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「私との婚姻が無くなるだって?」
侍女が用意してくれたお茶はアイリスから貰い受けた茶葉で、爽やかな果実を思わせる香りが良い。冷めて渋みが出る前に、デマーリオにも味わって欲しいのに、彼はお茶には興味が無い様だった。
「私達の婚姻は、互いに貴族学園と淑女学院を卒業した後に執り行われると、そう決まっているのだと思っておりました」
「その通りだ」
「ですが、それらしいお話しは一向に聞くことはございませんでした」
「だから、それは行き違いがあったのだ」
「デマーリオ様。貴族の婚姻で行き違いがあっては困りますでしょう。王家にも報告致しますし招待する貴族家も多いのです」
「互いに卒業してからと、そう云う話しになっていた」
「ですから、それを貴方と侯爵家と父の間では周知であるのに、私にだけは伝わらない、それが全てなのだと思います」
「エリザベート、」
「一時が万事そうならば、これから私達はどうなるのでしょう。何かある度に『行き違い』だと、そう云う事がこれからも起こらないと思いますか?貴方方が、これからもお変わりにならないのだとすれば」
「こんな事は二度と起こらない」
デマーリオは気付いていない。
これまでのエリザベートの言葉を聞いても、彼は一言も行き違いについてを詫びてはいない。謝罪を要求したい訳ではなかったが、エリザベートはそんなデマーリオに確かな不信感を抱いた。
婚姻に関わる事は、家を挙げた大事である。家と家の契約は、得てして当人を置いてけぼりにもする。嫁ぐ令嬢がいちいち口を挟めないのが貴族の婚姻だ。それでも、日取りくらいなら教えてもらえるのではないか。
「デマーリオ様。日取りは決まっておりますの?」
「いや、まだだ」
教会は、いつでも空きがある訳では無い。果たして両家は婚姻を結ぶ意思があるのだろうか。それとも年内の挙式が間に合わなければ、そのまま延期となるのだろうか。
そんな事より、父は侯爵へこの婚約の解消についてを話していないのか。
「デマーリオ様は、父から何も聞いてはいらっしゃらないのですか?」
「君が女官に採用されたと、」
「父がそちらへお伝えしたのですね?」
「その様だ。私は学園から帰ってきてから父に聞いた」
「他には、何か」
「それだけだ」
エリザベートは、溜め息を付きたくなった。
父は、ローズとデマーリオの関係を否定してはいたが、誰から見ても疑いようは無いだろう。でなければ、祖父母や伯父がエリザベートを引き取ろうとはしなかったろう。
そんな事を大事に思わない父は、エリザベートが婚約の解消を願うのも一時の迷い事だと聞き流してしまったか。
どうしたものかと思案して、エリザベートは父に任せるのを諦めた。
「デマーリオ様。私との婚約を解消致しましょう」
ん?聞こえなかったのだろうか。
「デマーリオ様、わた「どういう意味だ」
「どうしてそんな話しになる」
デマーリオの声音があまりに低くて、部屋の隅に控えていた執事が半歩前に踏み出したのが、視界の端に映った。
「私達は間もなく婚姻するのだぞ」
「こんな状態で、でしょうか」
「別に今年中でなくても良かろう」
「十年も前に契約を交わして、そんなに容易く延期をなさると?」
「君が我が家の家政を習いながら準備をしても遅くはないだろう」
「ええ、それは先程も伺いました。そうではなくて、」
「そうでなければ、何だと言うのだ」
どうやらデマーリオの機嫌を損ねたらしい。それをエリザベートは煩わしく思った。デマーリオに煩わしいなどという感情を抱いた事は、これまで一度も無かった。
「デマーリオ様は、私で宜しいのですか?」
「何を言っている?」
月に一度の会合でしか会えずとも、十年を婚約者として過ごしてきた。エリザベートはこんな温度の低いデマーリオを見たことがなかったから、十年の月日のうちに、デマーリオの気質が変化したのを見落としていたのかと思った。
「デマーリオ様。この婚姻が侯爵家と伯爵家の契約であるなら、私でなくとも宜しいでしょう。」
「どういう意味だ」
「……」
「どういう意味だと聞いている」
「デマーリオ様」
こんな事は珍しい。執事のロバートが、主と客人との会話を遮った。
家格が上の侯爵家嫡男へ、無礼では済まされない行為である。
「良いのよ、ロバート、有難う。私は大丈夫よ」
唸る様な低い声でエリザベートを詰るデマーリオを、ロバートは主家の令嬢を守る為、二人の会話に割って入った。
エリザベートの声掛けで、ロバートは踏み出した足を元に直る。
「失礼致しました。シェルバーン侯爵御令息様」
「いや」
老齢の執事からの低頭平身な謝罪に、デマーリオも自分に原因があるのを自覚したらしく、それ以上を問うことはしなかった。
互いに居心地の悪い数秒が過ぎて、デマーリオが再び問うてくる。
「どういう意味だ。エリザベート」
「私ではなく、ローズをお選び頂ければとそう思っ「馬鹿な事を言わないでくれ!」
折角ロバートが収めた空気を、デマーリオは台無しにする勢いで声を上げた。
男性が怖いと思うのは初めての経験だった。
初めて怖いと思った男性が、長く婚約を結んでいた、嘗ての想い人であるのは哀しい事に思われた。
侍女が用意してくれたお茶はアイリスから貰い受けた茶葉で、爽やかな果実を思わせる香りが良い。冷めて渋みが出る前に、デマーリオにも味わって欲しいのに、彼はお茶には興味が無い様だった。
「私達の婚姻は、互いに貴族学園と淑女学院を卒業した後に執り行われると、そう決まっているのだと思っておりました」
「その通りだ」
「ですが、それらしいお話しは一向に聞くことはございませんでした」
「だから、それは行き違いがあったのだ」
「デマーリオ様。貴族の婚姻で行き違いがあっては困りますでしょう。王家にも報告致しますし招待する貴族家も多いのです」
「互いに卒業してからと、そう云う話しになっていた」
「ですから、それを貴方と侯爵家と父の間では周知であるのに、私にだけは伝わらない、それが全てなのだと思います」
「エリザベート、」
「一時が万事そうならば、これから私達はどうなるのでしょう。何かある度に『行き違い』だと、そう云う事がこれからも起こらないと思いますか?貴方方が、これからもお変わりにならないのだとすれば」
「こんな事は二度と起こらない」
デマーリオは気付いていない。
これまでのエリザベートの言葉を聞いても、彼は一言も行き違いについてを詫びてはいない。謝罪を要求したい訳ではなかったが、エリザベートはそんなデマーリオに確かな不信感を抱いた。
婚姻に関わる事は、家を挙げた大事である。家と家の契約は、得てして当人を置いてけぼりにもする。嫁ぐ令嬢がいちいち口を挟めないのが貴族の婚姻だ。それでも、日取りくらいなら教えてもらえるのではないか。
「デマーリオ様。日取りは決まっておりますの?」
「いや、まだだ」
教会は、いつでも空きがある訳では無い。果たして両家は婚姻を結ぶ意思があるのだろうか。それとも年内の挙式が間に合わなければ、そのまま延期となるのだろうか。
そんな事より、父は侯爵へこの婚約の解消についてを話していないのか。
「デマーリオ様は、父から何も聞いてはいらっしゃらないのですか?」
「君が女官に採用されたと、」
「父がそちらへお伝えしたのですね?」
「その様だ。私は学園から帰ってきてから父に聞いた」
「他には、何か」
「それだけだ」
エリザベートは、溜め息を付きたくなった。
父は、ローズとデマーリオの関係を否定してはいたが、誰から見ても疑いようは無いだろう。でなければ、祖父母や伯父がエリザベートを引き取ろうとはしなかったろう。
そんな事を大事に思わない父は、エリザベートが婚約の解消を願うのも一時の迷い事だと聞き流してしまったか。
どうしたものかと思案して、エリザベートは父に任せるのを諦めた。
「デマーリオ様。私との婚約を解消致しましょう」
ん?聞こえなかったのだろうか。
「デマーリオ様、わた「どういう意味だ」
「どうしてそんな話しになる」
デマーリオの声音があまりに低くて、部屋の隅に控えていた執事が半歩前に踏み出したのが、視界の端に映った。
「私達は間もなく婚姻するのだぞ」
「こんな状態で、でしょうか」
「別に今年中でなくても良かろう」
「十年も前に契約を交わして、そんなに容易く延期をなさると?」
「君が我が家の家政を習いながら準備をしても遅くはないだろう」
「ええ、それは先程も伺いました。そうではなくて、」
「そうでなければ、何だと言うのだ」
どうやらデマーリオの機嫌を損ねたらしい。それをエリザベートは煩わしく思った。デマーリオに煩わしいなどという感情を抱いた事は、これまで一度も無かった。
「デマーリオ様は、私で宜しいのですか?」
「何を言っている?」
月に一度の会合でしか会えずとも、十年を婚約者として過ごしてきた。エリザベートはこんな温度の低いデマーリオを見たことがなかったから、十年の月日のうちに、デマーリオの気質が変化したのを見落としていたのかと思った。
「デマーリオ様。この婚姻が侯爵家と伯爵家の契約であるなら、私でなくとも宜しいでしょう。」
「どういう意味だ」
「……」
「どういう意味だと聞いている」
「デマーリオ様」
こんな事は珍しい。執事のロバートが、主と客人との会話を遮った。
家格が上の侯爵家嫡男へ、無礼では済まされない行為である。
「良いのよ、ロバート、有難う。私は大丈夫よ」
唸る様な低い声でエリザベートを詰るデマーリオを、ロバートは主家の令嬢を守る為、二人の会話に割って入った。
エリザベートの声掛けで、ロバートは踏み出した足を元に直る。
「失礼致しました。シェルバーン侯爵御令息様」
「いや」
老齢の執事からの低頭平身な謝罪に、デマーリオも自分に原因があるのを自覚したらしく、それ以上を問うことはしなかった。
互いに居心地の悪い数秒が過ぎて、デマーリオが再び問うてくる。
「どういう意味だ。エリザベート」
「私ではなく、ローズをお選び頂ければとそう思っ「馬鹿な事を言わないでくれ!」
折角ロバートが収めた空気を、デマーリオは台無しにする勢いで声を上げた。
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