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第五章
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大陸の東の国の格言に「亭主元気で留守がいい」という言葉があるのを、この前、王立図書館の書物で読んだ。
大変優れた言葉だと感銘を受けた。
それで、早速我が家に当て嵌めてみれば、亭主が元気であるのは、既に昨晩立証されている。なんなら、つい一刻前まで非常に元気だった。危うくサフィリアの方が元気でなくなるところだった。
であれば残るは「亭主の留守」だ。
「昨晩帰ってきたばかりで申し訳ない。多分、今夜も城に泊まることになりそうだ」
良し。それで良し。万事格言通りで何も問題ない。流石は格言。
夫の言葉に、サフィリアは笑い出しそうになるのを堪えるために、奥歯を強く噛み締めた。噛み締め過ぎてギリリと歯が鳴ってしまい、それを聞き逃さなかった夫がぎょっとしてこちらを見た。
それから夫は、何故か手に持つカトラリーを握り締めて、夫の手からもギリリと音がしたから、今度はサフィリアがぎょっとした。
「くそ、殿下め」
へ?なんで殿下が出てくるの?
殿下とは、夫が仕える王太子殿下だろう。上司にく◯だなんていけないわ。
「出来るだけ早く帰るようにする。決して殿下の言いなりにはならない。必ず君の元に帰ってくる」
朝餉の席で、夫はサフィリアによく解らない決意表明をした。
それでは困る。格言が成立しなくなってしまう。サフィリアは、すっかり慌ててしまった。
「だ、旦那様、私なら大丈夫です。どうかお構いなく、なんなら一人でもなんとなく生きて行けます。旦那様はしっかりとお務めを果たしてくださいませ」
「サフィリア……」
え?旦那様、な、涙が滲んで見えるんだけれど大丈夫?
え?し、執事が涙を拭って見えるんだけれど、大丈夫なの?
見渡せば、侍従も侍女も給仕の使用人まで瞳を潤ませて見えた。え?みんなどうしちゃったの?
「旦那様。お城の勤務体制を福利厚生課に訴えるべきではないかと。総務若しくは人事課にもお声がけなさっては如何でしょう」
執事の言葉に、ルクスは「ううむ」と唸った。
「元凶は殿下だ。倒すかな」
え!それはもしやクーデター?
「いえいえいえ、旦那様。旦那様が元気にお勤めなさるのが何より私は嬉しいのです。お務め大事、殿下大事です」
「そうか?私が元気だと君は嬉しいのか?殿下はさして大事ではないがな」
いや、大事だろう。
ルクスは何やら急に機嫌が良くなり、それからパンとサラダとハムエッグをおかわりした。元気、大事、と言いながら。
「では、行ってくる」
「行ってらっしゃいませ、旦那様」
「うむ。君のために元気に働いてこよう」
そう言って、ルクスは長ーい「行って参ります」のキスをして城に出掛けた。因みにキスは頬ではなくて唇だった。呑み込まれるかと思った。
漸く出掛けたわ。亭主元気で留守がいい。旦那様にとっても元気にサフィリアのいない職場で過ごすことは良いことだ。
夫の安寧を考えて、サフィリアは思わず安堵の溜め息をついた。
「はあ」
「奥様、旦那様を信じて差し上げて下さい」
安堵の溜め息をついたサフィリアに、執事が駆け寄る。
「え?」
「旦那様は必ずやり遂げます。王城の勤務体制を見直して、定時退城出来る未来を切り開かれることでしょう。奥様に淋しい思いをさせるだなんて、旦那様は身を切られる思いでいらっしゃるのです」
まさか。
無い無いと、サフィリアは心の中で手を振ったが、執事が力説するから大人しく聞いていた。
それから今朝ほど数えた天竺への道のりが果てしなく遠いことを思い出して、気が遠くなったのだった。
大変優れた言葉だと感銘を受けた。
それで、早速我が家に当て嵌めてみれば、亭主が元気であるのは、既に昨晩立証されている。なんなら、つい一刻前まで非常に元気だった。危うくサフィリアの方が元気でなくなるところだった。
であれば残るは「亭主の留守」だ。
「昨晩帰ってきたばかりで申し訳ない。多分、今夜も城に泊まることになりそうだ」
良し。それで良し。万事格言通りで何も問題ない。流石は格言。
夫の言葉に、サフィリアは笑い出しそうになるのを堪えるために、奥歯を強く噛み締めた。噛み締め過ぎてギリリと歯が鳴ってしまい、それを聞き逃さなかった夫がぎょっとしてこちらを見た。
それから夫は、何故か手に持つカトラリーを握り締めて、夫の手からもギリリと音がしたから、今度はサフィリアがぎょっとした。
「くそ、殿下め」
へ?なんで殿下が出てくるの?
殿下とは、夫が仕える王太子殿下だろう。上司にく◯だなんていけないわ。
「出来るだけ早く帰るようにする。決して殿下の言いなりにはならない。必ず君の元に帰ってくる」
朝餉の席で、夫はサフィリアによく解らない決意表明をした。
それでは困る。格言が成立しなくなってしまう。サフィリアは、すっかり慌ててしまった。
「だ、旦那様、私なら大丈夫です。どうかお構いなく、なんなら一人でもなんとなく生きて行けます。旦那様はしっかりとお務めを果たしてくださいませ」
「サフィリア……」
え?旦那様、な、涙が滲んで見えるんだけれど大丈夫?
え?し、執事が涙を拭って見えるんだけれど、大丈夫なの?
見渡せば、侍従も侍女も給仕の使用人まで瞳を潤ませて見えた。え?みんなどうしちゃったの?
「旦那様。お城の勤務体制を福利厚生課に訴えるべきではないかと。総務若しくは人事課にもお声がけなさっては如何でしょう」
執事の言葉に、ルクスは「ううむ」と唸った。
「元凶は殿下だ。倒すかな」
え!それはもしやクーデター?
「いえいえいえ、旦那様。旦那様が元気にお勤めなさるのが何より私は嬉しいのです。お務め大事、殿下大事です」
「そうか?私が元気だと君は嬉しいのか?殿下はさして大事ではないがな」
いや、大事だろう。
ルクスは何やら急に機嫌が良くなり、それからパンとサラダとハムエッグをおかわりした。元気、大事、と言いながら。
「では、行ってくる」
「行ってらっしゃいませ、旦那様」
「うむ。君のために元気に働いてこよう」
そう言って、ルクスは長ーい「行って参ります」のキスをして城に出掛けた。因みにキスは頬ではなくて唇だった。呑み込まれるかと思った。
漸く出掛けたわ。亭主元気で留守がいい。旦那様にとっても元気にサフィリアのいない職場で過ごすことは良いことだ。
夫の安寧を考えて、サフィリアは思わず安堵の溜め息をついた。
「はあ」
「奥様、旦那様を信じて差し上げて下さい」
安堵の溜め息をついたサフィリアに、執事が駆け寄る。
「え?」
「旦那様は必ずやり遂げます。王城の勤務体制を見直して、定時退城出来る未来を切り開かれることでしょう。奥様に淋しい思いをさせるだなんて、旦那様は身を切られる思いでいらっしゃるのです」
まさか。
無い無いと、サフィリアは心の中で手を振ったが、執事が力説するから大人しく聞いていた。
それから今朝ほど数えた天竺への道のりが果てしなく遠いことを思い出して、気が遠くなったのだった。
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