16 / 54
【16】
しおりを挟む
エリザベートは、淑女学院で厳しい教えを受けていたから、多少の事で顔色を変えないくらいには気構えがある。
それでも身体の大きな男性に面前で低い声を発せられるのは、正直怖いと思った。
そんなエリザベートの内心に流石に気が付いたらしいデマーリオは、しまったという風に眉根を顰めた。
そんな所は青年らしく、エリザベートは何だか懐かしく思った。
エリザベートが慕ったデマーリオとは、こんなうっかりな所を見せる気さくさがあった。
「何故、ローズの名が出る」
仕切り直したデマーリオが、再度問うてくる。
「デマーリオ様がお望みなのだと」
「なんでそんな話しになる」
「真逆、デマーリオ様。お気付きでないなんて事、ありませんでしょう?」
デマーリオは本気で言っているのだろうか。
エリザベートの表情に疑いが無いのを読み取って、デマーリオは視線を逸らした。やはり自覚があるのだろう。
「私が言わねばなりませんか」
「何を言おうとしている」
「貴方とローズの事ですわ」
「ローズは君の異母妹だろう」
「ええ。私にとりましては。ですが、貴方にとっては一人の令嬢ですわ」
父に言った言葉とそっくり同じ言葉を繰り返す。
「ローズとはそんなのではない」
「ですが、この三年間、毎日ご一緒に登校されていらっしゃったでしょう」
「君の異母妹だから、」
「この一年はエミリオも同じ学園に通っておりました。ローズはエミリオとも学園へ通えましたわ」
「エミリオは、他の学友を迎えに行っていた」
何だか話していて嫌になる。まるで父に話した通りで、そうしてまるでデマーリオの心変わりを今更責め立てているようで、この先の会話を続ける事も虚しく思えた。
「私よりもローズと親しくお過ごしだったのではないでしょうか」
言葉に出せば出すほど、女々しい言葉にしか聞こえない。
「君の妹で、学友でもある。それなりに親しくもなろう」
「では一層の事、ローズとご縁を結ばれては如何でしょう。婚姻式の取り決めすら擦れ違う私では無理でしょう。デマーリオ様はこんな言い合いを婚姻してからもお続けになりたいの?」
「君となら、言い合いも喧嘩も構わない」
「……」
「エリザベート。この話しは聞かなかった事にするよ。君が城に上がってしまうのなら、改めて婚姻式の取り決めをしよう。勿論、仔細は都度、君にも伝えるし、出来るなら君と一緒に決めたいと思う」
「君は、伯爵家と侯爵家との契約と言ったね。それは違う。この婚姻は、君と私の契約だ。君を妻に迎えることが約束だ。思い違いをしないでくれ」
堂々巡りの会話に言葉少なになってしまったエリザベートに、デマーリオは畳み掛けるように言い聞かせた。
こんなに長く濃い会話をしたのは、婚約以来初めてで、最後の茶会になるかもと思っていたエリザベートは、初めてばかりを経験する茶会になったことに戸惑った。
「互いに成人して学園も卒業する。もう君の御父上に許しを得ずとも君を誘う事も出来る。夜会にエスコートするよ。君の誕生祝いも侯爵家で祝える。時間はたっぷりあるんだ、エリザベート」
「ローズをどうなさるおつもりで?」
「だからローズは関係なかろう」
「ですが、」
「この話しはこれで終いだ」
人と接することの少ないエリザベートは議論に弱い。人の上に立つことに慣れているデマーリオに勝てそうな気がしなかった。
「何故、女官になど」
自分で議論を打ち切っていながら、デマーリオはどうにもその点が納得出来ない様だった。
「アイリス殿下にお誘い頂いたからですわ」
「それは先程も聞いたよ」
取り付く島も無いデマーリオは面倒くさい。
「婚姻を控えているのに何故、」
「婚姻のお話しが進んでいないと思ったからですわ」
「それも先程聞いたよ」
「大体にして、君、私の文を読んだのか?返事をまだ受け取っていない」
そこでエリザベートは大切な事を思い出した。
「デマーリオ様。卒業式の夜会に私は参加致しません。どうぞ貴族学園の夜会にご参加下さいませ。御学友の皆様方とお過ごしになれますし、パートナーでしたらローズが、「だから何でそうなる!」
思わぬ剣幕に、エリザベートは肩が小さく跳ねた。ロバートばかりか侍女も一歩前に出る。
「ああ、いや、失礼。何でこうなる。何を間違えた」
ごもごもと何やら言いながら、デマーリオはすっかり冷めてしまったお茶を含んだ。冷めきったお茶は渋かったのだろう。眉間に皺が寄っている。
「新しいお茶をご用意致しますわ」
エリザベートはそう言って、手ずからお茶をサーブした。
「君はお茶が淹れられるのだな」
「皆様なさいますでしょう」
「いや、ローズは出来ない」
この離れの邸で、エリザベートとローズを比較するだなんて、猛者である。
デマーリオとは、案外デリカシーが無いのだなと若干呆れながらも、紅茶は丁寧に淹れた。
「君の淹れたお茶を楽しむのが王族だなんて」
「大変名誉な事ですわ」
「そんな訳があるか。城になど。君、邸から通うのだろう?」
「真逆。宿舎がございますもの。そちらへ移りますわ。文官の方々と違って夜間のお務めもございますから」
「何だと?」
途端にキッと眦を上げたデマーリオに、ほとほと面倒に思ってしまうエリザベートなのであった。
それでも身体の大きな男性に面前で低い声を発せられるのは、正直怖いと思った。
そんなエリザベートの内心に流石に気が付いたらしいデマーリオは、しまったという風に眉根を顰めた。
そんな所は青年らしく、エリザベートは何だか懐かしく思った。
エリザベートが慕ったデマーリオとは、こんなうっかりな所を見せる気さくさがあった。
「何故、ローズの名が出る」
仕切り直したデマーリオが、再度問うてくる。
「デマーリオ様がお望みなのだと」
「なんでそんな話しになる」
「真逆、デマーリオ様。お気付きでないなんて事、ありませんでしょう?」
デマーリオは本気で言っているのだろうか。
エリザベートの表情に疑いが無いのを読み取って、デマーリオは視線を逸らした。やはり自覚があるのだろう。
「私が言わねばなりませんか」
「何を言おうとしている」
「貴方とローズの事ですわ」
「ローズは君の異母妹だろう」
「ええ。私にとりましては。ですが、貴方にとっては一人の令嬢ですわ」
父に言った言葉とそっくり同じ言葉を繰り返す。
「ローズとはそんなのではない」
「ですが、この三年間、毎日ご一緒に登校されていらっしゃったでしょう」
「君の異母妹だから、」
「この一年はエミリオも同じ学園に通っておりました。ローズはエミリオとも学園へ通えましたわ」
「エミリオは、他の学友を迎えに行っていた」
何だか話していて嫌になる。まるで父に話した通りで、そうしてまるでデマーリオの心変わりを今更責め立てているようで、この先の会話を続ける事も虚しく思えた。
「私よりもローズと親しくお過ごしだったのではないでしょうか」
言葉に出せば出すほど、女々しい言葉にしか聞こえない。
「君の妹で、学友でもある。それなりに親しくもなろう」
「では一層の事、ローズとご縁を結ばれては如何でしょう。婚姻式の取り決めすら擦れ違う私では無理でしょう。デマーリオ様はこんな言い合いを婚姻してからもお続けになりたいの?」
「君となら、言い合いも喧嘩も構わない」
「……」
「エリザベート。この話しは聞かなかった事にするよ。君が城に上がってしまうのなら、改めて婚姻式の取り決めをしよう。勿論、仔細は都度、君にも伝えるし、出来るなら君と一緒に決めたいと思う」
「君は、伯爵家と侯爵家との契約と言ったね。それは違う。この婚姻は、君と私の契約だ。君を妻に迎えることが約束だ。思い違いをしないでくれ」
堂々巡りの会話に言葉少なになってしまったエリザベートに、デマーリオは畳み掛けるように言い聞かせた。
こんなに長く濃い会話をしたのは、婚約以来初めてで、最後の茶会になるかもと思っていたエリザベートは、初めてばかりを経験する茶会になったことに戸惑った。
「互いに成人して学園も卒業する。もう君の御父上に許しを得ずとも君を誘う事も出来る。夜会にエスコートするよ。君の誕生祝いも侯爵家で祝える。時間はたっぷりあるんだ、エリザベート」
「ローズをどうなさるおつもりで?」
「だからローズは関係なかろう」
「ですが、」
「この話しはこれで終いだ」
人と接することの少ないエリザベートは議論に弱い。人の上に立つことに慣れているデマーリオに勝てそうな気がしなかった。
「何故、女官になど」
自分で議論を打ち切っていながら、デマーリオはどうにもその点が納得出来ない様だった。
「アイリス殿下にお誘い頂いたからですわ」
「それは先程も聞いたよ」
取り付く島も無いデマーリオは面倒くさい。
「婚姻を控えているのに何故、」
「婚姻のお話しが進んでいないと思ったからですわ」
「それも先程聞いたよ」
「大体にして、君、私の文を読んだのか?返事をまだ受け取っていない」
そこでエリザベートは大切な事を思い出した。
「デマーリオ様。卒業式の夜会に私は参加致しません。どうぞ貴族学園の夜会にご参加下さいませ。御学友の皆様方とお過ごしになれますし、パートナーでしたらローズが、「だから何でそうなる!」
思わぬ剣幕に、エリザベートは肩が小さく跳ねた。ロバートばかりか侍女も一歩前に出る。
「ああ、いや、失礼。何でこうなる。何を間違えた」
ごもごもと何やら言いながら、デマーリオはすっかり冷めてしまったお茶を含んだ。冷めきったお茶は渋かったのだろう。眉間に皺が寄っている。
「新しいお茶をご用意致しますわ」
エリザベートはそう言って、手ずからお茶をサーブした。
「君はお茶が淹れられるのだな」
「皆様なさいますでしょう」
「いや、ローズは出来ない」
この離れの邸で、エリザベートとローズを比較するだなんて、猛者である。
デマーリオとは、案外デリカシーが無いのだなと若干呆れながらも、紅茶は丁寧に淹れた。
「君の淹れたお茶を楽しむのが王族だなんて」
「大変名誉な事ですわ」
「そんな訳があるか。城になど。君、邸から通うのだろう?」
「真逆。宿舎がございますもの。そちらへ移りますわ。文官の方々と違って夜間のお務めもございますから」
「何だと?」
途端にキッと眦を上げたデマーリオに、ほとほと面倒に思ってしまうエリザベートなのであった。
7,357
あなたにおすすめの小説
理想の『女の子』を演じ尽くしましたが、不倫した子は育てられないのでさようなら
赤羽夕夜
恋愛
親友と不倫した挙句に、黙って不倫相手の子供を生ませて育てさせようとした夫、サイレーンにほとほとあきれ果てたリリエル。
問い詰めるも、開き直り復縁を迫り、同情を誘おうとした夫には千年の恋も冷めてしまった。ショックを通りこして吹っ切れたリリエルはサイレーンと親友のユエルを追い出した。
もう男には懲り懲りだと夫に黙っていたホテル事業に没頭し、好きな物を我慢しない生活を送ろうと決めた。しかし、その矢先に距離を取っていた学生時代の友人たちが急にアピールし始めて……?
絶対に間違えないから
mahiro
恋愛
あれは事故だった。
けれど、その場には彼女と仲の悪かった私がおり、日頃の行いの悪さのせいで彼女を階段から突き落とした犯人は私だと誰もが思ったーーー私の初恋であった貴方さえも。
だから、貴方は彼女を失うことになった私を許さず、私を死へ追いやった………はずだった。
何故か私はあのときの記憶を持ったまま6歳の頃の私に戻ってきたのだ。
どうして戻ってこれたのか分からないが、このチャンスを逃すわけにはいかない。
私はもう彼らとは出会わず、日頃の行いの悪さを見直し、平穏な生活を目指す!そう決めたはずなのに...……。
【完結】旦那様、どうぞ王女様とお幸せに!~転生妻は離婚してもふもふライフをエンジョイしようと思います~
魯恒凛
恋愛
地味で気弱なクラリスは夫とは結婚して二年経つのにいまだに触れられることもなく、会話もない。伯爵夫人とは思えないほど使用人たちにいびられ冷遇される日々。魔獣騎士として人気の高い夫と国民の妹として愛される王女の仲を引き裂いたとして、巷では悪女クラリスへの風当たりがきついのだ。
ある日前世の記憶が甦ったクラリスは悟る。若いクラリスにこんな状況はもったいない。白い結婚を理由に円満離婚をして、夫には王女と幸せになってもらおうと決意する。そして、離婚後は田舎でもふもふカフェを開こうと……!
そのためにこっそり仕事を始めたものの、ひょんなことから夫と友達に!?
「好きな相手とどうやったらうまくいくか教えてほしい」
初恋だった夫。胸が痛むけど、お互いの幸せのために王女との仲を応援することに。
でもなんだか様子がおかしくて……?
不器用で一途な夫と前世の記憶が甦ったサバサバ妻の、すれ違い両片思いのラブコメディ。
※5/19〜5/21 HOTランキング1位!たくさんの方にお読みいただきありがとうございます
※他サイトでも公開しています。
【完結】6人目の娘として生まれました。目立たない伯爵令嬢なのに、なぜかイケメン公爵が離れない
朝日みらい
恋愛
エリーナは、伯爵家の6人目の娘として生まれましたが、幸せではありませんでした。彼女は両親からも兄姉からも無視されていました。それに才能も兄姉と比べると特に特別なところがなかったのです。そんな孤独な彼女の前に現れたのが、公爵家のヴィクトールでした。彼女のそばに支えて励ましてくれるのです。エリーナはヴィクトールに何かとほめられながら、自分の力を信じて幸せをつかむ物語です。
婚約破棄されないまま正妃になってしまった令嬢
alunam
恋愛
婚約破棄はされなかった……そんな必要は無かったから。
既に愛情の無くなった結婚をしても相手は王太子。困る事は無かったから……
愛されない正妃なぞ珍しくもない、愛される側妃がいるから……
そして寵愛を受けた側妃が世継ぎを産み、正妃の座に成り代わろうとするのも珍しい事ではない……それが今、この時に訪れただけ……
これは婚約破棄される事のなかった愛されない正妃。元・辺境伯爵シェリオン家令嬢『フィアル・シェリオン』の知らない所で、周りの奴等が勝手に王家の連中に「ざまぁ!」する話。
※あらすじですらシリアスが保たない程度の内容、プロット消失からの練り直し試作品、荒唐無稽でもハッピーエンドならいいんじゃい!的なガバガバ設定
それでもよろしければご一読お願い致します。更によろしければ感想・アドバイスなんかも是非是非。全十三話+オマケ一話、一日二回更新でっす!
【完結】婚約破棄されたので、引き継ぎをいたしましょうか?
碧井 汐桜香
恋愛
第一王子に婚約破棄された公爵令嬢は、事前に引き継ぎの準備を進めていた。
まっすぐ領地に帰るために、その場で引き継ぎを始めることに。
様々な調査結果を暴露され、婚約破棄に関わった人たちは阿鼻叫喚へ。
第二王子?いりませんわ。
第一王子?もっといりませんわ。
第一王子を慕っていたのに婚約破棄された少女を演じる、彼女の本音は?
彼女の存在意義とは?
別サイト様にも掲載しております
私が彼から離れた七つの理由・完結
まほりろ
恋愛
私とコニーの両親は仲良しで、コニーとは赤ちゃんの時から縁。
初めて読んだ絵本も、初めて乗った馬も、初めてお絵描きを習った先生も、初めてピアノを習った先生も、一緒。
コニーは一番のお友達で、大人になっても一緒だと思っていた。
だけど学園に入学してからコニーの様子がおかしくて……。
※初恋、失恋、ライバル、片思い、切ない、自分磨きの旅、地味→美少女、上位互換ゲット、ざまぁ。
※無断転載を禁止します。
※朗読動画の無断配信も禁止します。
※他サイトにも投稿しています。
※表紙素材はあぐりりんこ様よりお借りしております。
「Copyright(C)2022-九頭竜坂まほろん」
※小説家になろうで2022年11月19日昼日間ランキング総合7位まで上がった作品です!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる