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淡い金色の髪に薄翠の瞳は、アウローラの父もそうである。だが、彼女に父と違う空気を感じるのは、父がアウローラを愛してくれているからだろう。
つまり、目の前の女性にはアウローラへの好意は感じられなかった。そうして彼女は鷹揚に構えたまま、その身分を明かす素振りを見せずにいる。
「アストリウス様にご関係のあるお方とお見受け致しました。お初にお目に掛かります。アストリウス様と婚約させて頂いておりますアウローラ・マセット・スタンリーと申します。」
アウローラは男爵位を相続しているが、公には生家の名を名乗っている。
年上の貴婦人に敬意を表するために、アウローラはカーテシーで礼をした。
「私はアストリウスの兄の妻です。主人はつい最近まで当主でしたから、私がこの邸の女主人でしたの。」
客室に通されぬまま、玄関ホールで応対される。それは、贈り物だけを置いて帰ることを勧めているのだと、アウローラにも直ぐに解った。アウローラに控える侍女からもそれに戸惑う気配が感じられた。
アウローラは、未だ名を名乗らない義姉の後ろにいる執事を見た。先程までいた侍女頭の姿が無いことから、彼女は多分、アストリウスを呼びに向かったのだろう。
「本日は、母の名代でアストリウス様へお届け物がございましてお伺い致しました。お手を煩わせるほどのものではございません。そちらの執事からアストリウス様へお届けさせて頂きましょう。」
アウローラがそう言えば、透かさずフランクが前に出る。
「アウローラ様、お待ちしておりました。外はお寒かったことでしょう。どうぞ、こちらへ。温かいお飲み物をご用意しております。」
流石に前当主夫人を退けられなかった様子のフランクが、アウローラをいつものティールームへと誘う。
「どちらへご案内するの、フランク?客室はあちらよ?」
義姉が不思議そうに言うのにフランクは、
「アウローラ様には、いつもこちらでお待ち頂いております。」
と、慇懃に答えた。
ティールームへと歩きながら、一歩前を歩くフランクが
「アウローラ様、大変失礼を致しました。私めをお呼び頂いたのは流石のご判断でございます。直ぐに旦那様もお越しになられます。」
そう声を抑えて早口に言う。
邸内に入った時に感じた違和感。それはあの義姉の存在だった。彼女一人が邸全体の空気を変えていた。それも若き当主夫人として差配して来た故だろう。
ティールームはアウローラの訪問に合わせて暖められていた。暖炉は赤々と炎を見せて薪が音を立てて爆ぜている。大きな一枚硝子の窓は、凍える外気からアウローラを守る為に暖められた室内で大粒の露を垂らして結露していた。
細身のアウローラが冷えない様に配慮されているのが解って、今日の訪問が間違っていなかったことに安堵する。
温められたミルクをたっぷり入れた紅茶を楽しんでいると、小さくなノックが聴こえて、それに返事をする前に扉が開いた。
「アウローラ、」
アウローラは立ち上がり、アストリウスに向けて訪問の礼をする。
「申し訳なかった、アウローラ。君を出迎えられずに失礼した。」
それはどこも失礼なことではない。アストリウスは当主である。客人が来て呼ばれるまで姿を見せないのは当然の事である。
「義姉が出迎えたと聞いた。君を直ぐに案内出来なかったとも。悪かった。」
先ほどからアストリウスは謝罪を重ねている。アウローラはアストリウスに詫びてほしい訳ではない。そんな事より、お願いだからこちらを見てほしい。
アストリウスが入室してから、アウローラは彼と満足に視線が合わない。それはアストリウスが伏し目がちで、その青い瞳をこちらへ向けてくれないからだ。彼はそんな自分の様子が可怪しくあるのを解っているのだろうか。
「お忙しいと伺いました。ご多忙の中を無理を申しまして申し訳ございません。本日は母の名代でお伺い致しました。母と、それから私から貴方様へ贈り物がございましたのをお届けに参りました。」
先日の舞踏会でもその後の馬車の中でも、いつの間にか敬語が抜け落ち、自然と恋人同士の戯れるような口調であったのを全て引っ込めて、アウローラは身分が上の者に対する姿勢で口上を述べた。
アウローラの頭の中にあったのは、初めてハンカチを贈った日のアストリウスの笑みであった。
彼がハンカチを広げて驚いてくれる。ひよこが成鳥になったのだと喜んでくれる。なんと言ってくれるだろう。褒めてくれるのだろうか。そんな事を夢想しながら刺繍した。その一針一針に恋心が滲んでいるのを、彼は気付いてくれるだろうか。
目の前で、所在なさげに視線を伏せるアストリウスに、アウローラは浮かれた心に冷水を浴びせられたような気持ちになった。
そうして、夫人教育の休みが、アウローラを出迎えた義姉に起因しているのだと推察した。
義姉がいつからこの邸にいたのか知らないが、彼女自身もアストリウスも、義姉の名前すらアウローラに紹介する気は無いらしい。
アウローラが侍女に目配せをして、侍女が贈り物をテーブルに置く。
母は大粒のサファイアを、カフスとイヤリングの揃いで贈り物にしてくれた。
サファイアを取り囲むメレダイヤはメレダイヤと云うには大きくて、光を受けて燦く様がとても美しかった。
事前にそれを見せてもらったアウローラは、その大きな粒と澄んだ青、燦くダイヤの輝きに目を奪われた。
間もなく婚姻を結ぶ娘夫婦に、母は伯爵家としてどれ程の財を使ってこの贈り物を用意してくれたのだろう。
せめて母にアストリウスが喜んでくれる様子を伝えたかった。しかし、どうやらそれは無理であろう。母の贈り物ばかりではない。アウローラが贈ったハンカチをどんな顔で見てくれるかだなんて、今のアストリウスには期待してはいけないのだろう。
アウローラは、静かに立ち上がった。アストリウスが思わずそれを見上げて、そこで漸く目が合った。
「お忙しい時分にお時間を取らせてしまい申し訳ございませんでした。良い聖夜をお過ごし下さいませ。良い新年と成ります様に。」
次に会うのは新年の王家の舞踏会だろう。それは半月ほど先の事で、それまでアストリウスとの面会は無いのだろう。
ほんの僅かな時間に様々な考えが頭を過ぎって、アウローラは泣きたくなってしまった。けれども、あの義姉の鷹揚な姿が目に浮かび、泣くものと精一杯自分を奮い立たせた。
「それではアストリウス様。これにて失礼させて頂きます。」
礼をして、アウローラは出口へ向かって歩き出した。
つまり、目の前の女性にはアウローラへの好意は感じられなかった。そうして彼女は鷹揚に構えたまま、その身分を明かす素振りを見せずにいる。
「アストリウス様にご関係のあるお方とお見受け致しました。お初にお目に掛かります。アストリウス様と婚約させて頂いておりますアウローラ・マセット・スタンリーと申します。」
アウローラは男爵位を相続しているが、公には生家の名を名乗っている。
年上の貴婦人に敬意を表するために、アウローラはカーテシーで礼をした。
「私はアストリウスの兄の妻です。主人はつい最近まで当主でしたから、私がこの邸の女主人でしたの。」
客室に通されぬまま、玄関ホールで応対される。それは、贈り物だけを置いて帰ることを勧めているのだと、アウローラにも直ぐに解った。アウローラに控える侍女からもそれに戸惑う気配が感じられた。
アウローラは、未だ名を名乗らない義姉の後ろにいる執事を見た。先程までいた侍女頭の姿が無いことから、彼女は多分、アストリウスを呼びに向かったのだろう。
「本日は、母の名代でアストリウス様へお届け物がございましてお伺い致しました。お手を煩わせるほどのものではございません。そちらの執事からアストリウス様へお届けさせて頂きましょう。」
アウローラがそう言えば、透かさずフランクが前に出る。
「アウローラ様、お待ちしておりました。外はお寒かったことでしょう。どうぞ、こちらへ。温かいお飲み物をご用意しております。」
流石に前当主夫人を退けられなかった様子のフランクが、アウローラをいつものティールームへと誘う。
「どちらへご案内するの、フランク?客室はあちらよ?」
義姉が不思議そうに言うのにフランクは、
「アウローラ様には、いつもこちらでお待ち頂いております。」
と、慇懃に答えた。
ティールームへと歩きながら、一歩前を歩くフランクが
「アウローラ様、大変失礼を致しました。私めをお呼び頂いたのは流石のご判断でございます。直ぐに旦那様もお越しになられます。」
そう声を抑えて早口に言う。
邸内に入った時に感じた違和感。それはあの義姉の存在だった。彼女一人が邸全体の空気を変えていた。それも若き当主夫人として差配して来た故だろう。
ティールームはアウローラの訪問に合わせて暖められていた。暖炉は赤々と炎を見せて薪が音を立てて爆ぜている。大きな一枚硝子の窓は、凍える外気からアウローラを守る為に暖められた室内で大粒の露を垂らして結露していた。
細身のアウローラが冷えない様に配慮されているのが解って、今日の訪問が間違っていなかったことに安堵する。
温められたミルクをたっぷり入れた紅茶を楽しんでいると、小さくなノックが聴こえて、それに返事をする前に扉が開いた。
「アウローラ、」
アウローラは立ち上がり、アストリウスに向けて訪問の礼をする。
「申し訳なかった、アウローラ。君を出迎えられずに失礼した。」
それはどこも失礼なことではない。アストリウスは当主である。客人が来て呼ばれるまで姿を見せないのは当然の事である。
「義姉が出迎えたと聞いた。君を直ぐに案内出来なかったとも。悪かった。」
先ほどからアストリウスは謝罪を重ねている。アウローラはアストリウスに詫びてほしい訳ではない。そんな事より、お願いだからこちらを見てほしい。
アストリウスが入室してから、アウローラは彼と満足に視線が合わない。それはアストリウスが伏し目がちで、その青い瞳をこちらへ向けてくれないからだ。彼はそんな自分の様子が可怪しくあるのを解っているのだろうか。
「お忙しいと伺いました。ご多忙の中を無理を申しまして申し訳ございません。本日は母の名代でお伺い致しました。母と、それから私から貴方様へ贈り物がございましたのをお届けに参りました。」
先日の舞踏会でもその後の馬車の中でも、いつの間にか敬語が抜け落ち、自然と恋人同士の戯れるような口調であったのを全て引っ込めて、アウローラは身分が上の者に対する姿勢で口上を述べた。
アウローラの頭の中にあったのは、初めてハンカチを贈った日のアストリウスの笑みであった。
彼がハンカチを広げて驚いてくれる。ひよこが成鳥になったのだと喜んでくれる。なんと言ってくれるだろう。褒めてくれるのだろうか。そんな事を夢想しながら刺繍した。その一針一針に恋心が滲んでいるのを、彼は気付いてくれるだろうか。
目の前で、所在なさげに視線を伏せるアストリウスに、アウローラは浮かれた心に冷水を浴びせられたような気持ちになった。
そうして、夫人教育の休みが、アウローラを出迎えた義姉に起因しているのだと推察した。
義姉がいつからこの邸にいたのか知らないが、彼女自身もアストリウスも、義姉の名前すらアウローラに紹介する気は無いらしい。
アウローラが侍女に目配せをして、侍女が贈り物をテーブルに置く。
母は大粒のサファイアを、カフスとイヤリングの揃いで贈り物にしてくれた。
サファイアを取り囲むメレダイヤはメレダイヤと云うには大きくて、光を受けて燦く様がとても美しかった。
事前にそれを見せてもらったアウローラは、その大きな粒と澄んだ青、燦くダイヤの輝きに目を奪われた。
間もなく婚姻を結ぶ娘夫婦に、母は伯爵家としてどれ程の財を使ってこの贈り物を用意してくれたのだろう。
せめて母にアストリウスが喜んでくれる様子を伝えたかった。しかし、どうやらそれは無理であろう。母の贈り物ばかりではない。アウローラが贈ったハンカチをどんな顔で見てくれるかだなんて、今のアストリウスには期待してはいけないのだろう。
アウローラは、静かに立ち上がった。アストリウスが思わずそれを見上げて、そこで漸く目が合った。
「お忙しい時分にお時間を取らせてしまい申し訳ございませんでした。良い聖夜をお過ごし下さいませ。良い新年と成ります様に。」
次に会うのは新年の王家の舞踏会だろう。それは半月ほど先の事で、それまでアストリウスとの面会は無いのだろう。
ほんの僅かな時間に様々な考えが頭を過ぎって、アウローラは泣きたくなってしまった。けれども、あの義姉の鷹揚な姿が目に浮かび、泣くものと精一杯自分を奮い立たせた。
「それではアストリウス様。これにて失礼させて頂きます。」
礼をして、アウローラは出口へ向かって歩き出した。
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