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【44】
なんだか凄く普通だわ。
学園に向かう馬車の中。
アリアドネは今日もハデスと向かい合って座っている。
『お早うございます、ハデス様』
『ああ。』
で始まった月曜日の朝。
全然いつもと変わらない、今まで通りの朝である。
土曜日の夜に夜会があって、そこで一悶着があったのは良い。
帰りの馬車で、ハデスはアリアドネが痩せたと言って、それから体型の事で...、ぼっ!
顔が火照るのが見なくとも分かる。
そ、それで、馬車の中でハデス様が、なんて言ったんだっけ。
なんかお互い興奮しちゃって...、ぼっ!
あ~~~っ!
ハデス様!なんでそんなに普通なのっ!
貴方、私にくっ口付け(指先に)したじゃない!
こんな人だったなんて。
くっ、口付け(指先だけどね)しといてそんな澄ました顔をして、何にも無かった風でいる。
とんだ女誑しだわ。貴方っ、私を弄んだのねっ!
と、アリアドネは頭の中では猛烈苛烈な一人劇を演じていたのだが、紅潮する頰を除けば表面上は取り澄ましたいつも通りの顔をしている。
気にして浮き足立っただけ損をするわ。
女誑しのハデス様には、あんな事やこんな事は日常茶飯事なのだから、いちいち振り回されてはいられないわ。
アリアドネはすっかりハデスを女誑しと決め込んで、不埒な乱交が彼の日常であるのだと、勝手な妄想を事実の様に脳内で捏造する。
でなければ、こんなにいつも通り、ん?ハデス様?いつも通りよね?
ハデスは窓の風景を眺めている。
馬車に入ってから、一度も視線が合わないし、勿論、挨拶以外は一言も言葉を交わしていない。
「ハデス様。」
「...」
え?無視?
ハデスはこれまでも無口で寡黙ではあったが、礼を欠く事は無かった。
アリアドネは、真逆ハデスに限ってそんな無礼な事をする訳が無いと、もう一度呼んでみる事にした。
「ハデ「なんだ」
なんだはこちらの台詞だ。
なんだ聴こえているんじゃない。
少しばかりへそ曲がりなのは薄々解っていたけれど、これほど?!
なんだろう。この失望感。
折角お互い好意を持って......
「えっ!」
「なんだっ!」
「ハ、ハデス様、貴方、」
お互いに好意を...。貴方、真逆私に好意をお持ちなの?とは流石に聞けない。
「なんだっ」
「いえ、何でもございません。」
ギクシャクした空気を払拭出来ぬまま、学園の門扉が見えて来る。
「美しかった。」
「え?」
「君は、とても美しかった。」
馬車が止まり御者が扉をノックする。
扉が開いてハデスが先に出た。
こちらに振り返ったハデスが手を差し伸べて、
真っ赤な顔で手を差し伸べて、
アリアドネも顔から火が出るかと思った。
言い逃げ?!
ハデスは今の今の今になって、夜会でのアリアドネの姿を「美しい」と言ったのだ。
ぼぼぼっと音がしそうなほど赤く熟れた二人が並び、学園の敷地を進む。
そこで、アリアドネはふと正気に戻った。
ここに通う生徒の多くがあの夜会に参加していた筈である。
あの騒動、ふわふわファニーが起こした騒ぎを知る者は少くないだろう。
アリアドネは背中に冷たいものを感じた。
ファニーはもう登校しているのだろうか。
彼女絡みでまた何か起こるのか。
初秋の夕暮れ時、アリアドネに迫った男子生徒達。
夢で見た光景が脳裏に蘇る。
「アリアドネ、どうした。」
アリアドネの変化に気が付いたらしいハデスが尋ねてくる。
こんな事、ハデスは信じてくれるだろうか。現実では無関係の男子生徒達に警戒するアリアドネを理解してくれるだろうか。
考え過ぎだと呆れるだろうか。
今までのアリアドネだったならハデスを頼ろうだなんて思わない。頼る前に会話が出来ない間柄であったから。
けれども、今のハデスは?
どうする、アリアドネ。ハデス様をお前は信じられるの?
「ハデス様、ご相談したい事があるのです。」
アリアドネの言葉に、ハデスは無言のまま一つ頷いた。
月曜日の学園は、平素と何一つ変わりの無いいつもの学園であった。
昼食時の食堂も、先日の騒ぎなど無かったように、貴族の子女達らしく時折囁やき声だけが聞こえるくらいで、いつもと変わらぬ静かな食事の風景であった。
不思議な程いつも通り。
ふわふわファニーが騒ぎを起こす以前の学園の姿である。
夏休みの少し前に編入したという子爵令嬢ファニー。
新学期が始まって二週間程であるから、夏休みを勘定に入れなければひと月にも満たない期間に幾度もの騒動を起こしている。
彼女の奇っ怪な行動は、アリアドネが目にした事だけでも貴族令嬢としては相当常識外れなものばかりであるのを、多くの男子生徒の心を掴み、その近すぎる距離から噂によれば婚約解消の原因になった事もあるらしい。
その当事者であるファニーの姿が見えない事が、アリアドネに不穏なものを感じさせた。
昼休みの貴賓室。
いつもはフランシス殿下の側にいるハデスが目の前にいる。
「相談とは。」
遠巻きに皆の視線を感じる。
今日ばかりは殿下とアンネマリーから離れて隅っこにいるのだが、所詮同じ場にいるのだから、ちょっと皆様!聴き耳を立てるのはお辞めになって!
殿下っ興味津々なお顔をお辞めになって!
アリアドネは落ち着かない。
なんでハデス様、こんなに注目されていてそんな平常心の見本の様なお顔をしていられるの?
そう思った先から、
「アリアドネ、彼奴等は気にせずとも良い。」
ハデスは、殿下もアンネマリーも十把一絡げに彼奴等呼ばわりした。
学園に向かう馬車の中。
アリアドネは今日もハデスと向かい合って座っている。
『お早うございます、ハデス様』
『ああ。』
で始まった月曜日の朝。
全然いつもと変わらない、今まで通りの朝である。
土曜日の夜に夜会があって、そこで一悶着があったのは良い。
帰りの馬車で、ハデスはアリアドネが痩せたと言って、それから体型の事で...、ぼっ!
顔が火照るのが見なくとも分かる。
そ、それで、馬車の中でハデス様が、なんて言ったんだっけ。
なんかお互い興奮しちゃって...、ぼっ!
あ~~~っ!
ハデス様!なんでそんなに普通なのっ!
貴方、私にくっ口付け(指先に)したじゃない!
こんな人だったなんて。
くっ、口付け(指先だけどね)しといてそんな澄ました顔をして、何にも無かった風でいる。
とんだ女誑しだわ。貴方っ、私を弄んだのねっ!
と、アリアドネは頭の中では猛烈苛烈な一人劇を演じていたのだが、紅潮する頰を除けば表面上は取り澄ましたいつも通りの顔をしている。
気にして浮き足立っただけ損をするわ。
女誑しのハデス様には、あんな事やこんな事は日常茶飯事なのだから、いちいち振り回されてはいられないわ。
アリアドネはすっかりハデスを女誑しと決め込んで、不埒な乱交が彼の日常であるのだと、勝手な妄想を事実の様に脳内で捏造する。
でなければ、こんなにいつも通り、ん?ハデス様?いつも通りよね?
ハデスは窓の風景を眺めている。
馬車に入ってから、一度も視線が合わないし、勿論、挨拶以外は一言も言葉を交わしていない。
「ハデス様。」
「...」
え?無視?
ハデスはこれまでも無口で寡黙ではあったが、礼を欠く事は無かった。
アリアドネは、真逆ハデスに限ってそんな無礼な事をする訳が無いと、もう一度呼んでみる事にした。
「ハデ「なんだ」
なんだはこちらの台詞だ。
なんだ聴こえているんじゃない。
少しばかりへそ曲がりなのは薄々解っていたけれど、これほど?!
なんだろう。この失望感。
折角お互い好意を持って......
「えっ!」
「なんだっ!」
「ハ、ハデス様、貴方、」
お互いに好意を...。貴方、真逆私に好意をお持ちなの?とは流石に聞けない。
「なんだっ」
「いえ、何でもございません。」
ギクシャクした空気を払拭出来ぬまま、学園の門扉が見えて来る。
「美しかった。」
「え?」
「君は、とても美しかった。」
馬車が止まり御者が扉をノックする。
扉が開いてハデスが先に出た。
こちらに振り返ったハデスが手を差し伸べて、
真っ赤な顔で手を差し伸べて、
アリアドネも顔から火が出るかと思った。
言い逃げ?!
ハデスは今の今の今になって、夜会でのアリアドネの姿を「美しい」と言ったのだ。
ぼぼぼっと音がしそうなほど赤く熟れた二人が並び、学園の敷地を進む。
そこで、アリアドネはふと正気に戻った。
ここに通う生徒の多くがあの夜会に参加していた筈である。
あの騒動、ふわふわファニーが起こした騒ぎを知る者は少くないだろう。
アリアドネは背中に冷たいものを感じた。
ファニーはもう登校しているのだろうか。
彼女絡みでまた何か起こるのか。
初秋の夕暮れ時、アリアドネに迫った男子生徒達。
夢で見た光景が脳裏に蘇る。
「アリアドネ、どうした。」
アリアドネの変化に気が付いたらしいハデスが尋ねてくる。
こんな事、ハデスは信じてくれるだろうか。現実では無関係の男子生徒達に警戒するアリアドネを理解してくれるだろうか。
考え過ぎだと呆れるだろうか。
今までのアリアドネだったならハデスを頼ろうだなんて思わない。頼る前に会話が出来ない間柄であったから。
けれども、今のハデスは?
どうする、アリアドネ。ハデス様をお前は信じられるの?
「ハデス様、ご相談したい事があるのです。」
アリアドネの言葉に、ハデスは無言のまま一つ頷いた。
月曜日の学園は、平素と何一つ変わりの無いいつもの学園であった。
昼食時の食堂も、先日の騒ぎなど無かったように、貴族の子女達らしく時折囁やき声だけが聞こえるくらいで、いつもと変わらぬ静かな食事の風景であった。
不思議な程いつも通り。
ふわふわファニーが騒ぎを起こす以前の学園の姿である。
夏休みの少し前に編入したという子爵令嬢ファニー。
新学期が始まって二週間程であるから、夏休みを勘定に入れなければひと月にも満たない期間に幾度もの騒動を起こしている。
彼女の奇っ怪な行動は、アリアドネが目にした事だけでも貴族令嬢としては相当常識外れなものばかりであるのを、多くの男子生徒の心を掴み、その近すぎる距離から噂によれば婚約解消の原因になった事もあるらしい。
その当事者であるファニーの姿が見えない事が、アリアドネに不穏なものを感じさせた。
昼休みの貴賓室。
いつもはフランシス殿下の側にいるハデスが目の前にいる。
「相談とは。」
遠巻きに皆の視線を感じる。
今日ばかりは殿下とアンネマリーから離れて隅っこにいるのだが、所詮同じ場にいるのだから、ちょっと皆様!聴き耳を立てるのはお辞めになって!
殿下っ興味津々なお顔をお辞めになって!
アリアドネは落ち着かない。
なんでハデス様、こんなに注目されていてそんな平常心の見本の様なお顔をしていられるの?
そう思った先から、
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ハデスは、殿下もアンネマリーも十把一絡げに彼奴等呼ばわりした。
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