アウローラの望まれた婚姻

桃井すもも

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アストリウスから贈られた黒蝶真珠とは、南方の小国で生産されている養殖真珠である。
勿論、天然真珠ではないのだが、近年養殖技術が進んだことで量産される様になり、先日アストリウスが訪問した港街でも荷揚げされたばかりの品が出回り始めていたのだと言う。

養殖とは云えイミテーションでは無いのだが、本物志向の強い貴族相手に需要が見込めるかが唯一の不安要素で、アストリウスも未だ仕入れには至らずにいたらしい。

黒色の他にグレーやグリーン、赤系など色合いも多彩で、華やかな社交界の装いに好まれるのではないかと確信はあった。
それが、アウローラが身に着けた姿を見て決心がついたとのことで、アストリウスはその日のうちに仕入れに着手していた。

自身の黒髪を考えればオニキスでも良かったのだが、これから流行するであろう黒蝶真珠を、是非にも贈りたいと思ったのだと言う。
グレーを帯びた黒蝶真珠の艷やかな色合いは、瑞々しいアウローラの肌にひたりと馴染んで、手ずから耳に嵌めたアストリウスは、美しい美しいと繰り返した。


その日、母の執事室には父もいて、侯爵邸から戻ったアウローラは、両親に贈られた品を見せた。
見せたというより、既にアウローラの耳元を大粒の黒蝶真珠が飾っていたから、執務室に入ったアウローラを見るなり、両親は直ぐに気が付いた。

「これは美しいなあ。いや、勿論、アウローラが美しいのだよ?」
「慌てて褒めて下さらなくても結構てすわ、お父様。」
「ああ、いやいや、真珠も君もどちらも美しいよ。」

父と娘のやり取りを目を細めて眺めていた母は、

「アウローラ、御礼の品を考えているの?」
と問うてきた。

「それなのですけれど。」

アウローラは、帰りの馬車で考えていた事がある。
仕事の早い母は、伯爵家の持つ従属爵位であるチェイスター男爵位を既にアウローラに継承していた。男爵領の管理を任せている代官は、領地がスタンリー伯爵家からアウローラを経てフェイラー侯爵家の管轄下に入る為に、婚約祝いを兼ねて是非ともアウローラに挨拶したいと言って、近日中に来邸する予定であった。

チェイスター男爵領には、伝統工芸である硝子細工の工房がある。アウローラは、そこがどんなであるのかよく知らないから、代官が訪問する際に詳しく聞いてみたいと思っていた。

馬車の中でもずっと考えながら帰宅した。だから、ミネットに関わっている暇はないと、アウローラの帰宅に気付いてこちらへ向かって来るミネットには構わずに、直ぐさま母の執務室を訪ねた。


「代官に見せてみてはどうかな。」
「ええ、そうなのです。それで、この機会に私も領地へ行ってみたと考えているのです。」
「貴女、学園の試験を控えているでしょう。試験を終えたら行ってみるのも良いわね。」
「そうですね。多分、試験前に代官は王都に来るでしょうから、話だけでもしてみたいと思います。」

両親に相談したことで、思考が現実に姿を現す様に思えた。だから、数日後、代官が伯爵邸を訪問した際には内心浮かれてしまった。

代官は、スタンリー伯爵家の傘下貴族出身の男で、長く男爵領の差配をしてくれていた。既に老齢であったが、矍鑠とした男であった。

「お嬢様、此度のご婚約、誠にお目出度う御座います。そうして、チェイスター男爵位のご継承、重ねてお祝い申し上げます。」

「有難う、セオドア。直に領地へ挨拶に行きたいと考えておりますの。その際は、貴方を頼りにしているから、宜しくお願いしますね。」

「勿体無いお言葉で御座います。お嬢様を奥様とお呼び出来るまで、この老体鞭打ち長生きすべく励ませて頂きます。」

長く差配を任せて、地元で癒着紛いの事を一切起こさなかった実直な老人は、丈夫そうな歯を見せて笑った。彼を代官に選んだ母の能力は流石である。
アウローラは、そこでセオドアに頼み事を一つした。
セオドアは、お任せ下さいこの老体鞭打ちって云々と言ったから、老体鞭打つのは彼の口癖なのだと可笑しく思った。



学園の試験を終えれば本格的な冬である。学園の冬季休暇も間近となる。年の瀬を迎えれば、社交界は賑やかになり、聖夜の直前には王城で舞踏会が催される。

今回、アウローラはアストリウスの婚約者として招待状を受け取った。ミネットも、次期当主としてトーマスと一緒に参加する。
そろそろ装いについてを考えなければならない。ドレスなら、きっとアストリウスが贈ってくれるだろう。

アウローラは、アストリウスへ文を出した。それはスタンリー伯爵邸での晩餐に招待する文である。アストリウスからは直ぐに返信が届いて、君と夜会の衣装を合わせようと考えていたから、丁度良い機会であったと記されていた。

その日はミネットとトーマスも同席しており、正装に身を包み前髪を上げて額を露わにしたアストリウスは、どこから見ても整った顔立ちであった。

「どこの素敵なレディかと思ったら、我が婚約者殿であったか。」

玄関ホールで出迎えたアウローラに先制パンチをお見舞いして、アストリウスは大人の余裕を見せている。

褒め言葉にノックダウンしそうになりながら、アウローラは、これから晩餐を迎えるのを楽しみに思った。








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