ダフネは三度、夢を見る

桃井すもも

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第四章

 ユージェニー・フォックス・ロドニーは、北の辺境伯の子女である。

 彼女の髪が銀髪なのは、祖母が前王の妹であるからだろう。マクベスとユージェニーは同じ曽祖父母を持つ血縁関係にある。

 そう思えば、まだ見ぬ婚約者にもわずかな親しみを抱けるように思えた。

 背中に流れる銀色の髪。鮮やかな青い瞳。ユージェニーは、美しい令嬢だった。
 ダフネも癖のない髪であり、互いに長い髪を結いあったのは、ほんの少し前までの日常だった。

「ダフネ。貴女にだけは背中を預けられる」

 いつだかユージェニーは、そんなことを言った。ダフネが彼女の髪を三つ編みに結っているときだった。

「ふふ、それなら私の背中は、貴女にお預けするわ」

 ダフネはそう返事をした。それからユージェニーに背中を向けて、今度はダフネの髪を結ってもらったのだった。

 ユージェニーには双子の兄がいた。だが彼は、幼い頃から身体が弱く、平素は屋敷に籠りきりなのだという。

 そうであれば、妹のユージェニーが生家を離れて寄宿学校に入ったのはなぜなのか。

 その訳を、ユージェニーは教えてくれた。
 双子は忌み子とされる辺境の地で、身体の弱い嫡男のそばに双子の妹を置くべきではない。
 そんな迷信じみた理由から、彼女は生家から離れた西側の地にある寄宿学校に入学したのだという。

 だからユージェニーもまた、学校の長期休みになっても生家に戻ることはなかった。
 ほかにも戻らないという生徒は一定数おり、それぞれ家の理由があるようだった。

 そんな少女たちは、実の家族より強い結束で、長い寄宿生活を送っていた。

 ダフネが王都に戻ったように、ユージェニーも生家に帰った。遅からず彼女にも縁談が持ち込まれるはずで、再び生家から離され遠い地に嫁ぐのだろうか。

 ユージェニーが生家に着いて落ち着く頃に文を書こうと思うのに、ダフネのほうこそ身辺が落ち着かずにいるのだった。


「おはようございます。ダフネ様」

 そう扉の向こうから声がした。
 どうぞと返事をすれば、扉が静かに開けられた。
 ダフネはすでに鏡台に向かって座っており、入室した侍女に微笑んだ。

「おはよう、ルイーズ」

 ルイーズはダフネ付きの侍女で、彼女のほかには、護衛騎士のアーヴィンがいる。
 アーヴィンは、ダフネの身支度が整うまでは、扉の向こうに控えている。

 二人はともに二十五歳、王都の学園では同窓だったという。ブルネットの髪に榛色の瞳を持つルイーズは、物腰の柔らかな女性である。
 アーヴィンも栗色の髪に翠色の瞳をしており、二人の姿はどこか似て見えた。

 今のところ、ダフネ付きの使用人はこの二人だけで、そのほかには近衛騎士が数名、室内や扉のそばに控えているのが常だった。

 王太子の婚約者としては、明らかに側付きの数が少ない。そのことは、長く厭世的な生活をしていたダフネにもわかることだった。

 ダフネがわからないことの全てに、それぞれ理由があるのだろう。武器らしい武器もなく敵陣に迷い込んだような現状に、ダフネは一つ一つ気を長くして確かめようと思っている。

 じきにマクベスが帰城したなら、面会が叶うだろう。全ては彼が戻ってからになる。

 だがこの日、ルイーズはダフネの髪をブラシで丁寧にかしながら言った。

「ベネット公爵様から面会のお申し出があったようです」

 彼女は侍女であるが、ここでの唯一の情報源でもあった。
 側付きの数が少ないために、彼女がダフネの身の回り全てを引き受けている。その日の連絡事項といったことも、毎朝、ルイーズから聞かされていた。

「お父様が?」

 国王夫妻との謁見以来、父とは会っていなかった。謁見の場に父も同席していたのだが、対面することなくその日は別れていた。

 国王夫妻とユージン王子が退室すると、脇に控えていたサミュエルが慌ただしくダフネを部屋から連れ出した。

 ちらりと視線を移したときに、父の金色の髪が視界に入った。ダフネは咄嗟に小さく会釈をしたのだが、果たして父には見えただろうか。

 八年ぶりの父だった。母の葬儀が終った途端、生家からも王都からも引き離した父である。
 だが、文は頻繁に送ってくれて、その文面は端的ではあったけれど、ダフネの生活に不自由がないかと必ず最後に書かれていた。

 幼い頃に馴染んだ父と、ダフネを遠ざけ呆気なく義母と再婚した父は、まるで別人のように繋がらない。

 このままではいけないと、ダフネも思っていたのだが。

「マクベス殿下がお戻りになるまでは、どなたともお会いしないようにとの仰せです」

「え?それは誰が言ったことなの?」

 公爵家当主である父の希望を遮ることが許される人物とは、一体誰なのか。
 鏡に映るルイーズに尋ねれば、彼女もダフネを見て答えた。

「マクベス殿下でございます」

 そう言ってから、ルイーズは小さく笑みを浮かべて続けた。

「明後日、お戻りになられるそうです」

 それはまるで、婚約者同士がようやく会えると喜ぶような笑みだった。だが、ダフネには緊張のほうが大きかった。

 最初の婚約者だったマティウスとも、満足に馴染むことができなかった。彼と文のやり取りをしたのは、寄宿学校に入学した最初の頃で、いつの間にか没交渉となっていた。

 関係の浅いまま交流を得られずにいたことに、哀しいという感情を持てなかった。だがそれこそ、なんて哀しい関係だろうと後から気づいたことだった。

 嫁ぐことが決定しているマクベスとの面会は、まるで最大級の関門に思えた。

 きっと困惑顔をしていたのだろう。
 そんなダフネにルイーズは、ふと眉を下げた。

「どうしたの?ルイーズ」

 その表情に微かな引っかかりを覚えて、ダフネは尋ねた。ルイーズは、いつ話そうか決めかねていたのかもしれない。

「ダフネ様。マクベス殿下のお姿で、お伝えしたいことがございます」

「殿下のお姿?」

 そこでダフネは、今更のように思い出した。
 マクベスのプロフィールらしきことを、未だ詳しく聞かされてはいなかった。

 王都からも社交からも、貴族の付き合いからも長く離れていた。それでダフネは、自分の夫となる人物について、前妃が遺した同い年の王子としか知らずにいたのである。

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