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【9】
遅く生まれた末姫として、皆に愛されて育った姫だと聞いていた。
正しく愛された人とは、こんな姿に育つのだろうとイーディスは納得した。ロレイン王女とは、可憐な見目ばかりでなくおっとりと穏やかな人柄であった。
傅かれるあまり、我が儘を我が儘だと理解が及ばない貴族令嬢は幾らでもいるのに、ロレイン王女とはそんな令嬢等とは違っていた。どちらかと言えば周囲の気配を読んで自然と周りに合わせられる、諍いからは最も遠い気質だと思えた。
そうして抑え切れない心を恥じらう仕草の端々に垣間見せる、初々しい恋を抱く姫君であった。
「ロレイン様、フレデリック殿下がお見えです」
「まあ!」
カタリと椅子の音を立てて、ロレインはすっくと立ち上がった。どれ程この時を待っていたのだろう。気を引き締めようとするのだが、どうにも出来ぬまま頰を染めてはにかんでいる。
「待たせたかな?」
「いいえ、フレデリック様。時間通りでございますわ。私が勝手に長く感じていただけですの」
ロレインの言葉にフレデリックが笑みを見せて、そうして手を差し伸べた。
春の盛りに庭園は花々の見頃を迎えている。今日、二人はこれからそんな庭園の散策に出掛ける。
フレデリックがエスコートしてロレインが並び歩く。小柄なロレインの歩幅に合わせて、フレデリックはかなりゆっくりと歩いている様に見えた。
後ろ姿で解る、似合いの二人の姿であった。その後ろ姿に嘗ての恋を思い出さない訳では無い。だが、イーディスは十分な時間を経て恋の終わりを受け入れて、今は人の妻となった。
その夫は、並び歩く貴人達の背後に控えている。
赤髪が日の光を受けて鮮やかさを増したように見えた。その後をイーディスも追う。
前方にガゼボがある。今日はそこで二人はお茶を楽しむ。
既に茶器の用意がされており、イーディスが紅茶をサーブすると、「ありがとう」とフレデリックが小さく言った。あまりに小さな声だから、多分イーディスにしか聴こえなかっただろう。
「フレデリック様、国から持って参りました春摘みの茶葉ですの。お口に合うと嬉しいです」
山脈で隔てられた隣国とは、王国の気候は大部異なっている。紅茶も違った風味でナッツの様なコクがある。
「ミルクを多目に入れるのがおすすめですわ」
ロレインの言葉にフレデリックは手ずからミルクを足した。
「確かに。美味いね。これは焼き菓子が進むな」
「まあ、フレデリック様はお菓子を召し上がれますの?」
「うん。甘い菓子は好きなんだ」
その言葉に、ロレインは笑みを引っ込め頬を染めた。思わず胸が弾むのを漸く堪えているような、そんな表情をした。
春風がぶわりと吹き抜けて、イーディスは一瞬目を瞑ってしまった。再び目を開けた時に、フレデリックと目が合った。瞬間、その後ろにいるジェフリーを見れば、彼はじっとフレデリックを見下ろしていた。
それにイーディスはほっとする。視線が合ったのは偶然であるのに、そんな姿をジェフリーに見られたくはなかった。誰にも気付かれていないのに、まるで悪さを見咎められてしまった様な居心地の悪さを覚えた。
ロレインには二人の姉王女がいる。第一王女が将来、王配を得て女王となる。下の姉姫はイーディスと同じ齢らしく、ロレインはまるでイーディスを姉の様に慕ってくれる。
「まあ。イーディスのお母様は留学生だったのね」
「ええ。ロレイン様のお国と我が国の親睦を深める為に、当時貴族学園で交換留学がありまして、その際に母はこちらへ参りました」
「それで、お父様と恋に落ちたの?」
親の恋愛事情を話すのは恥ずかしいものである。だが、ロレインがやたらと反応を示して、それでそれでと聞いてくる。
「はい。父が案内役をしたのだとか」
「素敵」
手の平を胸の前で合わせて、ロレインはイーディスの話しに燥いで見せた。
そうして、イーディスに打ち明けた。
「イーディス。私、フレデリック様が初恋なの」
ロレインは、周りの使用人達の耳に入らぬ様に、イーディスに耳打ちをした。
「子供の頃、一度だけお会いしたの。国境の辺境伯家の催しに、フレデリック様がお見えになって。他国の王族とお会いするのは初めてだったの。それで、あの金のお髪とサファイアの瞳に私ったら見惚れてしまったのよ」
少女の頃に抱いた淡い記憶を、ロレインは昨日のことのように思い出すのだと言った。
「フレデリック様のお妃になりたいと、その日からずっと願っていたの。良い子にしていれば願いは叶うとお姉様が仰ったから、私、今までずっとそれを守って来たのよ」
ヒソヒソと耳打ちするロレインの吐息がイーディスの耳朶にふわりと当たる。
「夢が叶ったの。だから、私、幸せになれるのよね?」
何故かロレインは、そうイーディスに尋ねた。
イーディスは思わずロレインを見つめ返した。
ロレインの瞳が揺れている。どうしてそんな不安な顔をするのだろう。
今にも泣き出してしまうのではないかと思う、そんな心許ない表情をロレインは浮かべていた。
正しく愛された人とは、こんな姿に育つのだろうとイーディスは納得した。ロレイン王女とは、可憐な見目ばかりでなくおっとりと穏やかな人柄であった。
傅かれるあまり、我が儘を我が儘だと理解が及ばない貴族令嬢は幾らでもいるのに、ロレイン王女とはそんな令嬢等とは違っていた。どちらかと言えば周囲の気配を読んで自然と周りに合わせられる、諍いからは最も遠い気質だと思えた。
そうして抑え切れない心を恥じらう仕草の端々に垣間見せる、初々しい恋を抱く姫君であった。
「ロレイン様、フレデリック殿下がお見えです」
「まあ!」
カタリと椅子の音を立てて、ロレインはすっくと立ち上がった。どれ程この時を待っていたのだろう。気を引き締めようとするのだが、どうにも出来ぬまま頰を染めてはにかんでいる。
「待たせたかな?」
「いいえ、フレデリック様。時間通りでございますわ。私が勝手に長く感じていただけですの」
ロレインの言葉にフレデリックが笑みを見せて、そうして手を差し伸べた。
春の盛りに庭園は花々の見頃を迎えている。今日、二人はこれからそんな庭園の散策に出掛ける。
フレデリックがエスコートしてロレインが並び歩く。小柄なロレインの歩幅に合わせて、フレデリックはかなりゆっくりと歩いている様に見えた。
後ろ姿で解る、似合いの二人の姿であった。その後ろ姿に嘗ての恋を思い出さない訳では無い。だが、イーディスは十分な時間を経て恋の終わりを受け入れて、今は人の妻となった。
その夫は、並び歩く貴人達の背後に控えている。
赤髪が日の光を受けて鮮やかさを増したように見えた。その後をイーディスも追う。
前方にガゼボがある。今日はそこで二人はお茶を楽しむ。
既に茶器の用意がされており、イーディスが紅茶をサーブすると、「ありがとう」とフレデリックが小さく言った。あまりに小さな声だから、多分イーディスにしか聴こえなかっただろう。
「フレデリック様、国から持って参りました春摘みの茶葉ですの。お口に合うと嬉しいです」
山脈で隔てられた隣国とは、王国の気候は大部異なっている。紅茶も違った風味でナッツの様なコクがある。
「ミルクを多目に入れるのがおすすめですわ」
ロレインの言葉にフレデリックは手ずからミルクを足した。
「確かに。美味いね。これは焼き菓子が進むな」
「まあ、フレデリック様はお菓子を召し上がれますの?」
「うん。甘い菓子は好きなんだ」
その言葉に、ロレインは笑みを引っ込め頬を染めた。思わず胸が弾むのを漸く堪えているような、そんな表情をした。
春風がぶわりと吹き抜けて、イーディスは一瞬目を瞑ってしまった。再び目を開けた時に、フレデリックと目が合った。瞬間、その後ろにいるジェフリーを見れば、彼はじっとフレデリックを見下ろしていた。
それにイーディスはほっとする。視線が合ったのは偶然であるのに、そんな姿をジェフリーに見られたくはなかった。誰にも気付かれていないのに、まるで悪さを見咎められてしまった様な居心地の悪さを覚えた。
ロレインには二人の姉王女がいる。第一王女が将来、王配を得て女王となる。下の姉姫はイーディスと同じ齢らしく、ロレインはまるでイーディスを姉の様に慕ってくれる。
「まあ。イーディスのお母様は留学生だったのね」
「ええ。ロレイン様のお国と我が国の親睦を深める為に、当時貴族学園で交換留学がありまして、その際に母はこちらへ参りました」
「それで、お父様と恋に落ちたの?」
親の恋愛事情を話すのは恥ずかしいものである。だが、ロレインがやたらと反応を示して、それでそれでと聞いてくる。
「はい。父が案内役をしたのだとか」
「素敵」
手の平を胸の前で合わせて、ロレインはイーディスの話しに燥いで見せた。
そうして、イーディスに打ち明けた。
「イーディス。私、フレデリック様が初恋なの」
ロレインは、周りの使用人達の耳に入らぬ様に、イーディスに耳打ちをした。
「子供の頃、一度だけお会いしたの。国境の辺境伯家の催しに、フレデリック様がお見えになって。他国の王族とお会いするのは初めてだったの。それで、あの金のお髪とサファイアの瞳に私ったら見惚れてしまったのよ」
少女の頃に抱いた淡い記憶を、ロレインは昨日のことのように思い出すのだと言った。
「フレデリック様のお妃になりたいと、その日からずっと願っていたの。良い子にしていれば願いは叶うとお姉様が仰ったから、私、今までずっとそれを守って来たのよ」
ヒソヒソと耳打ちするロレインの吐息がイーディスの耳朶にふわりと当たる。
「夢が叶ったの。だから、私、幸せになれるのよね?」
何故かロレインは、そうイーディスに尋ねた。
イーディスは思わずロレインを見つめ返した。
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