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第七章
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長い長い回廊をもと来た場所まで戻ると、父は既にそこにいてソレイユが戻ってくるのを待っていた。
今日の父には侍従のアーノルドではなく、父の執事が側についていた。それは多分、大切な書類を持ち運びするからで、執事が携えている鞄の中にはノックスとソレイユの婚約誓約書が入っているのだろう。
てっきり王城で署名を求められるのだと思っていたが、どうやら邸に戻ってからになるらしい。
どちらにしても、ソレイユには父に従うよりほかはない。
「殿下とはどうだった」
馬車の中で父に尋ねられて、たった今まで会っていた騎士服の姿が思い出された。なんと答えれば良いのだろう。まさか瞳の色が美しかったなどとは言えないから、騎士のような御方でしたと見たままを答えた。
「ああ、そうだろうな。ノックス殿下は剣の才がおありになる。近衛を預かるに値する実力をお持ちだと言われているが、そちらはサイクロス殿下がなられるからな」
父が言うにはノックスは幼い頃から剣の才能があり、それは稽古をつけた近衛騎士団長にも認められるものであったが、将来騎士団を管轄するのは第二王子のサイクロスと定められているのだという。
サイクロスも実力者であるのは確かだが、才能だけを比べるならノックスのほうが上らしい。一時はノックスを王籍から抜いて、北方を護る辺境伯に養子に出す話もあったという。
王家はそれで体よくノックスを追い出そうとしたのだろうか。父の言葉によれば、その際は王妃が強く反対して、結果ノックスは今も城にいる。
『命懸けで産んだのに、それを罪のように責められる』
そう言った王妃の言葉が思い出された。
邸に戻ると父から本邸に呼ばれて、ノックスとの婚約誓約書へサインを求められた。
言われるまま言われた箇所に署名をして、父が書面を確かめた後に、書類は再び封をされてそれを執事が持ち去った。
こうしてソレイユは、正式なノックスの婚約者となったのである。
ノックスの婚約者になったとして、それ以降はどうするのだろう。来週には共に学園へ入学するのだが、そのことについて、父からは特に説明はされなかった。
ソレイユは、ノックスばかりでなく同じ年頃の子女らと関わったことがない。いきなり一人で飛び込んで、それで果たして上手くやっていけるのかと、ノックスよりもそちらのほうが不安になった。
「お茶会ですか?」
その後、父から伝えられたのは、目通りしたばかりの王妃からの茶会の誘いだった。
「今日の謁見で、王妃とは何を話したんだ?」
まさか、夫の色を持たない子を産んだことで抱いた恨み節だとは言えないから、挨拶程度の会話だったと答えた。
「お茶会とは、何をすればよいのでしょう」
ソレイユは、お茶会などというものに参加したことが一度もない。
「……私も茶会には詳しくない。サマンサを連れていきなさい」
ソレイユの侍女はシェリルだが、王妃との茶会には侍女頭のサマンサを伴うことになった。
ソレイユの使用人は共に領地にいた者たちで、ソレイユも彼女らと一緒であれば安心できる。ただ、
「サマンサはお茶会なんて出ていたのかしら」
いつも一緒にいたのだから、サマンサだって同じように田舎暮らしだ。
思わず呟いてしまったのだが、もしや父も社交に疎いのではないかと思った。母がソレイユを産んでから三月も経たず儚くなって、それから父は夫人のいない暮らしが長い。再婚はしなかったから、夫人らが出席するような社交からは長く離れていただろう。
「今日と同じようにしていれば良かろう」
最後は丸投げされた感もあったが、王妃とは既に一度謁見していたから、父の言う通りだと思った。
ソレイユと同じように不義を疑われる子を産んでいる。何より王妃はソレイユの母を知っている。
ただそれだけのことなのに、ソレイユはなぜか王妃について信頼できると思うのだった。
「へえ、君がソレイユ?なるほどね」
「カイルス。無礼ですよ」
その日ソレイユが通されたのは、王妃の間から外回廊を出た先の、庭園のガゼボだった。
美しく整えられた花々を眺めているうちに、先日のような緊張は薄らいで、次第にお茶を楽しめるくらいになった頃、突然現れた人物に声を掛けられた。
自分で思うから確かである。
白金の髪にロイヤルブルーの瞳。ソレイユが並んだなら、色だけ見れば兄と妹に見えてもおかしくない。
ソレイユは静かに立ち上がり、カーテシーで礼を取った。
「良いのよ、ソレイユ。断りも挨拶もなく茶会に乱入する輩とは、礼儀をどこかに落っことしのでしょう」
「ああ、それなら母上のお腹の中に忘れてきたんだ。きっとサイクロスもそうだろうね。あいつはほかにも色々忘れているでしょう」
「……カイルス、挨拶を」
「ああ、失礼した。君の婚約者の兄だよ、ソレイユ嬢」
闖入者の正体は、王太子殿下カイルスだった。
ノックスよりも四つ上、白馬が誰よりも似合うような麗しい王太子。ソレイユの兄は彼の側近で、それを思い出してチラリと辺りを確かめたが、兄の姿はどこにも見えなかった。
カイルスは、向かい合って座る王妃とソレイユの間にある椅子を引き、そこへどかりと腰掛けた。
どうやらこのまま茶会に参加するつもりらしい。
今日の父には侍従のアーノルドではなく、父の執事が側についていた。それは多分、大切な書類を持ち運びするからで、執事が携えている鞄の中にはノックスとソレイユの婚約誓約書が入っているのだろう。
てっきり王城で署名を求められるのだと思っていたが、どうやら邸に戻ってからになるらしい。
どちらにしても、ソレイユには父に従うよりほかはない。
「殿下とはどうだった」
馬車の中で父に尋ねられて、たった今まで会っていた騎士服の姿が思い出された。なんと答えれば良いのだろう。まさか瞳の色が美しかったなどとは言えないから、騎士のような御方でしたと見たままを答えた。
「ああ、そうだろうな。ノックス殿下は剣の才がおありになる。近衛を預かるに値する実力をお持ちだと言われているが、そちらはサイクロス殿下がなられるからな」
父が言うにはノックスは幼い頃から剣の才能があり、それは稽古をつけた近衛騎士団長にも認められるものであったが、将来騎士団を管轄するのは第二王子のサイクロスと定められているのだという。
サイクロスも実力者であるのは確かだが、才能だけを比べるならノックスのほうが上らしい。一時はノックスを王籍から抜いて、北方を護る辺境伯に養子に出す話もあったという。
王家はそれで体よくノックスを追い出そうとしたのだろうか。父の言葉によれば、その際は王妃が強く反対して、結果ノックスは今も城にいる。
『命懸けで産んだのに、それを罪のように責められる』
そう言った王妃の言葉が思い出された。
邸に戻ると父から本邸に呼ばれて、ノックスとの婚約誓約書へサインを求められた。
言われるまま言われた箇所に署名をして、父が書面を確かめた後に、書類は再び封をされてそれを執事が持ち去った。
こうしてソレイユは、正式なノックスの婚約者となったのである。
ノックスの婚約者になったとして、それ以降はどうするのだろう。来週には共に学園へ入学するのだが、そのことについて、父からは特に説明はされなかった。
ソレイユは、ノックスばかりでなく同じ年頃の子女らと関わったことがない。いきなり一人で飛び込んで、それで果たして上手くやっていけるのかと、ノックスよりもそちらのほうが不安になった。
「お茶会ですか?」
その後、父から伝えられたのは、目通りしたばかりの王妃からの茶会の誘いだった。
「今日の謁見で、王妃とは何を話したんだ?」
まさか、夫の色を持たない子を産んだことで抱いた恨み節だとは言えないから、挨拶程度の会話だったと答えた。
「お茶会とは、何をすればよいのでしょう」
ソレイユは、お茶会などというものに参加したことが一度もない。
「……私も茶会には詳しくない。サマンサを連れていきなさい」
ソレイユの侍女はシェリルだが、王妃との茶会には侍女頭のサマンサを伴うことになった。
ソレイユの使用人は共に領地にいた者たちで、ソレイユも彼女らと一緒であれば安心できる。ただ、
「サマンサはお茶会なんて出ていたのかしら」
いつも一緒にいたのだから、サマンサだって同じように田舎暮らしだ。
思わず呟いてしまったのだが、もしや父も社交に疎いのではないかと思った。母がソレイユを産んでから三月も経たず儚くなって、それから父は夫人のいない暮らしが長い。再婚はしなかったから、夫人らが出席するような社交からは長く離れていただろう。
「今日と同じようにしていれば良かろう」
最後は丸投げされた感もあったが、王妃とは既に一度謁見していたから、父の言う通りだと思った。
ソレイユと同じように不義を疑われる子を産んでいる。何より王妃はソレイユの母を知っている。
ただそれだけのことなのに、ソレイユはなぜか王妃について信頼できると思うのだった。
「へえ、君がソレイユ?なるほどね」
「カイルス。無礼ですよ」
その日ソレイユが通されたのは、王妃の間から外回廊を出た先の、庭園のガゼボだった。
美しく整えられた花々を眺めているうちに、先日のような緊張は薄らいで、次第にお茶を楽しめるくらいになった頃、突然現れた人物に声を掛けられた。
自分で思うから確かである。
白金の髪にロイヤルブルーの瞳。ソレイユが並んだなら、色だけ見れば兄と妹に見えてもおかしくない。
ソレイユは静かに立ち上がり、カーテシーで礼を取った。
「良いのよ、ソレイユ。断りも挨拶もなく茶会に乱入する輩とは、礼儀をどこかに落っことしのでしょう」
「ああ、それなら母上のお腹の中に忘れてきたんだ。きっとサイクロスもそうだろうね。あいつはほかにも色々忘れているでしょう」
「……カイルス、挨拶を」
「ああ、失礼した。君の婚約者の兄だよ、ソレイユ嬢」
闖入者の正体は、王太子殿下カイルスだった。
ノックスよりも四つ上、白馬が誰よりも似合うような麗しい王太子。ソレイユの兄は彼の側近で、それを思い出してチラリと辺りを確かめたが、兄の姿はどこにも見えなかった。
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