《短編版》或る伯爵夫人が一人思い悩んだ末の事の顛末

桃井すもも

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第四章

 ルクスは王城に勤める文官だ。小さな領地には今は義父母が住んで管理をしている。

 ルクスは伯爵家のたった一人きりの男児に生まれた。
 元々嫡男であったのに文官として城に勤めを得たのは、全ては彼が優秀で、学友であった王太子だとか、学友であった宰相子息だとか、学友であった財務大臣子息だとかに目をつけられたからだという。

 義父も似たり寄ったりで、国王陛下の側で長く文官として仕えていた。それがサフィリアとルクスが婚姻するとなった途端、まるで駆け落ちでもするかのように、妻の手を取り勤めを辞して小さな領地に逃げ込んだ。
夫婦で駆け落ちって……。

 義父母曰く、最初からこうする筈だったのに、学友であった国王陛下とか宰相とか財務大臣に巻き込まれて、逃げるに逃れられず長く文官として仕えていたのだという。

 あれ?何処かで聞いたような話だと思ったが、突然の婚姻に混乱していたサフィリアには突っ込みどころを指摘することはできなかった。

 今、義父母は自然豊かな領地にいて、第二の新婚時代を謳歌している。三日と置かず届く文には、サフィリアへの感謝の言葉が羅列している。サフィリアを宝のような嫁だと言って、年に数度王都に来る彼らは会うたびに「ありがとう、君のお陰だ」と手を握り、時には涙を浮かべて感謝される。

 義父母がそうなのだから、家令を始めとする使用人たちにもサフィリアは「宝のような奥様」だとされて、こんな平凡な夫人であるのに下にも置かない好待遇を受けている。死にたい。

 自分は本来、そんな人間ではない。
かつて姉は、未来の伴侶を選ぶべき大量の釣書でトランプゲームをしていたが、もしルクスの人生にトランプゲームがあるのなら、彼はサフィリアというババを引いてしまったことになる。夫は賭け事に弱いのだろう。

 残念な旦那様。
 死にたいサフィリアは、そんな夫に死んで詫びたいと常々思っているのに、なにかを察した使用人たちに手厚く世話を焼かれて死ぬにも死ねない。
 なんなら唯一の自慢の髪ばかりでなく、お肌も爪も隅々まで磨かれてぴかぴかの艶々だ。こんなことでは当分死ねそうにない。

 そんなサフィリアを夫は妻として尊重してくれる。どうしてそれほど人間が出来ているのか、夫とは仏のような人である。

 大陸の西には天竺という名の国があるという。そこは仏を崇める信仰の国だという。一層のこと、サフィリアも天竺に行って、夫と義両親への懺悔の祈りに生涯を捧げてしまいたいと思っている。

 大陸は広い。西の国は遠い。サフィリアの細い足ではとてもではないが辿り着けない。どうしたら良いのだろう。

 その夜、夫は三日連続の激務を終えて、ようやく邸に戻ってきた。
 前述の通り、夫は大変律儀な人物だ。事故的に同じベッドにいたサフィリアに、開口一番フルネームで自己紹介したツワモノだ。

 ツワモノだから夜も強い。城では三徹だったと聞いていたのに、律儀な夫はサフィリアを寝台でも律儀に愛する。

 お願いです、もう寝てください、寝かしてくださいとサフィリアがどれほど懇願しても、まだだまだだと謎の返答をして、夫は二回戦、三回戦へと持ち込んでいく。

 空が白む頃になって、夫はようやく浅い眠りについた。サフィリアをぎゅーっと抱き締め微睡みに沈む。

 天竺へは、徒歩なら何日かかるのだろう。
窓から見える白む朝の空を眺めて、サフィリアは、ひい、ふう、みいと指を折りながら日数計算をするのだった。



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