偶然なんてそんなもの

桃井すもも

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図書室は私語厳禁

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 何故かしら。
 何故みんな秘めた話しを図書室でするのかしら。

 巷で話題の小説も、令嬢達に人気の観劇も。
 コソコソ話しの現場は図書室って、それ相場なの?

 図書室は「私語厳禁」よ。お話しは外でして欲しいわ。
 特に特に、こんな話し。

 こんな偶然ってある?

 目の前の男をよく知っている。
 ウェーブの強い、癖のある艷やかな黒髪。
 靱やかなスラリと伸びた体躯。

 後ろ姿で解ってしまう。
 だって彼は私の婚約者だもの。

 冷たい汗が背中を伝って、動きたいのに動けない。

「エドワード、貴方の事が好きなのよ。婚約者がいることは知っているわ。でも、貴方、彼女の事はそれ程好きでもないでしょう?」

 直球! 胸が痛むわ。

「ありがとう。でも、彼女の事は君が思うような気持ちではないよ」

 うっ、と胸に衝撃を受けていたところで
「何やってんだよ、行くぞ」と耳元で囁く声の主に手を引かれた。

 それからは、足音を立てないようにそっとその場を離れて図書室を出た。

 何故、私が気を遣わなきゃいけないの!?
 怒りが湧いたけれど、それも長くは続かなかった。心が萎んでしまったから。

「シリル、私どうやら婚約を解消されそうだわ」
 あの場から私を連れ出した男に言う。

「あんまり気にすんなよ」
 それ、全然慰めになっていない。

「あの可憐な子、最近よくすれ違ってたのよね」

「お前の事観察してたんじゃない?」
 そうよね、きっと。

 はぁぁ。つい大きな溜め息を吐く。

「好きだったのよ」
 シリルは何も言わない。だって、知っているのだもの。

「婚約が解消されたら、貴方には迷惑を掛けてしまうわね」

「え、何で?」

「だって、貴方、私が嫁いで家を出るから養子に来たんじゃない。私の婚約がなくなれば、貴方、実家に帰るのよ」

「何それ、俺出戻り!?」

 当たり前の事じゃない。

 図書室を出て、そのまま校舎から出たところの花壇のベンチで、やいのやいのとどうしようもない会話をしていると、

「フルール」
 出た、浮気男。

「こんな処に居たんだ、探したよ」

 どの口が言う。
 もしそれが本当なら、貴方の捜索時間は世界最短ね!

「帰ろうか」

 エドワードは律儀だ。
 婚約者の務めとして、毎日送り迎えを欠かさない。
 けれど今日は、
「ごめんなさい。今日はシリルと帰るの」

 シリルが、えっ!って顔をする。
 顔芸が出来ないなんて貴族失格よ。

「ふうん。そう、ではまた明日迎えに行くよ」
 引き際まで鮮やかな男だわ。


「俺を巻き込むな」
 シリルが苦い顔で言う。

「貴方、家族なんだから良いじゃない。それにどの顔をして一緒に帰れと言うの?」

「そのままの顔でいいんじゃない?」

「貴方ってホント乙女心が解らない人ね」

 ぷりぷりしているうちに邸が近くなる。

「ああ、憂鬱」
 でも言わなくちゃ。




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