【書籍化】エリザベートが消した愛

桃井すもも

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「通いでは駄目なのか」
「ええ、直ぐには無理かと」
「休日はあるのだろう」
「勿論ございます」
「何曜日なのだ」
「それは解りかねます。まだ知らされておりませんもの」
「何もかも曖昧ではないか。そんな状態で城へ上がると言うのか」
「お務めが始まったなら説明がございましょう」
「用意をしているのか?」
「最低限の手荷物で良いと伺っております。後は支給されるのだとか」
「では、帰って来るのだな」
「え?」
「休日には帰って来るのだな」
「どうでしょう」
「休みはあるのだろう」
「ございますが、諸用もありますし、教会にも参りますから」
「教会?」
「ええ。毎月寄進と礼拝に、教会へ伺っております」
「そうなのか?」

教会通いは十年続けて来たのだが、どうやらデマーリオは知らなかったらしい。何より「教会への寄進」というものがピンと来ないのだろう。
「いや、そんな事は今は良い。それより卒業式の夜会だ」

話しが戻った。堂々巡りの予感にエリザベートは思わぬ婚約者の面倒くささに困惑を深めた。

「君の学院の卒業式で、夜会にエスコートしようと思っていた」
「それならご心配には及びませんわ。参加しませんもの」
「君はそんなに頑固であったか?」
「どちらかと言えばデマーリオ様の方が頑固ですわ」
「む」

エリザベートに言い負かされると思っていなかったのだろう。はぁ、とデマーリオが溜め息をつく。

「もっと早くこうしていれば良かったんだ」

もしそうならば、エリザベートは『祈りの聖水』を飲む事は無かったのだろうか。
だが直ぐに、そうではないと思い直した。

あの聖水を飲んだから、こうしてデマーリオと向き合えているのだ。深過ぎる愛は受け止めるばかりで己から発する事が不得手となる。もし、聖水が無かったら、エリザベートは只管ひたすらデマーリオを受け止めて、自分の感情も希望も一切合切を胸の奥に仕舞い込んでいただろう。

これで良かったのだ。
今はこれで良い。今現在、婚姻式は具体な事は決まっていない。何よりエリザベート自身が城勤めになったなら、婚姻式も当分延期となるだろう。
それならこのまま時を置いて、いずれ機会を見てそれから改めて話し合おう。


「私にご遠慮なさらずに、三年間学んだ御学友の皆様とお別れの会にご参加下さい」

駄目出しに、再度の確認とばかりに言った言葉に、デマーリオは返事を返しては来なかった。



愛を消してしまったエリザベートが何より嬉しいと思ったのは、デマーリオへの愛から解放された心に執着というものが無い事だった。

何故愛されないのか、どうしたら愛されるのか。
そんな答えの出ない、自分の恋情が生み出す迷路にはまる事が無くなった。

父やデマーリオとの会話で、自身にも思い込みや誤解や知らない事実が多かったことを知った。
だからといって、聖水を飲んだ事への後悔は一切思い浮かばなかった。

お陰でデマーリオと会っても平常心でいられたし、夜中にくよくよ思い悩むことも無かったから、ぐっすり安眠出来た。
眠りが深いと言うことが、これほど目覚めが清々しくて思考を明瞭にしてくれるのかと驚いた。

驚いたと云うなら、翌日も驚く事が起こった。


学院からの帰り道、邸の門扉の前で馬車が止まった。エリザベートの馬車であるのに、門番にまるで通せんぼでもされてる様に前に進まない。

どうしたのかと窓から外を覗けば、門番の後ろに誰かがいて、それがローズだと気が付いた。

ローズは離れの邸には入れない。暗黙の了解でエリザベートとの交流も最低限に留められている。
そのローズがエリザベートの馬車が戻るのを、態々わざわざ門まで足を運んで待っていた。
それは彼女が両親や使用人に知られぬ様に、エリザベートとの接触を図ろうとしたからだろう。

エリザベートに思い当たる事は一つしか無かった。

御者席のガラス窓をノックすると、直ぐに御者が降りて来て、扉を小さく開いた。

「お嬢様。ローズ様がおいでです」

御者の後ろからおずおずと顔を覗かせたのはローズであった。こんな所でこんな形で対面しているのが通りからは丸見えで、それで仕方なくローズを馬車に入れる。

「門が閉まった後で、少し先の所で止まって頂戴」
「承知致しました」

短く御者に頼んで、それからローズに向き合った。

「ローズ、どうしたの?」
「お姉様、」

エリザベートの名を呼んだきり、ローズはなかなか話し出さない。そのままでは埒が明かず、エリザベートから話すことにした。ローズはそれが確かめたくて、ここまで一人で来てエリザベートの帰りを待っていたのだろう。門番達も、さぞかし気を遣ったことだろう。

「ローズ。私は卒業式の夜会には参加しないわ」
「え?」
「貴女は夜会を楽しんで」

エリザベートはデマーリオのことには触れなかった。ローズがエスコートをデマーリオに望むなら、それは二人で決めれば良いだろう。

誰にも確かめられずにどうしようも出来ず、こんな行動に出たローズに、エリザベートはもう深く関わる気にはならなかった。

あの聖水を飲んでから、エリザベートは他にも細やかな気遣いを、例えばエリザベートを悩ませる人間関係への行き過ぎた忖度とかを振り落としてしまったように思う。

「本邸の誰かの目に入る前に、貴女はここで降りた方が良いわ。ここから庭園に抜けて、散歩をしていたのだと言えば大丈夫でしょう。侍女を付けないで心配を掛けたことは謝るのよ?」

ローズは目的が果たされたのか、素直に馬車を降りた。淡い金の髪が風に靡いている。義母とよく似た可憐な姿である。
ローズの青い瞳は、憂いを払って安堵を浮かべているように見えた。



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