンティン様。そのぅ、ちゃんと男性に見えるかチェックしてくださいな」
ジャクリーンはそこでくるりと回ってみた。そうやって、姿見に映る自分をチェックする。
「やっぱり背が低いのが問題かしら。今ひとつ男の子っぽくないわ」
鏡に映っているのは、髪を一つに纏めて結い、上質のシャツと細身のパンツを履く高貴な少年である。痩せて小柄なために、どこからどう見ても少年である。
娼館に入るには、これはこれで問題ではないかしら。年齢制限で引っ掛かりそうだわ。
ここはちゃんとクエンティンにチェックしてほしいのに、彼は着替えたジャクリーンの姿を見ては「はぐっ」「ふぐっ」と妙な声を発するばかりだった。
ちなみにシャツとパンツはフランシスが少年時代に着ていたものである。
ジャクリーンが潜入すると知るやいなや、「私のを貸すよ」と無理矢理押し付けてきた。
クエンティンが、
「いりません!ジャクリーンには私の服を着せますから!」
と猛烈抗議をしたのだが、末っ子が長兄に敵うはずもない。
「君は立派な男の娘だ。ほら、『僕』って言ってごらんよ。ふごっ」
そこでようやくこちらを向いたクエンティンが、ハンカチで鼻を押さえながら言った。
彼は最近、鼻血を出しやすくなっており、ジャクリーンは大変心配している。
「大丈夫かい?ジェームズ」
少年の声音で尋ねると、鼻に押し当てられていた白いハンカチが真っ赤に染まった。
やはり自分が潜入することにしてよかった。クエンティンは最近、体調が思わしくない。このままでは出血多量で倒れてしまう。
ジャクリーンは、自分の判断が正しかったと思った。
高級娼館についてのリサーチは済んでいる。
接触するのは、二年連続お客様人気投票第一位になった娼婦である。
その名もメロディ。歌うようにこの世の楽園を見せてくれるというのがセールスポイントなのだという。
メロディ嬢と接触したなら、先ずはトークを楽しむ。行き成りベッドインしてしまったら、たちまちジャクリーンが女性であるとバレてしまう。
「そんなことにならないように、初期段階で情報を得るべく頑張るよ」
本家本元、王子代表とも言えるフランシスの服を着たジャクリーンは、もうそのまんま王子様だった。
そんな姿で娼館に足を踏み入れたら、一瞬で食われてしまうではないか。
クエンティンの不安はそこだった。
「ジャクリーン。『薔薇色の世界』と文学的な言葉があるが、この世には、『百合色の世界』もあるんだよ」
もうここまでくると、ジャクリーンが男であるとか女だとか、性別なんて関係ないと思った。
どちらにしてもこのままでは、ジャクリーンはお姉様に食われてしまう。歌うように食われるなんて、そんなこと、考えただけで鼻血が出てしまうではないか。
クエンティンの苦悩も知らず、ジャクリーンは出発の準備を整えている。見れば見るほど長兄のお下がりが似合いすぎて悔しい。
クエンティンは鼻血染めのハンカチをぎゅっと握り締めた。
「ボンディ……くれぐれも、くれぐれも無理はしないでくれ」
これから潜入するという時になっても、クエンティンはまだ渋っていた。
もう彼の頭の中に「ミッション」というワードは消えていた。
お姉様にお手付きされずに戻ってきてほしい。そればかりを考えている。
「心配いらないよ、ジェームズ。僕に任せて。きっと有益な情報を掴むから」
罪作りなジャクリーンは、そこでウィンクをした。もうクエンティンはそれでアウトだった。
娼館から少し離れたところに潜伏用の馬車を停めていた。いよいよミッション開始である。
色とりどりの照明は、劇場とは違う魅惑的な毒を含んで見えていた。
こんなことでもなければ、令嬢のジャクリーンが娼館に足を踏み入れるなんて経験はできなかった。
ジャクリーンは、好奇心がむくむくと湧いてきて、やる気は満々だった。
「行ってくるよ、ジェームズ」
馬車から出る前に、クエンティンへそう言い残した。彼はこのまま馬車に残り、ミッションを終えたらジャクリーンを回収する。
万が一、トラブルの際には乗り込むつもりで武器の用意もしていた。武器はもちろん、鞭である。
「ボンディ……」
見送るクエンティンの瞳が揺れる。その表情に、ジャクリーンは過去の自分を思い出した。
あの頃、きっと自分もこんな顔をしていたのだろう。
いつ帰るともわからないクエンティンを送り出す時には心配になった。
件の女性を引き連れて出て行くクエンティンの後ろ姿に、胸が張り裂ける思いだった。
だから、いま目の前でクエンティンがどれほど心配しているのか、手に取るようにわかってしまった。
「必ず帰ってくるから。何も心配いらないよ」
前世でクエンティンが言ったことを、そのまま現世のクエンティンに伝えた。
その時になって初めて、あの頃のクエンティンがジャクリーンに心配をかけまいとしていたのだろうと思えた。
愛する人を置いていくその気持ちが、今になってわかったのである。
✤大変申し訳ございません。
こちらの作品は、本日より一日一話の更新となります。詳細につきましては近況ボードをご覧頂けますと幸いです。
何卒ご理解のほど宜しくお願い致します。(._.)
あなたにおすすめの小説
家出したとある辺境夫人の話
あゆみノワ@書籍『完全別居の契約婚〜』
恋愛
『突然ではございますが、私はあなたと離縁し、このお屋敷を去ることにいたしました』
これは、一通の置き手紙からはじまった一組の心通わぬ夫婦のお語。
※ちゃんとハッピーエンドです。ただし、主人公にとっては。
※他サイトでも掲載します。
結婚式の翌朝、夫に「皇太子の愛人だろう」と捨てられました――ですが私は、亡き国王の娘です
柴田はつみ
恋愛
母の遺した薬草店を守りながら、慎ましく暮らしていたアンリ。
そんな彼女に求婚してきたのは、国内でも名高い騎士にして公爵家当主、アルファだった。
真っすぐな想いを向けられ、彼を信じて結婚したアンリ。
けれど幸せなはずの結婚式の翌朝、夫は冷たく言い放つ。
「君を愛していると本気で思っていたのかい? 」
彼はアンリが第一皇太子と深い仲にあり、自分との結婚は身を隠すための偽装だと誤解していたのだ。
アンリは実は、亡き国王の婚外子。
皇太子にとっては、隠して守らなければならない妹だったのである。
【完結】ご安心を、2度とその手を求める事はありません
ポチ
恋愛
大好きな婚約者様。 ‘’愛してる‘’ その言葉私の宝物だった。例え貴方の気持ちが私から離れたとしても。お飾りの妻になるかもしれないとしても・・・
それでも、私は貴方を想っていたい。 独り過ごす刻もそれだけで幸せを感じられた。たった一つの希望
【書籍化決定】アシュリーの願いごと
ましろ
恋愛
「まあ、本当に?」
もしかして。そう思うことはありました。
でも、まさか本当だっただなんて。
「…それならもう我慢する必要は無いわね?」
嫁いでから6年。まるで修道女が神に使えるが如くこの家に尽くしてきました。
すべては家の為であり、夫の為であり、義母の為でありました。
愛する息子すら後継者として育てるからと産まれてすぐにとりあげられてしまいました。
「でも、もう変わらなくてはね」
この事を知ったからにはもう何も我慢するつもりはありません。
だって。私には願いがあるのだから。
✻基本ゆるふわ設定です。
気を付けていますが、誤字脱字などがある為、あとからこっそり修正することがあります。
✻1/19、タグを2つ追加しました
✻1/27、短編から長編に変更しました
✻2/2、タグを変更しました
筆頭婚約者候補は「一抜け」を叫んでさっさと逃げ出した
基本二度寝
恋愛
王太子には婚約者候補が二十名ほどいた。
その中でも筆頭にいたのは、顔よし頭良し、すべての条件を持っていた公爵家の令嬢。
王太子を立てることも忘れない彼女に、ひとつだけ不満があった。
私の手からこぼれ落ちるもの
アズやっこ
恋愛
5歳の時、お父様が亡くなった。
優しくて私やお母様を愛してくれたお父様。私達は仲の良い家族だった。
でもそれは偽りだった。
お父様の書斎にあった手記を見た時、お父様の優しさも愛も、それはただの罪滅ぼしだった。
お父様が亡くなり侯爵家は叔父様に奪われた。侯爵家を追い出されたお母様は心を病んだ。
心を病んだお母様を助けたのは私ではなかった。
私の手からこぼれていくもの、そして最後は私もこぼれていく。
こぼれた私を救ってくれる人はいるのかしら…
❈ 作者独自の世界観です。
❈ 作者独自の設定です。
❈ ざまぁはありません。
皇太子夫妻の歪んだ結婚
夕鈴
恋愛
皇太子妃リーンは夫の秘密に気付いてしまった。
その秘密はリーンにとって許せないものだった。結婚1日目にして離縁を決意したリーンの夫婦生活の始まりだった。
本編完結してます。
番外編を更新中です。
【本編完結】初恋のその先で、私は母になる
妄夢【ピッコマノベルズ連載中】
恋愛
第19回恋愛小説大賞にて、奨励賞を受賞いたしました。読者の皆様のおかげです!本当ありがとうございます。
王宮で12年働き、気づけば28歳。
恋も結婚も遠いものだと思っていたオリビアの人生は、憧れの年下公爵と一夜を共にしたことで大きく動き出す。
優しく守ろうとする彼。
けれどオリビアは、誰かに選ばれるだけの人生を終わらせたいと思っていた。
揺れる想いの中で、彼女が選んだのは――
自分の足で立ち、自分の未来を選ぶこと。
これは、一人の女性が恋を通して自分を取り戻し、母として、そして一人の人間として強くなっていく物語。
※表紙画像はAI生成イラストをつかっています。