今度の貴方はどうなのかしら。—ジャクリーンの選択—

桃井すもも

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第二十九章

「ジャクリーン……、すまない、ちょっと時間をくれないか」

 そう言うと、クエンティンはくるりとこちらに背を向けてしまった。

「どうしたんだい?ジェームズ」

 変声期少年モードで尋ねれば、クエンティンはこちらに背中を向けたまま、「はふん」と言った。

「もう。どうなさったの?クエンティン様。そのぅ、ちゃんと男性に見えるかチェックしてくださいな」

 ジャクリーンはそこでくるりと回ってみた。そうやって、姿見に映る自分をチェックする。

「やっぱり背が低いのが問題かしら。今ひとつ男の子っぽくないわ」

 鏡に映っているのは、髪を一つに纏めて結い、上質のシャツと細身のパンツを履く高貴な少年である。痩せて小柄なために、どこからどう見ても少年である。

 娼館に入るには、これはこれで問題ではないかしら。年齢制限で引っ掛かりそうだわ。

 ここはちゃんとクエンティンにチェックしてほしいのに、彼は着替えたジャクリーンの姿を見ては「はぐっ」「ふぐっ」と妙な声を発するばかりだった。

 ちなみにシャツとパンツはフランシスが少年時代に着ていたものである。
 ジャクリーンが潜入すると知るやいなや、「私のを貸すよ」と無理矢理押し付けてきた。

 クエンティンが、

「いりません!ジャクリーンには私の服を着せますから!」

 と猛烈抗議をしたのだが、末っ子が長兄に敵うはずもない。

「君は立派な男の娘だ。ほら、『僕』って言ってごらんよ。ふごっ」

 そこでようやくこちらを向いたクエンティンが、ハンカチで鼻を押さえながら言った。
 彼は最近、鼻血を出しやすくなっており、ジャクリーンは大変心配している。

「大丈夫かい?ジェームズ」

 少年の声音で尋ねると、鼻に押し当てられていた白いハンカチが真っ赤に染まった。

 やはり自分が潜入することにしてよかった。クエンティンは最近、体調が思わしくない。このままでは出血多量で倒れてしまう。

 ジャクリーンは、自分の判断が正しかったと思った。


 高級娼館についてのリサーチは済んでいる。
 接触するのは、二年連続お客様人気投票第一位になった娼婦である。
 その名もメロディ。歌うようにこの世の楽園を見せてくれるというのがセールスポイントなのだという。

 メロディ嬢と接触したなら、先ずはトークを楽しむ。行き成りベッドインしてしまったら、たちまちジャクリーンが女性であるとバレてしまう。

「そんなことにならないように、初期段階で情報を得るべく頑張るよ」

 本家本元、王子代表とも言えるフランシスの服を着たジャクリーンは、もうそのまんま王子様だった。

 そんな姿で娼館に足を踏み入れたら、一瞬で食われてしまうではないか。
 クエンティンの不安はそこだった。

「ジャクリーン。『薔薇色の世界』と文学的な言葉があるが、この世には、『百合色の世界』もあるんだよ」

 もうここまでくると、ジャクリーンが男であるとか女だとか、性別なんて関係ないと思った。
 どちらにしてもこのままでは、ジャクリーンはお姉様に食われてしまう。歌うように食われるなんて、そんなこと、考えただけで鼻血が出てしまうではないか。

 クエンティンの苦悩も知らず、ジャクリーンは出発の準備を整えている。見れば見るほど長兄のお下がりが似合いすぎて悔しい。
 クエンティンは鼻血染めのハンカチをぎゅっと握り締めた。


「ボンディ……くれぐれも、くれぐれも無理はしないでくれ」

 これから潜入するという時になっても、クエンティンはまだ渋っていた。
 もう彼の頭の中に「ミッション」というワードは消えていた。

 お姉様にお手付きされずに戻ってきてほしい。そればかりを考えている。

「心配いらないよ、ジェームズ。僕に任せて。きっと有益な情報を掴むから」

 罪作りなジャクリーンは、そこでウィンクをした。もうクエンティンはそれでアウトだった。

 娼館から少し離れたところに潜伏用の馬車を停めていた。いよいよミッション開始である。
 色とりどりの照明は、劇場とは違う魅惑的な毒を含んで見えていた。

 こんなことでもなければ、令嬢のジャクリーンが娼館に足を踏み入れるなんて経験はできなかった。
 ジャクリーンは、好奇心がむくむくと湧いてきて、やる気は満々だった。

「行ってくるよ、ジェームズ」

 馬車から出る前に、クエンティンへそう言い残した。彼はこのまま馬車に残り、ミッションを終えたらジャクリーンを回収する。

 万が一、トラブルの際には乗り込むつもりで武器の用意もしていた。武器はもちろん、鞭である。

「ボンディ……」

 見送るクエンティンの瞳が揺れる。その表情に、ジャクリーンは過去の自分を思い出した。

 あの頃、きっと自分もこんな顔をしていたのだろう。
 いつ帰るともわからないクエンティンを送り出す時には心配になった。
 件の女性を引き連れて出て行くクエンティンの後ろ姿に、胸が張り裂ける思いだった。

 だから、いま目の前でクエンティンがどれほど心配しているのか、手に取るようにわかってしまった。

「必ず帰ってくるから。何も心配いらないよ」

 前世でクエンティンが言ったことを、そのまま現世のクエンティンに伝えた。

 その時になって初めて、あの頃のクエンティンがジャクリーンに心配をかけまいとしていたのだろうと思えた。

 愛する人を置いていくその気持ちが、今になってわかったのである。



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