RUBER

桃井すもも

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遅く生まれた末姫として、皆に愛されて育った姫だと聞いていた。
正しく愛された人とは、こんな姿に育つのだろうとイーディスは納得した。ロレイン王女とは、可憐な見目ばかりでなくおっとりと穏やかな人柄であった。

かしずかれるあまり、我が儘を我が儘だと理解が及ばない貴族令嬢は幾らでもいるのに、ロレイン王女とはそんな令嬢等とは違っていた。どちらかと言えば周囲の気配を読んで自然と周りに合わせられる、諍いからは最も遠い気質だと思えた。

そうして抑え切れない心を恥じらう仕草の端々に垣間見せる、初々しい恋を抱く姫君であった。


「ロレイン様、フレデリック殿下がお見えです」
「まあ!」

カタリと椅子の音を立てて、ロレインはすっくと立ち上がった。どれ程この時を待っていたのだろう。気を引き締めようとするのだが、どうにも出来ぬまま頰を染めてはにかんでいる。


「待たせたかな?」
「いいえ、フレデリック様。時間通りでございますわ。私が勝手に長く感じていただけですの」

ロレインの言葉にフレデリックが笑みを見せて、そうして手を差し伸べた。
春の盛りに庭園は花々の見頃を迎えている。今日、二人はこれからそんな庭園の散策に出掛ける。

フレデリックがエスコートしてロレインが並び歩く。小柄なロレインの歩幅に合わせて、フレデリックはかなりゆっくりと歩いている様に見えた。
後ろ姿で解る、似合いの二人の姿であった。その後ろ姿に嘗ての恋を思い出さない訳では無い。だが、イーディスは十分な時間を経て恋の終わりを受け入れて、今は人の妻となった。
その夫は、並び歩く貴人達の背後に控えている。
赤髪が日の光を受けて鮮やかさを増したように見えた。その後をイーディスも追う。


前方にガゼボがある。今日はそこで二人はお茶を楽しむ。
既に茶器の用意がされており、イーディスが紅茶をサーブすると、「ありがとう」とフレデリックが小さく言った。あまりに小さな声だから、多分イーディスにしか聴こえなかっただろう。

「フレデリック様、国から持って参りました春摘みの茶葉ですの。お口に合うと嬉しいです」

山脈で隔てられた隣国とは、王国の気候は大部異なっている。紅茶も違った風味でナッツの様なコクがある。

「ミルクを多目に入れるのがおすすめですわ」

ロレインの言葉にフレデリックは手ずからミルクを足した。

「確かに。美味いね。これは焼き菓子が進むな」
「まあ、フレデリック様はお菓子を召し上がれますの?」
「うん。甘い菓子は好きなんだ」

その言葉に、ロレインは笑みを引っ込め頬を染めた。思わず胸が弾むのを漸く堪えているような、そんな表情をした。

春風がぶわりと吹き抜けて、イーディスは一瞬目を瞑ってしまった。再び目を開けた時に、フレデリックと目が合った。瞬間、その後ろにいるジェフリーを見れば、彼はじっとフレデリックを見下ろしていた。

それにイーディスはほっとする。視線が合ったのは偶然であるのに、そんな姿をジェフリーに見られたくはなかった。誰にも気付かれていないのに、まるで悪さを見咎められてしまった様な居心地の悪さを覚えた。



ロレインには二人の姉王女がいる。第一王女が将来、王配を得て女王となる。下の姉姫はイーディスと同じ齢らしく、ロレインはまるでイーディスを姉の様に慕ってくれる。

「まあ。イーディスのお母様は留学生だったのね」
「ええ。ロレイン様のお国と我が国の親睦を深める為に、当時貴族学園で交換留学がありまして、その際に母はこちらへ参りました」
「それで、お父様と恋に落ちたの?」

親の恋愛事情を話すのは恥ずかしいものである。だが、ロレインがやたらと反応を示して、それでそれでと聞いてくる。

「はい。父が案内役をしたのだとか」
「素敵」

手の平を胸の前で合わせて、ロレインはイーディスの話しにはしゃいで見せた。
そうして、イーディスに打ち明けた。

「イーディス。私、フレデリック様が初恋なの」

ロレインは、周りの使用人達の耳に入らぬ様に、イーディスに耳打ちをした。

「子供の頃、一度だけお会いしたの。国境の辺境伯家の催しに、フレデリック様がお見えになって。他国の王族とお会いするのは初めてだったの。それで、あの金のおぐしとサファイアの瞳に私ったら見惚れてしまったのよ」

少女の頃に抱いた淡い記憶を、ロレインは昨日のことのように思い出すのだと言った。

「フレデリック様のお妃になりたいと、その日からずっと願っていたの。良い子にしていれば願いは叶うとお姉様が仰ったから、私、今までずっとそれを守って来たのよ」

ヒソヒソと耳打ちするロレインの吐息がイーディスの耳朶にふわりと当たる。

「夢が叶ったの。だから、私、幸せになれるのよね?」

何故かロレインは、そうイーディスに尋ねた。
イーディスは思わずロレインを見つめ返した。
ロレインの瞳が揺れている。どうしてそんな不安な顔をするのだろう。
今にも泣き出してしまうのではないかと思う、そんな心許ない表情をロレインは浮かべていた。


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