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第六章
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天竺という国が、とても遠い地にあることはよく分かった。徒歩での日数を数えて直ぐに無理だと分かった。
西は駄目か。サフィリアは溜め息をつく。
サフィリアは、見た目は置いておいて案外と根気強い。豪胆な姉の側で育った為か、姉がばっさばっさと切り捨てた物事の後始末は大抵サフィリアが果たしてきた。
だから姉は、そんなサフィリアを大層重宝してくれたし、密かに義兄よりも役に立つと言って褒めてくれたものだ。そこでふと義兄の顔が思い浮かんだが、直ぐに忘れた。
そんなことより西国だ。
彼処が駄目だとするなら次は東か。東、東……東になにかあったかな。
夫を見送って自室に戻ってから、サフィリアはう~んと考えた。
頭の中に地図を描き、中央に伯爵邸を置いた。その周辺に建物を配置して、脳内で伯爵邸近隣の鳥瞰図を思い浮かべた。
まずは邸から右に行こう。何故なら左は西側になる。西をいくら進んでも天竺へは遠すぎるのだから行くだけ無駄だ。因みに王城は西側にあるのだが、サフィリアはそれすら無駄だと切り捨てた。
東、東……東。持ち前の忍耐力に想像力を駆使して天空から東側をサーチする。
東、東……東……。
「あった!」
行き成り大きな声を上げたサフィリアに、側にいた侍女がぴょんと飛び跳ねた。
「ああ、ごめんなさいね、気にしないで」
侍女に詫びてからサフィリアは、
「出掛けたいのだけれど、仕度をお願いできるかしら」と言った。
侍女に身繕いをしてもらってから、サフィリアは邸を出て右側へ向かった。
右側、東の方向には教会がある。天竺で懺悔の祈りを捧げられないのであれば、教会で祈りを捧げるよりほかはない。
多分、十人いれば十人とも、天竺より先に教会を思い浮かべると思うのだが、そこは人それぞれであるから仕方がない。
サフィリアは教会の馬車寄せで降り立って、そこで後ろに控えていた侍女へと振り返った。
「一人で祈りを捧げたいの。貴女は馬車で待っていてくれる?」
一人になりたいと言ったサフィリアに、侍女は狼狽した。
「お、奥様、なにかお悩みでも……」
悩みならある。平々凡々、地味地味のくせにあの美丈夫な夫の妻になったことだ。あの夜会の夜、サフィリアはあの夜のことを『不幸な夜』と呼んでいるのだが、あの不幸な夜に、夫はサフィリアとうっかり同衾してしまったが為に不幸になった。
不幸な夜に不幸になる。ダブルで不幸なのだから、どれほど不幸なことなのか言わずとも分かる。
だが、夫への贖罪の為に懺悔に来たのだとは、この優しい侍女には言えなかった。きっと彼女は夫の不幸を嘆くだろう。
それで「大丈夫よ」とだけ言い残して、サフィリアは一人礼拝堂へと向かった。
痩せた背中が憐れを誘って見えた。
侍女は小さくなっていく夫人の後ろ姿に、胸がきゅうっと痛くなった。
奥様は、一体何をお悩みなのだろう。
毎日帰りの遅い旦那様に無碍にされているとお感じで、それでお悲しみになってお悩みなのだろうか。
なんて酷い王城だろう。旦那様をお仕事に縛り付けて、それで奥様をお淋しいお気持ちにさせるだなんて。
明日は自分は休暇であるから、奥様の代わりに教会へ来よう。そうして、あの旦那様を縛り付ける憎き王太子殿下へ呪詛の祈りを捧げよう。
翌日、王太子は城にいて寒気を覚えた。
寒気ばかりか怖気まで感じてぶるりと震えた。
風邪かなぁと腕をさすりながら、風邪薬を貰いに医局へとぼとぼ出向くのだった。
西は駄目か。サフィリアは溜め息をつく。
サフィリアは、見た目は置いておいて案外と根気強い。豪胆な姉の側で育った為か、姉がばっさばっさと切り捨てた物事の後始末は大抵サフィリアが果たしてきた。
だから姉は、そんなサフィリアを大層重宝してくれたし、密かに義兄よりも役に立つと言って褒めてくれたものだ。そこでふと義兄の顔が思い浮かんだが、直ぐに忘れた。
そんなことより西国だ。
彼処が駄目だとするなら次は東か。東、東……東になにかあったかな。
夫を見送って自室に戻ってから、サフィリアはう~んと考えた。
頭の中に地図を描き、中央に伯爵邸を置いた。その周辺に建物を配置して、脳内で伯爵邸近隣の鳥瞰図を思い浮かべた。
まずは邸から右に行こう。何故なら左は西側になる。西をいくら進んでも天竺へは遠すぎるのだから行くだけ無駄だ。因みに王城は西側にあるのだが、サフィリアはそれすら無駄だと切り捨てた。
東、東……東。持ち前の忍耐力に想像力を駆使して天空から東側をサーチする。
東、東……東……。
「あった!」
行き成り大きな声を上げたサフィリアに、側にいた侍女がぴょんと飛び跳ねた。
「ああ、ごめんなさいね、気にしないで」
侍女に詫びてからサフィリアは、
「出掛けたいのだけれど、仕度をお願いできるかしら」と言った。
侍女に身繕いをしてもらってから、サフィリアは邸を出て右側へ向かった。
右側、東の方向には教会がある。天竺で懺悔の祈りを捧げられないのであれば、教会で祈りを捧げるよりほかはない。
多分、十人いれば十人とも、天竺より先に教会を思い浮かべると思うのだが、そこは人それぞれであるから仕方がない。
サフィリアは教会の馬車寄せで降り立って、そこで後ろに控えていた侍女へと振り返った。
「一人で祈りを捧げたいの。貴女は馬車で待っていてくれる?」
一人になりたいと言ったサフィリアに、侍女は狼狽した。
「お、奥様、なにかお悩みでも……」
悩みならある。平々凡々、地味地味のくせにあの美丈夫な夫の妻になったことだ。あの夜会の夜、サフィリアはあの夜のことを『不幸な夜』と呼んでいるのだが、あの不幸な夜に、夫はサフィリアとうっかり同衾してしまったが為に不幸になった。
不幸な夜に不幸になる。ダブルで不幸なのだから、どれほど不幸なことなのか言わずとも分かる。
だが、夫への贖罪の為に懺悔に来たのだとは、この優しい侍女には言えなかった。きっと彼女は夫の不幸を嘆くだろう。
それで「大丈夫よ」とだけ言い残して、サフィリアは一人礼拝堂へと向かった。
痩せた背中が憐れを誘って見えた。
侍女は小さくなっていく夫人の後ろ姿に、胸がきゅうっと痛くなった。
奥様は、一体何をお悩みなのだろう。
毎日帰りの遅い旦那様に無碍にされているとお感じで、それでお悲しみになってお悩みなのだろうか。
なんて酷い王城だろう。旦那様をお仕事に縛り付けて、それで奥様をお淋しいお気持ちにさせるだなんて。
明日は自分は休暇であるから、奥様の代わりに教会へ来よう。そうして、あの旦那様を縛り付ける憎き王太子殿下へ呪詛の祈りを捧げよう。
翌日、王太子は城にいて寒気を覚えた。
寒気ばかりか怖気まで感じてぶるりと震えた。
風邪かなぁと腕をさすりながら、風邪薬を貰いに医局へとぼとぼ出向くのだった。
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