アウローラの望まれた婚姻

桃井すもも

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晩餐の席は、始終和やかな空気が漂っていた。

アストリウスは聞き上手のうえ、話し上手であった。
年齢的には幾分上の世代であるが、アウローラは若々しい彼とは年齢の差を感じない。
ただ、博識で経験豊富なアストリウスに幼いと思われないだろうかとは、いつも密かに気にするところであった。

会う度に、少しずつ距離を埋めて行く二人の関係は、生真面目なアウローラにしては上手に進んでいるように思う。それも全ては、アストリウスが細やかな気遣いをしてアウローラをリードしてくれているからだろう。

静かに穏やかに関係を深めて来たアウローラが驚いたのはミネットであった。
ミネットは社交に長けている。朗らかな気質の彼女は会話が上手い。

だから、あっという間にアストリウスとの距離も縮めてしまった。

「アストリウス様、帝国では何を学んでいらしたの?」
「まあ、アストリウス様は商会では外商もなさっておられたのね。」
「アストリウス様のご趣味は?私は観劇が好きです。活動写真も面白いですわよね。」
「アストリウス様のご領地は果実が実るのですね。林檎がとても美味しかったですわ。」

ミネットの質問に、アストリウスが気さくに答える。アストリウスが答えれば、ミネットが新たな話題を振る。

今日はトーマスとは向かい合わせて座るミネットは、アウローラの向かいにいるアストリウスとは斜め向かいの席となる。
そこを、テーブルを挟んでミネットとアストリウスの言葉が行き交うのだが、テンポの良さにアウローラは相槌を打つしか出来ずにいた。

「ミネット、食事が冷めてしまうよ。鴨肉は君の好物だろう。」

見かねただろう父がやんわりストップを掛けるも、ミネットは気にする風も無かった。

「アストリウス様...」

アストリウスの名を連呼するミネットに、アウローラは些か不快な気持ちが起こる。トーマスは大丈夫なのだろうかと彼を見れば、彼はミネットの言葉に柔らかな笑みを浮かべて聴いている。

トーマスは心が広いのだな、これほど他の男性の名を呼び続けては、流石に面白くなく思っても可怪しくないだろう。

ミネットを止めるのは骨が折れる。朗らかなミネットは頑固でもあった。自身が納得しなければ、とことん突き詰める強さを持っている。

そう考えれば、伯爵家の当主には、元からアウローラよりもミネットの方が相応しかったのかもしれない。
そんなつまらない事を考えて、アウローラは少しばかり気分が落ちる。

「アウローラ。」

アストリウスに呼ばれて、思わず顔を上げた。

「君が、その、余りに似合っていたから、早速発注を掛けたのだが、近日中には王都の商会のギャラリーを飾れそうだ。」

「それは...」

「今日もとても似合っている。やはりグレーにして良かったな。黒色にしようか少し悩んだ。」

「まあ。黒蝶真珠は初めてですの。黒も確かに素敵でしょうけれど、私もこのお色がとても気に入ってしまいました。」

アストリウスは、多分敢えてアウローラを褒めてくれたのだろう。その気遣いは、父にも母にも伝わったようで、母がアウローラに声を掛けた。

「アウローラ、お渡ししたい物があるのでしょう?」
「ええ。」

母の言葉に促されて侍女頭を見れば、彼女は直ぐにアストリウスの元へ行きトレイを差し出した。

トレイに乗った黒い箱には鮮やかな青いリボンが掛けられている。細いリボンを2本にして箱を結んでいるのだが、青い色はよく見ると微妙に色が違っている。

箱を手にしたアストリウスは、直ぐにそれに気が付いた。

「君の家と我が家の青か。」
「ええ、鮮やかな青は侯爵家、明るい青は伯爵家です。貴方からの贈り物に、ほんの御礼でございます。」
「二家が末永く結ばれる様に、君と共に励もう。」
「有難うございます、アストリウス様。」
「開けても良いかな?」
「勿論ですわ。」

いつかと逆のやり取りを交わして、アストリウスはリボンを解いた。そうして黒い箱の蓋を開けて、「ほう」と一言漏らす。

「私が継承しましたチェイスター男爵領の工房で造らせましたの。」
「確か、硝子細工であっかな?」
「仰る通りですわ。伝統の技巧を今も職人達が引き継いでおりまして、緻密な造形が美しいと思いますの。」
「確かに。とても美しい。デザインは君が?」
「いいえ、残念ながら私には知識が不足しておりまして、今回は職人頭がデザインしました。」
「素晴らしいな。」

まるで黒真珠の様な大粒の黒色硝子を、極小のガラスビーズで囲んだカフスであった。ガラスビーズの鮮やかな青が、照明の光を受けて澄んだ輝きを見せている。
黒と青、アストリウスの色である。

「こちらの黒色硝子を、黒蝶真珠にしてみようと思いまして。」
「成る程、それは面白い。」
「それで、学園の冬季休暇に、領地の工房を見てこようと思います。代官には既に予定を立ててもらっておりますの。」
「ふうん。それはいつ?」
「聖夜の舞踏会の前には行こうかと。」
「では、私も同行しよう。宜しいでしょうか、お義父上。」

アストリウスの「お義父上」に、父はしどろもどろとなった。それを母が面白ろそうに見ている。

「お姉様、男爵位って、何?」

和やかな空気がミネットの冷えた声にぴたりと静止する。

「ミネット。貴女が要らないと言った爵位よ。貴女は当主になる。アウローラには従属爵位を譲る。元々逆であったのを、立場を入れ替えたのだから、可怪しい事ではなくてよ。」

母が説明したのを、ミネットは理解し難い様であった。

「私、何も聞いてないわ。」
冷たい声が食堂に響いた。


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