ヴィオレットの夢

桃井すもも

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月光

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満月が近いらしい。

欠けの無い大きな月が窓から見えた。

月光に照らされた北の庭が、仄かに蒼く光って浮かび上がっている。
花びらが月の光を纏って、まるで現実の世界ではない様な錯覚を覚えた。

瞳に焼き付けて行こう。
もうこの風景を観ることは無いだろう。
我が儘に我が儘を重ねて旅を強請(ねだ)った。
「一生のお願い」に二度目は無い。

ひんやりと冷え込む窓辺から食い入る様に、眼下の光景を見詰めていた。

突然、後ろから腰に腕を回される。
声を立てなかった事を褒めてやりたい。

幼子たちは寝息を立てている。

「旦那様。」

この人は職業柄か、足音を立てない。
何度、振り返りざま後ろに立たれているのに驚かされたことか。

今夜も幼子達と添い寝をしていた。
父も一緒に寝てくれると、常には有り得ない特別に、寝付くまで興奮していた。
その二人も、今は深い夢の中にいる。

「君は酷いひとだ。」

ヴィオレットの項(うなじ)に顔を埋(うず)めてデイビッドが言う。声を潜めた吐息が耳に掛かって擽ったい。
同時に囲んだ腕が胸元まで上がり、ぎゅうと抱き締められる。 
強い拘束にひゅっと息が漏れるも、怒る気にはなれなかった。

「君は酷いひとだ。」 
「私から全てを奪って消えてしまう。」

「全て?」

「君と子供たち、」
奪うものにはヴィオレットも含まれているらしい。

「そうして帰ってこない。」

近日中には帰国の予定であった。

「何も知らされず君を失って、
 六年も戻らなかった」
「絶望で目が眩んだ」
「君を妻にと望んで、
 もう二度と離すまいと誓った」

「嘘よ!」
思わず強い声が出てしまい、はっと抑える。幼子たちは眠りの中だ。

声を潜めて言う。言わずにはいられなかった。
「私の帰国など、誰も望んではいなかったわ!」
「私の存在など!誰も望んでいなかったわ!」
興奮に言葉が強くなるのを抑えられない。
声が高くならぬように抑えるのがやっとだ。

「君が出国するのを知らされなかった」
「いつまで経っても戻らない君を、奪いに行こうと何度も思った」
「君を取り戻したかった」

「嘘よ!」

「君を妻にと望んだのは私だ」
「君以外要らなかった」

「嘘!」
「貴方は私を拒んだじゃない!!」

漏れ出る言葉を抑えられなかった。
心の吐露を止められない。

「近付くなと言ったわ!」
貴方に拒まれて、絶望したのは私の方よ!

その言葉と同時に拘束される腕に力が込もる。
背中にデイビッドの熱い体温を感じる。

猛るヴィオレットを抱きしめるデイビッドの腕は、どんなに力を込められても熱く身体に馴染んでしまう。
元からそういう形の凹凸であったように、ぴたりと一つに合わさってしまう。

「君に、君に欲情した」 
幼い君に欲情したんだ。

ふた言目は、溜息のような囁きにも聴こえた。

静かな室内に、幼子たちの寝息だけが聴こえる。
月明かりに照らされて二人。ヴィオレットは後ろから抱きしめられたまま。

「九歳の幼子(おさなご)に欲を覚えた自分が、悍(おぞま)しくて穢らわしくて、どうにも出来なかった」
「汚い自分のままで君の顔を見るなど出来なかった」
それでも、とデイビッドの言葉が続く。

「君を失って、絶望を知って、もう二度と、」
「もう二度と離すまいと誓った。」
だからヴィオレット、
私と地獄の底まで一緒にいてくれ。

デイビッドの心の叫びを、ヴィオレットは静かに聴いた。
涙が止まらず流れるままに、胸を締め付けるデイビッドの腕を強く掴んだ。
 
デイビッドの皮膚にヴィオレットの爪が食い込む。痛かろうと思うも止められない。

歯を食いしばって息を吸う。そうして、
私こそ、
私こそ、
「もう二度と離さないわ。
 貴方は私の男(もの)よ」

心の叫びを言葉にした。








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