お飾り王妃の日常

桃井すもも

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お飾り王妃の心配

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「ねぇ、ブリジット」

 眠らず生きられる夫が囁く。

 もう、まさぐるか囁くかどっちかにして!
 どちらにも神経を持っていかれて可怪しくなっちゃうのよ!

「あの小僧には関わらなくても良いと言ったよね」

 小僧?

「厨房の」
 ああ、ミシェルね。

「何故、名を?」
 だってお喋りするもの。

「へぇ、王妃が厨房の小僧と?」
 貴方だってあの侍従と話すじゃない。
 あの、人の羽布団を寝取る奴。

「ああ、ジェームズだったら処罰したよ」

 え、どんな!?

「ああ、奴の布団をメリーに貸した」

 え、メリーに?

「うん。愛馬メリーに奴の布団を貸したのさ」

 それは良いわね。メリー、気持ちよく寝られたかしら。

「うん、大層気に入っていたよ。これからも時々貸そうかと思ってる」

 それは良いわね。メリー、きっと喜ぶわ。

「ところでブリジット、何故、君が厨房の小僧に構う?」

 え?可愛いから?

「可愛いのは僕だけじゃ足りないのかな?」

 貴方、もう可愛くないじゃない。

「あれほど眩しい、可愛い、と言っておいて?」

 そんなの幼い頃のことでしょう?
 確かに貴方ほど可憐で眩しい王子はいなかったわ。私、生まれて初めて可憐が美しいと同意語だと思ったのよ?
 って、何?どうしたの?
 ロビン、いけないわ。顔が真っ赤。
 風邪よ、流感よ!

 ちょっとそこのお前むぐぐ、

 ベッドの中で夫に口を塞がれる。
 お口をお口で。

「ぷはっ」
「ブリジット、僕は風邪など引いちゃいないよ」

 ブリジットは眉を寄せた。
 これは心配事がある時の癖なのだと、本人は気づいていない。

「心配いらないよ、ブリジット。僕は至って健康さ」

 だって貴方、全然寝てないじゃない。
 朝は小鳥が囀り始める頃から執務室に入って、昼は謁見か市中を視察、自ら馬を駆けて遠方に赴くこともあれば、議会の為の閣議もあるのだから。

 貴方が、ちょっと有り得ないスピードで文書に目を通すのを知っているのよ?
 執務室のデスクに座りながら食事を摂るのも知っているのよ?
 ほんの一、二時間の仮眠で休む暇なく、日課の剣の稽古も欠かさない事だって。

 そんな貴方が見ていられないのよ。力になれない自分がいたたまれないの。
 まるで生き急ぐように寸暇を惜しんで公務を熟す貴方が、何処も悪くないだなんて疲れていないだなんて、そんなことは⋯⋯

「無いよ。そんなことはないんだよ、ブリジット」

 ロビン⋯⋯

「君とこうしていられる時が僕の至福の時なんだ。だから、こんな時に小僧のプレゼントを考えるのは許せないね。髪の毛一本ほどだって。」

 狭量ね。幼な子相手に。

「彼は男だよ?幼な子なんて関係ない。」

 ロビンはブリジットを見つめる。近いぞ。

「ねえ、ブリジット。君は気にしなくて良いんだよ。あの灌漑事業が君にわからなかったのは当然なんだ。まだ着手したばかりの草案の状態で、国家機密扱いであったからね。君が聞き逃したのでも見落としたのでもないんだよ」

 だから、気に病まないでくれ。
 褒美などと言って他の男の元に通わないでくれ。

 ブリジットをすっぽり包む大きな身体で腕の中にブリジットを囲い込み、その胸に顔を埋めてまるで幼子のように、ロビンは小さな声で囁いた。

 ブリジットは、そんな夫が今日こそはこのまま眠ってはくれまいかと眉を寄せて、烟る金の髪を撫でながら思案するのであった。



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