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エリザベスの望まれた婚姻
【11】
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「ふっ、リズ、リズっ」
青く固い身体はもう既に貫かれて、何度目か解らないヘンリーを受けとめている。
「ヘ、ヘンリー様、もう、」
「駄目だよ、まだだ、」
ヘンリーの長い指がエリザベスを追い詰める。互いに初めて交わった筈なのに、ヘンリーはエリザベスの身体を直ぐに憶えて、エリザベスを蕩かし乱れさせた。エリザベスが知らなかった快楽、エリザベスが知らなかった二人だけの甘い囁き。
婚姻式が滞りなく終わった。
真っ青な青空が広がる晴れやかな日であった。母が用意してくれた婚礼衣装は、日頃控えめな装いばかりのエリザベスを美しく飾った。ヘンリーが、「リズ、なんて美しいんだ..」と言って泣き出したのは、その場にいた親族だけの秘密である。
エリザベスは今宵、ヘンリーを夫に迎え入れた。その身体の内側も、ヘンリーの子を宿す為に受け入れた。
腹を空かせて乳を強請る赤子の様に、ヘンリーはエリザベスにしがみついて離さない。何度果てても十分子種を受け入れても、ヘンリーの欲は満たされない。
痩せたエリザベスを貪る様にエリザベスに覆い被さり揺さぶって、エリザベスの愛を確かめる。
「リズ、もう一度言って?」
「愛しているわ。ヘンリー様。」
「そのまま呼んでくれ。」
「ヘンリー、」
「もう一度」
「ヘンリー」
今もエリザベスの背中から伸し掛かって、項に吸い付き跡を残す。身体中、どこもかしこもヘンリーの印だらけで、明日の朝、侍女等にどんな顔で会えば良いのか考えただけでも恥ずかしくなった。
婚姻の凍結が解かれてから、ヘンリーは見違えた。穏やかな貴族然とした鷹揚さは元々ヘンリーが持つ気品であるが、そこに仄かな冷たさが備わった。
色香を振り撒く令嬢は、一人として彼には近付くことは出来ない。それがエリザベスへの誠意と献身で、あれほど側近くにいたシャーロットでさえ、けんもほろろという有り様だった。
卒業までを勉学に剣技にと励み、登下校もエリザベスに寄り添い離れなかった。元々の気質がそうさせたのか、一時期エリザベスとの婚姻が危ぶまれた事が発破を掛けたのか。
何れにしてもヘンリーは、もう以前のヘンリーではなくなった。
婚姻後は益々精力的にエリザベスを支え、あまり身体の丈夫でないエリザベスに代わって領地を回り、一族との交流に商談にと東奔西走している。その姿に、青年期の過ちを持ち出す貴族はいなくなった。
婿の鑑とは、スタンリー伯爵の夫であるヘンリーのことだと言われている。
ヘンリーの愛は日を追うごとに深く重くなり、どこか執念めいた執着を帯びて、エリザベスはいつまでもそれに慣れずにいた。
ヘンリーは、毎夜エリザベスを求める。寝台に入れば忽ちエリザベスの衣服を剥いて行為に及ぶ。朝の目覚めに最初に感じるのは秘部に残る違和感で、それがエリザベスの迎える朝であった。
丸みの無い薄い身体を毎晩欲するヘンリーを、いつか楽にしてあげたいと思う。子が授かったら自由にしてあげよう。
エリザベスは、そう真剣に考えた。
「リズ、何を考えている?私を見て。」
苦しいほどに抱き締められて胸が押し潰さそうになる感覚は、伸し掛かかられる物理から来るのか理由の解らない切なさから来るのか、エリザベスには判断が付かない。
ただ、ヘッドボードの灯りに照らされるヘンリーの瞳、淡い翠の瞳の奥に虹色の虹彩が見えて、なんて美しいのだろうと思った。
「オーロラだわ。」
「え?」
「貴方の瞳の中に、オーロラが見える。」
娘が生まれたら、Auroraと名付けよう。泣き出しそうな翠色の奥深く、虹色に燦くオーロラの虹彩に、エリザベスはまだ見ぬ我が子を思った。
第二子の出産が思いのほか重くて、エリザベスはこれ以上の妊娠を医師に止められた。子は既に二人得た。後継とスペアが揃って、これ以上の子を必要とはしていない。
ヘンリーが、毎夜エリザベスに子種を与える必要は無くなった。
エリザベスはそれから、ヘンリーに外回りの執務全てを一任した。
ヘンリーは、エリザベスに二人の娘を齎して、婿入りの責務を立派に果たしてくれた。彼が望む事があるのなら、彼の自由にさせてあげたい。今の彼なら、女人で遊んだとしても下手を打つ事は無いだろう。
ヘンリーに十分な時間と私財を与えて、彼が少しでも自由で幸福であって欲しいと思った。
長女は、見目も気質も驚くほど自分に似ていて、きっと頑張り屋さんに育つだろう。立派な後継になるだろう。次女は名前の通りMinetteで、幼子らしく我が儘なところも愛らしい。
エリザベスは邸にいて、愛する子等を育ててヘンリーが帰る場所を守って生きよう。
そう考えたエリザベスを、ヘンリーがどう思ったのか解らない。ただ、彼はどれほどの時間を与えても潤沢な資金を渡しても、それらを自身の快楽の為には使わなかった。
ただ、帝国から高価な薬を取り寄せたのは、執事が報告してくれた。
それがどうやら子種を殺す薬で、ヘンリーは、それからも変わらずエリザベスを求め続けた。
ヘンリーがどれほど愛を注いでも、もうエリザベスを孕ませる事は無い。
「リズ、君は私だけのものだよ。そうして私は君だけの男だ。君が私に与えてくれるのは、君の愛だけでいいんだ。」
エリザベスは今宵も揺らされながら、オーロラの虹彩に魅入られる。
仄暗い炎が、翠色の瞳を燃やして見えた。
完
青く固い身体はもう既に貫かれて、何度目か解らないヘンリーを受けとめている。
「ヘ、ヘンリー様、もう、」
「駄目だよ、まだだ、」
ヘンリーの長い指がエリザベスを追い詰める。互いに初めて交わった筈なのに、ヘンリーはエリザベスの身体を直ぐに憶えて、エリザベスを蕩かし乱れさせた。エリザベスが知らなかった快楽、エリザベスが知らなかった二人だけの甘い囁き。
婚姻式が滞りなく終わった。
真っ青な青空が広がる晴れやかな日であった。母が用意してくれた婚礼衣装は、日頃控えめな装いばかりのエリザベスを美しく飾った。ヘンリーが、「リズ、なんて美しいんだ..」と言って泣き出したのは、その場にいた親族だけの秘密である。
エリザベスは今宵、ヘンリーを夫に迎え入れた。その身体の内側も、ヘンリーの子を宿す為に受け入れた。
腹を空かせて乳を強請る赤子の様に、ヘンリーはエリザベスにしがみついて離さない。何度果てても十分子種を受け入れても、ヘンリーの欲は満たされない。
痩せたエリザベスを貪る様にエリザベスに覆い被さり揺さぶって、エリザベスの愛を確かめる。
「リズ、もう一度言って?」
「愛しているわ。ヘンリー様。」
「そのまま呼んでくれ。」
「ヘンリー、」
「もう一度」
「ヘンリー」
今もエリザベスの背中から伸し掛かって、項に吸い付き跡を残す。身体中、どこもかしこもヘンリーの印だらけで、明日の朝、侍女等にどんな顔で会えば良いのか考えただけでも恥ずかしくなった。
婚姻の凍結が解かれてから、ヘンリーは見違えた。穏やかな貴族然とした鷹揚さは元々ヘンリーが持つ気品であるが、そこに仄かな冷たさが備わった。
色香を振り撒く令嬢は、一人として彼には近付くことは出来ない。それがエリザベスへの誠意と献身で、あれほど側近くにいたシャーロットでさえ、けんもほろろという有り様だった。
卒業までを勉学に剣技にと励み、登下校もエリザベスに寄り添い離れなかった。元々の気質がそうさせたのか、一時期エリザベスとの婚姻が危ぶまれた事が発破を掛けたのか。
何れにしてもヘンリーは、もう以前のヘンリーではなくなった。
婚姻後は益々精力的にエリザベスを支え、あまり身体の丈夫でないエリザベスに代わって領地を回り、一族との交流に商談にと東奔西走している。その姿に、青年期の過ちを持ち出す貴族はいなくなった。
婿の鑑とは、スタンリー伯爵の夫であるヘンリーのことだと言われている。
ヘンリーの愛は日を追うごとに深く重くなり、どこか執念めいた執着を帯びて、エリザベスはいつまでもそれに慣れずにいた。
ヘンリーは、毎夜エリザベスを求める。寝台に入れば忽ちエリザベスの衣服を剥いて行為に及ぶ。朝の目覚めに最初に感じるのは秘部に残る違和感で、それがエリザベスの迎える朝であった。
丸みの無い薄い身体を毎晩欲するヘンリーを、いつか楽にしてあげたいと思う。子が授かったら自由にしてあげよう。
エリザベスは、そう真剣に考えた。
「リズ、何を考えている?私を見て。」
苦しいほどに抱き締められて胸が押し潰さそうになる感覚は、伸し掛かかられる物理から来るのか理由の解らない切なさから来るのか、エリザベスには判断が付かない。
ただ、ヘッドボードの灯りに照らされるヘンリーの瞳、淡い翠の瞳の奥に虹色の虹彩が見えて、なんて美しいのだろうと思った。
「オーロラだわ。」
「え?」
「貴方の瞳の中に、オーロラが見える。」
娘が生まれたら、Auroraと名付けよう。泣き出しそうな翠色の奥深く、虹色に燦くオーロラの虹彩に、エリザベスはまだ見ぬ我が子を思った。
第二子の出産が思いのほか重くて、エリザベスはこれ以上の妊娠を医師に止められた。子は既に二人得た。後継とスペアが揃って、これ以上の子を必要とはしていない。
ヘンリーが、毎夜エリザベスに子種を与える必要は無くなった。
エリザベスはそれから、ヘンリーに外回りの執務全てを一任した。
ヘンリーは、エリザベスに二人の娘を齎して、婿入りの責務を立派に果たしてくれた。彼が望む事があるのなら、彼の自由にさせてあげたい。今の彼なら、女人で遊んだとしても下手を打つ事は無いだろう。
ヘンリーに十分な時間と私財を与えて、彼が少しでも自由で幸福であって欲しいと思った。
長女は、見目も気質も驚くほど自分に似ていて、きっと頑張り屋さんに育つだろう。立派な後継になるだろう。次女は名前の通りMinetteで、幼子らしく我が儘なところも愛らしい。
エリザベスは邸にいて、愛する子等を育ててヘンリーが帰る場所を守って生きよう。
そう考えたエリザベスを、ヘンリーがどう思ったのか解らない。ただ、彼はどれほどの時間を与えても潤沢な資金を渡しても、それらを自身の快楽の為には使わなかった。
ただ、帝国から高価な薬を取り寄せたのは、執事が報告してくれた。
それがどうやら子種を殺す薬で、ヘンリーは、それからも変わらずエリザベスを求め続けた。
ヘンリーがどれほど愛を注いでも、もうエリザベスを孕ませる事は無い。
「リズ、君は私だけのものだよ。そうして私は君だけの男だ。君が私に与えてくれるのは、君の愛だけでいいんだ。」
エリザベスは今宵も揺らされながら、オーロラの虹彩に魅入られる。
仄暗い炎が、翠色の瞳を燃やして見えた。
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