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ミネットは、横に並び座るアウローラを見る。
「お姉様、私、何も聞いていないわ。」
「ミネット...」
アウローラは、ミネットの語気の強さに戸惑った。
男爵位は元々はミネットが継承する話しがあったのを、彼女はそれを断っていた。自身が男爵位を継承するよりも、高位貴族に嫁ぐ事を選んだのはミネットである。
立場が変わってアウローラが高位貴族に嫁ぐ事にはなったが、母は嫁ぐアウローラに男爵位の継承を許した。
「ミネット。私は以前、貴女へ確かめたわよ。貴女は興味も示さなかったでしょう。」
「でも、お母様、勝手にお姉様へ譲るだなんて。」
「勝手ではないわ。私が決めました。これは貴女に断る事ではないのよ。代官任せで寝かせるばかりの領地をアウローラが差配するのです。領民にとっても良い事よ。」
「それなら私がっ、」
「ミネット。貴女は先ずは伯爵家の執務を覚えて頂戴。傘下の貴族も領地も待ってはくれないわ。」
「解ってます。こんなところで仰らなくてもっ、」
最近のミネットは、様子が可怪しい。
トーマスがまだアウローラの婚約者であった頃は、ミネットはトーマスと連れ立っていつでも機嫌よく朗らかであった。
「ミネット、どうしたの?当主教育は三年生になったら励むのでしょう?貴女なら大丈夫よ。トーマス様だっていらっしゃるわ。」
急な後継交代で、ミネットも気が張っているのだろうか。アウローラは、ミネットの不安を払拭してあげたいと思った。
そんなアウローラを、ミネットが父に良く似た淡い翠の瞳で見つめた。
「お姉様、私、思ったの。」
「何を?ミネット。」
「やっぱり伯爵家の後継はお姉様が良いと思うの。私もお姉様も、どちらも後継教育や夫人教育を受けるだなんて時間の無駄だわ。お姉様はずっと当主教育を受けていたのですもの、このまま家に残っては?そうして私が嫁いだ方が「ミネット。」
父が強い口調でミネットを呼ぶ。
「お父様、お父様だってそう思わない?私は社交が得意だわ。お姉様ほどではないけれど、教育もちゃんと受けていたわ。学園でも成績は良くてよ。それに、侯爵家の教育を受けたなら社交も熟せる筈よ。お姉様だって、つい最近、学び始めたばかりでしょう?今なら間に合う「何が間に合うのかな?」
今度は父ではなくアストリウスが遮って、ミネットは、なかなか最後まで言わせてもらえない。
「ミネット嬢。私が紹介を受けて婚姻を決めたのは君の姉上だよ。アウローラの代わりは他にはいないんだ。分かってくれるね?」
「ですが、アストリウス様。お姉様は社交がそれ程お上手ではなくてよ?侯爵家には夫人が必要なのでしょう?私、きっとお役に立てますわ。」
「それで、君は侯爵家へ来たとして、君の婚約者殿はどうなさるおつもりか。」
「トーマス様は元からお姉様の婚約者よ。ねえ、トーマス様。」
「ミネット、君は何を言ってるんだ!」
アウローラは見ていられない。
こんなに傷付いた顔のトーマスへ、何故ミネットは笑顔を向けていられるのだろう。
言っていることは無茶であるし、何より侯爵家当主を前にして、何故そんな無謀な事が言えるのだろう。
物怖じしない利発さは、ミネットの長所である。ミネットは決して我が儘な質ではない。だからと言って、我が儘を言わない訳ではない。
彼女は、欲しいものは必ず手に入れようと努力する。そんな姿も美徳であったのだが、欲しいものを間違えてはならない。
「ミネット。」
母の声は大きくないのに良く通る。そして、それを無視できない強さがある。
「貴女の気持ちは解らないでもないわ。」
「お母様っ」
ミネットは、母の理解に元気を得たようだ。
「解って下さる?お母様。」
「ええ、解るわ。先に生まれたばかりに何でも一流品を与えられる、先に生まれたばかりにいつでも大切にされる、先に生まれたばかりに愛される、先に生まれたばかりに爵位を譲られる、先に生まれたばかりに傅かれる、先に生まれたばかりに好きな男性と婚姻出来る。」
「お、お母様?」
思わずアウローラが母に声を掛けた。
父を見れば色の無い顔で母を見つめている。
「全部私がシャーロットから言われた言葉よ。」
「リズ...」
父が母を呼び止める。
シャーロットとは母の妹である。
記憶の中の叔母は、とても華やかで朗らかな人であったと思う。今は嫁ぎ先の領地にいるが、アウローラ達が幼い頃には頻繁に伯爵邸を訪れていた。そうしていつもミネットを可愛がって、当時はまだ子供がいなかった叔母は、ミネットを養子にしたいとまで言っていた。並ぶと本当の母娘の様に見えるほど二人はとても似ていた。
「貴女はシャーロットと同じ事を思ったでしょうね。全てその通りなのだから仕方無いわよね。ですが、ミネット。アウローラはそれで浮かれていたかしら。貴女よりも厳しい教育を受けて、貴女よりも自由が無くて、貴女よりも慎重に周りを見て、貴女よりも気を配る。息の詰まる暮らしよね。与えられた婚約者は、次期当主の重圧に息苦しさを覚えながら学ぶ自分よりも、華やかで朗らかで人から好かれる妹へ想いを寄せる。
不思議なものね。いつになっても姉妹とは、そんな事を繰り返すのね。アウローラ、ごめんなさいね。苦しかったでしょう。解っていたのよ、その気持ちは私が過去に覚えた感情なのですから。」
「リズ、そうじゃない、」
父が動揺している。でも、どうしてかその理由が解ってしまう。
「ミネット。」
母がミネットに語りかけるのに、ミネットと母の間に座るアウローラは、居た堪れない気持ちになる。
「全てを姉から奪っても、貴女の渇きは治まらないでしょう。アウローラが当主を継げば自分の方が上手く差配出来ると思うでしょう。アウローラが子を生めば自分の方が母親として可愛がってやれると思うでしょう。喩えアウローラと代わっても、貴女の渇きを癒してくれるのは、自分自身しかいないのよ?」
母の言葉の一つ一つがすとんと胸に落ちて、涙が出そうになった。
「お姉様、私、何も聞いていないわ。」
「ミネット...」
アウローラは、ミネットの語気の強さに戸惑った。
男爵位は元々はミネットが継承する話しがあったのを、彼女はそれを断っていた。自身が男爵位を継承するよりも、高位貴族に嫁ぐ事を選んだのはミネットである。
立場が変わってアウローラが高位貴族に嫁ぐ事にはなったが、母は嫁ぐアウローラに男爵位の継承を許した。
「ミネット。私は以前、貴女へ確かめたわよ。貴女は興味も示さなかったでしょう。」
「でも、お母様、勝手にお姉様へ譲るだなんて。」
「勝手ではないわ。私が決めました。これは貴女に断る事ではないのよ。代官任せで寝かせるばかりの領地をアウローラが差配するのです。領民にとっても良い事よ。」
「それなら私がっ、」
「ミネット。貴女は先ずは伯爵家の執務を覚えて頂戴。傘下の貴族も領地も待ってはくれないわ。」
「解ってます。こんなところで仰らなくてもっ、」
最近のミネットは、様子が可怪しい。
トーマスがまだアウローラの婚約者であった頃は、ミネットはトーマスと連れ立っていつでも機嫌よく朗らかであった。
「ミネット、どうしたの?当主教育は三年生になったら励むのでしょう?貴女なら大丈夫よ。トーマス様だっていらっしゃるわ。」
急な後継交代で、ミネットも気が張っているのだろうか。アウローラは、ミネットの不安を払拭してあげたいと思った。
そんなアウローラを、ミネットが父に良く似た淡い翠の瞳で見つめた。
「お姉様、私、思ったの。」
「何を?ミネット。」
「やっぱり伯爵家の後継はお姉様が良いと思うの。私もお姉様も、どちらも後継教育や夫人教育を受けるだなんて時間の無駄だわ。お姉様はずっと当主教育を受けていたのですもの、このまま家に残っては?そうして私が嫁いだ方が「ミネット。」
父が強い口調でミネットを呼ぶ。
「お父様、お父様だってそう思わない?私は社交が得意だわ。お姉様ほどではないけれど、教育もちゃんと受けていたわ。学園でも成績は良くてよ。それに、侯爵家の教育を受けたなら社交も熟せる筈よ。お姉様だって、つい最近、学び始めたばかりでしょう?今なら間に合う「何が間に合うのかな?」
今度は父ではなくアストリウスが遮って、ミネットは、なかなか最後まで言わせてもらえない。
「ミネット嬢。私が紹介を受けて婚姻を決めたのは君の姉上だよ。アウローラの代わりは他にはいないんだ。分かってくれるね?」
「ですが、アストリウス様。お姉様は社交がそれ程お上手ではなくてよ?侯爵家には夫人が必要なのでしょう?私、きっとお役に立てますわ。」
「それで、君は侯爵家へ来たとして、君の婚約者殿はどうなさるおつもりか。」
「トーマス様は元からお姉様の婚約者よ。ねえ、トーマス様。」
「ミネット、君は何を言ってるんだ!」
アウローラは見ていられない。
こんなに傷付いた顔のトーマスへ、何故ミネットは笑顔を向けていられるのだろう。
言っていることは無茶であるし、何より侯爵家当主を前にして、何故そんな無謀な事が言えるのだろう。
物怖じしない利発さは、ミネットの長所である。ミネットは決して我が儘な質ではない。だからと言って、我が儘を言わない訳ではない。
彼女は、欲しいものは必ず手に入れようと努力する。そんな姿も美徳であったのだが、欲しいものを間違えてはならない。
「ミネット。」
母の声は大きくないのに良く通る。そして、それを無視できない強さがある。
「貴女の気持ちは解らないでもないわ。」
「お母様っ」
ミネットは、母の理解に元気を得たようだ。
「解って下さる?お母様。」
「ええ、解るわ。先に生まれたばかりに何でも一流品を与えられる、先に生まれたばかりにいつでも大切にされる、先に生まれたばかりに愛される、先に生まれたばかりに爵位を譲られる、先に生まれたばかりに傅かれる、先に生まれたばかりに好きな男性と婚姻出来る。」
「お、お母様?」
思わずアウローラが母に声を掛けた。
父を見れば色の無い顔で母を見つめている。
「全部私がシャーロットから言われた言葉よ。」
「リズ...」
父が母を呼び止める。
シャーロットとは母の妹である。
記憶の中の叔母は、とても華やかで朗らかな人であったと思う。今は嫁ぎ先の領地にいるが、アウローラ達が幼い頃には頻繁に伯爵邸を訪れていた。そうしていつもミネットを可愛がって、当時はまだ子供がいなかった叔母は、ミネットを養子にしたいとまで言っていた。並ぶと本当の母娘の様に見えるほど二人はとても似ていた。
「貴女はシャーロットと同じ事を思ったでしょうね。全てその通りなのだから仕方無いわよね。ですが、ミネット。アウローラはそれで浮かれていたかしら。貴女よりも厳しい教育を受けて、貴女よりも自由が無くて、貴女よりも慎重に周りを見て、貴女よりも気を配る。息の詰まる暮らしよね。与えられた婚約者は、次期当主の重圧に息苦しさを覚えながら学ぶ自分よりも、華やかで朗らかで人から好かれる妹へ想いを寄せる。
不思議なものね。いつになっても姉妹とは、そんな事を繰り返すのね。アウローラ、ごめんなさいね。苦しかったでしょう。解っていたのよ、その気持ちは私が過去に覚えた感情なのですから。」
「リズ、そうじゃない、」
父が動揺している。でも、どうしてかその理由が解ってしまう。
「ミネット。」
母がミネットに語りかけるのに、ミネットと母の間に座るアウローラは、居た堪れない気持ちになる。
「全てを姉から奪っても、貴女の渇きは治まらないでしょう。アウローラが当主を継げば自分の方が上手く差配出来ると思うでしょう。アウローラが子を生めば自分の方が母親として可愛がってやれると思うでしょう。喩えアウローラと代わっても、貴女の渇きを癒してくれるのは、自分自身しかいないのよ?」
母の言葉の一つ一つがすとんと胸に落ちて、涙が出そうになった。
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